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act.6




 ロイドが私と行動を共にしてくれるというのは、正直非常にありがたい話である。

 何せ、私には先立つものが何も無い。土地勘も無ければ生活に必要な資金も無く、挙句この世界の常識すらもきちんと理解できていないという有様だ。ここがMMORPG【レヴァースティア】の世界だろうとあたりをつけてはいるものの、実際ここが私の知る世界そのものなのかもわかっていない。私が持つ知識自体もゲーム内で得たものばかりだし、さしあたっての生活に役立ちそうなものも皆無である。

 戦うこともできない私は、どう考えてもお荷物だ。

 さまざまな面で迷惑をかけてしまうことに対し、謝罪めいた言葉を口にする私に、ロイドは大丈夫ですよと笑うだけだった。


(すっごく申し訳ない話なんだけど、どうやっても私はロイドに頼るしかないんだよねえ……)


 もし、誰にも出会えないままだったらどうなっていたんだろう。考えても仕方ないことだけど、少なくともこうやってロイドの隣を歩くことは無かったと思う。


(でも、いつまでもおんぶにだっこじゃいられないよね。この世界にもうちょっと慣れたら、何とかしてお金を稼がなくちゃ)


 そんなことをぼんやりと考えながら、獣道をてくてくと歩く。

 最初に私一人で通った、あの獣道。ロイド曰く、ここを抜けた先に街があるそうだ。

 ティレシス、という中規模な商業都市らしい。MMORPG【レヴァースティア】での記憶を手繰り寄せると、確かに始皇帝の墓の近くにはティレシスという街が存在していた。


(そういえば、消費アイテムを買ったり、こもるついでに始皇帝の墓がらみのクエストを片っ端から受けたりしたのもティレシスだったっけ)


 始皇帝の墓は敵の数が多く、ソロ狩りにはあまり向いていない。おかげで回復アイテム代がかかって仕方なかった。確か、治癒術師(ヒーラー)などの支援職がいてくれれば、とか考えてた気がする。

 余談だけど、セカンドキャラクターを作るなら魔術師(ウィザード)とか治癒術師(ヒーラー)とかの魔法系も試してみたかったんだよね。この世界にもそういった職業はあるんだろうか。


「……ねえロイド」

「はい?」

「良ければ、ちょっと教えて欲しいことがあるんだけどさ」


 道すがら、私はロイドにこの“レヴァースティア”という世界について聞いてみることにした。

 世界観から何から、ゲームだけの知識じゃお話にならないもの。

 何も知らないままじゃ、この先生きていけるわけがない。


「この世界、レヴァースティアについて少し教えてくれない?あ、小難しいところは後でも全然いいんだけど。今思いつくだけでもいいから、大ざっぱに教えてくれたらありがたいなーって」

「ええ、かまいませんよ。さて、どこからお教えしたら――」


 思案するように顎に手を当てるロイドに、私は「なんでもいいよ」とだけ声をかけた。

 ロイドは相変わらず低姿勢を崩さず、何度私が頼んでも敬語は止めてくれそうにない。ただの十七歳の小娘に敬語なんて使わなくてもいいのに、とは思うけれどきっとこればかりは彼の性分なのかもしれない。なので、それ以上何か言うのはやめておいた。

 ちなみにロイドは二十四歳らしい。まだ若いのに、彼の人生に何があったのだろう。しかしそれを知り合って間もない私が聞くのも、野暮というものである。


「そうですね……詳しい知識は追々にするとして、まずは世界の成り立ちからかいつまんでお話しいたしましょうか」


 ロイドの口から語られたのは、おおよそMMORPG【レヴァースティア】で知り得たものと同じ内容だった。


 神々によって創造された世界、レヴァースティア。

 レヴァースティアは広大な大地と豊かな自然に恵まれ、多種多様な生命が命を育み、繁栄していった。人間をはじめとした多種多様な生命体は、種族ごとにそれぞれ異なった性質をもち、はじめこそお互い干渉しないように固まって生きていたものの、時が経つにつれやがて種族間での争いが起こるようになっていった。生命(こどもたち)の幸福を願って創った神々は、争い続ける世界を憂い、嘆き悲しむ。そのとき一柱の神が流した涙の雫が、膨大な水の奔流となって世界の大半を洗い流した。

 争いの火種ごと、多くを失った世界。生き残った者達は、神の前になんと醜い争いをしていたのだろう、と己を省みた。そして、彼らは種族関係なく手に手を取り合って世界の復興に尽力した。

 長い長い年月をかけ、世界はかつての姿を取り戻すことに成功した。その頃には種族間の差別など陰も形も無くなって、神々は一度は見捨てかけた生命(こどもたち)の成長を大層喜んだ。

 神々は、生命(こどもたち)のよりよい発展を願いさまざまな祝福を授けると、この世界から去って行った。

 それからさらに長い年月が経過した今でも、神々は愛しい世界を見守り続けているという。


「……というのが、童話としても語られている世界の成り立ちでしょうか。その祝福の一つが、魔法という不思議な力なんですよ」

「なんか、すごいね……神話の中の世界っていうか。ああ、それともこの世界自体がすごいのかな」


 いろいろとスケールが違いすぎて、どんな反応をしたらいいかわからない。

 オンラインゲームの公式ホームページなどを見ると、ゲームの内容とともに世界の仕組みやらも一緒に説明されていることが多い。私はゲームを始める前、インストール中の暇つぶしに軽く読んでおいたからちょっとわかるだけで、見ない人は見ない項目である。


「ちなみにロイドは魔法使えるの?」

「……多少は。あまり得意ではないので好んで使いませんが」

「そっかあ」

「純粋な魔法は不得手でも、魔力を剣に宿して戦うことはできますよ」


 貴女も知っているでしょう、と視線を向けられ、私は「そうだったね」と肩をすくめた。


「そういや私脳筋に育てた覚えないもんね!」

「のう……?」

「あ、いやこっちの話!気にしないで!ほら、そんなことより続き続き!」


 何か聞きたそうなロイドに私は慌てて手を振り、続きを促した。

 明らかに話を逸らす私にロイドは首を傾げながらも、追及することなく話を続けてくれる。

 今度は、この世界の常識についてだった。


 レヴァースティアの暦は、幸運なことにほとんど日本と同じようだった。

 六日間で一週間、三十日で一か月。それが十二か月あるので、一年は三百六十日。

 時間の数え方、進み方についても同じで、これは教わるまでもない。馴染みのある内容に、私はほっと安堵の息を吐いた。

 それから、お金の単位は“レーン”だそうだ。日本の“円”に響きが似ているので覚えやすい。

 ただ、紙幣の流通はなされていないため、レーンはすべて貨幣となっているそうだ。


「これが貨幣です」


 急に立ち止まったロイドが、懐からコインのようなものを取り出し、手の平に乗せたまま私に差し出してきた。私は親指と人差し指でそれをつまみ、目の前に掲げてしげしげと眺めてみる。

 見た目は銀色のコインだ。大きさは日本で言う五百円玉くらいで、表と裏にそれぞれ異なった模様が入っている。


「これがお金かあ……レーンってこの銀色の貨幣だけで統一されてるの?」

「いえ、一種類だけではありません。金貨、銀貨、銅貨の三種類ですね」

「ん?じゃあこれは銀色だから銀貨ってわけ?」

「そうですね。一般的に流通されているのは銅貨、銀貨の二種類のみ。一レーンが銅貨一枚ですね。銀貨は銅貨百枚分の価値があります」


 一レーンが銅貨一枚。一レーンの価値はわからないが、仮に銅貨一枚を日本円で百円としたら銀貨は一万円ということになる。

 私は手に持っている銀色のコイン――もとい銀貨がいきなり高級なものに思えて顔をしかめた。


「げ、これそんなにするの……あれ、じゃあ金貨は?」

「金貨はあるにはあるのですが、一般にはほとんど出回りません。原料に金が使われているせいか、金貨自体に価値がついてしまって。主に使用するのは貴族や王族などの位の高い者、でしょうか」

「高級すぎて身分の高い人じゃなきゃ使えないわけね」

「ええ。銀貨で考えるならば――そうですね、千枚は必要になってくるかと」

「せ、千枚っ!?」


 私は驚きに目を見張った。

 銀貨を一万円と考えると、金貨は――いや、考えるのはもうよそう。


「……まあ、金貨なんて私には関係のない話でしょうよ。あ、これ返す」


 ロイドに銀貨を返却し、私達はまたゆっくりと歩き出した。


 話題はお金の話から、別の内容へと移っていく。

 レヴァースティアは、世界の名前であって国の名前ではない。

 最初に国家を創り、治めたのは始皇帝その人。しかし、始皇帝没後、さまざまな場所で国が興り、今ではいくつもの国家が栄えているのだという。


「ふうん……じゃあ、今私達がいるこの場所はなんて国なの?」

「ヴィシャール、ですね。人間が国を治める、王政の国です」

「ヴィシャール……」


 その名前にも聞き覚えがある。

 MMORPG【レヴァースティア】開始後、最初に訪れることになる国の名前だ。

 チュートリアルも兼ねたクエストさえ終わらせてしまえば、その後は基本どこにでもいけるようになる。適正レベルはもちろんあったけれど。


(最初のクエストってヴィシャール城だったかなあ。冒険者として認めてもらうための試練っていうかそんな感じだったような……でも最初はやれ薬草とってこーいとか完全にお使いゲーだったっけ)


 その頃は操作やシステムに慣れることに必死で、内容など覚えていないに等しい。


「てことは、今向かっているのはヴィシャール王国の中にある、商業都市ティレシス。さっきまでいたダンジョン……じゃなかった、始皇帝の墓に一番近い街がティレシス。合ってる?」

「その通りです」


 よくできました、とばかりに微笑むロイド。私はそれになんともいえない表情で返し、会話に戻る。


「あとは……そうだなあ、衣食住についても聞いておきたいところだよね。やっぱり生活する上では知っておかなきゃいけないことだし」

「そうですね。最も身近な問題ですから、知っておいて損はないでしょう。……ですが、それは宿についてからにしましょうか」

「え?」

「もうすぐ目的地が見えてくるはずです。――ほら」


 歩きながら、ロイドが道の先を指差した。

 木々の間から遠くに見える、見慣れない街並み。


 ――どうやら、商業都市ティレシスに到着したようだ。

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