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3話 歩くときは前を向いて歩こう

「何故こうなった……!!」


 早朝、とは言ってもすでに時計は八時近くを指そうという時間帯。多くの人が学校やら会社やらに向かう道端で仏ノ宮はあたまを抱えていた。しかし、それは別段朝っぱらから頭が痛い、ということではない。いや、精神的な意味では痛かったが。

 それもこれも全ては仏ノ宮の隣にいる者が全ての原因だった。

 ふと、彼は自らの横にいる少年、ナギサを見る。

 そこには昨日の厨二病丸出しの黒服姿はない。あるのは今日着たばかりだというのが丸分かりの白いワイシャツにシミが一切ない紺色の長ズボン。それは仏ノ宮と同が着ているのと同じ鷹末高校の制服だった。これこそがあのダンボールの中身であった。差出人不明ではあったがこのタイミングでこのようなものを送りつけてくる人物を仏ノ宮は一人しか知らない。即ち、厄介事を送り込んだ藤堂康弘である。

 正直な話、仏ノ宮は何となくこの展開を読んでいた。年頃が近い少年が用心棒をやるとなると当然その人物も同じ高校に通うのは自明の理。転校生としてやって来るのは何の珍しくもない……などというのは小説やら漫画だけの話であって現実的に有り得ないのだが、しかしながらこの町はいささか現実的な町とは言い難い。実際、学校に電話してみると早速転校生として扱われているし、名前も「黒咲ナギサ」などという本人曰く偽名が勝手に作られているしとなんでもアリな展開になっていた。そしてそれをしたのは最早言うまでもない。

 だがそれはいい。二度も言うようだが仏ノ宮自身、それは大体予測できていた。

 問題なのは……。


「……おい、ナギサ。お前さっきから何してる」

「周りの警戒」

「いや、警戒すんのはいいんだけどよ……そのめっちゃ怖い目つきやめろ。周りの人が引いてるだろうが!!」


 流石にこれ以上は黙っておけないと思いながら仏ノ宮はツッコミを入れる。ナギサは用心棒なのだから警戒するのは当然だ。だがギラついた目つきで辺りを見回す人間がいれば嫌でも目立ってしまう。傍から見ればただの挙動不審な奴にしか見えない。

 いや、薄々は分かっていた。何せ日本刀を腰に携えていたのだから、そういった常識とは離れた場所、というか世界で育ったのだろう。

 そして、その日本刀はというと。


「……それ、どうしても持って来なきゃダメだったのか?」

「ダメだ」


 即答であった。

 ナギサの左手には布に包まれた長いナニカを持っていた。その何か、というのが何を隠そう彼が持っていた日本刀である。本来ならば家に置いておくべきであり、仏ノ宮も何度も説得しようとした。が、頑なに聞く耳を持たないナギサに対し、せめて人目にバレないようにすることを取り付けた。

 一応、銃刀法違反で通報されることは無くなったが、それでも心配せずにはいられなかった。


「ったく、初日からこんなんで大丈夫かよ……」


 自分の用心棒に精神的ダメージを負わされる、というのは些かどうなのだろうか、などと思いながらも仏ノ宮はふと横目でナギサを見る。相変わらずギラついた目つきが光っているものの、どこか余裕がないようにも感じ取れた。

 その原因について、仏ノ宮は一つ心当たりがあった。

 それは二人が家を出る、少し前まで時間を遡った話である。


 *


「何っ、私を置いていくだと!?」


 制服を着替えている途中のナギサに対し、シオンは怒り半分、驚き半分と言った比率の声を上げた。送られてきた荷物の中には制服は一つしかなく、また学校にいる諸々の書類や教科書なども一人分しか用意されていなかった。しかし、それもそうだろうと仏ノ宮は思った。流石にあの藤堂でもこの少女を高校生として学校へ行かせる、という選択肢はなかったのだろう。見た目はどう見ても十歳前後、良くて中学生といったところか。実際の年齢は仏ノ宮には知る由もないが、そんなものは世間には関係ない。要は彼女が幼女に見える、ということが問題なのだ。

 着慣れていないのか、ナギサはネクタイを何度も巻き直しながらシオンに言う。


「仕方がない。今の俺の仕事は誠の護衛だ。誠が学校に行くのならそれに付いていかないと」

「なら、そこの平凡人が学校とやらに行かなければいいだけではないか」


 唐突に飛んできた火の粉に仏ノ宮は呆れた顔で答える。


「あのなぁ、俺は高校生なんだよ。高校生っていうのは、学校行って勉強するのが仕事なの。それを勝手に休むとかできないんだよ……まぁ、しているやつはいるにはいるが」

「じゃあ休め」

「できるかッ!! おれは真面目で通ってんだよ。勝手にズル休みなんてする度胸はねぇよ。ってか、そっちの都合でおれの予定を勝手に決めんな」


 仏ノ宮は守ってもらう立場の人間だが、だからと言って自分の行動を護衛が勝手に制限することを認めるわけにはいかなかった。それはシオンも理解しているようであり、仏ノ宮に対して学校へ行くな、という発言はしなかった。

 その代わり、別の案を提示する。


「ならば私も学校に行く」

「「却下」」


 二人の少年の声が見事にハモった。

 何故だっ!! と言わんばかりな表情を浮かべるシオンだったが、仏ノ宮もナギサもその疑問に答える気力は無かった。

 何も言わない二人に対して、シオンは顔を俯けながら口を開く。


「……本当に、行ってはダメなのか。私はここに残らなければならないのか?」


 それは仏ノ宮にとって初めて見るシオンの態度だった。昨日からの短い付き合いではあるが、毅然とした姿勢を見せていた彼女がこのようにしゅんとするのは予想外であった。

 何か言ったほうがいいのか……そんなことを考えている仏ノ宮よりも先にナギサがシオンの前に立って言う。


「仕方ないんだ。我慢してくれ」

「……私を……守ってみせると言ったじゃないか」

「今は彼も守らなきゃいけない」

「……私の『騎士』になると言ったじゃないか」

「今もそれに変わりはない」

「……私を置いていくくせに」


 最後の言葉にナギサは何も言い返さない。ただシオンの目から顔を逸らすことしかしなかった。そんな彼を見てシオンは「もういい」と言い放つと背中を向けた。そっぽを向いた、と仏ノ宮は思えなかった。そんな言葉で済ませられない何かを、彼女の背中から感じとった。しかし、それでも時間というのは刻一刻と流れていき、結局二人はそのまま部屋を出て行った。

 そして、ドアを閉めようとした瞬間。


「……………………嘘つき」


 小さく寂しげな言葉を仏ノ宮は確かに聞いた。

 恐らく仏ノ宮に向かって言われた言葉ではないのだろうが……何故かその時、彼の心に何かが刺さったような気がした。


 *


「なぁ……俺が言うのも何なんだが、あいつのこと、あれで良かったのか?」


 ふと、仏ノ宮はそんなことを口にしていた。何を言っているんだ自分は、と思いながらも浮かんできたのは一人残してきた少女の後ろ姿。あの部屋に一人にしたことに対して罪悪感とも取れる何かを感じたからか、それとも単なるお節介か、彼自身にも分かっていなかった。

 そんな仏ノ宮の疑問に、ナギサは間を空けながらも答えた。


「……俺たちがアンタのところに住まわせてもらう替わりに俺がアンタの護衛をする。それが藤堂との約束だ。それを蔑ろにする行為はできない」


 その言い分は尤もであり、間違ってはいない。しかし、ナギサの顔は無表情ながらもどこか不満げであり、自分自身納得できていない、というのは仏ノ宮にも伝わってきた。それだけナギサはシオンのことを大切に想っているということだろう。

 と、ここで仏ノ宮は在り来たりな疑問が浮かんだ。


「っていうか、お前とあいつってどういう関係? 妹、なんてことはないよな」

「俺達はそういう関係じゃない。そもそも俺は人間だ」

「そうだったのか……」


 だったら余計に気になるんだが、と心の中で疑問を発露する仏ノ宮。そもそもにして吸血鬼と人間が一緒にいること自体がおかしいわけであり、不思議なのだ。基本、人外は人間に自分達の正体を隠して暮らしている。それをしていないと言う事はシオンはナギサをかなり信頼していることになる。しかし、仏ノ宮は敢えてそこから先へは踏み込まなかった。彼の立場上、そういう『訳あり』な者に出会うことは多く、そして珍しくもない。そしてそういった者に対しては深く追求しないことがベストだと理解していた。

 また暫くの沈黙の後、ナギサがポツリと呟いた。


「シオンは……俺にとって大切な存在だ。俺は人間で彼女は吸血鬼だがそんなことは関係ない」

「大切な存在、ねぇ」


 それは昨日からのやり取りを見て何となく分かっていた。というより、あれで分かるなという方が無理な話である。無表情ながらも彼女に気を使っており、まるで姫を守る騎士ナイトのようだった。そう言えば、と仏ノ宮は思い出す。シオンが騎士がどうのこうのと言っていたが、もしかして関係があるのだろうか? などと考えるも答えはでない。

 まぁ、要するにだ。


「つまり、お前はあいつのことが好きってわけだ」


 次の瞬間、ナギサは真正面から電柱にぶつかった。

 あまりにもベタ過ぎた反応に言った本人である仏ノ宮も驚いてしまう。

 しかしナギサは何事も無かったかのように先程と同じような顔で答える。


「好きとかそういうのとはまた違う。いや、好きではない、というわけではないけれども、そもそも他人を好きになるっていうことは……」

「電柱に激突した奴に何言われても説得力ねぇよ」

「いや、それとこれとは話が……」

「じゃあ訊くけどよ」


 仏ノ宮は五、六歩先へと歩いた後に振り返りながらナギサに言い放つ。


「おれとあいつ、どっちかの命を助けられるとしたら、お前はどっちを取る?」

「……シオンの命」


 刹那の間があったものの、ナギサははっきりと答えた。そのことに対して仏ノ宮は何度目かの驚きを覚えた。

 ナギサがシオンを取ると言ったことに対して、ではない。実際の所、ナギサの答えは容易に想像できた。それを裏切った要素とはそれを仏ノ宮の前で言ったことだ。今、ナギサは仏ノ宮のボディガードであり、建前上でも「アンタの命」と答えるものだと思っていた。しかし、そうはならなかった。

 仏ノ宮は改めて思う。このナギサという少年はやはりどこかおかしな人物だ。昨日の格好といい、何故か日本刀を手放す事を嫌がったりするところといい、どこか常識外れな面がある。

 そして、どうしようもなく正直者だ。

 そんな彼のあまりに真っ直ぐな意見に対して、仏ノ宮は微笑を浮かべた。


「……? 何故笑っているんだ?」

「いや、別に。何でもねぇよ。ほら、行くぞ」


 ナギサを急かしながら仏ノ宮は先へと進む。

 どうして笑っているのかという先程の問い。その答えを仏ノ宮は口にしたくなかった。

 何故なら。

 好きな女を守ろうとするまっすぐな少年が、少し、ほんの少しではあるが、眩しいと感じたなど言えるはずがなかった。


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