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act.54




 ()()を一言で表現するならば――――“黒”。

 比喩表現が過ぎると言われようが、私の率直な感想はそれだった。たとえ比喩表現をすべて取っ払ったとしても、私はきっと同じ単語を思い浮かべるだろう。それくらい、目の前の()()は異様としか言いようが無かったのだ。

 フード付きの真っ黒の外套で身体全体を覆い隠した()()は、まさしく人の形をしているように見えた。外套の隙間から靴らしきものはかろうじて確認できたものの、体形や顔立ち、性別などの情報は黒い外套の内側へと秘されている。観察を続けようとしても、全身から立ち上る濃い紫色の光が視界の邪魔をする。

 わかったのは、()()がかなりの長身であることと、人のようで人ではない何かとでも形容すべきその異様な気配のみだった。


「……これはまた、すごいモノが出てきちゃったわねェ」


 クロノスがのんびりとした口調でこぼした呟きを、ロイドが拾い上げる。


「クロノス、貴方の言うすごいものの意味がわかりません。あれが只者ではないことは間違いなさそうですが……」


 クロノスに話しかけながらも、ロイドの視線は真っ直ぐ目の前のそれに向けられていた。まるで仲間を庇うかのように一歩前に出た彼の右手は剣の柄に添えられており、一挙一動をも見逃してはなるまいと眼前を()めつけるその姿からは、強い緊張感しか伝わってこない。

 ロイドが剣の柄に手を添えているのは、いつでも剣を抜けるようにするためなのだろう。ならばこの状況は、この場に立つ誰にとっても好ましくないものである。

 それは、今まで仲間達が戦ってきたモンスターよりももっとずっと恐ろしく、私達の命を脅かしかねないものだと、直感的に思った。同時に、目の前のそれという存在が急激に恐ろしくなった。


(怖い――)


 片手で口元を覆い、恐怖に高鳴る胸の鼓動を鎮めようとするがなかなかうまくいかない。自分が怯えているのだと理解はしていても、それでも黒衣の存在からは目が離せなかった。


「コトハちゃん」


 ふいに、背中にあたたかなものが触れる。

 それがクロノスの手だと気付いたのは、彼がもう片方の手で私の目元を覆い隠したからだった。


「強い魔力にあてられたのね。慣れていないアナタには少し辛いかもしれないわ」

「あ……」


 無意識に息を詰めていたのだろう。

 ゆっくりと背中を撫ぜられ、私は忘れていた呼吸を取り戻し大きく息を吐くことができた。


「見たくなければ見なくてもいい。アレはあまり良いモノじゃない」

「……あれはいったい何なの?ロイドも疑問に思ってるみたいだけど」

「ここにいる全員が疑問に思っていることよね。わかっているわ。けれど……アタシもアレの正体を正確に理解しているわけではないの。だから、アタシが今確実にわかっていることだけ答えることにするわね?」


 視界はクロノスの手によって塞がれているから、彼がどんな表情をしているのかはわからない。

 だけど、この場にいる全員の耳に届くように少し声を張り上げる彼の声色はどこまでも穏やかで、緊迫感のようなものをはらんでいるようには思えなかった。


()()は神聖なこの教会にはまったくもって似つかわしくない存在(モノ)。アタシの目には、相反する強い魔力を内包する奇妙な存在として映っているわ」

「はっ、意味深なことを口にするわりにはっきりしねえじゃねえかよ、魔術師(ウィザード)サマ?」

「腕の良い魔術師(ウィザード)だって万能ではないのよレオニール。アナタだってあのひどい魔力くらい感じ取れるはずでしょう?」


 煽るように語尾を強めるレオニールにもクロノスは動じない。

 レオニールは面白くなさそうな表情で舌打ちし、乱雑に頭を掻いた。


「……気持ち悪ぃくらい混じり合ってるとしか言えねえよ。外側(そと)はまだしも内側(なか)が真っ黒でおかしな気配しかしねえ」

「そうね、その通りよ。今にも暴発しそうな闇の力を強い光の力で無理矢理押し留めている。その残滓(ざんし)があの身体を覆う光の(もや)。危うい均衡を保っているのに、それ自体が存在証明となっている――不思議な現象だわ」

「そのような危険な存在が何故――――などと言う問いはもはや無意味なのでしょうね」


 レオニールとクロノスのやりとりを、ロイドの静かな声が遮った。

 数秒遅れて、クロノスが私の瞼の上からゆっくりと手を離す。

 露わになった視界で最初に確認できたのは、私達から少し離れたところに立つロイドの後ろ姿だった。


「私達がすべきことは問答でも考察でもない。目の前の相手を倒し、ここから脱出することです」


 言いながら、ロイドは利き手で剣の柄を握り、すらりと引き抜いた。

 見事な装飾と美しい抜き身の刃が、揺らめく炎を反射してきらりと閃く。

 始皇帝の剣。神々がはじまりの王へと贈ったとされる、祝福の剣。


「――来ます」


 突然、黒衣の存在の纏う紫色の光が強くなった。

 同時に、外套の隙間から片腕が伸ばされ、その手中に抜き身の剣が出現する。

 便宜上“黒衣の剣士”とでも表現すべき()()は、即座に剣を下段に構えると、ロイドめがけて突っ込んできた。


「ロイド!」


 思わず悲鳴のような声を上げる私の視線の先で、ロイドは剣を構えたまま地を蹴った。

 こちらへ真っ直ぐ向かってきた黒衣の剣士は、ロイドと対峙するや否や下段から剣で斬り上げる。ロイドはそれを自身の獲物で難なく受け止めると、力づくで相手の刃を押し返しながら横に振り抜いた。

 黒衣の剣士は圧に押されて一時後方へと下がったが、すぐに体勢を立て直しロイドへと斬りかかっていく。ロイドは相手の剣を身体を捻って(かわ)し、その勢いのまま袈裟懸けに斬りつけた。


「――――!」


 ロイドの剣が黒衣の剣士の身体に届いたと同時に、相手が咆哮にも似た叫び声を上げた。

 思い切り斬られたはずなのに、相手の身体からは血の一滴すら流れていない。


「ふむ、人型でありながら人ではない。モンスターに近い存在なのでしょうか。まあ、私はどちらでもかまいませんが」


 ロイドは感心したようにそう呟くと、果敢にも黒衣の剣士へ向かって駆けていき、相手の隙を見て上段から剣を振り下ろした。黒衣の剣士はそれをすんでのところで受け止めたものの、先程の傷の関係もあるのかロイドの剣を防ぎきれず体勢を崩す。

 ロイドはそれを見逃さず、剣を構え直して数回斬り付けるが、黒衣の剣士の身体に攻撃が届いたのは通算二度目となる一撃のみ。それ以外の攻撃は防がれてしまい、ロイドはいったん相手から距離をとった。


「ロイド強いね……」


 応戦気味な黒衣の剣士と比べて、ロイドの方はまだ余裕があるように見える。素人の目から見ても、ロイドの方が優勢に思えた。


「腕の良い騎士(ナイト)だものね。もしかすると、アタシ達の出番なんてないかもしれないわね――――なんて、本当は言いたいところなのだけど」

「……え?」

「どうやらそうもいかなくなってきたみたい。ね、コトハちゃん。見るのがつらくないのならあれを見て」


 クロノスの言葉を受け、私はまたロイドと黒衣の剣士がいる方向に意識を傾ける。

 私が彼らから視線を逸らしていたのは一分にも満たない短い時間だったし、現に彼らが対峙している状況にほとんど変化はみられない。

 何が変わったのだろうか――そんな疑問が胸中に飛来したとほぼ同時に、事態は動き出した。


 黒衣の剣士の纏う光の濃度がさらに濃くなったかと思うと、それは自身の目の前で抜き身の剣を高々と掲げ、大きな咆哮を上げた。

 その咆哮に呼応するかのように、掲げた剣の先から同じ色の光が(ほとばし)り、黒衣の剣士の後方に何かが出現した。


「……ちっ、めんどくせぇもんが出やがった」


 レオニールが舌打ちとともに悪態をついたが、私もその意見には心底同意する。

 黒衣の剣士の後方に新たに現れたのは、これまで何度も目にしてきた女神像だった。

 いや、正確には女神像だったもの――とでも言うべきか。彫像らしい外観はほぼそのままだが、四肢すべてを自由に動かすことができており、背中の両翼をゆっくりと羽ばたかせて空中に浮かんでいる。

 これが信心深い人であるならば、女神の再来だ奇跡だ何だと騒ぐこともできただろうが――少なくとも私は一切喜べなかった。


「ここで敵が増えるなんて……」

「面倒な状況には変わりないけれど……大丈夫よ、コトハちゃん」


 動く女神像と黒衣の剣士。二つの存在を呆然と眺める私を宥めるように、クロノスが微笑んだ。


「ここまでロイドに任せっきりだったもの。アタシだってがんばらなくちゃね?……レオニール、アナタもいけるわね?」


 光の粒が舞い、クロノスの手の中に長杖が出現する。

 それを見たレオニールは、面倒くさそうにため息をついてから、前へと進み出てくる。


「お前らに任せてると日が暮れる。さっさと済ませるぞ」

「あら、頼もしいこと。義賊団の頭領(リーダー)たるアナタなら、この程度の問題すぐに片付けてくれるわよねェ?」

「言ってろ」


 レオニールはクロノスに鼻で笑ってみせると、ホルスターから銃を引き抜き、流れるような動作で女神像へと照準を合わせた。

 それから一拍の間を置いて、高らかな銃声が響き渡る。

 ――それが、戦闘再開の合図だった。


「コトハちゃんは後ろに下がっていて。ウェティリカと二人で入り口の方へ走って」


 そう静かに言い置いて、クロノスは私から離れて前方へと向かっていく。

 見れば、いつの間にか黒衣の剣士とロイドは激しい鍔迫り合いを繰り広げているし、女神像は先程攻撃を加えられたためか近くにいるロイドではなく、クロノスとレオニールの方に向かってきている。


「ウェティ、こっち!」

「ええ!」


 癒しの魔法が使えるウェティはともかく、戦うことのできない私は仲間の足手まといでしかない。

 私はウェティに声をかけ、二人そろって比較的安全かと思われる部屋の入り口付近へと走った。

 特に何らかの妨害も受けぬまま部屋の入り口まで戻ることができた私達は、揃って安堵の息を吐く。


「よ、良かった……とりあえずここまでは何事もなかったね」

「ええ、そうですわね。皆様が戦っていてくださいますから、敵はこちらまでやってこないとは思いますけれど……流れ弾が飛んでこないとも限りません。ですので、保険をかけておこうと思います」

「え?保険?」

「わたくしも大したことはできないのですけれど……コトハ、手を貸して」


 ウェティが何を行いたいかなど予想もつかないが、私は請われるがまま彼女の方へ両手を伸ばした。

 ウェティは私の両手を優しく持ち上げると、静かに目を伏せる。


「――白き光よ、我らを護り給え――防護の盾(レジストシールド)


 ウェティの詠唱とともに、私達の周囲を淡い水色の光が現れる。そしてそれはすぐに薄い光の幕となり、私達を守るように取り囲んだ。


防護の盾(レジストシールド)……?ウェティ、これってもしかして」

「ええ、敵からの攻撃を防ぐ守りの魔法ですわ。これで万が一を防ぐことができるはずです」


 ウェティの説明を聞きながら、私は回らない頭でぼんやりと考える。

 MMORPG【レヴァースティア】内において、“防護の盾(レジストシールド)”は仲間を癒しサポートを得意とする治癒術師(ヒーラー)の持つ力である。治癒術師(ヒーラー)魔術師(ウィザード)のような攻撃魔法はほぼ持たないものの、仲間をサポートすることにおいてはどの職業よりも優れており、ダンジョン攻略には欠かせない存在だ。ただ、回復魔法以外のサポート技についてはどれも時間制限があり、継続的に使用するためには治癒術師(ヒーラー)自身が効果が切れないよう魔法をかけ直し続けなければならない。

 ウェティは治癒術師(ヒーラー)の適正はあるけれど、魔力量の絶対値が低く身体が弱い。

 それなのに、彼女だけに負担を強い続けるのは酷な気がした。


「ねえウェティ。守ってくれるのはすごく嬉しいよ。嬉しいんだけど……ウェティは大丈夫なの?この魔法って確か、一回使っただけだとずっとは持たないはずだよね?何回もかけ直さなきゃいけないんじゃないの?」

「……そう、ですわね。確かに魔力は使いますし、わたくしでは最大数回が限度だと思いますわ」

「えっ、じゃあだめだよ!ウェティの負担になるのなら、重ね掛けとかしなくてもいいから!」


 気持ちは嬉しいけれど、ウェティの身体に負担をかけるのであればそんなことしなくていい。

 それを必死に伝えると、ウェティは嬉しそうに微笑みながら私の両手を手をぎゅっと握りしめてきた。


「ありがとう、コトハ。ですが良いのです」

「なんにも良くないよ!」

「いいえ。だって、わたくしは誰かの役に立つことができて本当に嬉しいのですわ。それが貴女ならなおさらのこと」

「ウェティ……でも」

「良いの。だって、貴女はわたくしのはじめてのお友達ですもの。お友達のために何かをするのは当然のことではなくて?」


 なおも食い下がる私に、ウェティが優しく笑いかける。

 友達のため。そんな風に言われてしまえば、私は口をつぐむしかなくなる。


「……ウェティ、ずるい。私だって、友達のために何かしたいのに何もできないんだもん」

「ふふっ。その気持ちだけで充分ですわ」


 なんだかうやむやにされた気分だが、ウェティに友達と言ってもらえたことは素直に嬉しいので、わざと拗ねたようなことを言って視線を逸らす。ウェティはそんな私に目を細めると、仲間達の戦闘を見るように私を促した。


(――うわあ)


 私達がある意味場違いなやりとりを続けている間にも、戦闘は終わらない。

 ロイドは黒衣の剣士の相手を休みなく続けているし、クロノスとレオニールは自由自在に飛び回る女神像の相手をしているようだ。

 クロノスが長杖を横に振ると、その軌跡を追うように炎が出現し、女神像に向かって飛んでいく。女神像は炎に巻かれても一瞬怯む程度で何の悲鳴も上げないため、どの程度攻撃が通っているかまでは判別できなかった。

 女神像はまるで虫でも払うかのように片手を振ると、眩い光でできた剣を空中に何本も出現させ、クロノスとレオニールのいる方向へと飛ばし続ける。

 クロノスはその都度魔法で光の剣を消し飛ばしながら応戦するが、レオニールは縦横無尽に動き回りそれをうまく避けているようだった。


「ああもうっ、ちょこまかと鬱陶しいわねっ!ここが教会の地下でなければさっさと大魔法で片付けてしまうのに!」

「っは!こんな廃れた教会にすら目をかけるとは大層お優しいことで!」


 苛立ったように叫ぶクロノスに、レオニールが茶々を入れる。


「ま、鬱陶しいのは同意するが、な!」


 語尾を強めると同時に、レオニールが女神像の顔面に向けて銃弾を撃ち込んだ。

 耳を塞ぎたくなるほど連続で響く銃声がレオニールの攻撃の激しさを物語るが、女神像はなかなか倒れない。翼をはためかせて高く舞い上がり、さらに光の剣を二人めがけて雨のように降らせてくる。

 女神像の攻撃が放たれたと同時にクロノスは大きく杖を振り、光の剣のすべてに炎をぶつけて相殺させる。続けて彼は、長杖をくるりと一回転させてから、レオニールへ向かって叫んだ。


「レオニール!」

「あ?」

「しばらくの間女神像の気を引いていてくれるかしら!」

「はぁ?」

「飛び回る()を狙うのにもだんだん飽きてきたわ。ロイドも離れたところでがんばってくれているけれど、アタシ達が足止めしている女神像の攻撃がいつ当たるかもわからない状況だもの。教会の創設者には悪いけれど、早急に片付けようと思うのよねェ」

「……はっ、俺が素直にお前の命令を聞くと思うか?」

「思うわけないでしょ。でも使えるモノは何でも使う主義なの、アタシ。レオニール、見たところアナタの職業(クラス)銃術士(ガンナー)なのでしょう?動き回りながらでも狙った場所(ところ)に攻撃を当てるのは容易いはず。そうね、ついでにあの鬱陶しい作り物の翼を撃ち抜いてくれればアタシも楽なのだけれど」


 次々と飛んでくる光の剣を杖を振って霧散させながら、クロノスはレオニールの方に顔を向けてぱちりと片目を瞑る。レオニールは心底嫌そうな表情をしたものの、クロノスの提案に特に異論はないようだ。


「……ふん。まあ、いいだろう。ひとつ、貸しにしといてやる」


 レオニールはおもむろに女神像へと銃弾を放ってから、クロノスから距離をとるべく反対方向へと駆け出した。女神像は自分に攻撃を加えてきたレオニールに標的を定めたらしく、彼の姿を追ってクロノスから遠ざかっていく。

 クロノスはそれを満足気に見やりながら、くるりと一回転させた長杖を顔の前で水平に掲げた。


「……さてと。彼が囮になってくれている間にアタシも支度しましょうか!」


 半ば宣言するようにそう言い放ち、クロノスは長い息を吐いてから静かに瞼を伏せた。



「“――――我が古き名に()いて告げる”」


 クロノスの口から零れ落ちた詠唱が、空間を震わせる。


「“其は遠き記憶の彼方より刻まれし我が力の片鱗。応えよ”」


 クロノスの足元に魔法陣のようなものが出現し、そこを中心に発生した微風が彼の長い髪を揺らす。


「“魔力開放。制限解除。……承認せよ”」


 クロノスの詠唱が進むにつれ、風が徐々に強くなっていく。

 ここまでくると敵もさすがに気が付いたようで、黒衣の剣士の方はロイドを振り切ってクロノスへと狙いを定めようとしたがロイドが攻撃の手を緩めないため近付くことができない。

 女神像の方もクロノスの方へと狙いを変え、先程までの倍量の光の剣を撃ち出そうとしたが、そんなことはレオニールが許さない。


「はっ、俺を忘れるとは良い度胸だな紛い物。隙を見せた自分を呪いな!」


 女神像の両翼に向けて、レオニールの銃弾が乱れ飛ぶ。

 その瞬間、作り出された光の剣はすべて立ち消え、女神像の片翼に大きくヒビが入ったのが見えた。女神像は浮力を失い、よろよろと高度を下げていく。

 その間にも、クロノスの詠唱は止まらない。


「――“跡形も無く無に帰せ。深紅の炎に抱かれ深き眠りに落ちよ”」


 クロノスの両腕に青白い静電気のようなものが走る。

 彼はそこで一度言葉を切るように口を閉ざすと、静かに目を開けた。


「――お前が女神(かみ)現身(うつしみ)だとしても、アタシには関係ない」


 完全に地に落ちた女神像を冴え冴えとした瞳で見つめ、クロノスは口を開く。

 

「消えろ。――――“古の炎獄アルタートゥム・フラム”!」


 クロノスの高らかな声とともに、女神像の足元とその上空に巨大な魔法陣が出現し、そこから同時に噴き出した鮮やかな炎が柱となって女神像を襲う。炎は魔法陣から絶え間なく噴き出し続け、逃げる暇も与えないまま敵を燃やし続ける。

 私とウェティがいるところまで伝わってくる熱気と遠くからでも見て取れる炎の強さが、魔法の威力を物語っていた。


 ――それはきっと、数分にも満たない本当に短い時間だったかもしれない。


 クロノスがゆっくりと杖を降ろすと、巨大な二つの魔法陣が消え、炎も徐々に収束し最後には光の粒子となって空中に散っていく。


 気が付けば、女神像の姿は跡形も無く消え去っていた。

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