狐の夢
狐の夢
僕はバイト帰りに電車に乗って、いつも通りの道を走っていた。
いつものように、変わりばえのしない日々を一人、心の中で嘆く。
失くした過去が、窓に映っては消えていくような気がする。本当は電車の中の無口なサラリーマンの群れが映っているだけだけど。
ふいにその中の一人が顔を上げて、窓に映った顔と、目が合った。僕は慌てて目を伏せる。
僕の目の先には、汚いスニーカーがあった。
停車するたびに人は減っていき、席が空いたので、僕はやっとこさ疲れた体をぐったりとシートにもたれかけた。
どうしてこうなってしまったんだろう。何もかもが、昔とは違う。
だけど、取り戻す術もない。そう納得するように、目を閉じた。
いつの間にか僕は眠りこけ、赤い社で遊ぶ狐の子の夢を見ていた。
社には、花の香りがして、涼しい風が吹いている。
そこで、狐の面をめいめいに被った子ども達が、不思議な遊びをしていた。
地面に、白いチョークで書かれた、環状線のような線路。だけど、ある所で、輪が途切れている。
一人の狐が、サイコロを振ると、一の目が出た。すると、周りの狐が、こしょこしょと何か相談をしている。
どんな遊びなのか僕にはわからなかったが、何か不安な気持ちにさせる夢だった。
ふと目を覚ますと、僕の乗っている車両には、僕だけになっていた。
窓の外を見ると、薮の中を、無数の赤い鳥居が、チラチラといくつも通り過ぎて行く。今まで見たことなんてない。
不思議に思い、確かめようとすぐ次の駅で降りた。鳥居が見えた所まで戻ってみる。
線路沿いの小さな森の中に、鳥居の群れ。そこで、狐の面を被った子ども達が、遊んでいた。
夢の中のように、花の香りがして、とても心地よい所だ。気分がいい。だけど、こんな所はあっただろうか。そう思っていると。
一緒に遊ばないかい。
一人の狐の子が、振り返らずにそう言った。
戸惑いつつも頷くと、僕は鬼ごっこの鬼をすることになった。
素早い狐の子を、一人一人捕まえるので、僕はずいぶん汗をかいた。
やっと最後の一人を捕まえた時、その狐の子は、振り返ってこう言った。
一緒に行こうよ。
さっきと同じ声だった。その子どもしか喋っていない。
あの子がいないこんな所に、もう用はないだろ。
僕は"あの子"が誰なのか、すぐにわかった。
黒く長い髪を思い出す。
あの子に会えるの?
そう聞いた。
狐の子は、そうだよと答えた。
狐の仮面は、笑ったままだ。他の狐は、僕たちを少し遠巻きに見ている。
あの子に会いたかった。いつだって会いたかった。
本当に会えるんだね?
狐の子どもはもう一度頷いた。
そうか。
だったら、一緒に行こう。
その狐の子と向かい合わせに膝を付いて手を握ると、他の狐の子が僕たちに近寄ってきた。手には、菜切包丁のような物を持っている。
やっぱり痛いんだろうな。
そう思ったけど、狐の子の手をぎゅっと握り、固く目をつぶった。
何かが風を切る音がして、僕の意識は途絶えた。
赤い社には、失くした人がいないと行けない。
行けば必ず戻って来れない。
End.
実は、夢を文に書き起こしただけだったりします。寝覚めが悪かったです(笑)