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いつか散る花に恋して  作者: 美鳥ミユ
CHAPTER 02:破滅の詩と光の歌
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 飛行船から降りて、マリーツァは大きく伸びをした。随分長いこと座席に座って、同じ体勢でいたものだから、背の辺りが少しだけ痛む。その隣でミカエラも大地に足がそっと触れることで、少々強張っていた心が緩んでいくのを感じた。


 ここがジュビア王国――王都イリス。同時に、ビエント大陸最大の都市でもある。シエル王国の王都ハイドランジアと変わらない雄大な青い空が、この大陸で暮らすたくさんの人々を見守っている。

 ウィスタリアとヴィルヘルムに挟まれる形でマリーツァとミカエラはターミナル内を進んでいく。結構な数の人の姿が見られる。シエル人とジュビア人は、基本的には外見に大きな違いは無い。その上、使用言語も同じなので、言葉の壁に阻まれることは無い。

 ターミナルから、人々が行き交う道へと出る。じりじりと太陽が大地を照り付けていた。イリスはハイドランジアよりも気温が高めなのだろうか、マリーツァはそんなことを考えながら、ハンカチを取り出して額の汗を拭った。

 ミカエラはそんな彼女の隣を歩きながら、辺りを見回す。前方に見える大きな城――あれがイリスの象徴でもある、ジュビア城だ。ハイドランジアの王城とは様式が違う。どちらも堂々と聳え立っているが、そこが文化の違いなのだろう。白い城壁が目立つシエル城と違って、クリーム色をした壁がジュビア城の特徴だ。そして、王城へと続く道で風になびく幾つもの旗には、ジュビアの象徴である赤い燕が描かれている。

 人々は、まだマリーツァという新たな花の巫女の顔を認知していないようだった。ハイドランジアでは民衆に囲まれたが、イリスでは特に何も無い。サマーグローブで刻印のある手を隠していることもあって、声をかけられることもなかった。

 だが、この街の人々も巫女の目覚めは知っているだろう――そう飛行船内でヴィルヘルムが言っていた。イリスのターミナルへ着陸する直前に。ただ、顔を知られていないだけで、「マリーツァ・アヴニール」という名前は既に知れ渡っているかもしれない。彼に続く形で言ったのはウィスタリアで、彼は真っ直ぐにマリーツァを見つめていた。

 そこでマリーツァは思った。巫女としての自分を利用されないようにしなければ、と。女神に選ばれた存在である巫女には、普通の人間とは違う特別な力がある。セフィーラの民は皆がそう思っているし、マリーツァやミカエラも、生まれてからずっとそう考えてきた。だが、経験を積まずに世界を救える訳がない。巫女になったから何でも出来る訳ではない。少しずつ自覚と共に目覚めるのだ、その力に。マリーツァは手にした杖を強く握りしめる。

 そんなマリーツァを見て、ミカエラも考えた。多くのものを背負うこととなる、花の巫女マリーツァ。彼女は普通の人間ではない。けれど、ミカエラからすれば今も昔も大切な親友。そのことに一切変わりはない。黒い手袋を身につけて、杖を握るマリーツァ。ミカエラは彼女から視線を青空へとスライドさせる。この世界を救う為に彼女は力を授かった。ならば、祈ろう。その力が正しい形で振るわれることを。そして、マリーツァの進む道に自分という存在が、いつまでも寄り添っていけることを、願おう。ざあっと一陣の風が吹いた。ミカエラには、その祈りと願いを聞き届けたと言っているように思えた。




 イリスの北側に位置する街、アルビジア。ルルディ族の暮らす、森の都とも呼ばれるその地へ向かう前に、マリーツァはジュビアの国王であるグランディネとの謁見に臨むこととなった。それは、事前に飛行船内でウィスタリアとヴィルヘルムから聞かされていたことだった。シエルのヒンメル王がそうだったように、ジュビアのグランンディネ王も、巫女であるマリーツァとの対話を望んでいるのだという。

 イリスの城へ続いている石畳。人々が行き交うその道を、マリーツァたちは歩いていく。まだ、異国の空気には馴染めていないままだったが。


 道なりに十五分も歩けば、四人は城門前に辿り着く。

「――あなたたち、止まりなさい」

 城門前には、当たり前だが数人の衛兵がおり、右側に立つ女性が声を張り上げた。彼女に口を開いたのはヴィルヘルムで、彼は告げる。マリーツァを指しながら、彼女こそが女神に祝福を与えられた巫女であると。衛兵たちが顔を見合わせた。驚いている。だが、最初に声を上げた女性だけは落ち着いており、マリーツァを見る。

「あなたが『花の巫女』ですか」

「はい、マリーツァ・アヴニールと申します」

 はっきりとした声のマリーツァに、女性はこくりと頷いた。それが合図だったのか、衛兵たちが一歩後ろに下がる。低い音とともに門がゆっくりと開かれた。私について来てください――彼女はそう言ってマリーツァ一行に背を向けた。開け放たれた門をくぐって、先へと進んでいく。

 ヒンメル王との時も緊張したが、今回も同じくらい――いや、それ以上に緊張する。ここが異国だからだろうか。グランディネという王も、平和と安定を望む立派な王であると聞く。古の時代、争い合っていたシエルとジュビア。その深い悲しみと、戦争の愚かさと、多くの犠牲が出た事実を忘れてはならない。ヒンメル王は、いつだったか自国民にそう言っていた。隣国ジュビアのグランディネ王も我々と同じ夢を見ている。ヒンメル王は、演説の最後をそう締め括っていた。拍手喝采が起こった。その時マリーツァも、ひとりの民としてそれを聞いた記憶がある。確か、母と一緒だった。エテレインの御見舞いの帰りに聞いたのだ。

「……少々ここでお待ち下さい」

 考え事に耽るマリーツァを、女性の声が現実へと引き戻す。隣にはミカエラ。背後にはウィスタリアとヴィルヘルム。いろいろと考えを巡らせている間に、謁見の間のすぐ前まで来ていたようだ。大きな、そしてやはり細かく装飾された扉が、マリーツァたちを待ち構えるかのようにこちらを見ている。先程の衛兵がその扉の向こう側へ消えたかと思うと、すぐに戻ってきて、彼女は真っ直ぐにマリーツァを見た。

「どうぞお入りください、マリーツァ様」

「え、ええ……」

 扉を押し開ける彼女に続いて、マリーツァだけが謁見の間に足を踏み入れた。グランディネ王はどっしりと座し、こちらを見ている。彼は、思っていたよりもずっと若い男性で、マリーツァは少しだけ驚いた。だが、それを表情には出さないよう努める。ヒンメル王との時は、ミカエラたちも一緒だった。しかし、今回はひとり。ミカエラと騎士ふたりは、別室に通される、そう謁見の間へと向かう途中に説明された。

「ふむ、あなたが花の巫女ですか」

 グランディネ王は、僅かに笑みを浮かべながら言った。威圧感のある声ではない。彼は穏やかな目をしている。そんな彼を見て、マリーツァは少しだけホッとした。重苦しい空気は苦手だ。今は「巫女」と呼ばれる身だが、ついこの間まで一般の、どこにでもいる少女だったのだから。魔道士であったり、剣士であったりすることも無く、「特別」なんてものは、何一つ無かったのだ。マリーツァは大きく頷いた。

「はい、私はマリーツァ・アヴニールと申します」

 改めて名乗ったマリーツァを見て、王はそうですか、と再び微笑んだ。とても優しそうな瞳だ。マリーツァはグランディネ王にそんな印象を抱いた。

「花の巫女マリーツァ。あなたに続く形で、もうひとりの巫女も目覚めたとの情報が入りました」

 グランディネ王は、黒曜石のような瞳をマリーツァに向けたまま続けていく。

「二番目の巫女は、あなたを追いかけるように、シエルの王都ハイドランジアを発ったと聞いています」

 彼の台詞に、マリーツァは目を大きくさせた。二番目の巫女。グランディネ王の説明を聞く限りだと、その巫女は「破滅の巫女」では無さそうだ。と、いうことは自分の新しい仲間になる可能性が高い。

「あ、あの、その方のお名前は……?」

 どくんどくんと心臓が強く鼓動する。しかし、マリーツァの問いかけに、グランディネ王は首を横に振った。この情報はたった今入ったばかりで、名前まで正確には伝わっていないのだと。マリーツァは落胆した。

「あなたはこれからアルビジアへ向かうそうですね?」

 肩を落としたマリーツァに、王は問う、というよりは確かめるような声を発する。彼女は顔を上げ、はい、と答えた。

「アルビジアのルルディたちは、人間よりも長い歴史を持ち、神々への祈りを忘れること無く、悠久の時を生きてきた種族です。あなたが巫女だと知れば、きっと力になってくれるはず」

 グランディネはマリーツァをじっと見た。僅かに開いた窓からは、春の優しい風が顔を覗かせる。

「二番目の巫女である『彼女』とも、アルビジアで会えるでしょう。……マリーツァ、これを」

 王は立ち上がった。控えていた兵が「陛下」と声を上げるも、彼はそのままマリーツァへと歩み寄った。そしてきらきらと輝く何かを彼女へと手渡す。手のひらの上で光を放つそれは、涙のような形をした魔石だった。マリーツァにも一見して分かる。これは、ただの魔石ではないと。

「これは、ラルムの石という特別な力を秘めた魔石です。いつかあなたの力になってくれるはずです」

「あ、ありがとうございます」

 マリーツァは手渡されたそれを、両手で包み込んだ。ラルムの石は光を放ち続け、じんわりと熱を放っている。この魔石にどんな力があるのか。いつ、その力が解き放たれるのか。マリーツァには分からない。だが、グランディネ王が自ら手渡した。そのことに大きな意味があるようにマリーツァは思った。大切にします、そう答えて彼女はラルムの石をしまう。王は頷き、こう続けた。

「巫女マリーツァ。あなたと、あなたの仲間たちのことを、私は……いや、私たちはいつまでも応援しています。どうかそのことを忘れないで。この先、辛いこともあるでしょうが、あなたは孤独ではない。そのことも覚えておいてください」

 真っ直ぐな瞳だった。マリーツァは「はい」と大きく頭を下げる。母国であるシエル王国だけではなく、ここジュビア王国の人々の未来を背負っているのだ、花の巫女として女神フルールに選ばれた自分は。グランディネ王の言葉に、改めてマリーツァは痛感する。

「あなた方はすぐに出発するのですか?」

「ええ、そのつもりです」

 王都イリスでの用を済ませたら、すぐに森の都アルビジアへ向かう。ウィスタリアとヴィルヘルムが飛行船内でマリーツァとミカエラにそう説明していた。イリスからアルビジアまでは陸路だ。それには、森を進む必要があるが、そこは比較的魔物が少ないらしい――ウィスタリアとヴィルヘルムが口々に言っていたことを少女は思い出す。

「なら、あまり足止めをしてはいけませんね。花の巫女マリーツァ。あなたとは、全部終わったらゆっくりと話をしたいものです。……どうかご無事で」

 グランディネ王は微笑んだ。彼にマリーツァは再度頭を下げた。グランディネ王の穏やかな表情に、ヒンメル王のことを思い起こす。彼の金色の瞳も、グランディネ王とよく似た優しい光を宿していた。ヒンメル王もグランディネ王も、国民からの支持率が高いことで知られる。どちらもよく出来た人物であるから、今日の平穏が保たれているのだろう。すっと前を見たマリーツァはそう思った。


 まだ若い――歳は二十を過ぎたくらいだろうか――兵に連れられる形で、マリーツァは謁見の間をあとにして、ミカエラやウィスタリアたちが待つ部屋へと向かう。案内する兵の顔は、緊張しているのか、少し強張っている。マリーツァからすればそう萎縮しなくてもいいのに、と思うのだが、それでもマリーツァは「巫女」という特別な立場にあるのだから無理もないことだ。

 兵は大きな扉の前で足を止めた。どうやらこの部屋に、ミカエラたちはいるらしい。扉の前に立つのは老齢の騎士だ。彼は堂々とした様子でこちらを見て、それから大きく頷く。

「――花の巫女……マリーツァ様ですな?」

 老騎士が確認をする。マリーツァがええ、と答えると彼は扉を開けて、中に少女を案内した。そこは思っていた以上に広い部屋だった。中央に大きなテーブルがあり、その上には真っ赤な花が生けられた花瓶がひとつ。ウィスタリアとヴィルヘルムはそれぞれ立っていたが、ミカエラはソファに座っていた。マリーツァの姿をとらえると、彼女は勢いよく立ち上がる。

「マリーツァ! 王様とのお話、終わったのね?」

「う、うん」

「私、ここでセーファスさんに改めてアルビジアについて教えてもらっていたの」

 セーファス、というのはこの老騎士のことだろう。その名前がミカエラの口から出ると、老騎士が恭しく頭を下げたので、マリーツァはそう察する。

「あのね、マリーツァ……細かいことは分からないけれど、なにか異変があったみたい」

「異変?」

 首を傾げるマリーツァ。ミカエラの表情が曇る。良くない何かが起きているようだ。友人の顔色を見てマリーツァはその答えを導き出す。

「……いつもは穏やかなはずの森で、魔物が多数目撃されているのです」

 セーファスが俯き、言った。王都イリスからルルディ族の暮らすアルビジアへ向かう際に、通り抜けなければならない森。その森は魔物が少ないので危険は無いだろう――ウィスタリアとヴィルヘルムは言っていた。

「おかしいですね。あの森に攻撃的な魔物なんて……」

 そのヴィルヘルムが腕を組んだ。彼はイリスとアルビジアの間にある森へ入ったことがあるという。その時は一度も魔物と交戦状態にならなかった、彼はそう静かに続ける。

「――どうしますか、マリーツァ」

「えっ」

「私としては、あなたに危険な目に遭って欲しくはありません」

 ヴィルヘルムの台詞が終わるのを待って、ウィスタリアが問いかけた。彼の目は真剣で、同時に心からマリーツァのことを考えていることが見て取れる。

「……行きます」

 然程時間を要さず、マリーツァははっきりと答えた。ミカエラが彼女の名を呼び、俯いていたヴィルヘルムが顔を上げ、ウィスタリアはじっと彼女を見つめる。

「本当に良いのですか?」

 彼の声は硬い。だが、マリーツァは大きく頷いた。

「私は駆け出しとはいえ、花の巫女です。私は、立ち止まってはいけないのです。森の異変……もしかしたら、アルビジアで暮らすルルディ族の方々に何かがあったのかもしれない……助けを求めているかもしれない。だから……私は、行きます」

 マリーツァ、と彼女の名を発したのはウィスタリアだけではなかった。ミカエラも、ヴィルヘルムも同じタイミングでその名を呼んだ。

「……愚問だったようですね。私は勿論、同行します。巫女を護るのが私の使命ですから」

「俺も右に同じ、です」

「わ、私もついていくよ、マリーツァ!」

 騎士であるウィスタリアとヴィルヘルムが言うと、ミカエラもぎゅっと拳を握って続く。そう簡単に彼女たちの決意は揺るがない。すぐに折れてしまうようなら、そもそもマリーツァは巫女に選ばれなかっただろう。ミカエラも親友に付いていくことを受け止めなかっただろう――シエルの王都ハイドランジアで、すべてが始まる前に終わっていたかもしれない。

「気をつけて行きなさい」

 セーファスの低い声に、みなが頷く。森で、そしてアルビジアで、自分たちを待ち構えるものは何だろうか。マリーツァは考えを巡らせながら、仲間と城をあとにする。城下町で準備を整えたら、出発だ。マリーツァは故郷と同じ色をした、果てしない空を見上げるのだった。

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