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5話 泣きたい時は泣けばいい

 唐突だが事件が発生した。

 時刻は夕暮れ時。興味津々な生徒達を振り切り、ようやく部屋へと帰ってきた二人を待ち構えていたのはムスっと不機嫌な顔をしたシオン……ではなかった。

 というより、部屋には誰もいなかった。


「おいおい……マジかよ」


 呆れた口調で仏ノ宮は呟く。トイレに行っているとか、風呂に入っているという可能性は仏ノ宮の靴が一つ減っていたことから無くなった。ならば残された可能性は何か。彼女自身が自らこの部屋を出て行った、ということだ。


「シオン……シオン……っ!!」


 バックをその場に捨てて即座に部屋から出ていこうとするナギサだったが、仏ノ宮に腕を掴まれたことによってそれは阻まれた。


「放してくれ!! シオンが、シオンが!!」

「その前に落ち着け馬鹿!!」

「これが落ち着ていられるか!! シオンが誘拐されたかもしれないんだぞ!!」

「だから落ち着けって言ってるだろうが。部屋をよく見てみろ。荒らされた形跡はないし、俺の靴が一つ減ってる。恐らく自分で部屋を出たんだろう」

「だとしても!! 帰ってきてないってことは、何かあったかもしれないってことだろう!!」


 ナギサの言葉は大仰かもしれないが、しかしながら完全に否定できるものではなかった。外に興味が出てそのまま遊んでいる、という可能せは昨日の彼女の態度からしてかなり低い。ならばどうして部屋を出て行ったのか、という疑問に再び行き着くわけだがそれは今考えていても仕方がない。今やるべきことはこんなところで呆然としていることではないのだから。


「とにかく、二手に分かれて探すぞ。あいつが行きそうな場所とか、分かるか?」

「……いや。でも高いところは苦手だ」

「何だよその情報は……まぁ、何も無いよりはマシか」 


 仏ノ宮はテーブルの上にあったメモ用紙を破り、ペンで数字の羅列を書いていく。そしてそれをナギサに渡した。


「これがおれの携帯番号だ。前の携帯番号も教えろ。何かあったら連絡し合う。いいな」


 分かった、と言うとナギサも仏ノ宮と同じ様にメモ用紙に自らの携帯番号を書き、渡した。そして二人は手分けしてシオンの捜索に当たって行った。


 *


 仏ノ宮にとってこの町は自分の領域テリトリーのような場所である。しかし、だからと言って町のことを何もかも知っている、というわけではない。むしろ未だに知らないことの方が多いだろう。確かに大体の店や家などは見当がつくが、しかし言ってしまえばそれだけしか分からない。例えば、一人の少女が行きそうな場所、と言われても答えられてないのだ。

 故に彼がとる行動はたった二つ。走り回って探すことと、道行く人々に尋ねることだ。


「ったく、あっのクソガキ……手間取らせんじゃねぇぞ……!!」


 捜索開始からおよそ1時間程度が経過していた。仏ノ宮は走り回ったせいか、息切れを起こしている。さらには愚痴まで零すようになっていた。太陽は既に地平線の彼方に消えており、町には街灯が点き始めていた。小さな子供は家に帰っており、それらしい姿はほとんど見受けられない。走っている合間に出会った人々に聞いてみるもそれらしい人物は見かけなかった、という返答が全てだった。それが彼にさらなる苛々を募らせる元になっていく。

 ふと、頭に過ぎる嫌なイメージ。もしかすればシオンは本当に誘拐されてしまったのだろうか。うたかた町は平和で普通な町だ。しかし、いくら平凡な町であろうと誘拐事件が起こらないとは言い切れない。シオンがどれほどの吸血鬼かは知らないが、この町に来た時点で彼女はただの人間になってしまっているのだ。今の彼女相手ならばそこら辺の不良でも余裕で掻っ攫うことはできる。いや、そもそもにして仏ノ宮の部屋が荒らされていなかった、という点から彼女が誘拐されていないという発想が間違っていたのでは? 部屋を荒らさないほどの手際で彼女を攫っていった、とは考えられないだろうか。それ以前に彼女は何故誘拐されなければならないのか。

 などという無限ループ的な思考に陥ってしまうほど仏ノ宮は追い詰められていた。


「ああ、もうクソッ!!」


 溜まった鬱憤を口から出すものの、それが消えることは一向にない。

 仏ノ宮は取り敢えず、携帯を取り出す。現状報告、というわけではないがナギサの方がどうなっているかの確認をしておきたいと考えたからだ。

 そしてその時、ふと仏ノ宮は思う。

 昨日今日の付き合いである自分がこんなにむしゃくしゃしているのだから、ナギサは一体どれだけ心配しているのだろうか、と。

 彼は今朝方言った。シオンは自分にとって大切な存在である、と。恥ずかしがりながらも口にしたその台詞には一切嘘は感じられなかった。先程もシオンがいなくなったと分かり次第飛んでいくように部屋から出ていこうとしたところを見ても、それは明らかだ。


「……そりゃ、取り乱すよな……」


 自分の大切な人間がある日突然目の前からいなくなったら。仏ノ宮にとって体験したことがないことではあるが、それがショックなことだというのは容易に想像が付く。そして当の本人達からしてみればそんな言葉では片付けられないものだということも。

 そんな状態のナギサに一体何を話すというのだ?

 携帯の画面を見ながら仏ノ宮は暫くの間思案する。そして、連絡先を変更した。画面に出ているのは『藤堂康友』という文字。

 あまり頼りたくはなかった。本当に頼りたくなかった。そもそもにして二人が来た元凶のような男だ。そんな男に力を借りたくない、と思うのは当然だろう。しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。嫌な相手ではあるがしかし一方で情報などに関してはずば抜けている。

 そして発信ボタンを押そうとしたその時。


「何をそんな真剣な顔をしてるんだい、お兄さん」


 後ろから投げかけられた唐突な言葉。振り向くとそこには着物姿の老婆が風呂敷を持ちながら立っていた。


「由紀婆ちゃん?」


 白峰由紀しらみねゆき。仏ノ宮の言葉から分かるように彼女は仏ノ宮の知り合いであった。真っ白になった髪は年老いた証ではあるが、しかしながら感じられるのはただ年を取った、というものではない。どこかしらの貫禄が見えるのは仏ノ宮の気のせいではないだろう。実際の年齢は不明だが、しかし老婆ということを感じさせないことでこの人物は有名である。いや、『人』ではないのだが。

 由紀は眉をひそめながら仏ノ宮に言う。


「全く、久しぶりに会ったって言うのに何だいその顔は。まるで疲れ果てた中年男みたいになってるじゃなか」

「……まぁな。実際、走り回って結構疲れてるし」

「はっ、その歳で疲れた何だ言ってるんじゃないよ。若い奴は体力くらいしか取り柄なんてもんはないんだからね」

「……相変わらずきっついなぁ、婆ちゃんは」


 などと言いつつも仏ノ宮は苦笑できる程の余裕を取り戻していた。由紀の叱咤は今の仏ノ宮にとってはありがたいものであった。

 息切れをしている仏ノ宮を見て、由紀は疑問を口にする。


「走り回ってたって、何か探し物かい?」

「まぁ、そんなところかな。あっ、そうだ婆ちゃん。ここら辺で白いガキみなかったか? 女の子なんだが……」

「白い……? もしかして髪も白かったりするかい?」

「っ!? 見たのか!?」

「ああ、ついさっき向こうの方でね」


 と西の方を差しながら彼女は言う。


「あんな小さな子が一人で歩いてるもんだからちょっと不思議に思って声を掛けたんだけど、すぐさまどこかへ走って行っちゃってね。さっきのあんたと同じで、何か思いつめていた顔をしていてよ……いや」

「? どうかしたのか」

「思いつめていたっていうよりは、あれはそう、どこか……」


 寂しげな顔をしていたよ。

 その言葉に仏ノ宮はハッとした表情を浮かべる。同時に脳裏に過ぎるのは今朝の光景。一人ポツンと部屋に残る少女の後ろ姿。そして彼女が言い残した「嘘つき」という言葉。

 仏ノ宮は握り拳を作り、大きく息を吐く。そして、目の前にいる老婆に対し、笑みを浮かべた。


「ありがと婆ちゃん。おれ行くわ」

「そうかい。なんだかよく知らないが、知り合いならちゃんとあんたが面倒見てやんな」

「了解……っていいたいんだが、どうだろうな。ある程度はしてやるつもりだが……それは、おれの役目じゃないような気がする」


 意味深な仏ノ宮の言葉に一瞬首をかしげる由紀だったが、すぐさま納得したような笑みを浮かべた。


「まぁ、あんたがそうしたいんなら勝手にすることだ。それよりも、今度でいいから町内会に顔くらいだしなさいな。一応、あんたはこの町の顔なんだから」

「えっ……いや、おれにはあの面子の中に入る勇気はないんだが……」

「言い訳無用。ほら、行くんならさっさと行く!」


 怒声交じりのその言葉に「はひぃ!」と言いながら仏ノ宮は再び走り出す。そして、携帯に番号を打ち、電話をかける。

 その表情には先程まで募らせていたイライラは存在しなかった。


 *


 由紀の言った通り、西方面を探していると公園のブランコに一人座っている白い少女がいた。昨日のような高飛車な雰囲気は無く、落ち込んでいる空気が漂っていた。

 仏ノ宮は最初何と声をかけるべきか迷ったが、しかし首を横に振り、前へと進む。


「シオンッ!!」


 呼ばれた少女は一瞬体をビクッとさせながらこちらへと顔を向けた。そこにあったのは半泣き状態な表情。しかし、それも刹那のことであり、名前を呼んだのが仏ノ宮であると知った途端、とてつもなく不機嫌な顔になった。そこから読み取れるのは、何でお前なんだ、というもの。

 睨みつけてくるシオンに対し、しかし仏ノ宮は全く退こうとせず、そのまま彼女の傍まで歩いていく。するとシオンはブランコから立ち上がり、そのままダッシュする。


「っ!! 逃げるなこのチビ!!」


 走り出したシオンを追う仏ノ宮。しかしその追走劇は一瞬のものであった。

 シオンは公園の砂場へと行くと立ち止まった。逃げるのを諦めたのか、などという甘い考えを思い浮かべた仏ノ宮だったが無論そんな事はなかった。

 シオンとの距離が五メートル程のところになった瞬間、唐突に何か小さな、粒子的なものが複数飛んできた。簡単に言えば、それは砂場の砂だった。


「ちょ、おま、何投げつけてんだよ!!」

「うるさい!! 来るな!! 貴様なんか大ッ嫌いだ!! あっちへ行け!!」

「くっ、本当にガキだなお前は……ってよせ!! それ以上投げるな、っていうかかけるな!! お前は吸血鬼だろうが!! いつから砂かけ婆にクラスチェンジしたんだよ!!」


 仏ノ宮の言葉にしかしてシオンは耳を貸さず、砂をかけ続ける。一方の仏ノ宮は砂をかけられ続けるもその中でシオンを見ていた。

 一生懸命砂を投げる姿は必死だった。必死に仏ノ宮を拒絶していた。それだけシオンは彼のことが嫌いだということだろうというのは理解できた。しかし、彼女があんなにまで必死なのはそれだけなのだろうか。何か別の感情を抑えるための代償行為なのではないだろうか。

 つまりそれは……。

 とそこまで仏ノ宮が考えていると突然砂の嵐が止んだ。見ると肩を揺らしながらシオンは深呼吸をしていた。今の彼女は見た目通りの少女なわけであり、体力もそこまでないのは当然の話。

 はぁはぁと言っているシオンに対し、仏ノ宮は大きなため息を吐きながら小さく呟いた。


「……悪かったな。寂しい思いさせちまって」


 言った瞬間、キッとシオンの睨みが飛んでくる。


「貴様が言うな!! 貴様なんかにそんな言葉を言われる筋合いはない!! 私はナギサが傍に居てくれればそれで良かったのだ!! それなのに、それ、な、のに……」


 言葉が最後まで出ず、彼女は両腕で目をこする。

 そう、彼女の言う通りだった。仏ノ宮にそんな言葉を吐く資格などない。そもそも彼女にこんな寂しい思いをさせた原因は他でもない仏ノ宮だ。仏ノ宮の護衛をナギサがしなければならないから二人は離れてしまい、結果シオンは一人ぼっちになってしまった。

 それは分かっている。分かっているが、それでも仏ノ宮は何かを言わずにはいられなかった。


「……ガキが我慢してんじゃねぇよ。泣きたいなら、泣けばいいじゃねぇか」

「泣くものか!! 貴様などの前で、泣く、ものか!!」


 崩壊寸前の涙はそれでも何とか留まっていた。

 それはもはやら意地。絶対にこいつの前で涙など見せないという決意が仏ノ宮の肌にひしひしと伝わってくる。彼女の涙を見るに値する者。それは恐らく一人しかいないだろう。

 ならばそう、仏ノ宮に彼女の涙を見ることはできない。

 仏ノ宮はシオンへとゆっくり近づいていった。それに気づいたシオンは再び砂を投げかけようとするも仏ノ宮は彼女の隣を素通りし、そのまま彼女の背後へと周り、背中を向けながら座った。


「な、何を……」

「こうすりゃ……涙は見えねぇだろ」


 仏ノ宮は振り向かずにただ呟いた。今の彼にはシオンがどのような顔をしているのかは分からない。いきなりの行動に面をくらっているのか、引いているのか、はたまた砂をかけようと準備しているのか。分からなかったが、しかし決して振り向こうとは思わなかった。

 長い沈黙。二人共何も話さず、ただただ時間が過ぎていく。

 そしてその空気を破ったのは。


「……騎士になってくれると言ったのだ」


 そんな言葉をいつの間にかポツリと呟いたシオンだった。


「どんな奴からも、どんな災難からも、絶対に私を守ってくれる騎士になると……そう言ってくれたのだ」

「……、」

「なのに……ナギサは私を置いていった……一人に、した……」

「……、」

「わ、私は……寂しかった。怖かった。あの部屋で、一人でいるのが……ナギサがいない時間が、私には耐えっれなかった!! だから飛び出して……」

「……、」

「全部……全部貴様が悪い!! 貴様のせいだ!! 貴様と関わってからロクなことが起こらない!! 貴様はすぐに殴るし、ナギサが私より貴様を選んだのも貴様のせいだ!! 貴様など、嫌いだ!! 大ッ嫌いだ!!」


 やけくそのように叫び、罵倒を再び浴びせる。それらは彼女の本心。昨日から溜まっていた全てだった。彼女にとって今まで傍にいるのが当たり前になりつつあった少年を仏ノ宮はどのような形であれ、奪ったのだ。そして彼らは一人の少女を部屋に置いてけぼりにした。守ってくれると言ってくれた少年がいないことがどれだけ悲しかったのか、怖かったのか、寂しかったのか。仏ノ宮には想像できない。だがその少年を奪った男が憎いのは何となく理解できた。

 それを全て承知した上で、仏ノ宮はシオンの言葉に「そうか」と呟いた。


「まぁそうだよな……お前がおれのことを嫌ってるのは十分分かったし、それを無理やり変えろ、だなんて言うつもりはねぇよ。ただな……一つだけ訂正させろ」


 仏ノ宮は振り向かないまま言い放つ。


「実はな、今朝方あいつに質問したんだ。おれとお前、どっちかの命しか助けられなかったらお前はどっちを選ぶって。そしたらあいつ、おれの前でシオンの命の方が大事だ、なんてぬかしやがったよ」

「え……?」

「そうだろ? 驚くよな。護衛対象に普通そんなこと言うか? 嘘でもそこはおれの命だっていうところだろ。ホント、不器用だよな、お前もあいつも」


 不器用で馬鹿で、そしてどうしようもなく……まっすぐである。

 仏ノ宮はそんな彼らが面倒で鬱陶しいと思いつつも、どこか微笑ましいと思っていた。


「誰が、お前よりもおれを選んだだって? ハッ、冗談言うなよ。あいつはお前のことしか考えてねぇよ。今日だって一日中余裕ない雰囲気だったぜ。アレ、絶対お前を残してたこを気にしてたな、うん」

「……そう、なのか?」

「さぁ? 本当のことはおれには分からないしな。だからまぁ……あとは本人に聞いてくれ」


 その瞬間だった。

 公園の入口付近に何やら仏ノ宮が見たことがあるイケメン高校生が息を切らせて立っていた。

 そして、少年は叫ぶ。


「シオンッ!!」


 少女の名前を口にした瞬間、ナギサはようやく見つめたと言わんばかりな勢いでシオンの下に駆け寄る。そしてシオンもまたナギサの下へと走っていく。そして二人は抱き合った。

 そこから先は敢えて割愛させてもらう。

 ただ、言えることがあるとすれば、その後ナギサはずっと謝罪を繰り返していたこと、シオンの泣き声が公園中に響き渡ったこと、そして終始仏ノ宮の表情がニヤけたままたの状態であった、ということだ。



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