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いつか散る花に恋して  作者: 美鳥ミユ
CHAPTER 02:破滅の詩と光の歌
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13

 雲ひとつない空が、青に揺蕩う浮遊大陸と人々の営みを見守る。王都ハイドランジアは「光の巫女」の誕生に沸いていた。それもそのはず、国王ヒンメルが正式にシエルの民へ宣言したのだ――セレーネ・エレーミアという名の少女が光の巫女として目覚めたことを。

 巫女やそれらを選ぶ女神の伝承は、誰もが知っている。事実と認める者、そうではない者、どちらとも言えないと狭間で揺れる者と、どのように解釈するかはまちまちだったが、セレーネの目覚めは、民衆の考えを大きく動かすものだった。

「なあ、光の巫女様が現れたってことは、破滅の巫女も目覚めるということなのか?」

「分からないわ……でも、古の時代はそうだったのでしょう? 怖いわ、もしそうだったとしたら……」

「そもそもそれを止める為に、光の巫女は戦うんじゃないの? アタシはそう思うけどな」

 多くの人で賑わう城下町は、そんな話題で持ち切りだ。

「でも、俺は見たぜ。巫女様のこと。ぱっと見た感じだと十五とか、十六とか、それくらいの女の子だったぞ?」

「それじゃあ、まだ子どもじゃない。私の娘と同じくらいだわ。国王陛下はそんな子どもに重責を担わせるの?」

「おいおい、陛下の決めたことだぞ、口を慎め。どこで誰が聞いているか分からないんだからな……」

 酒場も、露店も、魔法学校も――どこもかしこも、きっと同じような話が飛び交っているはずだ。それくらい大きなニュースなのだ。


 少しずつではあるが、太陽は西へと傾きつつある。美しい青空は、もう暫く経てば黄昏色に塗り替えられていくだろう。そんな中、双子の姉弟なのだろう、よく似た顔の少女と少年が、母親と思しき女性と手を繋いで歩いている。

「ねえねえ、お母さん。光の巫女様は、もうハイドランジアを出るのかなぁ?」

「さあ、どうかしらね。急ぎの旅でしょうから、準備が整ったらすぐにでも出発するかもしれないわね」

「そっか。僕、巫女様に会ってみたいな!」

「わたしも!」

 双子は同時に飛び跳ねる。母親は困ったような顔をした。巫女に会ってみたいという気持ちはよく分かるが、飛行船のターミナルは、同じ気持ちの人々でごった返していると思われる。

「でも、今日は歌のお稽古の日でしょう? 先生があなたたちのことを待っているのに、巫女様を見に行ったら先生、どう思うかしら?」

「だったら、先生も見に行けばいいと思う!」

 少女が名案だと言わんばかりに胸を張る。母親は大きく息を吐き出して、我が子と目線を合わせる。

「駄目よ、あんまり我儘を言わないの」

 えー、とぴったり声を重ねる双子の手を、女性は強く握って、早く行きましょう、と続けた。渋々といった様子ではあったが、双子は「はーい」と再び声を揃え、茜色に変わった空の下を歩いていく。

 時計台の鐘が鳴った。何度も反響するそれは、ハイドランジアの時を正確に刻んでいく。紅く焼けた空を、群れを成して飛んでいく鳥はきっとねぐらを目指しているのだろう。羽をゆっくりと休めることの出来る場所へと。




 同時刻。セレーネは、ラスターとふたりで飛空船が発着するターミナルに入った。普段から人の多い場所ではあるが、今日は混雑している。セレーネが人酔いをしてしまいそうになるほどで、その大半が光の巫女が出発する、その瞬間を見送る為につめかけたのだ、当事者であるところのセレーネは、汗が伝うのを感じた。

「まあ、ラスター殿下だわ!」

「シエルの第一王子が、光の巫女と運命を共有するという話は、事実だったのね?」

「私、ずっと王都暮らしだけど、殿下をこんなにも近くで見るのは初めてよ。なんて素敵な方なの!」

 黄色い声が四方八方から飛ぶ。ラスターは集う女性たちにひらひらと手を振る。彼は慣れているのだ、こういったことに。反対に、セレーネは慣れていない。ほんの少し前までは、一般市民だったのだから無理もない話ではある。

「さあ、セレーネ、行きましょう」

 飛行船の準備も整ったようだ。今回移動に使用する飛行船は、シエル王宮が所有するもの。ラスターがセレーネにすらりとした手を差し出す。あまり日に焼けていない、白い手。これまで、異性と触れ合う経験がほぼ無かったセレーネは、その行為に一瞬躊躇った。だが、それでもすぐに「はい」と答えて、自らの手とそれを繋ぐ。ほう、と誰かが息を漏らす。ラスターの手は温かかった。


 そろそろふたりが乗船する――その時だった、数えきれないほどに密集する人々の海をかき分けて、ふたりの少女と、少年がひとり、前へと進んできたのは。

「――セレーネ!」

 三人は、セレーネの友人だった。ハイドランジア魔法学校で、魔道士になるという同じ夢を叶える為に、日々学んできた大切な仲間。急ぐ必要はあったが、ラスターは何も言わなかった。駆けつけたのは、セレーネにとってかけがえのない友達。暫くの間は会うことも、それ以前に話をすることさえ出来なくなる。

 まず、緑のストレートヘアに、それと同じ緑色の瞳をした小柄な少女がセレーネを見据えて声をかける。

「セレーネちゃん、無理はしないでね。わたしたち、ずっとあなたの帰りを待っているからね?」

「マオちゃん……うん、待っていて。また一緒に、いろんな話をしようね」

 マオと呼ばれた少女に続いたのは、スヴァット。眼鏡をかけ、その奥にある黒い瞳が、真っ直ぐにセレーネのことを見つめている。セレーネの数少ない異性の友人だ。

「セレーネ、僕はハイドランジアで君の無事を祈っているよ」

 スヴァットは言い終わると数秒間目を瞑り、それからまた彼女にエールを贈る。頑張れ。短いけれど、何よりも背中を押してくれる言葉に、セレーネはスヴァットにふわりと笑いかけた。

「……ねえ、セレーネ」

 最後に声をかけたのは、先日試験が終わったあと、一緒にランチをした茶髪の少女、マロンだった。あの時と違って、髪を下ろしている。癖があるから、と言って、ほとんどの場面でマロンは髪を結っていたから、その姿は新鮮に見える。

「あ、あのさ……あたし、前に言ったよね。セレーネが巫女になったら大変そうだって。ごめんね、別に変な意味じゃなかったけど……セレーネが気にしているかもしれないから、話しておきたかったの。なんだか、蒸し返すみたいだけど……」

「ううん、そんなの全然気にしてないよ、マロン。今の今まで、忘れていたくらいだよ」

「本当? ふふっ、セレーネは優しいね。あたし、セレーネのそういうところ好きだよ。……セレーネ。あたしも待っているね、マオやスヴァット……それに、マーティン教授やフォーサイス教授……それに、クレスウェル教授……みんなが、セレーネの味方だからね」

 マロンの言葉に、マオとスヴァットも大きく頷く。


 友との話が終わったのを見計らい、ラスターがセレーネを呼んだ。いよいよだ、セレーネは一度振り返り、頭を下げた。数秒後、顔を上げたセレーネは、左の手で胸を押さえると、ここにいるすべての人々に向けて言った。

「……私は、まだまだ未熟です。頼りなく見えるでしょうし、実際のところも、そうかもしれません。ですが、光の巫女としての役目を必ずや果たすと、光の女神ルーチェ……いえ、このセフィーラという美しい世界を愛する、全ての神々に誓います」

 凛とした声だった。それは、友人たちへ綴った声とは、まるで違う。どこからか拍手の音がしたかと思うと、それはターミナル中へ広がっていき、マオたちもぱちぱちと手を叩く。

「僕も誓おう、光の巫女セレーネを守り抜くと」

 ラスターが大きな声で宣言した。また拍手が鳴り響く。それはセレーネとラスターが飛行船へ乗り込んでも続いていた。

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