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いつか散る花に恋して  作者: 美鳥ミユ
CHAPTER 02:破滅の詩と光の歌
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11

 背伸びをする木々が生い茂る森を抜け、セレーネはシエル王国の王都ハイドランジアへ戻ってきた。時刻は午前十一時を少し過ぎており、街の中は活気で溢れている。時間が時間であるから、あちらこちらから美味しそうな食べ物の香りが漂ってくる。

 セレーネはそんな街の中を、ひたすらに歩いて魔法学校へと急いだ。手の甲に刻まれた十字架が他者に見られないように注意を払いつつ。なだらかな坂を上れば、もうハイドランジア魔法学校は目と鼻の先。試験が終わった直後で、そもそも連休中ということもあって、学校の付近でも学生の姿は少なめだ。セレーネは普段通り門をくぐる。それから構内へと入り、担任であるマーティン教授の研究室を目指した。この時間ならば、きっと研究室にいるはずだ。


 セレーネは四階まで駆け上がった。研究室の前まで急ぎ足で向かい、扉を数回ノックする。丁度よいことに、マーティン教授は在室だったようで、すぐに聞き慣れた声が返ってきた。セレーネが扉を引き開けると、彼は椅子に座り、分厚い書物を広げていた。

「……ああ、エレーミアか。そんなに息を切らして、何かあったのかな」

 マーティン教授はセレーネを見て問いかける。

「ええ、とても大事なお話があるのです」

「火急の用事かい?」

「はい。少し、お時間を頂けないでしょうか」

 真剣な目のセレーネに、彼は何かを察した様子で彼女を座るように促す。教授のちょうど正面の椅子だ、セレーネは座し、その間にマーティン教授は書物に栞を挟んだ。窓は少しだけ開いており、そこからそよ風が入ってくる。近くの公園で子どもたちが遊んでいるのか、楽しそうな声もこの一室へと届いた。ここだけ切り取ってみれば、平穏な日常の風景。

 セレーネはまず、例の刻印を彼へと見せた。マーティン教授の表情が、あっという間に深刻なものへと変わっていく。

「これは、光の……。エレーミア、まさか君は光の神殿へ?」

「……はい。私は、生まれも育ちもディセントラで、偶然実家に戻っていたのです。魔物が光の神殿内に多数現れたと聞いて、急いで加勢に向かいました。ですが、ふたりも犠牲が出てしまって……。魔物との戦いのあと、私は神殿の最奥部で光の女神――ルーチェ様の声を、この耳で聞きました」

 セレーネは一度、言葉を切った。マーティン教授はまるで石のように黙ったまま、教え子の話を聞いている。

「女神様は、私にこう告げたのです。新しい光の巫女として、この世界を……セフィーラを導いて欲しい、と。女神様はこうも仰っていました……このままでは悲劇が繰り返されてしまうのだと」

「……そう、か。途方も無い話だが、君が嘘をつく理由は無い。それ以前に、君は誠実な学生だ。悪い冗談を言うはずがない……。エレーミア。覚悟は――決めているようだね」

 教授は、深く息を吐き出した。そしてすっと立ち上がり、セレーネに「着いてきなさい」と言って、研究室の扉を開ける。マーティン教授の背中を追うように、セレーネは廊下を歩いた。普段よりも、少し早足だ。

 向かうのは、他の教授たちが集まっているはずの大会議室。今日のこの時間は、ちょうど大きな会議があるという。マーティン教授を含めた数人は、それに加わっていないようだが、そういった教授たちはおそらく放送で招集するか、都合がよい時に話をするのだろう。王都にいないフォーサイス教授などが後者にあたる。セレーネが大会議室へ入るのは、入学してから初めてだった。


 大会議室。それは最上階にある。ここからは、ハイドランジアの街を一望出来る。そこに、マーティン教授が先に入室した。セレーネは外で待つ。ややあって、彼が扉を開ける。そこから若い女性が飛び出していく。彼女がこの場にいない人たちを呼び出すのだろう。セレーネは彼女と入れ違う形で中へと入った。

「セレーネさん……」

 真っ先に口を開いたのは、治癒魔法を専門とする女性教授だった。今学期、セレーネは彼女から魔法を用いた治癒術を学んでいる。彼女の顔には動揺が色濃く出ており、そしてそれは、ここにいる他の教授の殆ども同じだった。

「エレーミア。もう一度、最初から話をしてくれるかい?」

 静かに言うマーティン教授に、セレーネは「はい」と答えて、つい先程彼に話した内容を改めて綴っていく。ここにいるのは、セレーネよりずっと魔法の扱いに長けた者たちだ。大魔道士の称号を得ている者も少なくない。

 しかし、少女の話に、誰もが驚く。彼女が刻印を見せる。赤い傷のようにも見える十字架。それが何を指し示すのかを、彼らは知っている。だが、現実だと受け止めるのには、それなりの時間を要するものだった。

「つまり、セレーネ・エレーミアさん。あなたが、新しい光の巫女として選ばれた……そういうことですね?」

 代表して口を開いたのは、ハイドランジア魔法学校の学長――ブリジット・クレスウェルであった。学長は、とても落ち着いている。普段と同じだ、この部屋にいる者たちの中で、唯一と言っていいかもしれない。学長にセレーネは「はい」と答えた。学長は、シエル王国のヒンメル王からも正式に認められた大魔道士で、炎魔法のエキスパートとして名を知られた女性だ。魔道士になることを夢見て、魔法を学ぶ者であれば、誰でも知っている――とても偉大な女性魔道士だ。冷静さを保っているのは流石と言える。

「これは、ここにいる皆が知っていることですが――聖女クラウディアは、光の女神ルーチェに選ばれ、与えられた力を以て、破滅の巫女に打ち勝ちました。セフィーラを救った聖女クラウディアには、花の女神フルールに選ばれた花の巫女など……数名の仲間が、戦いが終わるその時まで側におり、支えていたといいます」

 学長は真っ直ぐにセレーネを見た。

「破滅を願う者は、完全にこの世界から消滅した訳ではありません。聖女クラウディアは自身を犠牲にする形で、その者を封じました。セレーネさん。あなたが女神より、力を授かったのは、悪しき者の目覚めが近いからですね?」

 それは、最早問いかけではない。確認だ。

「……はい。彼の者は今も暗い願いを抱いていて、このままでは悲劇が繰り返されてしまう……確かに、光の女神様は、そう仰っていました」

 セレーネの返事を、ここにいるすべての人たちが沈黙したまま聞いている。顔を見合わせている者もいれば、目を大きくさせてセレーネからそれを逸らせずにいる者もいた。時計が進む音ばかりが響く。

「少し前、花の巫女が目覚めました。セレーネ、あなたはこのことを知っていますか?」

 学長が問うので、セレーネは首を縦に振ってから、マリーツァの名を出した。ハイドランジアの飛空船ターミナルで、花の巫女とその仲間たちが旅立ったのを、セレーネは間近に見たのである。それだけでは無く、花の巫女とちょっとした会話もした。包み隠さず、セレーネはこのことについても口にする。おそらく自分より少しだけ年上の彼女は、受け入れていた。課せられた使命と、与えられた運命を。

「あなたが花の巫女と出会ったことには、大きな意味があったのかもしれませんね」

 ふう、と学長は息を吐き出す。

「セレーネさん。あなたは多くの学生と同じように、魔道士になることを夢見ていることでしょう。その為に、故郷を離れて、勉学に努めてきたはず。学長という立場の私が、このように言うのは正しくないことかもしれませんが――セレーネさん。あなたには、やるべきことがあります。この学び舎を……ハイドランジア魔法学校から離れて、巫女たちと共に力を合わせ、セフィーラの為に戦うこと……世界の未来は、あなたにかかっているのです」

「……はい。私は覚悟を決めました。それに、父と母とも約束を交わしました。全部が終わったら、ディセントラに帰ると。魔道士への夢は、その後の自分に託します」

 セレーネは言い切った。彼女は、前だけを見ている。迷いを棄てた瞳だ、この大会議室にいる全員が、息を呑んだ。光の巫女としての自覚を持った彼女を見て。

「準備を終えたら、一度、学長室へ来てください」

 学長が小さく頭を下げた。

「分かりました。出来る限り、早く向かいます」

「……ありがとう、セレーネさん。頼みましたよ」

 目を細めた彼女に、セレーネはそっと微笑んだ。それは、春の野に咲いた小さな花のようだった。

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