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いつか散る花に恋して  作者: 美鳥ミユ
CHAPTER 01:花の契り
3/37

03

 澄み渡る青空。王都ハイドランジアは今日も晴天だった。マリーツァは、ミカエラとの待ち合わせ場所である公園に向かっている。約束の時間まではまだ余裕があった。のんびりと歩くマリーツァを、少年と少女がきゃあきゃあとはしゃぎながら追い抜いていく。そんな姿を見ると、自分があれくらいの歳だった頃のことを思い出す。その頃からミカエラとは遊んでいた。時々、ちょっとした喧嘩もしたけれど、それでもやはり彼女が一番の友だ。ミカエラもそう思ってくれていれば嬉しい、とマリーツァは心の片隅で思う。


 そんなことを考えながら歩いているうちに、公園に到着した。待ち合わせの時間よりも少し早めに着くように家を出たので、ミカエラの姿はまだない。マリーツァはベンチへ腰を下ろした。

 この公園は、花の公園と呼ばれている。正式な名前は別にあるのかもしれないが、マリーツァやミカエラなどは幼い頃からずっとそう呼んできた。単純に、季節を問わず花がたくさん咲き乱れているから。公園に隣接する家の女性が手入れをしているのだという。マリーツァが座ったベンチの直ぐ側にも花壇はあって、真っ赤なものや、黄色いそれがそよ風に揺れている。

 ――花の神殿。胸を張る花を見ながら、マリーツァは夢のことを思い出していた。神殿がある街の名前は、ニンファ。ハイドランジアの隣にある、水と緑が豊かな美しい街だ。マリーツァも、ニンファには何度か行ったことがある。神殿には行ったことがないけれど、女神フルールを祀るその神殿は、美しい建造物なのだと聞いたことがあった。


 自分はそこに行くべきなのだろうか。そのことを今日、マリーツァはミカエラに相談するつもりでいる。ミカエラは優しく聡明な人だから、的確なアドバイスをくれるかもしれない。

 仮に、あの夢が本当に聖女クラウディアのお告げであったのなら、ということを考えるとなんとも言い難い気持ちになる。セフィーラに生きる者であれば、誰もが知っているそれが、誰かによって作られた「御伽噺」で無いとしたら――。

「マリーツァ?」

 考え事に耽っていたマリーツァを呼ぶのは、聞き慣れた優しく柔らかな声。顔を上げればそこにいたのは待ち合わせをしていたミカエラその人で、つぶらな瞳でマリーツァを見つめている。

「何度も呼んでも反応がないから、びっくりしちゃった。ちょっと遅くなってごめんね、マリーツァ」

「ううん、少し考え事をしていただけだよ。おはよう、ミカエラ」

 マリーツァは腰を上げる。今日は最近開店したというお洒落なカフェに行くことにしていた。その店はハイドランジア中心部にあり、毎日若い女性客で賑わっているらしい。その後に、少し買い物でも出来たらいいな、とマリーツァは考えていた。


 花の公園を出て、坂をおりていく。幾つもの店が軒を連ねる商店街を抜け、もう少し北へ。目的のカフェまでは少し距離があるが、歩けないというほどでもない。マリーツァとミカエラは、他愛のない話をしながら歩いていく。

 どのくらい歩いただろう、きらきらと輝くなにかを見つけて、ミカエラが足を止めた。マリーツァも数歩先で歩みを止めて、彼女の隣まで戻る。


 そこは魔石を中心に売る店のようだ。魔石というのはその名の通り、魔力を秘めた石のこと。魔道の才能があるものが扱えば、強大な力を発揮する。魔石には、炎を発生させるもの、氷の力を司るものなど、様々な種類がある。だが、魔道の力を持たないものにはあまり意味を成すものではない。適正のないものが無理に力を引き出そうとして、事故が起きたケースもあるのだ。努力を積めば、ある程度扱えるようになるとも聞くが、少なくともマリーツァやミカエラには使用することは出来ない。故に、マリーツァは首を傾げた。

「おや、君たちは魔道士なのかな」

 店主と思しき男性が、マリーツァとミカエラを見て問いかけた。その問に対して、ふたりは首を横に振る。

「あっ、いえ。なんだかとても綺麗な魔石だったので、目に止まってしまって」

「そうかい。魔石というものはね、純度が高ければ高いほど、強い力を秘めているんだよ。そういった石は宝石に負けず劣らず綺麗なんだ。まあ、当たり前だがそこそこ値も張るけれどね」

 店主はそう言って頭を掻いた。確かに宝石のようだ、ここに並べられた魔石は。おそらく赤いものは炎を、緑色のものは風を司っているのだろう。それ以外にもたくさんの種類が並べられている。ランプの灯りによって煌めきは増し、とても幻想的だ。

「あっ、あの、すみません」

 マリーツァとミカエラがそろそろ、と立ち去ろうとした時だった。見知らぬ金髪の少女が魔石店の前で足を止め、それから店主に声をかけてきた。

「――ああ、いらっしゃい」

「ええと、氷の魔石を四つと、炎の魔石を三つお願いできますか」

「勿論。ちょっと待ってくれるかな」

 マリーツァたちより少し年下だろうか。エテレインと同じくらいの歳かな、とマリーツァは思いつつ彼女を見た。彼女は抜けるように白い肌をしている。身にまとっているのは魔道士の黒いローブだろうか。大きなカバンを手にしており、そこから分厚い書物や木製の杖が顔を覗かせている。

「もうすぐ魔法学校は試験だよな」

「ええ。そうです」

「俺もハイドランジア魔法学校の卒業生なんだ。ってことは一応あんたの先輩にあたるかな」

 店主はそんなことを言いながら、封魔処理が施されている紙袋に魔石を入れていく。

「無理せず頑張れよ。炎の魔石をひとつオマケしてやるからさ」

「はい、ありがとうございます」

 少女が大きく頭を下げた。ハイドランジアの魔法学校は魔道士を志す者たちが集う大きな学校で、かなりの狭き門と聞く。特に優秀な成績を修め、王宮に認められると、大魔道士の称号を授けられて、このシエル王国を護る重要な役割を与えられるらしい。

「またおいで、お嬢ちゃん」

「はい!」

 少女は大きく頷くと、足早に魔石店を出ていく。よほど急いでいるのだろう、その姿はあっという間に人々の雑踏へ消えていった。マリーツァはそろそろ、と友を見た。ミカエラの視線は鈍く光る黒い石に向けられている。

「ミカエラ?」

 マリーツァが首を傾げながら名前を呼ぶと、そこでやっとミカエラは我に返ったらしい。少し驚いたような声を発して、それから手で口を覆う。不意にこぼれ出てしまった言葉を押し込めるかのように。

「この石が気になるのかい?」

「あ、いえ、ただ少し変わった石だなぁ、と思って」

 ミカエラが言う。マリーツァも確かに、と思った。魔石というのは炎や氷、大地や雷などの属性を持っている。先程の少女が買ったのもそうだ。だが、ミカエラが見ていたその魔石はどこか不穏な光を放っている。

「これは高位の魔道士……しかも大魔道士クラスの実力が無いと制御が出来ないような、そういう石だよ。こういう魔石は、さっきのお嬢ちゃんが買った魔石みたいに手頃な値段にはならない。まあ、滅多に売れることもないけどね」

 店主の言葉に、マリーツァはなるほどと思った。黒い光を放つその石はただ置かれているのではなく、分厚い硝子の箱に入れられているのだ。きっと、箱には幾重にも封魔の魔法が施されているだろう。それくらい危険な力を秘めているのだ、この魔石には。

「……そうなんですね。いろいろと教えてくださって、ありがとうございます」

 ミカエラが微笑んだ。もう、ここにいるのは、いつもの彼女だ。

「これ、ふたつ頂けますか?」

 そう言ってミカエラが指さしたのは耳飾りだった。赤い石があしらわれているものと、それと同じデザインで色違いの青いもの。ああ、と店主が応じると、ミカエラは財布を取り出し、彼から言われた額を支払う。

「小さいけど、使われているのは本当の魔石だよ。ちょっとしたお守りになるから、最近女の子たちに人気でね。店に入ってもすぐに売れてしまうことが多いんだけど、ちょうどふたつ残っていて良かったな」

 店主が耳飾りをミカエラへと手渡す。もう一度礼を言う彼女に続く形で、マリーツァも店を離れる。そして、去っていくふたりを、店主はそれこそ魔石のように澄み渡る瞳で見つめていた。


「はい、マリーツァ」

 にっこりと笑い、ミカエラが買ったばかりの髪飾りをマリーツァへ差し出した。え、と首を小さくひねりながらも、マリーツァは受け取った。青い石のとても綺麗な耳飾りを。それはこのセフィーラを見守っている空の色をしていた。

「色違いで私とお揃いだよ」

 そう言うミカエラの手にあるのは、赤い魔石が使われた耳飾り。陽の光に照らされたそれはきらきらと輝きを増す。

「今日がお誕生日でも、なにかの記念日ってわけでも無いけれど、こういうのっていいよね? 私、いつもマリーツァに良くしてもらっているから、ありがとうの気持ちを形にしたかったの」

 ミカエラが頬を僅かに赤く染めた。照れくさそうに言うその姿に、マリーツァも同じ色を帯びる。

「私の方こそありがとう。大事にするね」

 手のひらの上で、それは眩いほどに煌めく。マリーツァはとても嬉しかった。プレゼントとしてこの耳飾りを貰えたことだけではなく、かけがえのない友の穏やかな笑顔と言葉が。せっかくだからここで、とマリーツァが耳飾りをつけた。ハイドランジアを通り抜ける風が、それを小さく揺らした。ミカエラも、マリーツァに続く形で耳たぶに光を添える。

「似合っているよ、ミカエラ」

「マリーツァも、ね」

 そう言って、微笑み合うふたり。こんな日々がいつまでも続けばいい。マリーツァが空を仰いだ。青い、どこまでも青い、空はいつだって自分たちを見つめていた。

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