第23話【切島悠河】ブラインドの看破②
「じゃあ……吸収が無理だとして。パターンB、俺たちのポイントがそのまま『マイナス』に反転する、自爆テロみたいな反則ルールだったらどうですか?」
「……マイナス反転、か」
俺は一瞬だけ目を細め、グラスの氷をカラリと鳴らした。
確かに、出力のマイナス反転であれば、コスト査定のロジックをギリギリすり抜けられる可能性はゼロではない。
だが、その仮説も、俺が構築した盤面の前提によってコンマ数秒で粉砕された。
「帯島、どうやってその罠を成立させるか、お前は前提を見失っているぞ」
「え?」
「いいか? 一つ目の黒塗りの条件は【0名配置】だぞ。もし奴らが0名で逃亡し、その結果として俺たちのスコアが『マイナス』になったとして、奴らに何のメリットがある?」
「えっと……」
「俺が通したルールを思い出せ。『0名配置をした階区は、無条件でその特区を不戦敗とする』だ。つまり、奴らが0名で逃げた時点で、俺たちのスコアがマイナス1万点になろうが、システム上は俺たちの勝利で確定する」
「あ……! そ、そうか。0名で逃げた時点で、ポイントがどうなろうと勝敗は覆らないんだ!」
「そうだ。自分が不戦敗になる特区で、相手のスコアをマイナスにする。そんな無価値な嫌がらせのために、雨宮は『コロッセオ配置者全員の退学』という極大リスクを担保に乗せたのか? 割に合わない」
俺は、口角を吊り上げた。
「さらに言えば、罠を発動させるには奴らがコロッセオに残り、俺たちの攻撃を誘発しなければならない。だが、奴らは『サボタージュ』を押せない。俺の敗者賠償法によって、全財産の半分を没収されるからだ……金も払えず、反撃もできない貧困層のゴミ共が、ただ殴られるだけのサンドバッグになるために、わざわざ戦場へ赴くと思うか?」
「い、いや、絶対に逃げますね。あいつらのメンタルじゃ、一秒も持ちませんよ」
「だろ? R没収からも、物理的恐怖からも、奴らは絶対に特区には立てない……つまり、どう足掻いても奴らの行動は『0名で逃げる』ことに固定されており、マイナス反転の罠を『維持』することは不可能なのだ」
全ては、美しく繋がっている。
「だからこそ、この伏せ字の正体は、消去法でただ1つの論理的帰結に行き着く」
「それじゃあ、黒塗りの正体は……」
「その0名配置を利用して、雨宮は何を引き起こそうとしている? 当然、こちらの数値を無力化することだ」
二つ目の黒塗りの効果は、論理的帰結として【数値の無効化】だ。
わざわざ『象徴』という単語を特例に組み込んでいる時点で、狙いは明白。
つまりこの法案は、処刑姫――八神燐花の圧倒的な暴力とパラメーターを削ぐためだけに作られた、ピンポイントのメタ法案だ。
「雨宮の狙いはこうだ。俺たちの最強の矛である燐花を、あいつらが勝ちを狙いたい本命の特区、おそらく技術を競うアジトあたりかに誘い込む。そしてそこに、第五階区は『0名配置』をぶつける。条件が満たされ、パッチが発動し……後半の黒塗りである『数値の無効化』が適用される。結果、燐花のステータスが叩き出した暴力的な数値は全てシステム上で0点に書き換えられ、完全に空振りさせられる、という寸法だ」
俺が自らの推理に絶対の確信を持ったその時部下の帯島が口を開く。
「切島さん。一応聞きますけど、敵のパッチに対して、俺たちは無効化しなくていいんですか? やっぱり不気味ですよ」
「必要ない」
即答した。無知な部下に、経済の基礎を説いてやる。
「カウンターパッチを打つには、相手の消費した90Aの倍……『180A』が必要だ。現在、俺たち手持ちは、第三階区の初期の300Aから既に日常生活における法案で50Aを使い『250A』だ。この覇権闘争で50Aを使う。そこから180Aを払えば、残高はたったの『20A』になる」
「つまり、20万R……俺たち全員で分割したら、一人数千R!? プロテインも買えないですよ!」
「そうだ。さらに万が一、いやないと考えるが、不測の事故で覇権闘争に敗北した場合、ペナルティで『マイナス25Aから50A』を引かれる。残高が0Aになればどうなるか分かるか?」
帯島は一瞬の沈黙の後、小さく息を呑む。
「階区は完全に破産します。俺ら全員、他の階区で便所掃除や奴隷労働をして日銭を稼ぐことになります」
「そんな絶対的な破滅リスクを背負ってまで、敵の空振りが確定している罠に対抗する経営者がどこにいる? 放置が最も経済的で、最も理にかなっている」
俺はネクタイを締め直し、傲慢な笑みを浮かべた。
「な、なるほど! 流石です、切島さん」
帯島は同調するように力強く頷き、目を輝かせた。
「リーダーが俺でなければ、この階区は勝てない、そうだろ?」
「本当ですよ。切島さんがいなきゃ、脳筋集団であるこの階区は終わります」
部下の感嘆の声に、俺はニヤリと口角を上げる。
確証バイアス? 違う。
これは、情報を正確に分析した結果導き出された真理だ。
第五階区はRを奪われることを何よりも恐れている。だから逃げる。
第五階区のステータスは全てにおいて底辺だ。だから真正面からは勝てない。
その絶対的な事実がある限り、俺の数式が崩れることは、あり得ない。
「帯島、明日の配置を最終決定する。俺は燐花を、奴らの本命から外し、奴らが暴力の恐怖から絶対に『0名配置』で逃げるはずのコロッセオにあえて隔離する」
俺の指先が、シミュレーター上で八神燐花のアイコンをコロッセオ特区へとスライドさせる。
「もし奴らが俺の予測通り、コロッセオに『0名配置』をして逃げた場合どうなる。敵のパッチが発動し、燐花のスコアは『0点』にされるだろう。だが、俺のパッチは『0名配置をした階区は、無条件でその特区を敵の制圧とする』だ。奴らが0名で逃げた時点で、スコアが0点だろうがマイナスだろうが関係ない。不戦勝になり、俺たち第三階区の制圧で確定する」
自らのルール解釈の美しさに、思わず背筋が震える。
「万が一、奴ら敗北による雨宮の『退学』を恐れて、『コロッセオ』に人数を置いて向かってきた場合はどうなる? 簡単なことだ。条件である『0名』が満たされず、敵の黒塗りパッチは不発に終わる。『実戦格闘』のルールに従い、燐花が、出てきたゴミ共を物理的にミンチにするだけだ」
ハハハ、と。腹の底から笑いが込み上げてくる。
相手が0名で逃げようが、人数を置いて向かってこようが、我々が確実に制圧できる。これこそが、一切の矛盾を持たない論理の城塞。
そして何より、この配置ならあいつの機嫌も損ねずに済む。
俺は、ラウンジの奥で退屈そうに空き瓶を弄っている八神燐花を横目で見た。
「燐花。お前が暴れる場所が決まったぞ。明日はコロッセオだ」
「あー? やっと決まったのかよ。で、アタシは何人ミンチにできるんだ?」
「さあな。相手が逃げて誰もいなければ、お前はただ立っているだけで不戦勝だ。もし相手が出てくれば、好きに暴れろ」
「ふーん。小難しい理屈はどうでもいいよ。退屈しのぎくらいにはなるといいけど」
燐花が獰猛な笑みを浮かべながら、八重歯を剥き出しにする。
よし、これで最強の矛のコントロールは完璧だ。
俺はタブレット上で、最終的な30名の『配置』を確定させていく。
「最重要特区である『コロッセオ』には、燐花と帯島、逃げる敵を安全に刈り取るための武断派8名を置く。これで10名だ。ここは絶対に落とさない防壁となる」
「分かりました、燐花の姉さんと頑張ります」
そして、続けて自陣の30名というリソースを、一切の無駄なく最も合理的に割り振る。
「もう一つの実戦格闘特区である『アビス』には、俺と白石和人、そして残りの階区生を含めて10名。相手が無抵抗でやり過ごそうとしても、俺の指示通り『放置して筋肉に力を入れる』だけで不戦勝できる安全地帯だ」
「そして、最後の本命である『アジト』。ここには技術特化を10名置く」
以前『奴』から確認した通り、第五階区の連中は、全てのCESが致命的に低いゴミの集まりだ。底辺共に負けるはずがない。
第三階区の10名が弾き出す技術スコアの合計は、底辺どもが上限の15名で束になってかかってきても、確実に押し切れるだけの数字を持っている。
「残るアカデミアとサロンは、俺自身が通したパッチを利用し『0名配置』で切り捨てる。これでピッタリ30名。完璧な布陣だ」
「俺たち第三階区は知力のステータスが低いですからね」
「あぁ、だからこそアカデミアはパッチを安くする為だけに捨てたのだ」
シミュレーター上に表示された【10】【10】【10】【0】【0】という美しい数字の並びに、俺は深い満足感を覚えた。
ふと、思考の端に、2日前、第五階区の『死角』で見かけた男子生徒の顔が浮かぶ。
天堂璃王とかいう、無駄に顔が良いだけで、上級生の女に甘い言葉を囁いてヒモ行為にうつつを抜かしているクズ。
覇権闘争のルールも理解できず、真っ先にサボタージュして逃げ出すような無能を抱えている時点で、組織としてのレベルが知れている。
俺の敵はあくまで、雨宮の浅知恵だけだ。
「雨宮礼奈。お前は、自分の命を燃やして見えない爆弾を投げたつもりだろうが……お前のその感情的な自爆テロは、俺の論理の城壁の前に、傷一つ付けることなく霧散する」
俺は、グラスに残った炭酸水を一気に飲み干した。
《第三階区の配置設定をロックしました。これ以降の変更は不可能です》
盤面は、完全に俺の支配下にある。
明日の決戦。第五階区の貧民どもに、絶対的な知能と経済の格差、そして暴力を教えてやろう。
俺は、勝利を疑わない傲慢な笑みを浮かべ、ラウンジの照明を落とした。
――そして訪れる、第五階区の決戦前の日常とメンバーの配置決定
盤上廻です。
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