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伍章「伊能の本懐」ノ拾

 力を取り戻し、音速超過で戻ってきたバルムンクが、暗殺ギルドの首領の首を跳ね飛ばした。

 伊能は、彼女と目が合ったような気がした。

 地に落ち、目を閉じた彼女の顔が、みるみるうちに皴を帯び、老婆のそれになった。

「終わった……のじゃな」

 土砂まみれ、落石まみれ、地盤沈下まみれ、おまけに魔物まみれの大地で、伊能はへなへなと座り込む。

 ――タァーンッ!

   ――タァーンッ!

     ――タァーンッ!

 先ほどから、夜風を引き裂く銃声が魔物の数を減らしつつある。カスパールが魔物相手に無双しているのだろう。

「ならば安心、か。はぁ~~~~……疲れた」

「ってイノーちゃん、大丈夫⁉ 生きてる⁉」バルムンクが伊能を抱き起す。

「な、何とかのぅ」

「い、イノー隊長!」カスパールが駆け寄ってきた。「こ、これを」

 カスパールが伊能に差し出したのは、

「わんか羅鍼! 見つけてくださったのか! かたじけない」

 女神オルディナから賜った杖。暗殺ギルドの首領の幻術に掛かった時に、奪われてしまった杖だ。

 伊能は杖を受け取ろうとして、「ぎゃあ!」

 爪という爪が剥がれるか割れるかしていることを思い出した。

「きゃあああっ、イノーちゃん、爪! 爪!」

「あ、あはは……バルムンク殿こそボロボロではありませんか。何のこれしき」伊能は立ち上がる。「最後の仕事じゃ。【測量】!」

 わんか羅鍼を掲げて、力の限り異能を使う。途端、遺跡全土がまるっと測量され、測量結果が伊能の頭脳に収められた。これで、地図が作成できる。地図を作成し、皇帝に献上してしまえば、この遺跡はすべてリリン――ミドガルズ伯爵家のモノだ。

 ミドガルズ領は、財政難から解放されることだろう。リリンの心労も、だいぶ楽になるはずだ。

「これで、お役目も終了じゃな。さぁ、伊能探検隊の隊員たちよ。帰りましょうぞ」

「は、はい!」とカスパール。「無事、使命を達成できたことを神に感謝します。メシア」

「いやいや、今日はもう遅いから、遺跡に戻って一泊しようぜ」とカッツェ。「ってジジイ、まずはその爪は何とかしろ。『私』が応急処置してやっから」

「アラ、カッツェったらァん」甲斐甲斐しく伊能の面倒を見る愛娘の脇腹を小突くバルムンク。「もう『俺様』は止めたのォん?」

「うっせぇ、バカオヤジ!」

「アラアラアラ。遅めの反抗期かしらァん」

「ふぉっふぉっふぉっ。相変わらず仲の良い親子ですのぅ」


   ◆   ◇   ◆   ◇


 同じ頃。

 ミドガルズ城では伊能たちが生け捕りにした『盗賊』たちが、ついに口を割った。ミドガルズ家の催眠系異能力者たちは預かり知らぬところだったが、『盗賊』たちは暗殺ギルドの首領の異能【口止め】によって口を閉じさせられていたのだ。それが、首領の死によって解除されたのである。

『盗賊』たちは、自分たちがヘル家の従士であることを告白した。そのことは速やかにリリンの手によってミズガル皇帝に伝えられ、その翌日には皇帝直属軍およびミドガルズ領軍がヘル伯爵城を包囲する運びとなり、ヘル伯爵は王城へと連行された。

 皇帝直下の【自白】異能使いの手によって、ヘル伯爵はありとあらゆる悪事を洗いざらい喋る羽目になった。

 無辜の領民を虐げてきたこと。

 私腹を肥やすために、数え切れないほどの犯罪をしてきたこと。

 暗殺ギルドと深い関係があり、今まで何度も同ギルドに依頼し、政敵を違法に葬ってきたこと。

 その『敵』の一人が、リリンの父である先代ミドガルズ伯爵であること。

 かくして、ヘル伯爵は失脚。ヘル伯爵領はひとまず皇帝が直轄地として預かることになった。

 こうして、図らずも少女リリンの復讐は果たされたのだった。


   ◆   ◇   ◆   ◇


 数日後。

 ――わーっ、わぁあああああーっ!

 伊能たち一向は、ミドガルズ領都総出で出迎えられた。

「バルムンク様、我らが英雄!」

「キャー、バルムンク様、抱いてー!」

 一番人気は、やはり長年に渡ってミドガルズ領を守り続けてきた大将軍バルムンクだ。凱旋式用の馬車の上で、バルムンクは堂に入った様子で手を振る。だが、

「イノー様、可愛い! こっち向いて~!」

「アラアラ、イノーちゃんも結構、人気者みたいよォん」

「ふぉっふぉっふぉっ、照れますのぅ」

 新参者であるはずの伊能もまた、英雄さがならの扱いで迎えられた。まるで英雄の凱旋――いや、事実として英雄の凱旋なのだった。

 伊能たちが『白い蛇』領域から出た時点で、伊能たちの帰還および膨大な富の宝庫である『遺跡』の発見は早馬で領主リリンに伝えられていた。リリンは速やかに、そして大々的に、そのニュースをミドガルズ領都および領全体に発表した。

 領民たちは、大喜びでそれに食いついた。リリンの頑張りを心から認め、リリンを慕いつつも、それでも先代伯爵時代の輝かしい日々とどうしても比較してしまいがちな領民たちは、良いニュースに飢えていたのだ。

 老若男女の心からの笑顔に出迎えられ、伊能たち一向が乗った馬車はミドガルズ城へと入っていく。

 そうして、謁見の間で伊能たちを出迎えたのは、

「よくやってくれた!」

 伊能たちの主・幼くも麗しき領主リリンだ。領主然とした、いつもの泰然とした笑みを浮かべようとしている様子のリリンだったが、どうにも喜びを抑えきれないらしく、口元が今にもニヤけそうでモニョモニョしている。

「これでミドガルズ領も安泰じゃ。タダタカ・イノー、我が領の英雄よ。そなたは褒美に何を望む?」

 伊能は微笑む。「第三次測量の許可を。それと、旅のためのいくばくかの資金を」

「あはァッ、相変わらず欲のないジジイじゃのぅ! いや、己の欲――測量欲求にどこまでも忠実ということなのか」

 リリンが微笑む。伊能も微笑む。バルムンクもカッツェもカスパールも、みな一様に微笑んだ。

 伊能たちの測量の旅は、始まったばかりだ。

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