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いつか散る花に恋して  作者: 美鳥ミユ
CHAPTER 02:破滅の詩と光の歌
21/37

08

 光の神殿へと続く道を、セレーネは走った。強く握りしめた杖には、既に魔石が幾つか嵌め込まれている。無理はしないと、そして、必ず帰ると約束をした。ハイドランジア魔法学校に入学してから、何度も実戦をした経験がある。自分の力を過信してはいけないけれど、やすやすと諦める訳にもいかない。魔道士を目指す者として、そしてこのセフィーラという世界を愛するひとりの人間として――戦い抜いてみせる。絶対に。セレーネは心の奥で誓う。


 しばらく経って、神殿が見えてきた。普段いるはずの警備兵の姿は無い。彼らもきっと魔物を倒す為、神殿に入ったのだろう。セレーネはそのまま駆け抜ける。どこか不穏な冷たい風が吹いており、恐怖感を芽生えさせるような何かが漂ってくる。セレーネはそれでも足を止めなかった。

 光の神殿は雪のように白い外壁と、驚くほど細かい装飾の美しい建物だった。セレーネは門をくぐる。こうやって光の神殿を見るのは初めてだ。女神を祀る聖なる場所のはずなのに、満ちているのは邪悪な魔物の気配。セレーネは中に入る前に、大きく息を吸い込んだ。早まった鼓動を落ち着かせるように。


 意を決して中へ入る。高い天井には、美しい絵が描かれている。柱や壁にも装飾が施され、敷かれた絨毯の色はワインレッド。入り口付近には魔物の姿が無い。その代わり、重症を負った若い男性が倒れ込んでいた。

「大丈夫ですか!?」

 セレーネは駆け寄る。彼の脇腹には(おびただ)しい出血があった。傍らには魔物のものか、それとも彼のものか、血がべっとりと付着した剣が落ちている。うう、と低い声で呻く彼は、やっとの思いで顔を上げた。空色の瞳は虚ろで、もしかしたらもう、目の前にいるセレーネの姿すら見えていないのかもしれなかった。

「い、今すぐ、治療を――」

「いや……いい、それより……」

 治療をします、そう言いかけたセレーネに、彼は声を絞り出す。力は殆ど残されていないようだった。

「この奥に、魔物、が……何体、も……」

 彼は血を吐く。ひたひたと彼に死が迫っていることを、本人は悟っている。また、セレーネも気付いてしまっている。悪夢のような現実が、ここにある。

「もっ、もう、喋らないでください!」

 セレーネが杖を掲げた。治癒効果の魔石はしっかりと嵌め込まれている。だが、彼はセレーネに右の手を伸ばし、血で汚れたその手で彼女を制止する。

「俺は、もう……駄目、だ……」

 だから、無駄に魔力と魔石を消耗しないで欲しい。彼は彼女にそう言っているのだ。

「そんな――」

「お、奥に、俺の……な、仲間が……いるっ……」

 彼が言う通り、奥から音が響いてくる。剣が振り翳される音。弓を射る音。それらに混じって、炎の魔法によって何かが焼ける匂いまで届く。何人かがこの奥で魔物と戦っているのだ。

「仲間を、助けて……くれ……このまま、では……」

 どこにそんな力が残っているのか、彼の懇願する声は先程と比較してとても力強く、そして大きかった。セレーネは涙目で頷くことしか出来ない。彼には彼だけの人生があった。おそらくは家族もおり、彼を想い、彼が無事に帰ってくることを待っている。しかし、彼の命は今ここで尽きようとしていた。

「頼んだ、ぞ……」

 彼がセレーネの手を掴んだ。最期の言葉がセレーネの鼓膜を揺らし、震えながら彼女は頷く。ええ、きっと。それを聞いて彼は口元に僅かな笑みを浮かべて、動かなくなった。だらりと熱度を失いゆく手が落ちていった。

「……」

 セレーネは唇を噛んだ。血の味が口の中で広がる。しかしそれよりも、走る鋭い痛みよりも、名も知らず、これまでに一度も会ったことがない彼の死が辛かった。無力な自分を嘆きたくなる。だが、ここで止まることは許されない。彼は言った。奥にいる仲間たちを助けて欲しいと。セレーネがやるべきこと。それは、死んでいった彼の願いを叶えること。どんなに恐ろしい魔物が自分に襲いかかってきたとしても、必ず倒す。その決意を固め、セレーネは祈りを捧げてから、死闘が繰り広げられているであろう神殿の奥へと進んでいった。



 剣戟(けんげき)の音がする。セレーネは神殿内部へ足を踏み入れた。そこでは、何体もの魔物と、魔道士がひとりと、二人の剣士がそれぞれ得物を手に戦っていた。だが、三人とも相当疲弊しているように見える。

 セレーネの登場を、一番に気付いたのは魔道士だった。そんな彼の隣までセレーネは移動する。杖を握りしめた彼女に、彼はやや安堵の表情を見せた。セレーネは急いで治癒魔法を三人にかけていく。淡い光が徐々に傷を癒やし、代表して剣士のひとりが少女に礼の言葉を口にした。

 だが、戦況は相変わらずこちらが劣勢だ。(うごめ)く魔物たちは、無慈悲に襲いかかってくる。剣のようなものを手に持つ者、弓と矢に似た武器を使う者。そういった人形(ひとがた)の魔物が目立つが、それこそ物語に登場するモンスターのような敵もおり、それらはヒトが使う魔法とは違った独自の魔法でこちらに攻撃してくるようだった。

「嬢ちゃん! この魔物は氷が弱点だ!」

 魔道士が叫んだ。セレーネは頷く。杖にはちょうどいいことに、氷の魔石も嵌め込まれていた。

「ならば……これでッ!」

 ずっと愛用している杖を魔物に向ける。先端から凍てつく氷の息吹が噴射されて、それが直撃したと同時に魔物が絶叫し、そのまま霧となって消えた。その間も、剣士たちが人形の魔物に切りかかり、少しずつではあるが魔物の数は確実に減っていた。

 だが、その気持ちがスキを生んでしまったようだ。戦闘開始から十五分ほど経過した頃。魔道士が悲鳴を上げ、倒れ込む。剣士のひとりが仲間の名らしきものを叫ぶように呼んだ。離れた位置にいたのだ、弓矢を用いる魔物が。矢が深々と彼に刺さっている。セレーネは真っ青になりながら、遠方で弓を射った魔物に炎魔法を直撃させた。どうやら、これで魔物は全部のようだ。少女がトドメをさしているその間に、もうひとりが仲間に駆け寄る。

「おい、しっかりしろッ!」

 魔道士を抱き起こして、彼は何度も声をかけた。魔道士の青年が深々と被っていた帽子は吹き飛んでおり、銀色の美しい髪と、それとは不似合いの痛みで歪んだ表情がよく見えた。

「ははっ……こんなところで、終わりかよ……」

「な、何を言っているんだよ……」

 剣士ふたりと、セレーネが苦しい顔で魔道士の青年を見た。

「俺、格好悪い、な……俺、もっと強く……もっと立派な魔道士に、なりたかっ……た……」

 彼は、もう自分に時間が残されていないことを察していた。仲間たちが名を大声で呼んだ。何度も、何度も――何度も、繰り返す。

「なあ、嬢ちゃん……あんたは、魔道士、志望なのか?」

 掠れた声が、セレーネに問いかけてくる。セレーネは大きく頷いた。何故、この場面で彼はそう尋ねるのだろうか。

「そう、か……頑張れ、よ。俺よりもずっと強い……魔道士に、なってくれ……約束だ……」

 そこまで言い終えて、青年は目を閉じた。またひとり、尊い命が散っていったのだ。セレーネの目の前で。涙が堰を切ったように溢れてくる。セレーネも、剣士ふたりも、涙の海で祈りを捧げる。彼が安らかに眠れるように。

 物言わなくなった青年と、無造作に倒れている魔物たち。光の神殿は静寂を取り戻していたが、血の匂いが充満している。深い悲しみで満ちている。どうして、とセレーネは思った。聖なる場所に邪悪な魔物が姿を見せた原因が、まったく分からない。

「……よかったら名前、教えてくれないか」

 剣士の片割れが尋ねる。

「セレーネです」

「そうか……セレーネ。加勢、ありがとな。それに、こいつの為に祈ってくれて」

「いえ……あの、あなた方にひとつ伝えなければいけないことがあるんです」

 セレーネは言いにくそうに口を開いた。ここに来る途中で、もうひとり犠牲者が出てしまったことを。彼に「仲間」を助けて欲しい、そう頼まれてここへ足を踏み入れたことを。だが結局、三人中二人しか助けられなかった。少女の頬に涙が伝う。剣士である青年たちもがっくりと肩を落とし、俯いた。

「俺たちは、街に戻るよ。早くこいつらを弔ってやりたいし、な」

「……君も、一緒に帰るかい?」

 剣士の問いかけに、セレーネは首を横に振った。

「私はもう少しだけ、ここにいたいので。ごめんなさい」

「そう。ところでセレーネさん。君はディセントラの人なのかな?」

「はい。今は王都の魔法学校に通っていて……偶然、故郷のディセントラに戻っていたところです」

「――ってことは、セレーネ、あんたはこいつの後輩か」

 亡骸を抱きかかえた剣士は、そう言って苦しそうに、もう二度と開かれることのない仲間の目を見た。ほんの数十分前までは、開かれていたその瞳。

「……それじゃあ、気をつけろよ。セレーネ」

「また、どこかで会えたらいいね」

 剣士たちが背を向ける。セレーネは彼らを見送った。簡単な言葉では、言い表すことの到底叶わない喪失感に支配されそうになれながら、去っていくふたりを、彼女はずっと見ていた。

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