第3話【雨宮礼奈】階区内騒動
この『覇権闘争』申請のアナウンスが途切れた瞬間、カビ臭い地下教室は、水を打ったような静寂に包まれた。
しかし、それはほんの数秒のこと。
すぐに、悲鳴にも似た怒号とパニックが巻き起こった。
「ふ、ふざけんな! 第三階区って、あの『武断派』だろ。 暴力が禁止されてるのをいいことに、合法スレスレの決闘ルールを通しまくってるヤクザの集まりじゃないか!」
第五階区の摩擦係である田中秀馬くんが文句を全教室に響かせる。
「戦ったらボコボコにされるし、かといって覇権闘争をしなければこの極貧生活は続く。雨宮、どうすんだよ!」
その田中くんの友人である第五階区のスケベ拡声器の工藤英司くんは具体策もなしに私に責任を丸投げする。
「雨宮! お前リーダーだろ、なんとかしろよ!」
「私は嫌だよ! 覇権闘争なんて、第三階区の連中に殴られるのは嫌だ」
「うんうん! 芽衣ちゃんの言う通りだよ。でも、この生活も辞めたいな……」
クラスメイトたちの血走った視線が、一斉に私へと突き刺さる。
無理もない。
彼らにとって、Rを奪われることは、文字通り「餓死」に直結する。コミュ障のアニオタも、私の友人である千夏も、象徴の一色唯ちゃんも、みんなガタガタと震えていた。
私は、膝にギュッと力を込め、教卓の前に立った。
「み、みんな落ち着いて。まだ申請が受理されただけで、私は覇権闘争を行う許可はしてない。もし仮に戦うとしても。私が、私たちのなけなしの『100A』を使って、パッチを……」
「バカ言え、1A使えば、来月のクラスの予算が1万R減るんだぞ! 勝てるかも分からないのに、Aを使い切ったら、結局俺たちは飢え死にするんだよ。 お前は俺たちに死ねって言うのか!」
田中くんに痛いところを突かれ、私は言葉に詰まった。それが、統治権力と月間配当リソースが等価交換で直結しているこの学園の、最も悪辣な『為政者のジレンマ』だ。
防衛費に予算を回せば、国民の社会保障が死ぬ。
大砲かバターか。軍備と国民の生活水準のどちらを優先するかという究極の選択。
どうすればいい? 私の頭脳で、あのインテリヤクザと呼ばれる第三階区リーダー・切島悠河に対抗できるパッチなんて、組めるはずがないのに。
逃げ出したい。でも、私が逃げたら、この不器用な子たちは完全に搾取されて終わってしまう。その時、私はクラスの人数が一人足りないことに気づいた。
「……あれ? 天堂くんは」
私は教室の最後列、いつも彼が突っ伏して寝ているはずのパイプ椅子に視線を移したが、空っぽだった。
「あいつなら、アナウンスが鳴る直前に『便所』って言って出てったぞ。どうせビビってどっかに隠れてんだろ。顔が無駄に良いだけで、マジで使えねえ無能だからな」
工藤くんが吐き捨てるように言う。
私は小さく舌打ちをした。第五階区が存亡の危機に瀕しているというのに、いくらやる気がないからって逃げ出すなんて。リーダーとして、連れ戻さなければ。
「ちょっと探してくる。みんなはここで、勝手な行動はしないで待ってて」
私は制止の声を振り切り、薄暗い旧校舎の廊下へと飛び出した。




