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「深く澱む川」  作者: 狂死狼
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4 徳潟の変貌


夜9時を回っていた。 ビートルホームの事務所では営業社員が並び、終礼が行われた。

「本日の売上は2件だ。1件目、江端担当、佐藤邸外壁サイディング工事250万円。はい、おめでとう」

徳潟が前に出て今日の成果を発表すると、割れんばかりの拍手で包まれた。

「もう1件は鍵澤担当、勝丘邸、外壁塗装工事、90万円だ。おめでとう」

 再び拍手が起こる中、瀬川は憮然とした表情で聞いていた。

鍵澤は少し首を曲げて考えた。外壁塗装工事だといった。あのアポは風呂場の工事はずなのに。まあいいか。

「明日も売って売って売りまくろう」「おおー」

 全員の掛け声が轟くと同時に、社員達は一斉に事務所を出てゆくのだった。


 徳潟はただ一人事務所に残り、『新型精神注入棒』の製作を終えた。固めのガムテープを幾重にも巻き連ね、鋼のような皮膚を持った新型はとても頑丈だった。絶命した1号棒の後継として完成した2号棒だ。

 すぱあん。

 乾ききった音がスチールデスクの上で弾けた。いい感じだ。これで瀬川の奴も少しは心を入れ替えてくれたらいいが。徳潟はほくそ笑んだ。

 事務所内は静まり返っている。徳潟のデスク以外の照明が消えて薄暗い。時計は12時を回った。

 壁に貼られた営業成績のグラフは大して数字が伸びていない。その中でも瀬川の名前にだけ何も成果がなかった。

 ふと、事務所の片隅に置いてあるつけっ放しの14インチテレビに目をやると、ニュースが流れていた。

「悪徳リフォーム摘発が相次いでおります。昨夜秋田県に本拠地を置くクワガタホームグループが摘発されました。社長始め役員5名が逮捕され、悪質な契約にいたる手口が次々と明るみに出てきました。

 昨日の午後からクワガタホーム本社が家宅捜索を受け、証拠物件が押収されてました。被害総額は数10億円規模になると推定され、今後も逮捕者の数が拡大することが予想されます。

 被害者の一人、秋田市末永町にお住まいの花倉さんは同社営業マンの巧妙な勧誘に乗せられ、総額1600万円を超えるリフォーム工事を契約しましたが、そのほとんどが必要のない工事だったことが判明し、悪質な手口が浮き彫りとなりました。花倉さんはキャンセルを申し込みましたが相手にしてもらえず嫌がらせや脅しに遭い、消費生活センターへ助けを求めたことで明るみとなりました。クワガタホーム社長は逮捕・勾留を恐れ、逃亡寸前のところを自宅で張り込んでいた捜査員に逮捕されました。なお秋田県警によると……」

 家宅捜索を受ける事務所、逮捕された役員の姿、社長の逮捕前の談話、被害者家族の罵声。社員が顔を隠し声を変えて覆面取材を受ける画像が映し出された。被害者花倉さんの、人のよさげな顔もアップで登場した。

「いよいよ来たか。変えなくてはならんな。営業方針を。なにもかもゼロからだ。果たしてうまくいくかどうか」

 徳潟は『精神注入2号棒』を上段に構えた。

「きええー」

 奇声と同時にスチールデスクに叩きつけた。


 翌朝。営業社員が席に座り、徳潟を凝視していた。

 徳潟は『精神注入2号棒』を背中に回して神妙な顔面を晒していた。事務所の左右、端から端までを行ったり来たりしながら、時おり思い出したかのように2号棒の性能を試す。ずばあんと鼓膜を激烈に震わせる音を響かせた。

 徳潟の後ろに鎮座するホワイトボードにはこう書かれていた。


「不実の告知」

「オーバートーク」

「高齢者単独商談」

「クーリングオフ回避」

『以上は絶対禁止、即解雇』


「いいかお前ら、今後は不実の告知、オーバートークなんぞしやがったらただじゃ置かねえぞ。不実とは嘘を吐く、約束を破る、誠実じゃないという意味だ。解るな。オーバートークも駄目だ。絶対に大げさにことは言うな。腐ってもいないのに柱が腐ってるだとか、家が倒れるだとか、このままだとあと2年も持ちませんだとか絶対に言うなよ。絶対にだぞ。将来的に倒れる『可能性』がありますって言うんだぞ」

 徳潟はいきなり『精神注入2号棒』を頭上に持ち替え、上段に構えた。

 すぱああん。

 こっくりこっくりと舟を漕いでいた中年社員のデスクに爆音が轟いた。社員はひええっと叫んでひっくり返り、おそらく寿命を5日ほど短縮させられてしまった。

 2号棒の性能をまざまざと見せつけられたベテラン社員たちは震えあがった。瀬川と鍵澤を除いては。

「真剣に聞けよ。大事なことだからな。いいか、これが守れなかったらブタ箱行きだ。そうなったら即解雇だからな、覚えとけ。世間では悪徳リフォームで大騒ぎだ。法律も変わったんだ。生き残るためには下手なことはやめとけ。履歴書を汚したくなかったら真面目に営業しろ。解ったな」

「はいっ」

 全員が声を揃える中、古株の40代社員の江端がためらいがちに手を挙げた。

「すみません。あ、あの」

「なんだ。言ってみろ」

「金魚とかは使っちゃ駄目ですか」

 ずばばあん。江端の前でまたもや炸裂した。

「てめえはいったい何を聞いてんだこのうすら禿げ。金魚を何に使うんだよ、ええ。断熱材に醤油をかけて食うのか。そんなもん誰が使えって言った。そもそも認めてねえよ。それが誠実な営業か。解んねえのかこの馬鹿。そういうのは一切禁止だ。頭の中にすりこぎ使ってすりこめ」

「あ、はい。あの、で、そうすっと。どうやって売るんですか」

 徳潟の顔面が程良く赤らみを帯びて来た。

 ずばっぱああん。江端はさらに10日ほどの寿命が縮まった。

「誠心誠意だ。真心とハートだ。笑顔を絶やすな。いいか、親切を装え。客の前でな、ごみ拾う、掃除する、靴を揃える、荷物を持って差しあげる、草むしりを手伝う。ありとあらゆる親切の押し売りをしろ。そして褒め倒せ。褒めて褒めて褒め殺してしまえ。そうやって客を落とせよ」

「は、はい」

「それしか生き残る道はねえんだ。気合いを入れて叩いてこい。解ったな」

「はいっ」

 営業社員のほとんどが不安を募らせていた。頭を抱える者もいた。

 瀬川ただ一人が納得の変態顔ですましていたのだった。



                続く



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