弐章「継続は力なり」ノ弐
その翌日、リリンの執務室に奇妙な四人組が集められた。
一人は、異国風の旅装に身を包んだ、銀髪碧眼の美少女。他ならぬ伊能忠敬その人である。今回の旅では、『伊能探検隊』の隊長を務める。
二人目は、
「改めて、これからよろしくねェん。イノーた・い・ちょっ」
モヒカンオネェの将軍バルムンク。フルプレート鎧に身を包んだ巨漢。刃渡り一メートル五〇センチの大剣を片手で振り回す帝国最強の騎士。伊能探検隊の副隊長を務める。今日も相変わらず、クネクネしている。
三人目は、
「なんだぁ、このちっこいガキは?」
猫のような印象を受ける、褐色肌の尖った少女。年のころは十代半ば。ショートの銀髪と、金色の吊り目。生意気そうな猫口。頭には猫耳のカチューシャ(俊敏性を上げる異能具)を着けている。服装は、男者のシャツに、丈がたいそう短いズボン、心臓・関節・肩のみを覆う軽装の革鎧。履いている黒タイツは至る所で破けている。武装はナイフと小型のクロスボウ。
「【測量】――身長一五九センチ、体重四八キロ。ほっほっほっ。そういうお前さんは、たいそうつまらん体つきをしていなさるのぅ。特に胸周りが」
「誰が貧乳だ、ゴルルァ⁉ このクソガキ、ぶっ殺――ぷぎゃっ⁉」
少女が床に沈んだ。バルムンクが強烈なげんこつを叩き込んだからである。
「このバカ娘! この方はイノー探検隊の隊長サマよ⁉ 敬いなさい」
「娘? あぁこの子が、先日仰っておられた娘御ですか。ですが、さすがに一人で着替えられるような歳に見受けられるのですが」
「それは十年以上も前の話しよォ」バルムンクが伊能の背中をバシンバシンと叩いてくる。伊能は、痛い。「この子はカッツェ。不肖の娘よォん。イノー探検隊の斥候を務めるわ」
そして最後の一人は、
「御身の手の内に、御国と力と栄えあり。永遠に、尽きることなく、メシア」
この大陸に広く分布している主流宗教『メシア教』の祈りを一心不乱に唱え続ける青白い男。年齢は、二十代とも三十代とも判別がつかない。
身長一九二センチ、六二キロ。病人のように白い肌、こけた頬、死んだ目。灰色の瞳は三白眼で、目の下の隈がひどい。真っ黒なコート、黒いズボン、黒い二角帽。非常に細身で、遠目からは真っ黒な棒が突っ立っているように見える。肩から下げているのは、身の丈ほどもある長大なマスケット。フリントロック(火打ち石)式のリボルバーで、八連装。
「御身の手の内に――はっ⁉」注目されていることに気付いた男性が、慌てて自己紹介を始める。「た、たたた探検隊の狙撃手を務める、か、カスパールと――ンヒィ⁉」
「あっはっはっ、久しいのぅ、カスパールや」リリンが机の上によじ登り、カスパールの肩をばんばんと叩いた。「相変わらず生っ白い顔をしておるのぉ」
いったいぜんたい何に怯えているのか、カスパールはおどおどしている。
(何とも珍妙な連中じゃのぅ)自分のことを棚に上げ、笑う伊能。
「ひとクセもふたクセもある連中じゃが」仁王立ちのリリンが、自信満々に微笑む。「実力は折り紙付きじゃァ。余が保証する」
「閣下がそうとまで仰ってくださるのなら、何も心配することはございません」伊能はリリンにひざまずく。「閣下の赤子たち、確かにお預かりいたしました」
「ところでイノーや、そのデカブツは何じゃ?」リリンが、高さ二メートルほどの高さの棒に、巨大な扇状の木枠が付いている器具を差して言う。
「これは間先生とワシで独自に改良した『象限儀』という道具ですじゃ」伊能は、得意になりながら解説を始める。「これで北辰――ではなく、北極星? いや、この国の言葉では確か、ポールスターと言いましたか。あの、常に北の極みに座しておられるあの星の角度を測るのですじゃ」
そう、この世界にも、地球で言うところの北極星に該当するような星が存在するのだ。日本で見上げていた頃とはだいぶ角度が違うし輝き方も違うが、いつなんどきも不動なのは変わらないため、伊能は測量時に便利に使わせてもらっている。
「あぁ、四分儀のことか」リリンが告げ、壁際に侍っていた執事に目配せすると、執事が部屋を出ていった。「そんな大きな物、旅に持っていけるわけがないじゃろうが」
「くわど……? いえ、ですがその地点その地点の緯度を求めるために、象限儀は必須でして」
ほどなくして、執事が戻ってきた。片手で抱えられる程度の、象限儀によく似た扇型の道具を持っている。
「ほれ、手持ちサイズの四分儀じゃ」
「えええっ⁉」伊能三郎右衛門忠敬、おっ魂消る。「なぜに異世界に象限儀が⁉」
「四分儀、じゃ。ショーゲンギとかいうのは、そなたの世界か、そなたの国での呼び名じゃろう。まぁそなたの星、そなたの国にも測量や航海の歴史があるのじゃろうが、この世界、この国にも歴史があるのじゃ」
「リリン閣下は測量にお詳しいのですね」
「はぁ? 余を誰だと心得ておる。ミドガルズ伯爵じゃぞ」リリンが仁王立ちする。「『白い蛇』に面し、『白い蛇』に対する帝国の盾としての役目を果たし続けてきた名家の中の名家じゃ。『白い蛇』に対する取り組みの多さ、思いの強さは折り紙付きじゃ。蛇の測量は、我が家の悲願なのじゃから。というわけで」
麗しき領主リリン・フォン・ミドガルズが、伊能と仲間たちを見回す。
「励むように。期待しておるぞ」
「「「「ははっ」」」」
こうして、イノー探検隊による第一回測量探検が始まった。
◆ ◇ ◆ ◇
【Side 悪徳貴族ヘル伯爵】
一方、そのころ。ミドガルズ伯爵領の北隣に位置し、ミドガルズと同じく『五伯』に数えられるヘル伯爵領――つまり、リリンと今回の『測量戦争』で争い合う間柄の家――では、ヘル伯爵とその家臣たちが悪巧みをしていた。
「ふむ、ミドガルズの小娘が探検隊を派遣したか。早いな」
壁一面を金箔で飾った、贅の限りを尽くした部屋の中央。ふかふかのソファにでっぷりとした体躯を沈み込ませた男が、最上級のワインで唇を湿らせる。金糸をこれでもかと使った趣味の悪い貴族服、すべての指にはめられた大きな大きな宝石付きの指輪、重税にあえぐ平民たちの髪をむしり取って作った立派な巻き髪のカツラ。ヘル伯爵その人である。
「それで、探検隊の隊長は?」
「ははっ」ヘル家の右腕がひざまずく。「最近、ミドガルズ家に拾われた異邦人――タダタカ・イノーという少女です」
「あぁ、例の地図を描いた娘か」
驚くべきことに、ヘル伯爵は伊能のことも、伊能が描いた画期的な地図のこともすべて把握していた。それもそのはずで、ミドガルズ領にはヘル家からの草が多数潜んでいるのだ。
(くっくっくっ、青いなぁ小娘。貴族家に囲われていない異能力者が、そう都合良く転がっているわけがないだろうに)
家の復興のため、リリンは異能力者を探し回っては、手当たり次第に雇っている。そんな異能者の中に、ヘル家の紐付きを紛れ込ませることなど、造作もなかった。結果としてヘル伯爵は、ミドガルズ家の利権の数々に食い込み続け、今もミドガルズ家が得るはずだった利益をむしり取り続けている。部屋を飾る豪奢な調度品の数々も、この美酒も、ミドガルズ家からむしり取った金で得たものだ。
「タダタカ・イノーか。あの娘は良いな。実に良い。あの娘が描く地図は、利益の宝物庫だ。なんとかして引き抜けないものだろうか」
「難しいかと。様々な手段で懐柔を試みてみましたが、まったく靡く様子を見せませんでした」
伊能はまったく気付いていなかったが、この数週間、彼はミドガルズ家の家臣(の皮を被ったヘル家のスパイ)から数々の勧誘を受けていた。が、スパイたちが提示する利益(多額の金銭、高い地位、美丈夫などなど)に伊能がまったく興味を示さなかったため、ヘル家の右腕は匙を投げたい心地だったのだ。
「今回の測量合戦は、まさしく戦争になるだろう。『測量戦争』において、タダタカ・イノーの異能【測量】は、一騎当千にも匹敵する脅威だ。何としてでも排除しなければならん」
ヘル伯爵がワインを飲み干す。その瞳には、人を人とも思わない残虐性が宿っている。
「手に入らないのなら、事故に見せかけて殺してしまえ。あの哀れな小娘の父――先代ミドガルズ伯爵を、そうしたように」




