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いつか散る花に恋して  作者: 美鳥ミユ
CHAPTER 02:破滅の詩と光の歌
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02

「……っ」

 ミスティアは激しい頭痛と共に目を醒ました。淡いグリーンのカーテンの隙間から、朝の日差しが顔を覗かせている。どうやら、今日も晴天であるらしい。


 ここは、森の都アルビジア。浮遊大陸「ビエント」の北側に位置し、ルルディ族と呼ばれる種族の暮らす街だ。

 ルルディ族は古の時代より、自然と共に生きてきた種族で、人間よりも鋭く尖った耳を持ち、魔石の扱いに長け、更には長命であることでも知られる。ビエント大陸は全土がジュビア王国に属しているが、ここには人間とはまた違ったルルディの営みが存在しているのだ。

 森の都と呼ばれることもあって、アルビジアは緑の木々に覆われた、静かで美しい街である。ミスティアはここで生まれ育った。そしてこれからも、何年先も、ここに在り続ける。彼女はそれを疑いもしない。アルビジアの外の世界への憧れが一切無いと言ったら嘘になるが、それでもミスティアはこの街と、共に暮らすルルディ族の仲間が好きだった。

「ううっ……」

 ミスティアは呻いた。がんがんと頭が痛む。体調を崩してしまったのだろうか。ここのところ、寒い日が続いている。暦の上ではもう春だというのに。そのせいなのかもしれない。重い頭でそんなことを考えつつ、ミスティアはなんとか身体を起こす。

 窓の向こう側に、ミスティアは視線をスライドさせた。変わらぬ緑。爽やかな風によってざわめく木々の中では、鳥たちが羽を休める。いつも通りの朝だ――苦しいくらいの頭痛に襲われていることを除けば。もう何人かは外で活動を開始しているようだ。

「……ん?」

 まだ少々ぼんやりとしているミスティアの瞳に飛び込んできたのは、幼馴染であり、親友でもある少女の姿。彼女はきょろきょろと辺りを見回している。歩いたと思えば立ち止まるその様子は、どこかおかしい。ミスティアは窓を開ける。頭痛は治まっていない。それでもミスティアは、彼女の名をはっきりと発する。開けた窓から顔を出しながら。

「――グレイス?」

 名を呼ばれたところのグレイスは、ミスティアの声を確かに聞き取った。ルルディ族というものは、人間よりもずっと聴覚が鋭い。

「あ、ミスティア……」

 ミスティアの声に気付いたグレイスは、とても困ったような顔をしている。どうやら彼女に何かがあったようだ。締め付けるような頭の痛みは相変わらずだが、大切な友人であるグレイスを放ってはおけない。手早く身支度をして、ミスティアは外へ飛び出す。髪が、服の裾が、大きく揺れた。


「ねえ、いったいどうしたの?」

 家を出て、一番にミスティアは彼女に問いかけた。

「……髪飾りをなくしちゃったの。どうしよう……。お母様に頂いた、とても大切なものなのに」

 よくよく見れば、グレイスがいつも付けている髪飾りが無い。どこかで落としてしまったのだろう。泣き出しそうなグレイスに、ミスティアはそっと声を掛ける。私も一緒に探すよ、と。

「ありがとう、でも……なんだかミスティア、顔色が悪いよ?」

「……ちょっと頭が痛いだけよ」

 ミスティアが無理をしながらも笑みを作る。しかし、長い付き合いのグレイスを騙すことは出来なかったらしい。グレイスは何度も首を横に振った。

「気持ちだけもらっておくよ。ミスティアはゆっくり休んでいて?」

「でも……」

 そんなやり取りをしていると、背後から聞き慣れた声が降り掛かる。

「おはよう――って、お前たち、何かあったのか?」

 つかつかと歩み寄ってくるのは、ミスティアとグレイスの幼馴染、コーネリウスだ。深い緑色の瞳は少女たちに向けられている。

「おはよう、コーネリウス。グレイスが髪飾りをなくしてしまったの」

「髪飾り? お前がいつもつけているアレか?」

「……うん。今朝外に出る時は付けていたはずなのに、いつの間にかなくなってしまったの。あれは私の誕生日に、お母様がプレゼントしてくれた、大事なものなのに……」

 肩を落とすグレイス。コーネリウスも深い息を吐き出した。グレイスが、どれだけあの髪飾りを大切にしていたかを、彼もまたよく知っているからだ。

「俺も探すのを手伝うよ」

「ありがとう、コーネリウスくん。でも、迷惑じゃないかな?」

「おいおい、俺たち友達だろ? 今更そんなに気にするなって。でも、ミスティアは休んでおけよ。お前、酷い顔をしているぞ?」

 グレイスに次いでコーネリウスにも体調不良を見抜かれ、ミスティアは引き下がった。ごめんね、そう付け足し、友たちに手を振ってミスティアは自分のベッドに戻ることにした。頭痛に効く薬草が家にあればよかったのだが、不運なことにちょうど切らしてしまっていた。森の奥地まで探しに出かける気力も無い。

 自宅に舞い戻ったミスティアは、まだ自分のぬくもりが残るベッドに倒れ込み、瞼を閉じる。出来ればもう不可思議な夢など見ないで、深い眠りに落ちたい。そんな願いを抱きながら。


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