彼女との別れ
ある朝、彼女が入院したと聞き急いで病院に行った。
そこには顔色が悪い僕の彼女がいた。
どこか今まで見てきた彼女とは別人のようだった。
彼女が遠くに行くのを感じたその時、
「結婚しよう。元気になったら結婚式でも開いて…」
無意識に口をこぼしていた。なぜ自分もこんな時にそんなことを…僕は唇を強くかんだ。
僕の彼女は筋萎縮性側索硬化症、通称"ALS"という病気だと聞かされていた。
「私の病気知ってる」
震えた声で僕に訊ねる彼女はどこか儚げで触れると崩れそうな様子だった。
「知ってるよ。だけど君の病気はきっと治るよ」
そういう僕は強がって無理に笑顔を作っていた。
それからというもの、僕は彼女の前ではいつも笑顔をうかべ
「大丈夫、きっと治るよ」
と強がりを言うようになっていた。
それからというもの、日に日に弱々しくなる彼女。
見ていれないほどであったある日、仕事中に1本の電話が携帯にかかってきた。
それは彼女のお父さんだった。
僕は取りたくなかった。分かっていた
その電話が何を意味するのかを
「娘は今さっき亡くなりました」
僕は仕事を部下に任せ直ぐに通りに出てタクシーを捕まえ彼女の入院していた病院に向かった。
そこには、彼女の両親と彼女の亡骸らしきものが…
「娘の顔を見てやってください。笑顔も作れないはずなのに最後の最後で笑ってるんです。」
「ええ。いつも見ていた笑顔です…」
震え上ずる声で僕は返答していた。
「あ、あと娘が最後に…」
「彼女が最後に…なんなんですか。なんか言ってましたか」
「娘が最後に…『約束守れなくてごめんね。先に行っちゃってごめんね。好きだよ愛してる。』と。」
それを聞いた瞬間全身の力が抜けその場に泣き崩れてしまった。心に抑えて堪えていたものがすべて溢れだした。
「なんだよ。約束守れなくてって。先に行っちゃってって。俺こそ、なにもしてやれなくてごめんな。代われるなら代わってやりたかったよ。俺だって愛してる。」
彼女に届いているのだろうか、届くと良いなそんなことを僕は思っていたと思う。
それからというもの彼女の葬儀で大忙しだった。それらが一通り終わり、力尽きたように一晩中眠った。
もう朝なのか部屋に日が指しており外では小学生が登校中なのか楽しげな歌が聞こえる。
「仕事も休みを取っているしとりあえず眠ろう。」
彼女のことを考えていたくない…
しばらくすると、寝ている僕の頭上から
「あのー…」
「聞こえますか。」
・・・(聞こえてるよ。)
「ねぇ、聞いてる。起きてよ。」
「ねえってば。起きて!」
元気だった頃の無邪気な彼女の声が…
悪い夢でも見てるのだろう。今はやめてくれ。僕はそう思い布団にもぐる。
「だーかーら、起きろって言ってるのに」
と言って布団がはがされる感覚に襲われた。
寒い。良くできた夢だなと感心してると
「なに寝ぼけてるの。起きてー」
「はいはい、起きますよー」
夢の中でも結局彼女のことばかりか…
目を擦り寝ぼけ眼で、おもむろに自分自身でほっぺたをつねってみた。痛い…
「えっ、あ、えーー」
そこには間違うことがない彼女
「にっひっひー。来ちゃった。えへへ」
「『来ちゃった。』って、意味が分からないんですが…」
「なんか分かんないけど動き回れたから来たんだよ。成仏できなかったみたいだね。ていうか、私死んだよね!?ね!?」
「ああ、君は死んだよ。昨日葬式もしたしね。大変だったんだからな…」
呆気にとられながらも、少し喜んでいたのは顔には出さなかった。
頭を抱えた僕を眺める彼女は彼女で動けるのが楽しくてしかたがないらしく
「これで自由の身だ。まだ一緒にいられるみたいだね。当分の間はよろしくね。」
と無邪気な笑顔を振り撒かれると僕は弱い。
「よ…よろしく」
僕はこれから彼女とあんな出来事に会うことになるとは思ってもいなかっただろう…
これは入るはずのない彼女との僅か7日間の思い出である。