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弐章「継続は力なり」ノ捌

【Side バルムンク】

「見た目と異能が逆じゃないのォ⁉」

 わざとおどけたようなことを口にして、ほんのわずか、一瞬だけ小男の注意を逸らすことに成功したバルムンク。

(優先すべきはイノーちゃんの安全!)

 即座に剣を放棄し、大男の元へと駆け出す。彼我の距離は十メートルほど。それだけの距離を一秒で詰め切ったバルムンクは、勢いそのままに、大男の顔面へと拳を叩き込む!

「くっ……」

だが、バルムンクの渾身の一撃は、大男の大きな手でいともたやすく受け止められてしまった。大男が、そのままバルムンクの拳を握りつぶそうとしてくる。

(バカな。こっちも【怪力】持ちだっていうの⁉)

 いや、大男の方は【俊足】持ちのはずだ。それとも、兄弟揃って『ダブルホルダー』だとでもいうのだろうか。

 その時、十メートル後方で小男が剣を取り落とす音がした。振り向くと、ナイフを構えた小男が、【俊足】そのものの異常な速度でこちらに突進しつつある。

(あっちも【俊足】持ち⁉ まさか、『ダブルホルダー』というのがブラフで、実は『トリプルホルダー』? いえ、トリプルだなんて、そんなの神話や伝説ですら聞いたことが――)

 そんなことを悠長に考えている暇などない。このままでは、数瞬後には小男に背後から刺されてしまう。だからバルムンクは、大男につかまれている右手を起点に、片手懸垂の要領で素早く体を持ち上げた。

「っ――」小男が目を見開いた。このままでは兄弟の腹を刺してしまいかねないからだ。「弟よ!」

 次の瞬間、大男の姿がかき消え、さらに次の瞬間、数歩分右隣に現れた。【俊足】で移動したのだろう。

 その際に大男が手の離したため、バルムンクは利き腕を握りつぶされる危機から脱して、着地した。即座に伊能を抱えて刺客たちから距離を取り、彼の得物である大剣を拾い上げる。

 伊能を下ろしてやると、かの少女は即座にテンペスト兄弟とは別の方向へ逃げはじめた。相変わらず頭の回転が早く、無駄口を叩かず、即断・即決・即実行の素晴らしい御仁だ、とバルムンクは内心微笑む。測量のこととなると人格が崩壊するのは玉に瑕だが。

 剣を構え、伊能をかばうように立ちふさがってみせると、すぐさまテンペスト兄弟がバルムンクに襲い掛かってきた。

 そこからはもう、一秒たりとも気の抜けない、地獄のような応酬だった。

【怪力】小男の強攻撃、

 【俊足】大男の立ち回り、

  【怪力】大男の強烈な拳、

   【俊足】小男の見えない動き、

    【怪力】かつ【俊足】の小男による目にも留まらぬ強打、

     【怪力】かつ【俊足】の大男による回り込みからの大打撃。

 それらすべての攻撃を、バルムンクは防御に徹して捌ききる。そんな、決死の舞踏を舞い続けることしばし。数分もすると、二人の動きに慣れてきた。思考するだけの余裕が出てくる。

(考えるのよ、バルムンク。『トリプルホルダー』なんて聞いたことがない。あり得ない。まずは二人ともが『ダブルホルダー』の可能性から考えてみるのよ)

 小男と大男は、事実として【怪力】と【俊足】を使っている。二人がダブルホルダーなのは間違いない。

 加えて小男は、バルムンクの異能を見抜いた。バルムンクはリリンとカッツェ以外の誰にも、自身の異能が性格系最弱異能【継続は力なり】であることを話したことはなかった。異能至上主義のこの世界で、ミドガルズ家の領軍を預かる将軍の異能が最弱だと広まるのは、外聞がよろしくないからである。そして、リリンとカッツェがバルムンクの秘密を漏らすことは絶対にない。つまり、小男が口にした異能【鑑定】は事実だということだ。つまり小男は実際に、同時に三つの異能を使っている。

(『同時に』……? 本当に?)立ち回りながら、バルムンクは違和感を覚えた。より仔細にテンペスト兄弟を観察する。(おや? おやおやおや?)

 大男が怪力を発揮している瞬間、一方の小男は非力そのもの。

 小男が瞬時に移動したその瞬間は、大男の方は愚鈍そのもの。

 いずれも一秒に満たない隙だが、百戦錬磨のバルムンクの目には明らかである。

(やっぱりねェん)違和感は最初からあったのだ。

 大男が初めて【怪力】を使ってみせた時、小男はせっかくバルムンクから奪った剣を取り落とした。あれはスピードを重視して重い剣を捨てたとか、使い慣れたナイフを好んだとか、そういう高等な理由ではなかったのだ。もっともっと単純な理由。そう、

(単に、アタシの剣が重すぎて、保持し続けることができなかったってこと! つまり――)

 バルムンクは、答えを叫んだ。

「アナタたち、異能を融通しているわね⁉ アナタたちは『トリプルホルダー』なんかじゃない。けど、二人とも『ダブルホルダー』。そして、二人揃って『クアドラプルホルダー』! 【俊足】の大男ちゃん、アナタの二つ目の異能は、さしずめ【異能の入替え】! そうでしょう⁉」

【鑑定】と【怪力】の小男。

【俊足】と【入替え】の大男。

【入替え】を駆使して、二人は【怪力】と【俊足】というバトル向けの異能を受け渡し合っているのだ。大男が【俊足】と【怪力】を同時に扱っている瞬間があることからして、【入替え】自体を相手に譲渡することも可能なのだろう。

 テンペスト兄弟の異能を看破したバルムンクは、勝ち誇る。タネが分かれば攻略は簡単。だと思っていたのだが、

「分かったところで何になる⁉」【怪力】かつ【俊足】の小男が見えない動きでバルムンクの背後に回り込み、切りつけてきた。

 フルプレート鎧の弱点である関節部を狙ってきた攻撃を間一髪避けたバルムンクだったが、激しく動揺した。テンペスト兄弟の攻撃はますます鋭くなり、激しさを増す。

 バルムンクはてっきり、彼らの異能を看破することにより、彼らが動揺し、弱体化するに違いないと思っていたのだ。あわよくば逃げ出してくれるかも、とすら。少なくとも、生まれてこの方ずっと異能を隠し続けてきたバルムンクの常識では、そうだった。

 だが、実際はそうはならなかった。刺客たちは、異能のカラクリを見破られたことをものともせず、むしろ看破されることを織り込み済みの気安さで一蹴してしまったのだ。

「何を驚いている?」見えない動きで背後を取った小男が、嘲笑う。「殺してしまえば、同じことだというのに」

 今やバルムンクの鎧は砕け散る寸前で、剣はひび割れ、全身傷だらけだ。ついには体力の限界が訪れて、バルムンクは無様に転んでしまった。起き上がろうとするが、大男に背中を踏みつけられてしまった。動けない。

「そのまま押さえていろ、弟よ」小男が馬乗りになり、ナイフでバルムンクの首を掻き切ろうとしてくる。が、バルムンクがもがくため、上手くいかない。

(どうする、どうする⁉)異能の看破、という奥の手は不発に終わった。もはや起死回生の手段など残されていない。(このまま殺されるわけには――ッ!)

 その時、

「カッツェ、カスパール殿!」遠くから、伊能の声が聞こえてきた。「刺客ですじゃ! 敵の異能は正体は――」

「ちっ」鎧の隙間からバルムンクの首を掻き切ろうと四苦八苦していた小男が、立ち上がった。「異能の正体を吹聴されるのはまずい。ここは私が押さえておくから、お前はさっさとあの娘を殺してこい」

(なんてこと!)バルムンクは激しく己を恥じた。自分は、よりにもよって護衛対象に助けられてしまったのである。

 伊能は、カッツェやカスパールと合流できたのかも知れない。だが、実際は合流などできておらず、ブラフの可能性も高い。伊能が、不自然なほど声を張り上げているからだ。だとすると、伊能はバルムンクのピンチを見かねて、自分に注意を引きつけるために一芝居打ったということになる。

 バルムンクの背中から、大男の体重が消えた。

(イノーちゃん……!)

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