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いつか散る花に恋して  作者: 美鳥ミユ
CHAPTER 02:破滅の詩と光の歌
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 またか、と少女は大きな溜め息と共に朝を迎えた。ここ最近、気が滅入るほどに夢見が悪い。酷く傷付くような夢や、目覚めても暫くもやもやとした気持ちになる夢。そして顔も名前も知らない人物に冷たい言葉を投げつけられる夢――少女は何とか身体を起こす。魘されたせいだろう、体中が汗でベタベタしている。


 ここは森の都アルビジア。この美しい街で暮らす、ルルディ族と呼ばれる者たちが待ち侘びた、新緑の季節がようやくここにも訪れていた。木々は青々とした葉をつけ、枝も長く伸びて、それらは爽やかな風に揺れて語らう。

 ルルディの少女――ミスティアは白いタオルで汗を拭き、身支度を手早く済ませた。今日は友人と会う約束をしている。先日も不可思議な夢を見たのだが、その時は激しい頭痛に襲われた。今回は少々頭が重いくらいだ、ミスティアは少しだけ安心した。今日は大切な日なのだから。

 魔石の扱いに長け、自然の中で天より与えられた長い時を暮らすルルディ。彼らの大半は、ここアルビジアで生活をしている。グランディネという王を戴き、浮遊大陸「ビエント」の全土を治めているジュビア王国。その王都イリスなどでは、稀に姿が見られる程度。そもそも、ルルディには他種族との干渉を嫌う傾向があった。ミスティアも、アルビジアの外で生きる自分など、想像することすら出来ない。


 白いパンと熱いスープ。それからサラダを少し。そんな朝食をとり、ミスティアは家を出た。今日も晴天で、真っ青な空と清々しい風が、少女のことを見守っている。揺れる花の色は様々で、美しい翅の蝶々が蜜を求めて鮮やかな色彩の中を飛んでいた。

 友人とは、街のほぼ中央にある神木の前で待ち合わせていた。樹齢は千年を軽く超えるというその神木は、アルビジアと、ここで生活をするルルディたちをずっと見つめてきた。いわばこの街の守り神であり、シンボルだ。誰もがこの神木に、自分たちの未来が、希望に包まれたものになりますようにと願っている。


 ミスティアは、待ち合わせ時間よりも少し早く、神木の前に到着した。変わらずに巨木はすっと立ち、アルビジアのすべてを見ている。澄んだ空気を吸い込んで、伸びをする。風が吹く度に、草木は歌う。小鳥たちと一緒に。自分の心を縛り付けるような、あの夢の内容を忘れることは出来なかったけれど、いつもと同じアルビジアの美しい景色は、夢に伴う痛みを少しだけ癒やしてくれる。

 約束の時間まで、あと三分。数メートル先に、友の姿が見えた。肩まで伸びた桜色の髪を揺らして、ミスティアのもとへと駆け寄ってくる。

「グレイス!」

 彼女はミスティアの幼馴染で、大切な親友。同い年で、誕生日も近く、幼い頃からずっと一緒だ。そして、グレイスはルルディ族長の娘でもある。

「おはよう、ミスティア」

「ええ、おはよう。ふふっ、やっぱりあなたにはその髪飾りが似合うわね」

 ミスティアは微笑んで言った。先日、グレイスはこの髪飾りをなくして酷くへこんでいた。それは、母親が誕生日にプレゼントしてくれたという。綺麗な花をあしらったこれは、グレイスにとって宝物なのだ。

「えへへ、ありがとう。少し待たせちゃったみたいだね」

「いいのよ、私が早く着き過ぎただけなんだから」

 それより、とミスティアは続ける。

「今日は、森に花を摘みにいくのよね?」

「うん。もうすぐお母様の誕生日だから。あ、でも、本当に付き合わせちゃって、良かったの?」

 グレイスは小首を傾げた。そんな彼女にミスティアは笑う。そんなことを気にする仲でも無いでしょう、と付け加えながら。

「確か、南の森よね。ちょっと奥へ入ったところに、綺麗な花が群生していたはずよ」

「そうそう。じゃあ、行こう?」

 そう口にしたグレイスに、ミスティアはええ、と答えて歩き出した。アルビジアを取り囲む森は、様々な顔を持つ。今回向かう南側は、柔らかな光の降る、明るい森。出会い頭に襲いかかってくるような、危険な魔物も生息していないことから、ルルディの子どもたちにとっては、かっこうの遊び場でもあった。勿論、ミスティアたちも幼い頃はよくそこで遊んだ。

「おやおや、ミスティアにグレイスじゃないかい」

 南へ向かうふたりに、老女が声を掛ける。ミスティアもグレイスも、彼女の顔と名前を知っている。アルビジアは、そう人口の多い街ではないからだろうか。

「おはよう。今日はふたりでお出かけかい?」

「はい、そうです、メイリーさん。これから南の森に行くつもりです」

 グレイスが問いかけに答えた。メイリーはそうかい、と答えて笑む。

「南側なら、そんなに危なくはないだろうけど、気をつけるんだよ」

「ええ、気をつけるわ。ありがとう」

 何度かひらひらと手を振るメイリーに、そう返事をしたのはミスティアだった。メイリーは毎日のように同年代の知人とお茶をしていることで有名だ。きっと、今日もそうなのだろう。そんな彼女と別れて、ふたりは森へと急ぐ。


 アーチをくぐって、ふたりは南の森に足を踏み入れた。鳥が歌っている。何という名前の鳥であるかは分からないが、その歌声は何度も聞いたことがある。馴染みのある囀りだ。

「――やっぱり、ここは空気が美味しいね」

 グレイスは深呼吸をして言った。木々の枝葉の合間から、優しい光が落ちてくる。ミスティアも「そうね」と言って息を吸い込んだ。

「もうちょっと先だったわよね、行きましょうか」

「うん」

 ふたり並んで、森の奥を目指す。花が群生しているところまで立ち入るのは、久しぶりのことだ。確か、直近で向かった時はコーネリウスと一緒だった。ミスティアは記憶を辿る。コーネリウスはもうひとりの幼馴染。深緑の瞳をした彼は、ミスティアにとっても、グレイスにとっても、たったひとりの異性の友達だ。どういうことか、ルルディ族という種は、女性が多い。全体の七割ほどを女性が占める。

 コーネリウスと南の森に入った時も、花を摘むことが目的だった。その時はグレイスの誕生日前で、彼女の為に、花冠を作って渡す計画を立てていたのだ。グレイスは大変喜んでくれた。贈り物をしたミスティアとコーネリウスが少々驚くくらいに。グレイスは花や緑を愛する、とても心優しい少女なのだ。また来年の誕生日にも、何かをプレゼントしたい。あの太陽のように眩しい笑顔を見る為に。

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