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大出雲紀  作者: あずみ さき
炎の章
1/9

01 異邦人

物語としては書き終わっているので、校正してさくさくあげてけばいいだろう、と気楽な気持ちで上げ始めたんですが…、正直、機能がよくわかりません(^^;)。他の方の小説などいくつか読破して、ようやく作法が少しわかってきました。気を取り直して、まぁぼちぼちやっていきます。


 一つの時代が終わろうとしていた。


 温かく恵まれた、古い世界の終焉。


 時代は動き出す。『鉄の時代』へと……




 その女は、海から上がってきた。


 月明かりのもとで、白い裸身が光を弾いてきらめいた。

 浜に生えた、ねじけた松の幹の暗がりに身を隠した男は、潮を滴らせながらあがってきた女の姿に、ごくりとつばを飲み込んだ。

 小柄な女で、月明かりのもと見て取れる身体つきは、おせじにも女らしいとは言いがたい。痩せたふくよかさとは縁遠い体つきであったが、肌色は夜目にもはっとするほど白かった。


 韓人(からひと)か? 男は考えた。


 夜明けまで、まだ時のある頃合いである。男は切れ込んだ海に沿った集落の漁師であった。

 小用をたすついでに、潮の具合を見ようと浜まで降りてきたのだ。日が昇ればムラの男たちは潮に乗り、外海へと漁に行く。此度は日が七日めぐるほど帰らぬ予定であった。

 月は半ばほど欠けた姿でくっきりと地上を照らしていた。明日はまずまずの上天気だろうと見極めたときに、女の姿が目に入った。


 春が深まり、夏を迎える頃合になると、海の向こうからは韓人らの舟が訪れる。砂鉄や玉、竹や錦を求め、神州たる大八島の西に位置する、根のクニへと取引のためにやってくるのだ。


 そういった者たちの中には、海沿いの集落を襲い、女やめぼしい物を奪っていくような輩もないではなく、それ故に海から姿を現す者たちは海沿いに住まうものとっては、必ずしも歓迎するべき対象ではなかった。


 深夜に海よりあがってくる女とは尋常ではなく、舟が沈み流れ着いたのか? と男は頭をひねる。それにしては、続いて誰かあがってくる様子もなく、女の様子も漂着者にしてはひどく落着き払っていた。


 異邦のものを目にした時点で、本来であれば男はムラに知らせに走らねばならぬはずであった。だが、男は動かず、浜で髪を絞りはじめた女を食い入るように見つめていた。


 女か…。男は野卑な笑みを浮かべた。


 幾月か前に妻をなくし、男は独り身であった。独り身の男が望めば流れついた女一人我が物とすることなど、わけもなくできる。それに…、少しばかり楽しんだところで、何が悪い?


 この時に、己れの短絡的な考えに男は気づいてはいない。見知らぬ浜に打ち寄せられたにしては、女の様子があまりにも常軌を逸していることにも気づかない。

 落ち着き払いすぎているのである。


 背後にまわるように、そろりと女に近づいていく。

 髪から水を絞り終わった女は、目を流して一度まっすぐに見たようにも思われた。暗がりで見えるわけがないと思いつつ、男は息をひそめる。月の陰った一瞬に、男は女の身体に飛びかかった。


 子供のように小柄な細い身体は、男の身体をぶつけられてそのまま砂の上へ倒れ込んだ。思ったよりも手応えのない、柔軟な動きだった。

 まるで、予期でもしていたように。

 女の身体に馬乗りになると男はもどかしく衣を脱ぎ捨てた。袴も蹴飛ばすようにして下ろす。女の足に手をかけたところで、さすがに頭に血が上った男にもなにがしか奇異の念がかすめたかもしれない。何の抵抗もされないということに。


 細い腕が肩にかかり、力が込められていたわけでもないのに、何かの気配が男を止めた。


 月の光の下で、その時に初めて女の顔がよく見えた。


 見たことのないほどに整った、卵形の美しい顔立ちであった。

 どこか『異国的』と形容してよい面立ちであったが、韓人すらもろくに見たことが漁師にとっては、ただ見慣れぬ顔立ちであるという以外にない。

 小柄な体格にも関わらず幼さの色はなく、もう少しふくよかな女らしい印象が加われば、『絶世の美女』と言っても過言ではあるまいと思われた。


 だが、男の背に冷水を浴びせたような悪寒をもたらしたのは、その顔立ちの美しさではなかった。

 微かに身を震わせながら。

 女は笑っていた。

 ひどく非人間的な、嘲りにも似た色すら浮かべて。


 「相手をしてやっても良いのだがな」


 低い声音は明確で、わかりやすかった。

 意味するところは理解の範疇の外ではあったが。


 月光を映じた女の瞳は、闇の中で、それ自体が炎のような黄金の輝きを宿していた。


 「ひぃ……っ」


 男は悲鳴をあげた。飛びのき、腰を抜かしたようにあたおたと後ずさる。


 本能がその時に初めて、産毛のさかだつような源初の恐怖を伝えてきた。

 これは、人ではない。こんなものが、人であるわけがない。

 つきあげるのは根元的な、捕食者に対する下位の存在の恐怖。

 これは……ケモノだ。見たことのない、人外のモノ……!!


 女はゆっくり身を起こした。砂のついた髪がばさりと落ちる。

 無造作に手を上げると、男の肩をつかんだ。


 「女に無理強いするような男は、相応の報いを受けても仕方がないだろうな」


 優し気な酷薄な笑みが、女の形のいい口許には刻まれ。

 次の瞬間、何とも言えぬ湿った音が砂の上に響いた。

 

 魂切るような絶叫が夜の闇を引き裂いた。

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