2 悪徳リフォームの手口
「勝丘様のおうちは随分とご立派で、頑丈に出来ていらっしゃいます。いやあ本当に腕のいい立派な大工さんが建てられたんですねえ。うちの実家なんかほら、大工どころか、第7か第6くらいの職人だったもんですから。ええ、大晦日のコーラスなんてもんじゃないんですよ。10年持たずに修理修理で、全くたまったもんじゃなかったですよ。こちら勝丘様のおうちでしたらまだまだ何十年とですね、ええ、ご心配はいらないですねえ。柱なんか4寸角の檜材、今時とんでもなく贅沢な造りとお見受けいたしました」
立て板に水といった流れるようなトークが鍵澤の口からほとばしる。
「とは言えですね、ええ、やはり15年も経ちますと、さすがにあちらこちらの劣化、老朽化は避けられないものでして。いえ、こればかりは仕方のないものなのですよ。木造住宅の宿命と申しましょうか。どうしても冬季の結露、気温差、湿気などによりまして、木というのは傷んでまいりますから。こちら、ご覧になっていただけますか」
50インチ液晶テレビにミニUSB&ピンコードによって国産デジタルカメラが接続された。床下の状況を収めた写真が大写しになっている。さらに拡大・縮小・移動の操作をカメラの機能を活用し、これ見よがしに迫力を加えている。鍵澤にとってはここ数年、毎日のように実践訓練された得意な戦法であった。
後ろに控える瀬川は、いかにも悪徳なやり方に顔をしかめている。先輩の鍵澤との同行営業であるからこの場から離れる訳にはいかない。相方のフォローをするお役目を担っているのだ。もっともフォローをする気は瀬川にはない。
「ああ。これ、これは何でしょうかね」
テレビ画面には水気のついた木材、黄色いグラスウールの断熱材にも水滴が滴っている写真が大写しとなった。
「ひええっ」
皺くちゃの顔をだらしなく緩めて、あんぐりと口を開けた老婦人が声を漏らした。
「どうしたんでしょうね。これはいったい。この水は一体いどこからきてるんだろう。ああこれはたぶん、お風呂の下の辺りですねえ」
鍵澤はトークが棒読みになっていることを気にもせず、横目で老婦人の様子を窺っている。瀬川は憮然とした顔で見守るばかりだ。
「大変。大変。大変だわ。これはどうしたらいいのかしら」
老婦人は画面にくぎ付けだ。心から心配なさっている。
「ご安心下さい。幸いまだ腐っている訳ではございませんので。いやあ良かったですねえ。何しろ腐りでもしたら柱1本、軽自動車1台分ですから」
「あらまあ良かったわあ。お幾ら位で直るのかしら」
「そうですね。どうでしょうかねえ。ああ、そうだ思い出した。勝丘様、本当に奥様は運がよろしいですね。実は今日から特別キャンペーンが始まったんですよ。なあ瀬川君、そうだったよな」
「え、あ、そうでしたっけ」
「良かったですねえ、勝丘様。そのキャンペーンは今日1日限りなんですけど、もし本日のお申し込みが可能でしたら、通常よりもかなーりお安くなりますよ」
「あらあらそれは良かった。今日じゃなかったら大変だったわ」
「では、キャンペーンの担当者に電話しますね。お待ちください」
鍵澤は携帯を取り出して事務所にいる徳潟に電話した。
「ああ、お疲れ様です。鍵澤です。キャンペーン担当の徳潟課長ですか。実は今、勝丘様のお宅にたまたまお寄りしまして。ええ、床下点検をお引き受けしましたところ、少々問題が、ええ。それで、もしもキャンペーンが間に会うのでしたら特別価格でご提供できるかなと思いまして。まだ大丈夫ですか。ああ良かった。有難うございます。ではのちほどしっかり再点検の上、必要な工事を特別価格で、はい。よろしくお願いします。勝丘様の奥様はとってもお優しいそのうえ美人でいらっしゃいますので、さらに課長のもう一声で、なんとかお願いたします。ああ、それはありがとうございます。はい、では後ほど」
老婦人は目をきらきらと輝かせて聞いていた。
居間の片隅にはセルロイドの人形が30体ほど所狭しと行儀良く並べられている。となりの和室はゴミ袋が山と積み上げられており、生ごみの腐ったにおいが強烈に漂っている上に蝿が我が物顔でたかっていた。
「良かったですねえ、勝丘様。弊社で一番権限を持つ課長の徳潟という者が、あとでもう一度しっかり診断しまして、格安のご提案をしてくれるそうです。ああ、良かった。これで僕も安心です」
「良かったわあ。鍵澤さんに来てもらって本当に良かった」
「いえいえ、こちらこそお役に立てそうで良かったです。では夕方もう一度伺いますので。万が一、他の会社の人が床下見たいとか言ってきたら、気を付け下さいね。そういうのはロクな会社じゃありませんから」
「ああもちろんよ。絶対そんなところは相手にしないわ」
「それじゃ取りあえずこれで失礼いたします。今日は本当にありがとうございました」
鍵澤と瀬川は、住宅地の中にある児童公園で缶コーヒーを手にベンチに腰かけた。
すっかり雪が解けて春の息吹きを感じさせる季節だった。あたたかな風に吹かれて眠気に誘われる。心地よい日差しが二人を包んでいた。
「ふうー取りあえずアポ1件だ」
ポケットから煙草を取り出して一服する。服装が目立つためご近所の眼を気にしなければいけない。携帯灰皿を出した。缶コーヒーを啜る。旨い。ほっとするひと時だった。
「いいんですか。あれって騙しじゃないですか」
瀬川は煙草を吸わない。熱い缶コーヒーを両手で握り、一口啜って言った。20代半ばの瀬川は入社2カ月の新人だった。この道三年の鍵澤が日々手ほどきをしながら同行訪問を繰り返していた。鍵澤にとってひと回り下の瀬川は弟のような存在で、常に気に掛けていたのだった。
「瀬川さぁ、お前もうちっと上手くやったらいいんじゃね」
「何がですか」
「徳潟に逆らって良いことひとつもないって。この会社にいるんだったら覚悟決めてやらないと」
「嫌です」
「おめえなあ。どうすんだよそれで」
「自分は自分のやり方で売りますよ。絶対にこの仕事を極めますから」
「ていうけどお前、まだ1本も売れてねえじゃん。もうふた月だぜ入社して。そろそろやばいぞ」
「やりますよ絶対。まっとうな営業でトップを取って見せます。僕はインチキはしません。そろそろやばいのは鍵澤さん始め、悪徳商法の皆さんだと思いますよ。なにせ、連日テレビで報道してますからね。これが悪徳リフォームの手口だって」
「いずれはやばいかもな。まあ、そうなったら辞めるさ。今のうちに稼げるだけ稼がなきゃ損だって」
「今やってることがすでに大損だと思いますよ」
「理想や正義で食っていけたらいいけどな」
「さっきの老人も、あれはかなり進行してますよ」
「解ってるって。認知症な。いいんだ。あとは徳潟がしっかり巻いてくれれば、俺には関係ない。あいつがやったことになるからな。とにかく売れればいいんだよ売れれば」
『巻く』というのは『契約を結ぶ』といった意味で使われる言葉だ。
「それは間違ってます」
「うるせえよ。だまってろよ」
鍵澤はポケットから赤いふたがついたビニール製の醤油差しを取り出した。弁当に良く入ってる金魚の形のやつだ。見ると中は空っぽだった。ぷっかあと煙草の煙りを吐き出して灰を揉み消すと立ちあがった。
水飲み場へと歩いてゆき、ビニール容器に水をたっぷりと注ぎ込んだ。
赤いふたを閉めて持ち上げ、水の量を見ながらふざけて言った。
「たったららったたーたたー、秘密道具『アポ取り金魚ー』」
「またそれですか」瀬川は嫌な顔をした。
「次はお前、絶対にアポ取れよ。応援するからな」
「犯罪者の応援、要らないっす」
「まあまあ、ぷしゅっとひと差し、魔法のアポ取り大作戦」
瀬川はうんざりしながらふたつの空き缶を公園の脇のゴミ箱へ投げ捨てた。
二人は住宅街の中を歩き始めた。
続く