01
気が付くと、少女は色のない世界にいた。大地も、空も、木々も、何もかもが色彩を失っている。吹き荒ぶ風は酷く冷たくて、凍えてしまいそうなほど。そんな中で、彼女は前へ前へと歩みを進める。……いや、本当に前に進めているのかさえ、彼女も分からないのだが。
ここはまるで、醜い戦争の果てに滅びを迎えたあとの世界のようだ。少女はそんな風に感じた。昔読んだ小説に、そういった描写があったような記憶がある。確かそれは、人が人を殺す為に作られた恐ろしい兵器の暴走で、啀み合っていた人々すべてを含めて滅んでいく物語。
悪い夢でも見ているのだろうか。もし、これが夢なのだとしたら、一刻も早く目を醒ましてしまいたい。心に刺さるような風から、まるで全てを憂いているような空から、そして今にも抜け落ちそうな大地から逃げたい。
どれだけここに居ただろう。歩みはとっくに止まっていた。ただ立ち尽くしているだけの時間は、数分間なのかもしれないし、それよりもずっとずっと長い時間だったのかもしれない。少女はふと、顔を上げる。いつしか俯いてしまっていた顔を。
「……?」
視界に入ったのは、哀しそうに歌う女性。背を向けているから、女性がどういった表情をしているのかは分からない。ただ、冷たい風に揺れる銀髪は、絹糸のようでとても美しかった。
「あ、あの……」
彼女が発した声は、風にかき消されてしまったのだろうか。女性は何の返事もしてこない。ただ、歌は止まり、ふたりの間を過ぎていくのは風の音だけ。少女はなんとか声を絞り出そうとするも、何も出てこなかった。
「――これは、夢」
唐突に女性が口を開いた。あんなにも強く吹いていた風がぴたりと止み、然程大きくはないその声は、少女の鼓膜を揺らす。
「お前は、私の存在を捉えた……」
「えっ?」
女性は振り返る。その瞳は血の色をしており、同時に強い意思がそこには宿されている。整った顔立ちをしているものの、どこか恐怖心を煽る眼差しに、少女は身動ぐ。
「名は?」
「……ミ、ミスティア」
素直に答えるものの、ミスティアの声は酷く震えている。女性の眼差しも、発せられた言葉も、何もかもが恐ろしくて、けれど何故か心を惹き付けるような、そんな奇妙な何かを感じる。
「ミスティア。お前は、運命というものを信じるか?」
「……え?」
何と返せば良いのか。何も分からないミスティアに、彼女は笑う。先程より長い台詞。それをよくよく聞けば、彼女の声は不思議なことにもうひとり、誰かの声と重なっているように聞こえる。
「……まだ、早いのか。そうか」
女性は独りごちる。ミスティアのことなど、まるで気にかけていない様子で。
「またその時が来たら、先程の問いに答えてもらおう。ミスティア」
意味深な言葉が終わった途端、一層強い風が吹いて、ミスティアは顔を手で覆う。もう、立っているので精一杯だ。ふらつく足をなんとか大地に留める。女性の声が反響した。
数秒後、なんとか目を開いてみても、もう銀髪の女性の姿は無かった。そのかわりに、大地に一輪の花が落ちている。ミスティアはそれを手に取った。花は萎れてしまっている。だが、無彩色の世界で唯一、色を纏っており、そのことに気付いたミスティアは思わず呟く――綺麗、と。