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act.22




 決して消えることのない燭台の灯が、私達の進む道を照らし出している。

 煉瓦色の通路はとても静かで、私達以外の誰かに遭遇することはなく、モンスターの姿も今のところ認めない。三人ぶんの足音だけが、静寂を際立たせるように響いていた。通路自体も幅広く、私を中心に横並びに歩いてもまだ余裕があるようで、窮屈な感じはしない。


「この一本道はどこまで続くのでしょうか……罠のようなものも見当たらないようですが」

「モンスターもいないわねェ……でもま、ここはまだ入り口からも近いし。これからよ、これから」

「まだまだ油断はできないね。あっ、でも地図を見るともう少し進めば部屋があるみたいだよ」


 クロノスから預かった地図を指先でなぞる。

 この場で唯一戦えない私にできることといえば、地図から読み取った情報を二人に流すことくらいだ。正直私がやらなくてもいい内容なのだけれど、少しでも二人の役に立ちたかったのでそうしている。


 地図によると、このメルカ遺跡の内部にはいくつもの通路が走り、迷路のように入り組んでいるようだった。通路と通路を繋ぐように記された、四つの大きな四角形。これは部屋のようなものと見て間違いないはずである。

 そしてもうすぐ、私達はその四つの部屋のうち一つ目の部屋へと辿り着こうとしていた。


「……あれ?」


 長く続く一本道を道なりに進んだ先に見えてきたのは、大きな石の扉だった。薄汚れた白く無機質な扉は、まるで侵入者の行く手を阻むかのごとく、どこか近付き難いような印象を放っている。しかし、先に進むためには近付かないわけにもいかず、私は躊躇いながらも石の扉に近付こうと一歩を踏み出した。


「それ以上進んではダメよ、コトハちゃん」

「……え?」


 数歩も進まないうちに、後方からゆったりとした声がかけられる。思わず足を止めて振り返れば、クロノスが私の立っているところまでやってくるのが見えた。クロノスは私の傍まで来ると、片手を私の肩に置き、もう片方の手で扉とは別の方向を指差した。


「よく見て」


 クロノスが指し示したのは、何の変哲もない壁の部分だった。

 その箇所には変わったところなど何も無いように思えるが、クロノスの言葉に従い、目を凝らす。


「……あっ!?」

「ふふ、見つけた?」


 思わず声を上げた私の横で、クロノスが小さく笑う。

 私はクロノスの問いに何度も頷くことで答えるも、視線だけはある一点から外せずにいた。

 それは、よくよく見なければ気付かないほどの、数個の小さな穴だった。それが何のためのものなのかはわからないが、明らかに危険な香りがする。


「あれって、もしかして――」

「十中八九、罠でしょうね」


 言いながら、クロノスは近くに落ちていた小石を私が進もうとしていた方向に無造作に放る。

 すると、先程見つけた小さな穴のすべてから、瞬時に矢が放たれ、反対側の壁に当たって落ちた。その一連の流れを目の当たりにした私はというと、ただただ絶句するしかない。

 もしも、クロノスが声をかけてくれなかったらどうなっていたか――そんなもの、考えるべくもない。


(こ、こっわー……あのまま進んでたら、間違いなくあの世行きだったわ……)


 ひやりとしたものが背中を走ったような気がした。

 目の前の危険に気付かせてくれたクロノスに感謝感謝である。


「こういうこともあるから、気を付けてね?」

「う、うん……」

「危険ですから、怪しいものにはできるだけ近付かないようにしてくださいね」

「わ、わかったよ」


 クロノスだけでなくロイドにまで言われ、私は勝手に行動するのは止めようと決意を新たにしたのだった。


「でもさ、このままじゃ扉に近付けなくない?あの罠、どうするの?」

「どうするって、もちろん解除するに決まってるじゃない!先に進むよりも前に身体が穴だらけ……なーんて、まったく洒落になってないわよ?」

「この辺りに仕掛けを解除するようなものがあればいいのですが……少し、調べてみましょうか」


 そう言うと、ロイドはおもむろに周囲に視線を巡らせる。けれども目の届く範囲にはっきりと見て取れるようなものはなく、今度は壁に手を触れて付近を丹念に調べ始めた。私とクロノスも彼に倣って周辺を探ってみるが、それらしきものはなかなか見つからない。


「うーん……このへんには無いっぽいなあ。どう?二人のほうには何かあった?」

「残念ながらこちらにも何も無さそうねえ。こうなったら手っ取り早く探索(サーチ)でも使ってみようかしら?」

探索(サーチ)?そんな魔法があるの!?」


 初耳だ。MMORPG【レヴァースティア】で、魔術師(ウィザード)のスキル構成はどんな感じだっただろう。私が知らないだけで、魔術師(ウィザード)には便利なスキルがたくさん揃っていたのかもしれないし、この世界での魔法がゲームと違うだけかもしれない。

 目を丸くしながらクロノスの方を振り向くが、別の方向を向いている彼と視線が交わることはなかった。


「……ま、そうね、ちょっとトクベツな魔法ってやつかしら?使えるのアタシくらいでしょうし」

「えっ?それって」

「――その必要は無さそうですよ」


 クロノスの台詞が気になって思わず問い返そうとした私を遮ったのは、ロイドの静かな声。

 そちらを見やれば、ロイドは壁に手をついて上を見上げているようだった。


「必要が無いって?もしかして、上に何かあるの?」


 私はロイドの傍まで歩み寄っていき、彼の隣で同じように上を見上げる。

 ロイドの視線の先を追うように目を動かせば、天井付近の壁面に、レバーのような突起物を発見することができた。金属製のものなのだろうか、全体的に錆び付いておりとても古そうだ。


「あれがこの罠の解除スイッチなのかな?」

「そうですね、おそらくは」

「他にそれっぽいものも無いしね。きっとそうなのかも」

「……にしても、随分と高い位置にあるものねェ。簡単に解除されちゃ困るってことかしらね?」


 私達に追いついてきたクロノスが、片手を額に当てながらそんなことを言う。

 確かに、錆び付いたレバーは高い位置にあるため、手を伸ばしても届きそうにない。まして、三人の中で一番背が低い私が背伸びをしたところで届くはずもないのである。


「どうやって解除すればいいのかな?とりあえず何かぶつけてみる?」

「そうねえ……だけど、小石程度じゃどうにもならないと思うわよ?」


 地面に点々と落ちている小石を拾おうとすれば、クロノスが暗にそれでは無理だと告げてくる。


(うん、まあわかってたけどさ)


 明らかに金属でできているような強固そうなものを、道端の小石程度でどうこうできるとは最初から思っていない。ただ、何もしないままではいたくなかっただけだ。


「ううーん……」


 ようやくスイッチを見つけたというのに、触れることさえできないなんて。

 私はスイッチを睨み上げながら、何か方法は無いものかと思考を巡らせた。


「せめてもうちょっと低い位置にあれば手が届くのになあ……あれじゃ梯子(はしご)とかが無いと無理そうだよねえ。あとは……肩車とか?」

「……肩車、ですか?」


 咄嗟に思い浮かんだ内容そのままに言葉を紡げば、ロイドが反応を返してくれる。

 私はロイドに頷き返しながら、再度壁のスイッチを見上げた。


「うん。人一人ぶんで届かないんなら、二人ぶんだったらどうかなあって」


 一人では届かない。だけど二人ぶんの背丈があれば、手が届くような気がするのだ。


「ふうん?それもけっこう良い考えなんじゃないかしら?」

「あ、ほんと?クロノス」

「ええ。まあでも、問題は誰が(・・)肩車(それ)をするのかってところなのだけれど」

「えっ?うーん……どうしよっか?」


 正直そこまで考えていなかった。

 背の高さで考えれば、ロイドかクロノスが適任だと思うのだけれど。


「野郎二人で肩車なんて薄ら寒いことこの上ないし?だからコトハちゃん、がんばって!」

「えっ、私!?……んー、乗る側なら別にいいよ」


 突然話を振られて驚いたものの、別に断らなければならない理由はない。

 私でも役に立てるのならば、そうするべきだ。


「では、コトハには罠の解除をお願いします。貴女は私が持ち上げますので」

「うん、わかった」


 私が頷くのを確認した後、ロイドが私を優しい手つきで抱き上げる。

 肩車って抱き上げるものだっけ、と内心疑問に思ったが、ぐっと高くなった目線に気を取られ、疑問はすぐに霧散する。傍から見れば、肩車というよりは片腕で抱え上げられているといった状態だったのだが、私の意識は既に壁のスイッチに向けられていた。


(あ、これなら届きそう)


 私は目いっぱい腕を伸ばして壁のスイッチを掴む。そのまま手にぐっと力を入れてレバーを下に下げると、がちゃりと硬質な音がその場に響いた。


「……!」


 これはもしかして罠が解除された音だろうか。確認しなければならないが、私はまだロイドに抱え上げられたままだ。用事は済んだのだから、そろそろ降ろしてもらわなければ。

 そう思い、ちらりとロイドに目配せしてみるが、彼は私ではなく扉の方を見ているようで気付かない。私は少し迷って、いつもよりも近い場所にあるロイドの頭をぽんぽんと軽く叩いた。


「ロイドー?ねえ、そろそろ降ろしてほしいんだけどー?」

「――っ、あ、ああ……気付かずに申し訳ありません」


 合図のつもりでとった行動なのだけれど、ロイドは何故かうろたえた様子を見せていた。不思議には思ったものの、深い意味なんて無さそうなので、まあいいかとすぐに気持ちを切り替えた。


「どうもありがとう」


 要求通り下に降ろしてもらった私は、ロイドに礼を言い、扉の方に身体を向けた。

 罠が本当に解除されたのなら、私達は問題なく石の扉を開け、先に進むことができる。しかしそうでなかったら、通ろうとした瞬間に命を落とす。


「さあて、どれどれ?」


 クロノスが先程と同じように、小石を扉に向かって放り投げた。

 先刻は矢が放たれた。だが、今回は何も起こらない。ただ、小石が壁に当たって落ちただけだ。


「……大丈夫そうだね」

「そのようですね」


 ロイドがゆっくりと石の扉に寄っていく。そのまま触れられる距離まで近付いても、罠が発動することはなかった。

 私はほっと息を吐き、自分も扉の前に立つ。続くクロノスが、躊躇うことなく扉に手をかけた。


「それじゃ、開けるわよ?」

「うん」

「どうぞ」


 承認を得るためにこちらを振り向いたクロノスに、私とロイドはそれぞれ頷きながら答える。

 クロノスはにこりと笑みをこぼすと、両手で石の扉を押し開けた。


(わあ、開いた!)


 石の扉は、地響きのような重い音を立てて開いていく。クロノス一人の力でも開けられるということは、見た目ほど力はいらなかったのかもしれない。

 開け放たれた扉の先は、真っ暗だった。通路を照らす燭台の灯は、この奥には届かないのだろう。


(う……なんかちょっと怖いかも)


 先が見えないからだろうか。足が竦むほどではないが、やはり気が引ける。

 暗闇の中に何かを見出せないかと目を凝らすが、私の目には闇しか映らない。


「立ち止まっちゃってどうしたの?コトハちゃん。やっぱり怖い?帰りたい?」


 ぽん、と私の肩にクロノスの手が置かれる。

 私は傍らに立つクロノスを見上げると、ふるりと首を横に振った。


「ううん、大丈夫。まだまだ先は長いんだし、ここで立ち止まるわけにはいかないよ」


 クロノスの提案と私の興味本位から始まった今回の遺跡探索。

 強がりかもしれないけど、今後のためにもここで引き返してはいけないと思った。

 そんな私の心を知ってか知らずか、クロノスは唇に笑みを乗せてから、私の頭をくしゃりと撫でてきた。


「強くあろうとする子は嫌いじゃないわ」

「……ん?私、別に強くなんてないよ」

「そうかしら?……ああそうそう、さっきは罠の解除ありがとね。助かっちゃったわ」

「えっ?……ああ、うん。あれくらいのことならいつでもするよ」


 唐突な会話の変化についていけず、反応が遅れてしまった。しかしクロノスは別段気にした様子も無く、楽しそうに話を続ける。


「ふふ、でもおかげでおもしろいものが見れちゃったわ」

「……ん?おもしろいもの?」

「そう。こういう場所に女の子って来ないでしょ?だから発想もアタシとは違うなあってちょっと感心しちゃったのよ」

「えーっと……発想が違うってなに?ちょっと詳しく教えてほしいんだけど」


 クロノスの悪戯っぽい笑みに、何故か嫌な予感が止まらない。

 引きつった笑みを浮かべる私に、クロノスは綺麗なウインクを投げてよこした。


「冒険者って全体的に見れば男の方が多いのよねェ。だから、こういう“いかにも”な場所では一人で立ち回ることもあるし、道具だってたくさん使わなければならないわ」

「えーっと……つまり?」


 意味がわからずそう返せば、クロノスは含み笑いをしながらぴんと人差し指を立ててこう言った。


「ああいう仕掛けは、道具を使って解除する方法もあるってこと!」

「え、ええ……?」

「アタシだったらロープを使っちゃうわね。たとえば、ロープの先を輪にしてレバーに引っ掛けてしまえば、あとは引っ張るだけじゃない?抱き上げるよりも、その方が簡単だもの」

「えっ、ちょっと待ってよ!そんな簡単な方法を思いつかなかった私も私だけど、なんで教えてくれなかったの!?」


 それはよくよく考えればわかることだった。ちょっとでも名案だと思った自分が恥ずかしい。

 

(クロノスが意見を出してくれていれば、ロイドもあんな面倒な手段をとらなくてよかったかもしれないのに!あとあれ抱っこされてるみたいで地味に恥ずかしかったんだから!)


 勢いのままクロノスに詰め寄れば、彼は「ごめんごめん」と謝ってくれたが、まったく悪びれていない。私はむくれたまま、ロイドがいる方向を見やる。彼は彼で、私の表情を窺いながら苦笑いを浮かべているようだった。


「すみません、コトハ。私もコトハの意見を尊重したかったもので、何も言いませんでした」

「アタシはそっちのほうがおもしろそうだったから、つい、ね。ごめんなさいね?」

「…………もう」


 二人に謝罪され、私はもうそれ以上何も言えなくなる。二人は別に悪いことをしたわけではないし、私は怒っているわけでもない。単に恥ずかしかっただけだ。


「恥ずかしかっただけだから、別にいいよ。こっちこそごめんね」


 二人に謝罪してから、私は開け放たれた扉の先を見据えた。

 つい先刻までは、道の先に続く暗闇に恐怖を感じていたのだが、今はほとんど感じない。


(……もしかして)


 クロノスを振り仰げば、彼は楽しそうに片目を瞑ってみせた。

 これは私の予想であり願望なのかもしれないけれど――彼は、少なからず感じていた私の恐怖を和らげるためにあんなことを言ったのかもしれない。本当のところは、よくわからないのだけれど。


「――それでは、そろそろ先に進みましょうか」


 ロイドの言葉に異を唱える者は、誰もいなかった。

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