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10000分の1の備忘録  作者: あきの梅雨
少女は死神の鎌を受け入れた
7/27

《Solemn Promise》


 話があまり動かなかったりします……。

 すみません。

 言葉のマンネリ化に萎える自分がいます。

 周囲が常闇に覆われて、何も見えない世界に一人だった。いや、他にも誰かがいるのかもしれなかったが、視界を閉ざす闇のせいで誰一人として見えなかった。

 手探りに周囲の様子を探ろうとしても、手に掴むのは宙ばかり。ねっとりと纏わりつくような闇が動きを阻害する。圧迫感に息苦しさを覚えた。

 視界を黒に塗り潰されたままに、足を前に進めた。止まっていてはいけない、と何かに急かされるように突き進んでいく。


 一向に形がない世界が続いた。

 そろそろ嫌気が差した頃、頬に僅かな風を感じた。


──ねぇ、目を開けてよ。喋ってよ。ねぇ、ねぇ、ねぇッ。


 風に乗って、誰かの咽び声が聞こえた。よく通る少女の声色だった。

 酷く哀しそうな声に思えた。まるで全てに絶望してしまったかのような声だ。

 深い悲しみに囚われてしまったような、どこか悲鳴に似た呼び声が耳朶じだを打つ。

 その声が聞こえるたびに、懐かしさで胸が締め付けられそうになった。自分は彼女を知っていると直感が訴えていた。早く見つけ出さなければいけない、と気持ちが急く。

 しかし声の主を見つけようと周囲に視線を巡らしたものの、決まって映るのは黒に塗り潰された無形の世界だった。


──ねぇ、目を覚ましてよ。にぃーいッ。


 少女の悲痛の叫び声でやっと気付かされた。

 周囲が暗いのではなく、自分が目蓋を下ろしていたことに。閉じた瞳で世界を見ていたことに。そして、声の相手が妹の薫であることに。


 慌てて目を開けることを思い出し、眸の奥に光を招いた。

 眸に刺さる帯状の光に、堪らず目を細めた。視界に映りこんだのは見覚えのない天井だった。

 起きたばかりで混濁する思考の中、自分が今さっきまで夢を見ていたことに気付いた。

 上体を起こせば、身体にかかっていた毛布が滑り落ちる衣擦れの音がした。


 あぁ、そうだった。ここはまだアナザーワールドの世界だ。


 シヲンはベッドから降りると、窓に歩み寄ってカーテンを退けた。ガラスの向こうには、蒼穹と赤レンガのコントラストが映えていた。

 西洋風の街並みの間を歩く人の姿もちらほらと見える。壁に掛けられた時計を確認すれば、時刻は七時過ぎを示していた。アナザーワールドの時間は、元の世界のように二四時間で回っている。おかげで生活リズムが崩れなくて済んでいた。


 背筋を伸ばせば小気味のいい音が鳴り、固まった身体の筋肉が解れた。

 昨日のことが嘘のように思えた。レイン・シェッドを名乗るギルドへの正式加入が夢だったのではないか、と不安になった。けれど、おとぎの国の中のような部屋の様子を見て、事実だったと確信する。


 レイン・シェッドの拠点は、五階建ての民宿の空き部屋だったところを長期契約で借りている。各メンバー専用の部屋も別にあり、現在はそれぞれが部屋で就寝しているだろう。いや、そろそろ起きていてもいい頃か。


 ちなみにシヲンが寝ていた場所は、シヲンに宛がわれた個室だ。五階の隅に位置するこの部屋の隣は、ユキナの部屋になっている。ヒューカが皆の知らぬ間に、シヲン用の部屋を用意してくれていたらしい。他にも寝巻き等の生活用品が調ととのっていて、何と言うか用意周到だった。ユキナさえも把握していなかったようで、目を丸くしていた。


 首元のマナクリスタルを取り出して、息を吹きかけてみる。

 映し出された映像の中で、一つ目のイラストがじっと見つめ返していた。紛うことなく、ギルドメンバーである証がそこにあった。


「シヲン君、起きてますかぁ? 朝食の時間になったんで起きてきてもらえますか」


 前触れもなく、部屋の扉の向こうから少女の声が響いてきた。

 映像を消すと、扉に近づいてドアノブを回した。

 軋む音を立てて扉がゆっくりと開けば、その向こうにユキナの姿があった。すでに身支度を整えて、清潔感ある装いをしている。


「おはよ、ユキナ」

「おはようようございます、シヲン君。朝食はギルド本部に用意してありますよ。口に合うかは分からないですけど」

「え、もしかしてユキナが作ったのか?」


 ユキナは小刻みに首を横に振って、照れたように笑った。


「いえいえ、あたしだけじゃないくて、ヒューカさんと一緒に作りました。ギルドメンバーの食事はいつも二人で作ってるんですよ。それじゃあ、あたしはこれからトーマさんを起こしに行ってきますね」


 そう告げると、ユキナは廊下の向こうへと姿を消した。それを見送ったシヲンは、身支度を整えてギルド本部へと足を向けた。ギルド本部と言っても、単に民宿の一室を便宜上、そう呼ぶだけだ。室内はいたって普通の、おとぎの世界のような様子だ。


 五階から三階へ降りると《Rain Shed》と描かれた標識の掛けられた部屋の前に辿り着く。そこで開けるためにドアノブを掴んだ手が止まった。

 おそらく室内にいるであろうカジュマの態度が、昨日と打って変わっていまいか、心配になって一歩が踏み出せなくなった。手首を捻るだけでドアは開くのに、それをする勇気がなかった。と、いきなり扉が内側から開けられた。内開きのドアのために、ドアノブを掴んでいたシヲンは図らずに室内へと踏み込んでいた。


「お、おう、シヲン。おはような」


 ドアの前に立っていたカジュマが驚いた様子で挨拶をした。毒気のないカジュマの態度に、シヲンは安堵した。


「お、おはようございます、カジュマさん」


 まだまだ両者とも会話がぎこちなく、オドオドとしている。それでも以前のような刺々しい雰囲気に較べられれば、かなり改善されたほうだ。

 暫くすれば、会話一つするのに気遣いをしないようになるのだろうか。彼とも会話が弾むようになるのか。今は焦らず、ゆっくりと仲を深めていければいいと思った。


「シヲンはそこの青いマグカップが置いてある席に座って。ユキナがトーマを連れてきたら朝食にしましょ」


 エプロン姿のヒューカがお盆に載せたサラダをテーブルへと運んでいた。その格好は似合っていない。スーツ姿でオフィスに篭っているようなイメージのヒューカが、主婦のような出で立ちでいることが異様な光景に見えた。

 カジュマもその光景を見て、おかしさを堪えきれないようで笑い始めた。


「似合ってねぇーよな、あれ。まさかあんなにエプロン姿が似合わない奴がいるとは思わなかった」

「ふふ、ですね」


 横で思った通りのことを口にしたカジュマに、シヲンは思わず笑っていた。

 カジュマは一瞬笑うことを忘れて、きょとんとした。

 シヲンは何かまずいことをしでかしたのか、と焦った。

 シヲンの視線に気付いたカジュマは、にやりと意味深な笑みを浮かべた。


「んだよ、オレの前でもちゃんと笑ってくれるじゃねぇか。にしても、オメェは女みてぇな面構えだな、ほんと」

「……そっちの気はないですよ?」

「オレもねぇーよッ!!」


 カジュマの慌てっぷりに、シヲンはまた笑っていた。早くもこの場所に馴染めそうだった。わだかまりが急速にとけていくのを感じていた。


「何、楽しそうにトークしちゃってんのさ。僕はお腹が空いたよ」


「さっきまで起きたくないって言ってたのはどこの誰ですかッ!? 全く、トーマさんを起こすのも一苦労ですよ」


 背後からユキナとトーマが姿を見せて、レイン・シェッドの全メンバーが揃った。


「おはよう、シヲン。もう完全に馴染んちゃってるな、感心、感心」

「おはよう、トーマ」


 寝癖で栗色の髪がところどころ跳ねていて、眠そうに半眼のトーマに挨拶を返す。

 トーマはムスッと不機嫌そうな顔になると、腰に手を当てて胸を反らした。


「シヲン、お前には僕を先輩と呼ぶ権利を与えてやろう」

「いらないけど」

「……………………(泣」


 トーマが見るからに落ち込んでトボトボとシヲンの脇をすり抜けて席へと向かう。

 そんなトーマの様子を見て、ヒューカやカジュマが無遠慮に笑みを溢して、席に着く。


 シヲンも皆に倣って、ヒューカに言われたとおりに青いマグカップの置かれた席へと向かった。

 長方形のテーブルは、最大二人が横に並べる大きさだ。シヲンの席の隣はユキナだった。ヒューカがトーマの隣に座り、カジュマは一人で座っていた。

 用意された朝食は和食を連想させるような料理だった。切り身の焼き魚、味噌汁に似た汁物、黄と赤の漬物、野菜の煮物が並べられている。白米を見たとき、シヲンは感激した。

 アッシュの村での生活中は主食はいつも小麦料理ばかりで、米を見る機会がなかった。

 白い湯気を上げる純白の粒は、光り輝いて見えた。


「それじゃあ、いただきましょうか」

『いただきますッ』


 ヒューカの言葉に続いて、唱和した声が部屋中に反響し、一日の始まりを告げた。



 食事を終えたシヲンたちは、未だに本部に篭っていた。

 これからシヲンにギルドの仕事などの説明がなされるためだ。

 揃って席に腰を落ち着けて、マグカップに注がれたお茶を飲んでいた。これといって緊張感の欠片もない雰囲気の中で、カジュマが切り出した。


「そんじゃ、始めっか。シヲン、まず一つ言っておくのは、オレら旅人がギルドを創設した理由だ。簡単にいっちまえば、資金集めだな。オレたちがアナザーワールドで生きてくためには、どうしても金が必要だろ? んでも、職を探して働くんじゃタブー攻略なんて暇がなくなっちまう。だから、自称自警団もとい何でも屋っつうわけで、ギルドを始めたわけだ。まぁ、最初に考えた奴の真似をオレはしただけだけどな」


 そこで一旦言葉を切るカジュマは、マグカップから一口お茶を飲んだ。

 シヲンもそのタイミングに合わせて、マグカップに手を伸ばす。中身はユキナセレクションの紅茶だ。今回はどことなくアップルティーに似たお茶だった。


「てか、ギルドを作って仕事をして資金集めするよりも、資金提供されればよかったんだけどな。どういうわけか、ここらの住民は魔王への危機意識が低いんだな。っつうか、タブーって呼ばれる場所には極力近づかないらしく、その奥に何がいるのかよく知らねぇみてぇだ。

 まぁ、それは置いとくとして、ギルドの仕事は主に住民からの依頼を専門に扱ってるんだ。あとは、魔物退治ぐれぇか。というわけで、シヲンにはユキナと一緒に溜まってる仕事を消化してきてもらう。こっちでの生活に慣れるまでは、ユキナと行動を共にしてくれっと、お客さんだ」


 カジュマが意味ありげな視線をドアではなく、窓へと向けた。

 ヒューカやユキナはげんなりとした表情で溜息をついた。なにやら不穏な気配を感じて隣のユキナに訊ねてみれば、乾いた笑いを返された。


『カジュマ殿ッ。それがしは、ゴーレムハンドの三番隊隊長である。タブー攻略に関するご相談に参上いたした。ご案内を頼みたい』


 窓の向こうから聞こえてきた声に、シヲンは首を傾げた。 

 ソレガシとは武家の一人称だった気がした。何となく堅苦しい口調に、シヲンも怪訝な顔を作った。ゴーレムハンドと言えば、昨日の三人衆の姿を思い浮かべる。

 まさか彼らと同じような格好の人間だったりするのではないだろうか。


 カジュマが顔を押さえて嘆息した。


「ったく、また石頭どもか。朝っぱらから頭がいてぇな、おい」


 そこでカジュマが何かを思いついたように顔を上げると、シヲンを見た。その眸がイタズラっぽく笑ったように見えた。


「シヲン、オメェは腕に自信があるよな? 確か、昨日ゴーレムハンドの幹部を負かしてたよな」

「まぁ、はい。事実ですけど……」


 シヲンの言葉にトーマとヒューカが感嘆の声を上げる。彼らも把握していたはずだが、やはり当事者からの言葉を聞くまで半信半疑だったのだろう。

 シヲン自身も、自分が倒した相手がゴーレムハンドの中でも特に腕に覚えのある人間で、著名な人物だと聞いたときは驚かされた。

 カジュマが大きく頷いた。


「んじゃ、シヲンに初めての仕事だ。ギルドを防衛しろ」

「は? 防衛って……何故?」


 シヲンの疑問にヒューカが動いた。


「そういえば言ってなかったわね。えっとね、うちらのギルドは小規模で、今はちょっと危ない状況なのよ。金銭面は問題ないんだけど、有数の攻略ギルドの要求をはねのけてるから、圧力がかかってるのよね。あぁっと、攻略ギルドってのは、魔物狩りを主な仕事にしてる戦闘特化のギルドのことね」

「えっと、ヤバいんですか?」

「うん、そろそろやばいわね」


 マジですか、と絶叫したくなった。

 シヲンは膝の上で拳をきつく握り、気持ちを堪えた。

 ギルドに入った翌日に、まさかの解散予告。なんと返答をしたものだろうか、と悩んだ。

 カジュマが席を立って、こけた頬を緩めた。


「安心しろ、オレも出張る。んじゃ、ちょっくら外に行こうか。おい、トーマッ。ちゃんとユキナを守れよ」

「ホント、ユキナ思いの優しいお父さんだことで」

「別にオレはユキナの父親じゃねぇぞ。単にこの中じゃ一番弱いユキナが心配だってだけだ」


 ヒューカが茶化すように言って、カジュマがしどろもどろになった。

 そんなカジュマにヒューカがしたり顔をする。


「カジュマは、向こうに残してきた娘と同年代のユキナが可愛くて仕方がないのよ」


 テーブル越しに身を乗り出したヒューカが耳打ちしてきた。

 昨日カジュマがユキナを悲しませないでくれ、と言った理由が分かった。彼はユキナを愛娘と重ねてしまうのだろう。

 シヲンは改めて気付かされた。元の世界での日常を引きずっているのは自分だけではないことにだ。

 カジュマに親近感を覚えた。


 シヲンも席を立って、カジュマの背中を追う。せっかく手にした居場所を早々に手放したくはなかったし、まるで自宅のような居心地良さを感じ始めたこの環境を何よりも守りたいと思った。


 外に出れば、総勢五名の個性豊かな顔ぶれが待ち受けていた。

 薙刀を構えて仁王立ちする武人を先頭にして、両翼にはまるで足軽のような人間が控えている。彼らの服装は簡易な黒塗りの鎧と頭に兜を載せたものだ。

 その出で立ちはまさに武士を想起させるシロモノであった。


「今日こそは承諾してもらいますぞ、カジュマ殿。某らも、これ以上首を伸ばしてもいられないですぞ。今日という今日は、首を縦に──その横にいる者は初めてお見受けする方ですな」


 薙刀を持つ男が首を傾げた。シヲンは男の視線を一身に集めて、背筋がぞわりとした。

 男は濃く太い一字眉と上がり目の彫りの深い顔立ちをしていた。エラの張った四角い顔は常にいかめしく見える。

 声も顔に違わず、厳格そうで野太かった。


「えっと、昨日付けでギルドメンバーになった者です。初めまして」


 とりあえず簡単な挨拶ぐらいはしておいた。軽く会釈すると相手も返してきた。

 顔は厳しいが案外中身はいい人なのかもしれない。

 隣でカジュマが面倒くさそうな顔で頭を掻いていた。しかし、その眸に浮かぶのは明らかな敵意の色だ。カジュマは完全に相手を敵と認識していた。


「そんで、オレらに資金か物資を提供しろって相談か? 何度も言うけどな、俺らも結構ギリギリの生活してるわけだ。それなんにオメェらのように死に急ぐ連中に献上しろってか? 御免被りてぇな、おい。第一、タブーの内部状況が分かんねぇのに侵攻する気が知れねぇ。もう少し下準備を整えてからの方がいいんじゃねぇのか?」


 カジュマが敵意を剥き出したままで男たちに問いかけた。


──まさか、タブー攻略ってぶっつけ本番だったのかよッ。


 衝撃の事実にシヲンは戦慄を覚えた。それではあまりに危険すぎる。

 だが、先頭の男はカジュマの言葉に首を横に振った。


「それなら心配に及びませんぞ。本日、参加表明ギルド合同の先遣隊をタブーに送り、内部状況の把握をする予定であり、現場の指揮は深緑騎士団のカザネ殿が務めてくださる。今週の内に、タブー攻略が開始できる算段となっているのですぞ。万全の準備を整えての攻略のために、なにとぞお力添えをしていただきたい」


 男の頼みにカジュマは非情にも頑なに首を横に振るだけだった。


「ざっけんな。オレらが提供せずとも既に準備が整ってんだろ? じゃなきゃ、攻略のメドなんかつかねぇよ。どうせテメェらは、攻略後の利潤も念頭に置いてんだろ?」


 カジュマの言葉を男は片眉を吊り上げた。その表情に翳りが見え始める。

 なにやら雲行きが怪しくなってきたのを感じた。


「滅相もない。某らはことの善悪をわきまえておりますぞ。身勝手な中傷はやめていただきたい」

「事実だろ。火のないところに煙は立たずっつうだろ? テメェらが余所のギルドを潰したって噂もちらほら耳に入れてるぜ。そいつらが提供に拒んでいたせいでってな。だからといって、オレらが素直になると思うなよ。何度も言ってるが、オレらも生活がかかってんだ」


「交渉は決裂ですな。悲しいことですが、某にも自分の立場というものがありまする。どうか、ご容赦くだされ」


 男が意味ありげな視線を後方に構えていた部下に送ると、四人が左右に展開してシヲンたちを囲った。一気に切迫した状況に、シヲンは呆然と眺めた。

 彼らはどれをとっても手練れだと分かる身のこなしだ。腰に差している得物は太刀と脇差だった。

 リーダー格の男が薙刀を振り回すと、ヒュオンと風切り音が響いた。男が手の延長のように扱う薙刀はかなりの業物だろう。陽光を反射する刃が白光を放っていた。


「おい、シヲン。オレが三人倒すから、オメェは二人やれ。先頭の厳つい野郎は欲しけりゃくれてやるぞ」

「いらないですよ。余裕があるほうが相手すればいいでしょ」

「そうだな。んじゃやるか。────おいッ、石頭ども。オレらが勝ったら、もうレイン・シェッドにちょっかいを出すなよ」


 カジュマが男たちを指差して、条件を突きつけた。明らかな戦線布告に男たちは、余裕の笑みを見せた。

 弱小ギルドに負けるわけがないだろう、そんな言葉が聞こえてくるようだった。


「シヲン、オメェは魔法が使えるか? 出来れば状態異常系のヤツだ」

「はい、麻痺属性のなら……」


 カジュマの囁きに頷きを返した。カジュマがシヲンの言葉にニヤリと口端を吊り上げた。


「んじゃ、一斉に使うぞ。奴らが動いたのが合図だ。一つ忠告、オレの影は踏むなよ」

「……? 了解──」


 横目でカジュマを見たシヲンの視界の隅に、動きがあった。

 男たちが武器を構えて肉迫するのを理解したときには、シヲンとカジュマは揃って魔法を唱えていた。シヲンは無詠唱の麻痺属性魔法パラライズで、カジュマは詠唱魔法だった。


因果隷従ポビエダ・ベスシュームヌイ


 聞き取るのもやっとな早口で言葉を呟いたカジュマの身体とその周囲の色が、僅かに黒ずんだように見えた。


「弱き者にも情けはかけんッ。己の過ちを身をもって知るがよいぞ」


 パラライズを受けても猛然と迫る薙刀の男が、部下が麻痺で動きが遅れた中、勇ましく突貫してきた。その様子にシヲンは慄然し、尻込みした。男の気迫に威圧された。

 行動が遅れて腰の短剣を抜き放つ。ガイアスから譲り受けた《薄桜龍はくろうりゅう》と《蒼翁龍そうおうりゅう》だ。


 薙ぎ払われた薙刀の刀身が円弧を描いて迫るのが、スローモーションに映った。


 男が情けをかけない、と言ったのは嘘ではなかった。受け止めなければ、斬られる位置だ。回避するにもカジュマに攻撃が当たってしまうだろう。ここは受け止めるしかない、と身体の前で短剣を構えたシヲンの目の前で、急に男の薙刀の軌道が不自然に曲がった。 

 男の顔が驚愕に染まっていた。

 何が起きたのか理解できていない表情だった。


 シヲンは、男の足がカジュマの足元から伸びる影を踏んでいるのを見た。


「シヲン、真っ先に親玉が退場してくれそうだぜ」


 カジュマが男の動きが鈍った隙を逃さず、背中から抜き放ったロングソードの腹で男の側頭を殴打した。目から火花が散るのではないかと思うほどの衝撃に、男は一発で地面に転がった。


「まずは一人だな。あとはオメェのおかげで骨抜きになった連中だけだな」

「カジュマさん、さっきのは?」

「オレのアビリティーじゃねぇかな。オレ自身も把握しちゃいねぇ」


 カジュマがはぐらかすように言って、前を向くように顎で示す。

 前方に顔を向ければ、パラライズの効果が薄まった男たちが憤怒の形相で迫りつつあった。


「カジュマさんにいいトコばっかじゃ、俺がカッコ悪いんで。残りの四人は俺がやります」

「おいおい、四人いっぺんにか?」


 カジュマの驚きには答えず、シヲンは前に飛び出して男たちの中へと突っ込む。

 短剣を逆手に握り、斬りつけずに柄で鳩尾みぞおちを強打していく。

 男たちは鬼気迫るものだったが、その動作を追うのは造作もなく、ギリギリで躱しながら懐に潜り込む。ほとんど機械的に男たちを降していた。気付けば立っている人間は、シヲンとカジュマだけだった。


「ごほぉ、ごほぉ、そうだ。思い出したぞ、こいつ。この黒ずくめの野郎っていや、三銃士を倒したってヤツだ。こんなに強いとは思わなかった、ぞ……」


 男たちが地面に折り重なるように倒れた様は、死屍累々の光景だった。

 その中で高々と笑うカジュマをシヲンはたくましいと思った。よくも悪くも精神面がタフだ。


「はっはっは、そんじゃ石頭どもーッ!! さっさと撤収しやがれッ」


 尻尾を巻いた男たちは、カジュマの声から逃げるように退散していく。

 戦闘が終わったことを確認すると、シヲンは急に全身を倦怠感が襲うのを覚えた。

 一日が始まったばかりにも関わらず、既に疲労を感じる。加入早々にここまで酷使されるとは思わなかった。

 溜息をついたシヲンはその場に座りこんだ。その銀髪をカジュマが掻き乱す。


「うぉッ、髪がサラッサラじゃねぇか。にしても、オメェは強いぜ。ギルドの中じゃ二番目だな。一番はもちろんオレだ」


 そんなことを言って腹の底から笑うカジュマに、シヲンはほとほと呆れた顔をした。

 周囲から拍手の音が聞こえたので視線を巡らせば、周辺住民が惜しみない賛辞を贈っていた。ブラボー、さすがだ、俺たちのヒーローだ、といった声がする。

《レイン・シェッド》は、いったいどんなギルドと思われているのか。ただの何でも屋とは思われていないのは確実そうだ。




 この日の仕事は免除にされたシヲンは、ユキナに傷の手当を受け、仲間たちからも賛美された。早くも頼れる仲間と認識されたシヲンは、このまま順調に元の世界に戻れるだろうと思えた。






 しかし、そんな喜びは永く続かなかった。





 この日の夜、皆でギルド本部で談笑を交わしていた中に飛び込んできたニュースで、場が一瞬で凍りついた。

 スムーザ有数の攻略ギルド、石像の豪腕(ゴーレムハンド)、深緑騎士団、スカルダンサーが合同で組織した、タブー攻略先遣隊が消息を絶った、というものだ。

 彼らが死んでいないことは、マナクリスタルに登録された名前が消えていないことで明らからしい。登録された人間の生死は、マナクリスタルに表示される。旅人だけでなく、アナザーワールドの住民同士でも同じ機能が備わっているとのことだった。


 率いていた人物が深緑騎士団の副団長のカザネという女性であり、その事実に旅人たちの間に激震が走った。

 カザネは召喚士サモナーという職業で、かなりの手練れとの話だ。しかも先遣隊のメンバーは誰もが優秀な人材だったらしい。しかしマナクリスタルに呼びかけても、誰一人応じなかったようだ。

 そんな彼らが行方をくらませたのは、スムーザとアッシュの間の大河上流にある《ハートレスのタブー》と呼ばれる洞窟だった。


 まだたったの半日だろ、と笑ったカジュマの顔から余裕の笑みが消えたのはそれから三日経った頃だった。

 

 

 

 

 

 


 次話で展開が早くなります。

 かなり早いつもりです。

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