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いつか散る花に恋して  作者: 美鳥ミユ
CHAPTER 02:破滅の詩と光の歌
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 ハイドランジア魔法学校の教授たちへの説明を終え、いったん学生寮に戻り、出立の準備を終えたセレーネは、足早に学長室に向かっていた。背負う荷物はそれほど重くはない。

 階段を上がって、廊下を進んで。学長室は大会議室と同じフロアにある。数分もすれば、セレーネは目的地である学長室の前に辿り着く。木製の大きな扉を、彼女はノックした。すぐに返事があって、セレーネは重い扉を引き開ける。

 学長――ブリジット・クレスウェルはソファに座っていた。そして、硝子のテーブルの上には何冊かの本と、それから地図が広げられている。学長は真っ直ぐにセレーネのことを見つめ、そして自分の正面に座るよう促した。彼女が座るソファと色も形も同じものに、セレーネはそっと腰を下ろした。

「あまり時間をかけることは出来ませんから、すぐに本題に入りますね」

「……はい」

 頷くセレーネに、学長はこう切り出した。

「この時代の光の巫女として選ばれたあなたを、国王陛下がお呼びです。偉大なるヒンメル国王陛下は、セフィーラの平穏と繁栄を、心から願っておられます」

 彼女の話によれば、セレーネよりも先に力を与えられた花の巫女も、ヒンメル王に謁見をしたという。きっと花の巫女――マリーツァという少女も、緊張感に包まれながら、ヒンメル王との謁見に臨んだのだろう。セレーネがそうであるように、マリーツァも祝福を授かる前までは、ごく普通の、どこにでもいるひとりの少女だったはずだ。

「……分かりました」

 セレーネが答え、学長はほっとしたようだった。彼女は続ける。今すぐに向かって欲しい、と。シエル王城は、ここからそう遠くはない。セレーネは腰を上げる。

 国王陛下との謁見など恐れ多いが、自分はもうただの人間ではなくなってしまった。光の女神ルーチェによって選ばれた、光の巫女。古の時代を、激動の時代を駆け抜けた聖女クラウディアのように、自分はこの役目を果たせるのだろうか。正直、不安だ。しかし、自ら決めたことなのだ、セレーネはぐっと手に力を込める。そして学長に深々と頭を下げてから、セレーネは学長室を退室した。

「ああ、セフィーラを見守る神々よ――どうか巫女たちに輝く未来を」

 学長は手を組んで、祈りの言葉を綴る。光の巫女と、花の巫女。彼女が知っている範囲では、このふたりが覚醒した。他の女神もそう遠くはない将来、巫女を選ぶ。それに、と学長は胸に手を押し当てる。希望をもたらす者だけではない。絶望を撒き散らす存在も、おそらくは目覚める。このことは、セレーネにも確認をした。

 自分に出来るのは、セレーネたちの無事を願うこと。世界の未来を思うこと。そして、ハイドランジア魔法学校に夢を追って通う学生たちを見守ること。ブリジット・クレスウェルは重ね重ね神々に祈るのだった。




 高く伸びる尖塔。雪のように白い壁。堂々とした姿をしているこの城こそが、シエル王国の王城である。セレーネはそれを見上げた。ハイドランジアで生活をするようになって一年以上。当然のことだがはじめてだ、ここに来るのは。城門前には衛兵が数人おり、それぞれが剣や槍を手にしている。セレーネは背筋を伸ばす。そして、自らが巫女である証――例の刻印を彼らに見せた。それなりに時間が経っているはずなのに、その刻印は熱を持ったままだ。

「あなたが光の巫女……ですね?」

 代表して、衛兵のひとりがセレーネへ言う。彼が最年長者なのだろう、一瞬は目を見開き、驚いた様子を見せたがその声ははっきりとしたもので、冷静さを保っている。セレーネは「はい」と答えた。彼は剣を下げた。同時に、他の衛兵たちもそれに倣う。

「巫女様、私が案内致します」

「……はい」

「では、こちらへ」

 彼について歩いていく。城内は思っていたより静かだった。壁や天井には、神殿ほどではないが細かい装飾がされており、到るところにランプが灯されている。ダークレッドの絨毯が敷かれた回廊。セレーネは心臓の鼓動が早まっていくのを感じつつ、足を早めた。


 どのくらい歩いただろう。衛兵が立ち止まる。一際大きな扉の前だ。セレーネは察する。ここが謁見の間なのだろう。扉の前にも人影がある。セレーネをここまで案内した衛兵が、彼らに耳打ちをした。

 セレーネは深呼吸をし、なんとか心を落ち着かせようと試みる。だが、この大国シエルを統べている王――ヒンメルと直接話をするなど、数日前の自分に教えても信じてはもらえなかっただろう。セレーネはごく普通の少女だった。魔道士になることを夢見て、王都ハイドランジアの魔法学校で勉学に励む、そんな自分が、今では遥か彼方のものになってしまった。

「……大変お待たせ致しました、光の巫女様」

 彼女が考え事をしている間に、準備は整ったようだった。扉がぎい、と軋みつつ開かれる。セレーネは入室を促されて中へ一歩を踏み入れた。一層濃い色の絨毯が敷かれ、大きなシャンデリアが広いこの部屋に光をもたらす。


「……そなたが光の巫女か」

 ヒンメル王はゆっくりと言いながら、セレーネの姿をじっと見た。

「セレーネ・エレーミアと申します」

「そなたが大魔道士ブリジットのもとで日々勉学に励んでいたことは聞いておる。私に見せてもらえるだろうか、セレーネ。巫女の刻印を」

 王へ、セレーネは近付いた。左手の甲に光る、それを彼に見せる為に。まじまじとヒンメル王は刻印を見た。光の女神がこの少女を選んで、力を、祝福を与えた証を。

「すまぬ。そなたのことを疑っていた訳ではないが、まさか本当に光の巫女が現れるとは……」

 大きく息を吐き出して、ヒンメル王は続ける。

「この世界に危機が迫っていることは事実なのだな。先日、マリーツァ……花の巫女も、友と騎士たちと共にハイドランジアを出発した。セレーネ、彼女はそなたの仲間になる存在だ」

「はい、存じております。私も花の巫女が王都のターミナルで出発するのを、この目で見ておりました」

「そうか、それもまた巡り合わせかもしれん」

 セレーネに対し、ヒンメル王は一度頷いた。そして、じっと彼女のことを見つめる。古の光の巫女――聖女クラウディアが歩んだのは、荊棘の道だっただろう。無数の傷を負いながら、彼女はセフィーラを救った。今の自分に彼女と同じことが出来るとは、到底思えない。だが、それでもセレーネは進まねばならない。戦わなければならない。

「光の巫女セレーネ、必ず帰ってくるのだぞ」

 ヒンメル王は真っ直ぐに少女に目を向けた。

「私は、この国の王としてではなく、セフィーラで生きるひとりの人間として祈ろう。そなたたちの無事を」

「……はい、ありがとうございます」

 セレーネが頭を垂れた。揺れ踊るのは金の髪。顔を上げた彼女の瞳には、強い意志の光が宿されている。そんな彼女を見て、ヒンメル王は安堵した。瞼を閉じる。その裏側に描くのは、先日王都ハイドランジアから旅立った、花の巫女マリーツァ。そして、彼女の旅に同行する少女ミカエラ。加えて、巫女を護る剣ウィスタリアに、巫女を護る盾ヴィルヘルム。光の巫女として目覚めたセレーネは、いつかどこかでマリーツァたちの辿る運命(さだめ)と交わるだろう。

 ヒンメル王が瞼を開いた、ちょうどその時だった。扉が丁寧に数回ノックされたのは。セレーネは不思議そうな顔をしたが、ヒンメル王は動じずに「入りなさい」と命じた。それを待って、扉が開く。

 従者を伴って入ってきたのは、国王とよく似た顔立ちに、やはり王と同じく金色の瞳をした青年だった。セレーネは知らない、彼のことを何も。だがしかし、察することは出来た。もしかしたら、彼は。

「遅くなって申し訳ございません、父上」

「……構わんよ、ラスター」

 ラスター。そう呼ばれた彼は、ここシエルの第一王子。ヒンメル王の唯一の息子で、王位継承権は当然第一位である。

「セレーネ、紹介しよう。我が息子、ラスターだ」

「はじめまして、あなたが光の巫女ですね?」

「は、はい……私は、セレーネと申します」

 王子は爽やかに笑った。見たところ、セレーネより幾つか年上だろう。ラスターはセレーネへと手を伸ばし、そのセレーネは緊張したまま握手に応じる。当然だが、彼の手は少女のそれよりずっと大きく、がっちりとしていた。

「シエルの第一王子は、光の巫女とともに生きる――これは、古から王家に伝えられてきたことだが、巫女が目覚めることは無かった。故に、事実上この慣わしは途絶えていた。しかし、セレーネ。そなたは現代を生きる光の巫女。セレーネよ、ラスターの同行を受け入れてはもらえないだろうか」

 ヒンメル王の言葉に、セレーネは「はい」と答えた。少し、声も表情も強張ってしまっただろうか。不安に思ったセレーネだったが、ヒンメル王もラスター王子も、気にしてはおらず、何も追及してはこなかった。

「僕は三年間、イリス魔法学院に留学をしていました。ですから、ある程度なら戦えます。セレーネ、きっとあなたの力になれると思いますよ」

 イリス魔法学院。それは隣国ジュビアにある。ハイドランジア魔法学校と並んで、魔道士を志す者が通う大規模な学校だ。そのイリス魔法学院を出ているということは、彼はシエルの王子であり、魔道士という、ふたつの顔を持っているということになる。

「……よろしくお願い致します、ラスター様」

「ええ、こちらこそ。父上、私は必ず光の巫女をお守りし……この城へ戻ることを誓います」

「うむ」

 誓いを立てた息子に、父は頷く。

「ああ、ラスターよ。出発前にフィアールカにも挨拶をしていきなさい。あの子は酷く心配性だからな」

「分かりました。では、セレーネ」

 行きましょうか、ラスター王子ははっきりとした声で言った。セレーネは彼と共に謁見の間をあとにした。


 そのまま二人が向かったのは、中庭だった。たくさんの花々が咲き乱れている。吹き抜けていく緑の風が清々しい。絵に描いたように美しい中庭。そこには、如雨露(じょうろ)を用いて花に水を与えている少女がいた。ラスター王子とそっくりの銀髪を、高い位置でふたつに結わえている。しかし、つぶらな瞳の色は全く違う菫色。

「まあ、お兄様!」

 少女が駆け寄ってくる。真っ白なドレスの裾が大きく翻った。

「……あら、どなたですの? この方は。わたくし、一度もお見かけしたことがありませんわ!」

「フィアールカ」

 ラスター王子は、溜め息混じりで妹の名を呼ぶ。たしなめるような眼差しをしているが、フィアールカは続ける。

「まさか、お、お兄様。この方と恋仲だとか――」

「話を聞きなさい、フィアールカ」

 置いてけぼりのセレーネは、ふたりの間でおろおろとするばかり。

「セレーネ。彼女はフィアールカ。シエルの第一王女で、僕の妹です」

 フィアールカは、そっと如雨露を置いて、胸を張った。如何にも王女らしい上品なドレスを着こなし、とても整った顔をしている。それなのに気の強さが全面に出てしまっている。

「そして、フィアールカ。こちらはセレーネ。先日目覚めた、新しい光の巫女です」

「まあ……あなたが噂の巫女様でしたのね。ごめんなさい、セレーネさん。わたくしの名はフィアールカ。お兄様の、七つ違いの妹ですわ」

 フィアールカがふわりと微笑んだ。黙っていれば美少女、とはこういう人のことを言うのか。セレーネは心の片隅でそんなことを不躾ながら考えた。

「と、言うことは……まさかお兄様、ハイドランジアを離れるのですか!?」

「そうだよ。父上からも命じられた」

 兄が言うと、妹は真っ青な顔になった。そしてセレーネへと噛み付く。

「だ、駄目ですわ! お兄様、お願いですから、考え直してください。き、危険ですわ! それに……セレーネさんとは、ついさっき出会ったばかりなのでしょう? 名前くらいしか知らないような女と旅立つなんて、わたくし、絶対に反対ですわ!」

「フィアールカ。君が言う通り、僕とセレーネは出会ったばかりだ。確かにまだ名前しか知らない。だけど、セレーネは光の巫女で、僕はシエル王国の第一王子。これがどういう意味なのか、シエルの王女の君には分かるだろう?」

 ラスター王子は一気に長い台詞を口にする。項垂れるフィアールカは、ぎゅっと手に力を込めた。彼女は、大好きな兄がセレーネに奪われたように感じているのだろう。勿論、兄が危険な目に遭うかもしれないことを、不安に思う気持ちも本当のものなのだろうが。

「では、セレーネさん」

 約束をしてください、といってフィアールカは小指を差し出す。セレーネは小さな声を漏らした。自分に振られるとは想像していなかったせいだ。

「お兄様を、必ずここに……わたくしのもとに、連れ帰ってきてください」

 兄がまた妹の名を呼びかけたが、それより先にセレーネが答えた。フィアールカ王女の指と、自身の指をそっと絡めて。

「……はい、フィアールカ様。約束します」

 セレーネが穏やかな口調で答えた。細い指が離れて、フィアールカはもう一度、自分よりもずっと背の高い兄を見上げる。

「お父様と一緒に、わたくしはこのお城で待っていますわ。だから……だから、一秒でも早く帰ってきてくださいね、ラスターお兄様」

「分かっているよ、僕の大切なフィアールカ」

 ラスター王子は、妹の頭を撫でる。そのぬくもりがフィアールカはとても嬉しかった。だがそれと同時に、無性に寂しくもなった。しばらくはこうしてもらえない、そうはっきりと言い放たれたようで。

「では、僕らは行くよ。急がなければいけないからね」

 花の巫女に追いつく為にも。そう続けた彼と一緒に、セレーネは中庭から去った。残されたフィアールカは、銀の如雨露を持ち上げる。もう半分以上、水は無くなっていた。

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