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大出雲紀  作者: あずみ さき
狩りの章
6/9

06 家族01

投稿に間があいてすみません。

 「ご快癒、おめでとうございます。父上」


 オオドシは、見目のいい男だった。

 すらりとして背は高く、性格は穏和で聡明。大国主の妻たちの中でも年かさであり、聡明な女であったタテは、その長所の全てを息子へと伝えていた。

 一方の長子であるハヤトは、外見的には父親に似ていた。大柄でたくましく、武勇に秀で、性格はまっすぐではあるが短絡的なところがある。

 オオドシが正式に礼を取るのに対して、ハヤトはその向こうに座ったまま、むっつりと不機嫌そうに弟を睨みつけていた。


 根のクニの国府の中でも大きな御屋の、主に政り事を行う間は、平らに削られた木で床がふかれており、そこに息子二人を呼んだ大国主はエダが言っていたことはまったく正しかったと改めて気がつかされた。

 確かに、ハヤトはオオドシに、並々ならぬ競争意識を抱いている。このまま置けば災いのもとになりかねないほどに。


 続いての兄の挨拶を促すようにオオドシは振り向いたが、ハヤトはそれを黙殺した。

 成り行きを見ている父の前で、弟に促されたからではないと十分に間をあけた後で、長男はあぐらをかいたまま勢いよく頭を下げた。


 「ご快癒、おめでとうございます! 父上っ!」


 …いい年をした息子を、甘やかせだと?

 大国主は内心、ため息をもらした。

 ぶすっとした表情を崩さない(次男が同席している場では、最近は常にそうだ)長男を大国主は指でちょっと来いと招いた。

 長男は少し驚いた顔をし、次いで警戒するようにそろそろと寄ってきた。

 前まで来ると、腕で息子の首を捕まえて引きずり寄せた。

 怯んだ色すら浮かべた大柄な息子に、そういえば成人してからは子供の頃のようにかまってやることもなかったなと、大国主は思い起こした。

 息子相手に、いらぬ手間をかけてやる気も起きなかったことは事実だが。


 「おまえは本当にオレによく似ているよ…。ときどき、自分を若い頃の見ているようでイヤになる」


 事実であった。

 幼馴染の従者が言うように、自分がこの長男にいささか厳しく当たっているとすれば、それは自らを写した姿を見るようで、イヤになるからなのだ。

 じろりと間近から、父親の行動が理解できず目を白黒させている息子を睨む。


 「いいか、よく聞けハヤト。バカな真似はしてもいい。だが、自分のやったことが周りにどのように受けとめられるかは、必ず考えろ! 失敗から学び、同じことは繰り返すな。おまえにも頭はついていよう、できるな?」


 「は……、は」


 はい、といいかけて、弟がいることを思い起こしたように、ハヤトは反抗的な表情に戻った。後ろを気にする様子にごつんと頭をこづく。


 「オレは昔、バカだったんだ。おまえはオレ以下のバカにはなるな」


 「父上がですか」


 息子は懐疑的に言った。


 「そうだ。人は若い頃にはバカな真似をするものなんだ」


 ミヤコが聞いていたら、この言い草に何を言われることやら。大国主は顔をしかめた。


 「だからといって、調子にのってバカな真似はするなよ。おまえにも言っているんだぞ、オオドシ!」


 「はい」


 急に振られた次男は少し驚いた顔をしたが、おとなしく頭を下げた。

 だが面を伏せる前、唇の端が少し震えているのを、大国主は見逃さなかった。


 頭のいい奴だ、と次男に関しては大国主は思う。

 頭のいい人間は往々にして人を見下すような言動をするものだが、頭のいい割にひねくれたところのない次男は、どうやら性格の方もそう悪くないらしい。

 …オレの子にしちゃ出来すぎだな、というのが偽りのない想いだった。


 秀でている、ということはそれだけで妬みを買いやすいものだ。

 本当は少し愚鈍に見せておくくらいの方が世渡りはしやすいのではないかとも思うのだが、よほど母にちゃんと育てられたのだろうか、次男はそこまで醒めた考えを持ってはいないらしい。

 親としては、転ばぬ先の杖でそんな助言をしてやるべきなのか、それともひねくれずに育った息子の長所を伸ばしてやるべきなのか、考えるところである。

 だが冗談ではなく、この次男も人望を得ることができなければ、長男のようなあからさまなやり方ではなくとも、足をすくおうとするものが出てくるに違いなかった。


 「まあ、よいわ。今日はオレの本復を祝い、総出で狩りをしてくれるそうだな。二人とも、この父のために何をとってきてくれる」


 これは主に、長男のための言葉だった。明らかに得意分野だからだ。


 「かならずや、もっとも栄えある獲物を父上にお捧げいたしましょう!」


 力みかえってハヤトは頭を下げた。


 息子たちが退出するとと同時に従者が入ってきた。


 「上手く、あしらわれましたね」


 エダは笑っていた。


 「聞いていたのか」


 「聞こえました」


 「息子たちに尊敬される父親は肩がこるな。だから、あいつらとは極力、顔を合わせる機会を減らしているものを」


 「尊敬せざるをえない父を持つ息子というものも、大変なものだと思いますよ。ハヤト様は、あなた様を崇めていらっしゃいますから」


 「バカか…」


 「ナムジ様!」


 たしなめたが、口元が笑っていた。


 「ご用意するのは本当に馬でよろしかったですか。輿の方がよいのでは」


 「バカを言うな。オレの快気祝いだろうが。国主の健在な姿を見せんでどうする」


 ナムジは笑って一蹴した。主につき従ったエダは、ふと思い出したように告げた。


 「そういえば…、妙な者が来ておりました」


 ナムジは足を止めた。直感的に思い当たり振り向いた。


 「女だろう!」


 「は…はい。ナムジ様の知り合いだと言っておりますが」


 「どうして早く言わない!」


 その剣幕にエダはたじろいだ。主の様子に面を振る。


 「ナムジ様。確かに造作は悪くありませぬが…、あの女はやめておいた方がいいですよ」


 「おまえ、何か誤解していないか?」


 閉口して立ち止まる。


 「話しただろう。助けてくれたものがいたことは」


 「あ! 例のバケモノですか?」


 エダは口をあんぐりと開いた。


 「あれが? ごく普通…ではないにしろ、女に見えましたが」


 「どうせ、すごい格好で現われたんだろう」


 想像して、大国主はため息をついた。


 「エダ、すまぬがアレが着替えられるよう、何か衣を用意してやってくれ。しばらくひき留めたい」


 「かしこまりました」


 ミヤコがどこで待たされているのかを聞くと、文字通りにナイキはすっとんで行った。

 おりかど訪ねてくれたものを、短気を起こして帰られることを恐れたのだ。


 ミヤコは、確かに相変わらずのひどい格好をしていた。

 夏の間よく使われる高床の御屋の中で手持ち無沙汰に腰をおろしているのだが、ものの見事に御屋の中で浮いていた。

 …以前よりもさらに格好のひどさは上がっているかもしれなかった。


 「ミヤコ…、おまえ、どうしたらそこまでひどい身なりでいられるのだ?」


 「顔を合わせた途端にいい挨拶だな、ナイキ」


 ぼさぼさの髪の影で、汚れて面立ちもよくわからないものの、かわらぬ冷淡な瞳がナイキを見据えた。

 脱力するほどの格好のひどさに、これでよく造作が悪くないことを見とったものだ、と、エダの眼力に感心した。


 「そんなに格好が気になるのなら消えるぞ、私は」


 「悪かった。来てくれてうれしい。帰らんでくれ」


 ナイキは即座にあやまった。ミヤコならば本当にその場で消えかねないことはよく知っていたからである。


 「なんだか、ここは賑やかだな」


 切り抜かれた四角い戸板が外された窓の外に、女はちらりと目をやる。


 「オレの快気祝いにな、これから総出で狩りだ。いいところに来てくれた。今日は馳走になる…」


 といっても、この女は食べないのだったな。ナイキはどう引き留めようか考えた。


 「そうだ、ミヤコも一緒に狩りに来ぬか? オレも馬で出る。馬は乗れるか」


 馬が怯えて逃げ出さぬかと聞くべきかもしれない、とちらりと考えてしまう。

 幸いなことに、ミヤコは首を傾げると答えた。


 「乗れぬこともない」


 「来てくれぬか、では」


 考え込む様子に、これはいけるかも知れない、とナイキは考えた。

 気が乗らなければミヤコは即座にはねつけるだろう。


 「行ってやってもいい」


 目を上げると、最後にミヤコは言った。大国主は手を打った。


 「オレにとっては最高の祝いだ、それは。来てくれ、馬を選ぼう。いや、その前に……」


 一瞬だけ、ナイキは口にすることをためらった。


 「何か、もっとまともな衣に着替えてはくれぬか。さすがにそのなりだと目立つし、周りが驚く」


 ミヤコは自分の格好を見下ろすと、案外とあっさりうなずいた。


 「着替えてやってもいい」


 「頼む。用意させよう」


 エダが手まわしよく寄こした見知った老女に、ミヤコの身支度の手伝いをまかせた。御屋からは外に出たが、声の聞こえる範囲内にいることにする。じきにその分別に感謝することになった。

 いくらも経たぬうちに、ひええぇぇぇ、と悲鳴をあげながら、老女が飛び出して来たからである。


 「国主さまぁ!」


 「どうした」


 声も出ない様子で、建物を指差す。

何をしたんだ、ミヤコは! ナイキは中へと飛び込んだ。


 湯をはった桶が置かれた傍らに、見たこともないほど身奇麗になった白い肌の小柄な女が裸のまま立っていた。湯を使いきちんと髪も櫛けずられているが、ナイキを見た不機嫌な目は金色に輝いていた。

ああぁ、と大国主は内心でため息をもらした。


 「どうした、ミヤコ」


 女はあごをしゃくった。


 「私にそれを着ろと言うのだぞ」


 示された先には女ものの華やいだ上衣と裳がかけられていた。大国主は一瞬、ミヤコが何に怒っているのか見当がつかなかった。


 「衣がどうした?」


 「裳など身につけられるか!」


 恐る恐るといかける。


 「女物は、いやか?」


 「あたりまえだ!」


 ミヤコはにべもなく言い捨てた。


 「そんな動きにくいものを身につけるくらいなら、裸でいるぞ、私は」


 つい、失念してしまう事実をナイキは改めて心に刻んだ。

バケモノだったな、ミヤコは……。


 「わかった。男物ならばよいのか?」


 「ああ」


 これ以上機嫌を損ねると、ミヤコは短気を起こしてそのまま消え失せるかもしれん。

大国主は考えた。問題は、何がミヤコのバケモノ的逆鱗に触れるか、それが見当がつかないことなのだが。


 先刻の老女を何とか宥めすかし、とにかく絶対に女の言うことに逆らうなと念を押して、もう一度身支度の手伝いにやった。


 「ナムジ様」


 エダが探しにきたとき、大国主はため息をついていた。


 「申し訳ありません。私がもう少し考えればよろしかったですね」


 「もう聞いたか」


 耳が早い。ナムジ自身の身支度を手伝いながらエダはてきぱきと言った。


 「とにかく、ナムジ様はまだ本調子ではないのですから、あまり獲物を追う先鋒までいくべきではありません。祝い主らしく、後方にどんと構えていらっしゃるべきです」


 「つまりあまり人目にたたぬところにいろと言うのだろう。ミヤコも連れて」


 「それから、スセリ様とは離れていらっしゃるべきです」


 ぎょっとして、ナイキは息を飲んだ。


「あれは、狩りに出るつもりか!」


 「いえ。輿を用意されておられました」


 ナイキは額をおさえた。


 「オレはだんだん頭が痛くなってきた…」


 「出るのをやめられますか。その方がよいかもしれません」


 「バカを言うな!」


 なんだか気分が重くなってきた。ミヤコの支度があがったであろう御屋へ、重い足を向ける。


 高床の間で、切り抜かれた窓より外を見ていた人影は、ほっそりとして涼やかだった。完全な男の装いに、髪もきっちりと男がするように角髪(みづら)に結い上げている。振り向いた面は美麗にして繊細。だが完全に美々しくも凛々しい、少年のように見えた。

 ナイキは目にした姿に息をとめ、ゆっくりと吐き出した。


 「美しいな、ミヤコ…。色気はないが」


 「色気が何の役に立つ、バカが」


 変わらずそっけない口振りで女は言う。


 「普通、女に色気は役立つものだぞ」


 「おまえ、私が普通に女だとでも思っているのか?」


 「いやまったく思っていないが…。ミヤコ、もう少し太らんか?」


 「なんだと?」


 「今は痩せすぎだ、幾らなんでも」


 「よけいなお世話だ!」


 ナイキはまだしげしげとミヤコの姿を見ている。結った髪を見て少し顔をしかめた。


 「髪を切ったな」


 「ああ、結う前に少しな。軽くなった」


 「キレイな髪だったのに…」


 「私の髪だぞ。なぜおまえがそこで惜しがる」


 ミヤコはどちらかと言えばあきれた様子だった。


 「そんなにこの姿が気に入ったか?」


 「オレは、ミヤコは美しいと最初から言っている」


 「こっちの方がいいんだな」


 「あたりまえだ!」


 「そうか…、よかったな」


 つきあってられるか、という調子でミヤコが口にした。


 外で誰かの言い争う声がした。甲高く耳にささる独特の調子に、ナイキはとっさに外へと向かった。


 「ここにいてくれ、ミヤコ!」


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