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いつか散る花に恋して  作者: 美鳥ミユ
CHAPTER 02:破滅の詩と光の歌
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04

「――おお、あんたはいつだったかのお嬢ちゃんか」

 以前も買い物で立ち寄った魔石店へ向かうと、店主は変わらぬ様子でセレーネのことを出迎えた。きらきらと光る魔石に囲まれながら。

「試験は終わったのか?」

「ええ、何とか。でも結果が出るまでは気が抜けませんね」

「まあ、そうだろうな。でも、とりあえずはお疲れ様」

 気さくな店主に、セレーネは微笑んだ。魔石店にセレーネ以外の客は居ない。魔法学校の生徒たちの姿が見えないのは、ようやく試験から開放され、羽を伸ばしているところなのかもしれない。セレーネはとことん真面目だった。

「しかし、俺もびっくりしたよ。あのお嬢ちゃんが巫女になるとはね……」

 彼は遠くを見つめた。セレーネもこくんと頷く。花の巫女として女神の祝福を受けた少女とは、二回会ったことがある。二度目は旅立つ彼女を見送る人混みの中に自分がいて、それより前に会ったのはこの魔石店でのことだった。花の巫女に選ばれた彼女は、どこにでもいる普通の少女に見えた。名は聞き間違えていなければ、マリーツァ。数人の仲間と共にハイドランジアを発ち、今はおそらく飛行船で移動中だろう。

「悪いことが起きなければいいけどな」

「ええ……」

 店主は不安げな顔をした。セレーネも、その気持ちはよく分かる。今から遥か昔――古の時代。この世界セフィーラを慈しむ光の女神は、ひとりの女性を選び、人知を超えた力を与えた。それからほぼ同時期に、他の女神たちも同様に「巫女」を選んだ。破壊と滅びを願う破滅の女神と、彼女が選んだ「破滅の巫女」からセフィーラを救う為に。

 伝承でそうだったように、破滅の巫女の目覚めが近いのではないか。セレーネも店主も、同じことを考えている。光の巫女クラウディアと、彼女を支えた仲間たちによって、セフィーラは救われた。破滅の巫女は「聖地アザレア」で封印されたのだ。その鍵となり、深い眠りについたクラウディア。そのことから、人々は彼女を「聖女」と呼んでいる。

 歴史は繰り返されるという。古の時代のように、セフィーラは危機に瀕し、多くの血と涙が流れるのではないだろうか。たくさんの悲しみに包まれるのではないだろうか。絶望に喘ぎながら、国と国が恐怖から逃れる為に、僅かな希望を奪い合うようなことが、再び起きてしまうのではないか。

 今の所は、特にそういったこと無く、いつもと同じ平穏が保たれている。破滅の巫女が目覚めたという噂も無い。セレーネが知っている範囲では、マリーツァという少女以外が新しい巫女となった、という話も聞かない。

「……すまないね、お嬢ちゃん。こんな話をして。不安を煽ってしまったかな」

「いえ、気にしないでください。不安になるのは、私もよく分かりますし……」

 セレーネは一度そこで言葉を切る。

「あ、そうだ。炎の魔石を三つお願いします。今度の講義で必要なんです」

「そうかい。今すぐ用意するよ」

 店主が棚から赤い魔石を三つ取り出す。以前買ったものよりも純度が高いのか、まるで大きな宝石のような輝きを放っている。

「じゃあ、これな」

 彼はそう言いながら、紙袋に赤いそれを入れていく。おまけだよ、ともうひとつ同じものを追加する彼に、セレーネは感謝の言葉を綴った。料金を払い、セレーネは魔石店を後にする。去り際に店主は言った。頑張れよ、と。振り返りセレーネは大きく頷く。彼女を見下ろす空はどこまでも高く、澄み渡る。この美しいセフィーラが、いつまでも平和であればいいと願わずにはいられなかった。




 翌日。今日の講義を終えて、魔法学校を出て学生寮に戻ろうとしたセレーネは、前方からつかつかと歩いてきた守備魔法の教授に呼び止められた。今度の講義についての話だろうか、とセレーネが首を傾げると、老齢の女性教授はこう切り出した。

「セレーネさん。あなたはディセントラの出身でしたね?」

 突然のことに、少女は思わず「えっ」と小さな声を漏らした。だが彼女の言う通り、自分はディセントラの出身だ。ここハイドランジアとはそれなりの距離があり、それほど鬱蒼としているわけではないが、王都からディセントラへ向かう際は森を抜けていく必要がある。ディセントラは空気がハイドランジアよりずっと澄んでおり、大変清らかな街として知られる。そして何より光の女神ルーチェを祀る、光の神殿があることで世界的に有名だ。

「そうです、けど……?」

「フォーサイス教授のことは知っていますよね」

「え、ええ。勿論存じております」

 フォーサイスというのは、魔法の歴史が専門の教授のことだ。セレーネも去年まで彼の講義を受けていた。話が上手く、とても分かりやすい講義をする人物で、学生の評判も良い。講義外でも何度か話したことがある。その時彼は、分厚い古書を読んでいた。眼鏡の奥にある両目が、とても理知的に見えたのを今でも何故かよく覚えている。

「実はフォーサイス教授が急遽、ディセントラへ向かうことになったのです。そこでセレーネさん。あなたに教授の護衛をお願いしたいのです」

 唐突な話に、セレーネは目を丸くした。自分はディセントラの出身で、フォーサイス教授のことも知っている。だが、何故自分が抜擢されたのだろうか。もっと適任の学生もいるだろう。ディセントラからハイドランジア魔法学校に入学した者は、一定数いるはずだ。

「それはこれから、ですか?」

「ええ」

 時刻は、もうすぐ十一時半。今日の講義は午前中で終わりだった。

「……分かりました。フォーサイス教授はどちらに?」

「ありがとう、セレーネさん。教授は研究室で準備をしているはずです」

 女性教授は小さく頭を下げると、来た道を引き返していく。角で曲がり、彼女の姿が見えなくなってから、セレーネはフォーサイス教授の研究室へ向かうのだった。


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