『聖女』って、貴女……偽物ですよね?
かつて、神の寵愛を受けた少女がいたという。
彼女は怪我を負おうと毒を盛られようと瞬く間に己の体を癒してしまった。
聖女は神の御心を汲み、人の世をより良い未来へ導いたとされる。
そんな伝承を持つ聖女。
彼女の力は子孫らに受け継がれる事もなく、聖女という言葉は伝説として語り継がれるだけの称号となった。
しかし現在、再び『聖女』を名乗る少女が現れる。
彼女は我が国の教皇が見つけ出し、保護していた特別な少女であり、聖女としての回復力は初代聖女様には及ばずとも、確かにその力の一部を扱うことが出来るとか。
怪我は癒せない。しかし毒は効かないという聖女は、実際に一度、毒を盛られたものの至って健康だった姿を見せたという。
伝説の聖女の再来。
人々は彼女に期待した。そして崇拝した。
それを横目に私は自分には関係のない話だと、そう考えていた。
……彼女が、私の通う学園――王立学園へ編入してくるまでは。
「あんな痴女が聖女だと……?」
学園の庭園にあるガゼボ。そこでお昼を取っていた私は、正面に座って頭を抱える男子生徒の声を聞く。
「マイルズ様。一応他の者も行き交う場所ですから、直接的な言葉はお控えくださいね」
彼はマイルズ様。
公爵家の嫡男であり、私の婚約者だ。
「あ、ああ……すまない」
「とはいえ……お気持ちは察しますわ。最近のマイルズ様は常にローナ様に追いかけまわされていますものね」
ローナ、というのが件の聖女の名だ。
彼女は学園に編入してすぐにマイルズ様に一目惚れした。
彼に目を奪われる気持ちはわかる。
異性の視線を挙って奪っていくような、美しい容姿をお持ちなのだから。
しかし、それを行動で示し……あまつさえ腕を組もうとする、抱き着こうとするといった接触を計ろうとするのはいただけない。
私という婚約者がいる手前、他の異性とそのような関わり方をすれば彼自身の醜聞ともなりかねない事から、彼は気が気ではないのだ。
「だが、困らされているのは俺だけではないだろ? 最近は君がローナ嬢を虐めているという噂をよく耳にする」
「ああ、まあ……そうですね。一部の熱狂的な聖女ファンの方からは冷たく当たられる事もしばしばございますが」
私の悪評についての出所に、私達は勘づいている。
十中八九、ローナ様だろう。
どうやらマイルズ様の婚約者であり、親しい関係を築いている私が気に入らなかったそうだ。
「俺から忠告でもしておこう」
「恐らく、私が告げ口をした、冤罪を言いふらされたなどと主張されるだけですね」
「だが、現状を看過するわけにもいかないだろう」
「そうですね。ですからそろそろ……偽りの聖女様の座からは降りていただきましょう」
「偽りの?」
「ええ。本当に神様が聖女様を選ぶのだとすれば、少なくとも彼女のような人物は選ばないでしょう? それに私……ローナ様の服毒騒ぎの時、偶然現場に居合わせていましたから、ある程度の仕掛けは理解しているつもりです」
聖女の服毒の騒ぎがあったのは学園の中庭だった。
ローナ様とご友人が持ち寄った菓子の中に、毒が紛れ込んでいたのだ。
同じものを口にしたご友人は倒れられ、ローナ様は聖女の力でご無事だった。
誰が毒を混入させたのかはいまだ定かではないが……そこについては言及せずとも好いだろう。
「ああ……君は、薬学に精通しているものな」
マイルズ様は合点がいったように頷く。
私はそれに微笑みを返すのだった。
「レイラ様! ローナ様を虐めるのはおやめください!」
その日の放課後。
丁度いいタイミングで、私はローナ様とその取り巻きの方々に詰め寄られる。
ここは大勢の生徒が行き交う廊下だ。
多くの視線が私達に集まっていた。
「私……っ、レイラ様はマイルズ様の婚約者だから、マイルズ様のご迷惑にならない様にってずっと黙って来たけれど……っ、もう、限界なんです!」
わぁ! と泣き出すローナ様を私は冷めた目で見る。
何とも白々しい演技である。
「証拠はございますか?」
「目撃者が……」
「ローナ様のご友人以外に、でお願いしますね? でなければ口裏を合わせて如何様にも情報を操作できてしまうでしょうから」
私の言葉にローナ様方は黙ってしまう。
好都合だった。
「それから丁度良いのでお伺いしたいのですが……ローナ様貴女、本当に聖女様なのでしょうか?」
「な――ッ!」
「無礼ですよ!」
「無礼なのは男爵家のご令嬢が伯爵家の娘に向かってそのように声を荒げる事では?」
噛みついてきた取り巻きの一人にぴしゃりと言い放つ。
我が家は貧乏貴族ではあるが、それでも男爵家よりは上の立場だ。
私の言葉の圧を感じてか、彼女は開いていた口をはくはくと動かす事しか出来なくなる。
「と、話が脱線してしまったので戻しますが……ご存じですか?」
私はそういうと隠し持っていた二つの小瓶を取り出す。
「毒の影響を受けない、という事だけならば聖女以外にも可能だという事を」
その蓋を開けた時、独特の甘い香りが周囲に漂い……瞬間、ローナの顔色が変わった。
この香りに覚えがあったのだろう。取り巻きの数名も顔色を変える。
「例えばこちら。あまり知られてはいないし、実際に試すような者も少ないのですが……一つは北部で取れる毒を含んだ植物を煎じたもの、そしてもう一つは――その毒を中和させる植物を同様に加工したものです。このうち、中和剤を先に飲んでおいて」
そう言いながら私は小瓶の一つを呷る。
そしてすぐさまもう一つの瓶も口へと運んだ。
「そしてこちらの毒薬を飲む」
私がそれを口の中に流し込んだ途端、周囲がざわめく。
喉を通る際、僅かな熱を感じたが――それだけ。
息を潜める生徒達によって生まれた沈黙と共に数分が経っても、私の体に異変はおとずれなかった。
「ほら、どうって事はありません。ああ、偽物かどうかの真偽が気になるのであれば、小瓶をお渡ししましょう。微量ながら、内側に付着している水滴から成分を調べる事も可能でしょう」
「な、な……っ」
きっと、私の予感は正しかったのだろう。
ローナ様は言葉を失い小さく震えていた。
「ですからこのように少々細工をすれば誰だって、ローナ様のような『聖女』になれるのです。もし毒を用いて証明がしたいのであれば、きちんと医師や薬学の研究者などから知識を得て……このような対策が不可能な薬品を用いた方がよろしいでしょうね。まぁ……金輪際、ローナ様が毒を服してしまう事はないでしょうが」
私はあくまでローナ様が聖女とは言い切れない可能性を提示したまで。
あとはこれまでの彼女の行いなどを鑑みた上で――他の者が判断する事である。
とはいえ、結果は見えているようなものだった。
「それではご機嫌よう」
私は笑顔でその場を去るのだった。
「~~~っ、レイラ!!」
医務室の中で、私はマイルズ様から酷くお叱りを受けていた。
あの騒ぎにはマイルズ様もいたようで、私が立ち去ってすぐに彼は私に追い付き、簡単に抱えて医務室まで全力疾走をした。
医師の検査によって異常なしと判断されたものの……マイルズ様はかんかんであった。
「君……っ、自分が何をしたのか分かっているのか!?」
「い、いやっ、でもほら、ピンピンしてますし」
「一歩間違えれば危険だったろう! あまりに無鉄砲が過ぎる!」
「う……申し訳ありません。ただ、手っ取り早く事態を収束させるにはローナ様が聖女であるという前提を崩すのが手っ取り早く」
「それで君が体を張る事になるのならば、回り道を選択すべきだ!」
彼の声の大きさと気迫から言葉を失い、口を閉ざすと、マイルズ様の溜息が聞こえてくる。
「……君の無鉄砲さは昔からか。君の知識だけを信頼していた俺の落ち度も多少なりともあるのかもしれない」
その言い方だと、私は基本的に信用しない方が良い人間だと言っているものでは? という考えが過ったが、口を挟める空気ではない。
マイルズ様は頭をガシガシと掻いてから、私が腰かけていたベッドに並ぶように座る。
「わかった、君の監視を強めることにしよう」
「へ?」
何が分かったなのか。
目を丸くしていると、マイルズ様が満面の笑みを浮かべる。
圧が強く、非常に怖い。
「これまでは多少自由にさせていたが……今後は、君が同じ事を繰り返さないよう、徹底的に見張らせてもらうことにする」
『絶対に逃がさない』という確固たる意志を彼の顔に見た私は、その気迫に震えあがってしまうのだった。
***
後日。聖女と教皇の下には王宮から調査が入り、彼女達の虚言が明らかになった。
こうして二代目の『聖女』が存在しない事が証明され、私の悪評も撤回され、学園には平和が戻ったのだった。
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