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いつか散る花に恋して  作者: 美鳥ミユ
CHAPTER 01:花の契り
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「……そう、なんだ」

 ハイドランジア中心部にある病院。通い慣れた妹の病室。大事な話があるんだけれど聞いてくれるかな――そう切り出し、自分の身に起こったことを、そしてこれからのことを語った姉マリーツァに、エテレインは寂しそうな顔をして俯いた。

 エテレインも、当たり前だがあの伝承を知っている。光の女神に選ばれたクラウディア。彼女は何人かの仲間と共に、破滅の巫女と死闘を繰り広げ、結果としてセフィーラを救った。

 ほとんどの時間を、この病室で過ごすエテレイン。ある程度体調が良い時は、読書に時間を費やすこともある。彼女が特に好んで読む本は、そういった伝承をもとにした小説で、もしかしたら、マリーツァ以上に女神や巫女について詳しいかもしれない。

 そんなエテレインの目は、いつの間にかマリーツァの刻印へと向けられる。あまり見たことのないような、不思議な形をした花の刻印。それが、マリーツァというひとりの少女が、花の巫女であることを証明する。

「あの、お姉ちゃん……」

「なに、エテレイン?」

「……帰ってくるんだよね? ハイドランジアに」

 エテレインの声が震える。

「勿論だよ」

 即答するマリーツァ。当たり前のことだと、その目が言っている。エテレインは、そこでやっと微笑を浮かべた。

「本当のことを言うとやっぱり心配だけど……でも、お姉ちゃんならきっと、やり遂げられると思う」

 妹は、静かに姉へ手を伸ばした。巫女たる証である印が刻まれていない方の手へ。マリーツァが、じっとエテレインのことを見つめた。妹の自分より少し小さな手は、あたたかい。重なる熱度。その体温に安堵する。

「……がんばってね、お姉ちゃん」

「うん、ありがとう」

 エテレインは手に力を込めた。病弱な彼女にしては、力強く。姉の方に向けられた眼差しも、また普段よりもキリッとしていた。妹が口にしたのは、短い言葉。けれど、マリーツァに前に進む勇気を与えてくれた。

 しばらくは会えなくなる。マリーツァとエテレインは、同じことを思った。次会う時までに、もっと強くなれたらいいと。そしてその強くなった自分を、大切なきょうだいに見せたい。そんな願いを抱いた。


「――エテレインさん」

 姉妹が約束を交わすように手を重ねて、五分ほど経過した時だった。若い女性の声がふたりの耳へと入ってくる。マリーツァとエテレイン、姉妹だけの時間が終わりを迎えた瞬間だった。手と手を解いて、はい、と答えたエテレイン。姿を見せたのは若い看護師で、どうやらこれからちょっとした検査があるらしい。

 マリーツァも時間を確認する。まだ約束の時間まで余裕はあったけれど、そろそろここを離れた方が良い頃合いだった。出発前に、マリーツァにはひとつ、やりたいことがあったから。

「じゃあ、またね。エテレイン」

「……うん。気をつけてね」

 しばしの別れは、やはり心に冷たく刺さる。けれど、マリーツァは進まなければならない。視線を刻印へと落とす。反対側の指先で触れれば、淡く発光した。何かを物語るように。


 マリーツァは階段をおりていく。何度も上がって、何度も下りた階段だ。全部で何段あるかも覚えてしまうくらいには、マリーツァはこの病院に通った。たったひとりの妹に会いに行く為に。これからまとめた荷物を取りに家に戻ることになっていたが、その前に寄り道をしようと考えた。

 出発前にやりたいこと。それは、何年も前にこの世を去った父への挨拶だった。マリーツァとエテレインの父は、魔道士だった。それも、魔道士の中でもごく少数しか得ることの出来ない、大魔道士の称号を得たエリートであった。ハイドランジア魔法学校を主席で卒業した父は、結婚して娘を二人もうけた数年後、王宮直々の任務で帰らぬ人となった。その任務の内容を、マリーツァもエテレインも詳しく聞かされていない。おそらく、母だけは覚えている。この話を、母は頑なに語ろうとはしなかった。マリーツァが何度尋ねても、悲しい目をするだけ。愛する人を失くした痛みを、母はずっと抱え込んできた。マリーツァはこれ以上訊かないことにした。母のあんなにも悲しい瞳を、もう見たくはない。


 病院の一階まで下りて、廊下を歩き出したところで前から歩いてくるひとりの男性に、マリーツァは目を丸くした。煌めく亜麻色の髪に、澄んだ翡翠色をした、ふたつの瞳。

「――マリーツァ?」

 先に名を呼んだのは、彼だった。

「ヴィルヘルムさん……」

 彼は、巫女を護る盾。そう呼ばれている騎士であり、これからマリーツァ、ミカエラ、そしてウィスタリアと共に長い旅に出る仲間。しかし、こんなところで会うとは。全く予想していなかった。そう思っているのはマリーツァだけでは無く、ヴィルヘルムもそのようだ。

「マリーツァもお見舞いですか?」

 ヴィルヘルムの問いに、マリーツァは首を縦に振る。

「……俺も同じですよ。しばらくはここに来られませんからね」

「ええ、そうですよね。私は、妹のお見舞いに……」

 まだ知り合ったばかりのヴィルヘルムとこんな風に話すのは初めてで、少し緊張してしまう。もともと男性と話すことにも慣れていない。マリーツァは自分の声がやけに細いことを察しながらも、彼のことを見た。ヴィルヘルムの表情は、若干硬いように見受けられた。

「俺も、姉がここに長く入院しているので」

 彼は遠くを見る。ヴィルヘルムに姉がいるというのは初耳で、しかしその顔が次第に曇っていくのが見て取れ、マリーツァは何と返事をしたらいいのか分からなくなってしまった。その間も、廊下を看護師や事務員などが歩いていく。ヴィルヘルムはやっと視線をマリーツァに戻した。

「姉は、俺なんかよりも、もっと立派な騎士でした」

 淡々とヴィルヘルムが語りだす。

「けれど、ある任務中に倒れて……それからずっと意識を取り戻すことなく、何年も経った今も……」

「そう、なんですか……」

「俺はずっと、姉に憧れていました。なんでも出来る、姉のことを。彼女を追いかけるように俺は騎士になった。そんな俺に、姉は言ったのです。いつか大きな使命を与えられたら、必ず貫き通せって。護るべき者の為に、力を尽くせと。それから数カ月後、姉は……って、つまらない話をしてしまいましたね」

 ヴィルヘルムはそこで話を切り上げる。マリーツァは何も答えられず、ただ彼を見つめた。哀しそうな彼のことを。ヴィルヘルムが語ったのは、つまらない話などではない。けれど、出会って日の浅い自分が聞いていい話とも思えなかった。なので、マリーツァは内心少しほっとした。彼が核心に触れる前に、話を終えたことに。

「……マリーツァ。俺は盾として、あなたとミカエラのことを守ってみせますよ――では、またあとで」

 彼はそう言って、マリーツァに背を向ける。姉に会いに行くのだろう。マリーツァがそうしたように、王都を離れる報告を、大切な人にする為に。けれど、次第に遠ざかる彼の背中は、酷く寂しそうに見えた。

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