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【頭脳戦×下剋上】『絶対階区(カースト)のリーガル・ハッカー』 ~無能な魔王と健気な女王、底辺からすべてを奪う~』  作者: 盤上廻


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第4話【雨宮礼奈】天堂璃王と言う男


 旧校舎の裏手。学園の最新鋭の監視カメラネットワークが物理的に届かない、通称『死角』と呼ばれるエリア。


 そこに、彼はいた。


 天堂璃王(てんどうりお)。黒い前髪の間から覗く、深みのあるセルリアンブルーの瞳。彼がそこに立っているだけで、この薄汚れた旧校舎の壁すらも高級ブランドの広告背景に見えてしまうほどの、暴力的なまでのイケメン。


 しかし、私の足は怒りでピタリと止まった。


 彼が対面していたのは、仕立ての良い二学年ブレザーを着崩した、明らかに上位階区の裕福そうな先輩だったからだ。


「本当にいいの、璃王くん? こんな大金」


 女子生徒が、頬を紅潮させながら自らの端末を操作している。天堂くんは、壁に背中を預け、気だるげにペパーミント味のガムを噛みながら、甘く、それでいてどこか退廃的な色気を帯びた声で囁いた。


「ごめんね、先輩。今月、ちょっとRが厳しくてさ。……僕、先輩のこと一番頼りにしてるから。今度の週末、先輩がずっと行きたがってたモールの高級フレンチ、エスコートするよ」


「う、うんっ。 私、璃王くんのためなら! はい、送金完了」


 ピロリンと無機質な電子音が鳴る。


 私は目眩がした。私たち第五階区の生徒はRを稼ぐために毎月一回の配給と厳しい労働を他の上位階区生から請け負っているのに。天堂くんはまるで息を吐くように、お金を女性から巻き上げている。


「ありがとう。じゃあ、また連絡するね。……あ、他の子には内緒だよ? 僕と先輩だけの秘密」


 天堂くんがウインクを一つ投げると、先輩は完全に骨抜きにされたような足取りで、フラフラと去っていった。


 彼女の姿が見えなくなった瞬間、天堂くんはフッと瞳を冷たく細め、口の中のガムをパチンと鳴らした。


「……ちょろ。小難しい教科書は読めるくせに、『自分はイケメンに特別扱いされてる』っていう安っぽい錯覚には、一秒も抵抗できない。エリートさんの脳内ドーパミン回路、単純すぎて欠伸が出るな」


 天堂くんは端末を操作し、今受け取ったばかりのお金を、見つめた。


「ちょっと、天堂くん!」


 私は我慢できず、物陰から飛び出した。


 天堂くんは少しだけ目を丸くしたが、すぐにいつもの「気だるげなイケメン」の仮面を被り直した。


「あ、リーダーの雨宮。こんな所で何してんの?  便所掃除の当番?」


「クラスが第三階区から覇権闘争を吹っかけられて存亡の危機に、貴方はこんな所で何やってるの!」


 私は彼に詰め寄り、その胸ぐらを掴みかからんばかりの勢いで叫んだ。


「さっきの先輩、あんな甘い言葉で騙して、お金を送金させるなんて、ただの寄生虫(ヒモ)じゃない! 恥ずかしくないの?」


「んー、寄生虫って人聞き悪いな。ちゃんと訂正してよ、『パパ活』改め『ヒモ活』だよ」

 天堂くんは全く悪びれる様子もなく、肩をすくめた。


「彼女が『僕のこの顔面に課金したい』って言うから、需要と供給を満たしただけ。双方の合意に基づく、立派な経済活動じゃん。暴力も恐喝も使ってないし、超合法だよ?」


「屁理屈言わないで! そんなの、ただの詐欺と同じじゃない! 」


「大丈夫だって。双方の合意に基づいて貰ってるんだから」


 そう言って笑う彼の態度が、私にはたまらなく腹立たしかった。


「真面目だねぇ、雨宮は」


 天堂くんは私を見下ろし、呆れたようにため息をついた。


「なんでもかんでも真正面から受け止めて、自分が損してばっかりで。……コスパ悪い生き方だね。そんな『お人好し』やっていたら、この学園じゃ底辺の泥をすする前に、骨までエリート共にしゃぶられて終わるよ」


 ――『コスパが悪い』。

 ――『お人好し』。


 その言葉が、私の頭の中で鋭い棘となって突き刺さった。


 プチッ、と。私の中で、何かが弾ける音がした。


「……コスパが悪いから、何よ」


 気づけば、私は両拳を強く握りしめ、彼を真っ直ぐに睨みつけていた。


「私のお母さんもね、貴方が言う『コスパの悪い、バカみたいにお人好しな人』だった」


 天堂くんが、わずかに眉を動かす。私は感情の堰を切ったように、口を開いた。


「他人の借金の連帯保証人になって、騙されて。自分の靴はすり減ってボロボロなのに、子供のために土下座して、自分のご飯を抜いてまで私と妹を育ててくれた」


 思い出すのは、ひび割れてタコだらけだった、温かいお母さんの手のひら。


「周りの大人たちからは、『底辺の負け犬』『馬鹿だから搾取されるんだ』『同情する価値もない』って笑われて……結局、過労でボロボロになって死んだ」


 視界が滲む。けれど、絶対に泣くものかと奥歯を噛み締めた。


「……でもね、私はお母さんをバカだなんて絶対に思わない。 誰かのために泥を被れる優しさが『無能』だなんて、そんな世界の方が間違ってる!」


 息を切らしながら、私は天堂くんの胸の中心を指差した。


「だから私は、お母さんの生き方が間違ってなかったって証明するために、自分が盾になって、泥を被ってでも、誰も見捨てずにこの理不尽な学園で生き残ってみせる。そして妹の為に上位階区を目指す」


「へぇ、殊勝な心掛けだね」


「貴方みたいに、他人に寄生してヘラヘラ笑って、安全圏からルールを冷笑してるだけの人間には、一生分からないでしょうけどね!」


 言い切った。静寂が降りた。湿った風が、私たちの間を吹き抜ける。


 天堂くんは、私の悲痛な叫びを聞いて――ただ、ペパーミントのガムをクチャリと噛んだ。


「……あっそう」


 その顔には、一切の感情が浮かんでいなかった。同情も、反省も、嘲笑すらもない。ただ、道端の小石を見るような、ひどく冷たくて退屈そうな眼差し。


「お涙頂戴だね。でもさ、雨宮」


 天堂くんは私の肩をポンと軽く叩き、すれ違いざまに耳元で囁いた。


「『優しさ』なんて、この学園じゃ1(ミリ)の価値にもならない、ただの欠陥だよ。まぁ、立派なリーダーの雨宮ちゃん、せいぜい皆のために『都合の良い盾』になって頑張ってね。あー、腹減った。僕、昼寝するから階区の集会はサボるわ」


 彼はひらひらと手を振りながら、だらしない足取りで旧校舎の裏手へと消えていった。


「……っ、最低!」


 私は彼に向けて思い切り叫んだが、その背中が振り返ることはなかった。悔しさと無力感で、胃の痛みがさらに増す。


 あんな人間のクズに期待した私が馬鹿だった。


 やっぱり、私一人でやるしかないんだ。私がいなきゃ、あの不器用なクラスメイトたちは、第三階区のエリートたちに骨の髄まで搾取されてしまうのだから。


 私は涙を制服の袖で乱暴に拭い、みんなが待つ地下教室へと引き返した。




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