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【頭脳戦×下剋上】『絶対階区(カースト)のリーガル・ハッカー』 ~無能な魔王と健気な女王、底辺からすべてを奪う~』  作者: 盤上廻


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第15話【雨宮礼奈】決意と徴収

 胃の奥が、雑巾のようにギリギリと力任せに絞り上げられるような痛みを放っていた。


 第一回覇権闘争の決戦前日、午前8時30分。


 私たち第五階区に与えられたカビ臭い地下教室は、まるで死刑執行の朝を迎えたような、ひどく重く、淀んだ空気に支配されていた。


 チカチカと不快な点滅を繰り返す寿命寸前の蛍光灯の下で、登校してきたクラスメイトたちの顔には、全員が色濃い疲労と絶望がへばり付いている。


 無理もない。


 昨日、第三階区の切島くんが、莫大なコストを使って特任教務委員会に通した悪魔のような追加ルールは、底辺を這いずる私たちから一切の逃げ場を完全に奪い去っていた。


「……なぁ、俺たち、本当に明日の特区でヤクザみたいな連中に合法的に殴られなきゃいけないのか?」


 工藤くんが、机に突っ伏したまま、生気のない虚ろな声で呟いた。


「あんたさぁ、嫌なら端末で『サボタージュ』を選んで降参すればいいじゃん、私も痛いのは絶対に嫌だし」


 女子グループリーダー格の天野さんが、ネイルを震える指で弄りながら返す。


「あの切島が通した『敗者賠償法』を忘れたのか? 降参して逃げたら、ペナルティで持ってる全財産の半分を奴らに没収されるんだぞ」


 工藤くんが、爪を噛みながら吐き捨てるように言った。


「昨日も言ったが、俺の口座、今月を生き延びるRしか残ってねぇんだよ。半分取られたら、来週には特売のコッペパンすら買えなくなる。……殴られて骨を折られるか、全財産を半分奪われて餓死するか。どっちを選んでも地獄だ。クソ。退学前に女の子とイチャイチャしたかったな」


 窃盗未遂の罠にハメられ、この絶望的な覇権闘争の引き金となってしまった浅原くんは、自分の頭を抱え込んで「俺のせいだ、ごめん、マジでごめん……っ」とガタガタ震え続けている。


 昨日の夕方は少しだけでも、一致団結したと思えた。


 しかし、1日経過して冷静になってみた結果、みんなの恐怖と被害者意識が、逃げ場を失ってドロドロと教室の冷たい床に溜まっていく。


 当然その矛先は再度、受諾ボタンを押したリーダーである私へと向かい始めていた。


「ねぇ、雨宮さん。どうすんの? 結局、私たちに勝ち目なんてゼロじゃん」


 天野さんは苛立ちを隠そうともせずに私を睨みつける。


「私たちのなけなしの『A』を使って、今日中に対抗パッチを早く申請してよ。 あのクソみたいな実戦格闘ルールを無効化してくれないと、マジで私たち終わりなんだけど」


「でも、対抗パッチに100Aを全部使ったら、来月のクラスの予算がなくなる。そしたら来月全員が飢え死にするじゃないか!」


 田中くんが天野さんに食ってかかる。


「じゃあ今、全財産の半分をむしり取られるのを黙って受け入れろって言うの?」


 再び始まる怒号と非難の応酬。怖い。私の手足が、震えてる


 私は、教卓の陰で両手を強く握りしめた。爪が手のひらに食い込み、微かな痛みが意識を現実へと繋ぎ止める。


 昨夜、あの最低で最悪な詐欺師――天堂璃王から提示された『ゼロ円防衛』のロジック。『敵が金を人質にするなら、全員の口座残高を一時的に退避させて0Rにすればいい。システム上、存在しない金は没収できない』。


 それは、確実にこのクラスを救う作戦だった。


 しかし同時に、彼らに「20%」のピンハネと「1ミリでも動いたら100万Rの違約金で退学」という悪魔の契約にサインさせる、詐欺師への共犯行為でもある。


 クラスのみんなにサインさせるということは、私が彼らを騙し、なけなしの財産の2割を奪い、重い約束で、みんなの自由を縛り付ける片棒を担ぐということだ。


 お母さん。……お母さんは、こんなこと絶対にしなかったよね。


 誰かを騙すくらいなら、自分が傷つくことを選んだ、馬鹿みたいに優しくて、不器用だったお母さん。


 でも、その綺麗な優しさだけじゃ、この冷酷な学園のルールからは誰も守れない。


 ドンッ!!


 私は深く、冷たい空気を肺の奥まで吸い込み、両手で思い切り教卓を叩いた。


 その鋭く鈍い音に、うつむき、あるいは怒鳴り合っていた階区生の視線が、ビクッと跳ね上がり、一斉に私へと向けられた。


「みんな、聞いて!」


 私は、震える声を必死に腹の底から絞り出し、クラスの全員を真っ直ぐに見据えた。


「泣き言を言っても始まらない! 確かに、第三階区のルールは理不尽だよ。でも、私は絶対にみんなを食いっぱぐれさせない。だから……」


 私は自分のホログラム端末を操作して、空中に巨大なディスプレイを展開した。


「私たちは手持ちの『100A』を全額使って、切島くんのルールを根底からひっくり返す『対抗パッチ』を通す!」


「雨宮、バカ言え! だからそれをやったら来月のメシ代が……!」


「これを見て!」


 田中くんの怒号を遮り、私はホログラムの画面をクラス全員に見せつけた。


そこに表示されていたのは、天堂くんから私のアカウントへ密かに送金された、圧倒的な数字。


《雨宮礼奈・個人口座残高 101万200R》


 教室の空気が、ピタリと止まった。


 誰もが目を丸くし、口を半開きにして、宙に浮かぶ「100万R」という数字を凝視している。


「ひゃく、まん……?」


「嘘だろ、おい……。俺たち第五階区の一ヶ月の総予算と、同じ額?」


「雨宮……お前、この金、どうしたんだよ!」


 工藤くんが血の気を引かせ、口元を手で覆う。


「お、お前……俺たちのために、上位階区のヤバい男連中相手に、その……お前の比較的豊かな、か、身体を売る様な仕事でもしたんじゃねえだろうな……?」


 さらに彼は、私の胸元から太ももにかけてをジロジロと見て、謎の涙を流し始めた。


「あああっ! 俺たちのリーダーが、その発育のいいボディを犠牲にしてまで……! 許してくれ雨宮ァッ! 俺たちが不甲斐ないばかりにぃっ!」


「な、そんな訳ないでしょ! このドスケベ!」


 ち、違うよ! これ、教室の後ろでいつも寝てる天堂くんが、金持ちの先輩たちから甘い言葉で巻き上げてきた『ヒモ活』の金を送金して貰っただけだよ!

あんな、女の人に「残業だよ」とか言って貢がせたお金だなんて、とてもじゃないけど言えない。


 喉まで出かかった真実を、私は必死に飲み込んだ。


 私は羞恥でプルプルと震える膝をどうにか誤魔化し、口を開いた。


「身体ではないよ……手段は、聞かないで。私が、リーダーとしてなんとか調達してきたの。だから、来月の予算が削られても、このお金でみんなの生活費は保証する。絶対に餓死なんてさせない」


 ざわっ、と教室がどよめいた。


 「マジかよ……」「雨宮、お前俺たちのためにそこまで……っ」「雨宮さん、やる!」という安堵と、私に対する畏怖と称賛の声が漏れ始める。


 その光景の背後で――当の資金提供者である天堂くんは、頬杖をしながらこちらをニヤニヤと見ていた。


 私はその空気を引き締めるように、さらに言葉を続けた。


「でも、これだけじゃ明日の決戦は乗り切れない。もし明日、私たちがサボタージュを選んで逃げれば、『敗者賠償法』によって、誰かしらの個人口座に持っている全財産の半分がシステムに奪われてしまう」


 私がそう言うと、みんなの顔に再び恐怖の色が戻った。


「そうだよ、そこなんだよ! 来月のメシ代が保証されても、今の手持ちを半分取られたら……」


「だから、その防衛策も用意した。みんな、自分の端末を見て」


 私が一斉送信のボタンを押すと、クラス全員のタブレット端末がピロンと鳴り、1つのアプリケーションが配信された。


 画面いっぱいに表示される、安心感を与えるような鮮やかな緑色の巨大な契約ボタン。


 タイトルは――《R防衛・完全保護プログラム》


「なに、これ……」


 千夏が怪訝そうな顔でタブレットをタップする。


「切島くんのルールは、『サボタージュした者の口座からRを半分強制徴収する』というもの。特任教務委員会のAIは、ルールを機械的に執行するだけなの。……だったら、明日の決戦が始まる前に、みんなの口座残高を一時的に『0R』にしちゃえばいいの」


「ゼロにする……?」


「そう。無い袖は振れない。システム上、存在しないお金は没収のしようがない。だから、みんなが今持っているお金を、一時的に『安全な口座』へ全額送金して退避するのよ」


 私の説明に、木下くんが「なるほどでござるな!」と分厚い眼鏡を光らせた。


「つまり、奪われるものがない『無敵の人』になれば、敵がどれだけ威嚇してきても、経済的恐怖を感じることなく堂々とサボタージュを選んで、暴力を回避できるというわけでござるな!」


「その通りだよ、木下くん!」


 しかし、底辺で搾取され続けてきた彼らは、疑り深かった。


「で、でもさ。 その預け先って誰なの? もしそいつが私たちの全財産を持ち逃げしたらどうすんのよ」


 天野さんが、鋭い声で追及する。


「預け先は、私たちのクラスで最も安全な人間……象徴である、唯ちゃんの口座だよ」


「ふぇっ? わ、私ですか!」


 教室の最前列で、突然名前を呼ばれた唯ちゃんが、持っていた教科書をバサバサと床に落としながら素っ頓狂な声を上げた。


「唯ちゃんはスポンサーの令嬢だから、そう簡単には退学処分にならない。彼女を退学させることは、学園が出資者の顔に泥を塗ることになる。だから、『退学』だけは絶対に選べないようになっているの。金庫番として、これ以上ない無敵の防壁だと私は思うよ」


 これは昨夜、天堂くんから吹き込まれた内容の受け売りだったけど、このくらい端的の方が説得力は十分だと思う。


「それに明日の決戦で、唯ちゃんはルール上争いが起きない安全なサロン特区に配置して隔離するから、敵に端末を操作される危険もない。闘争が無事に終わったら、みんなの口座へ返金される仕組みになってる。みんなは唯ちゃんがお金を持ち逃げするような悪党に見える?」


 私の問いかけに、クラスメイトたちは一斉に唯ちゃんを見た。


 唯ちゃんは「あわわ……」と慌てて教科書を拾おうとし、自分の足に躓いて、見事に教卓の角に頭をぶつけて「あいたっ!」と蹲っていた。


「……いや、悪党っていうか、ただのアホだな」


「持ち逃げしようとしても、五歩くらい走って転びそう」


「唯ちゃんなら、まあ……信用できるね」


 クラスの空気が、わずかに弛緩する。


でも、まだだ。彼らの指は、画面の中央で安心感を与えるように発光する緑の【同意する】ボタンの上で止まっている。


 昨日、天堂くんが言っていた通りだ。


 私たち底辺にとって「他人の口座に全財産を移す」という行為は、心臓を差し出すのと同じくらい恐ろしいことなのだ。


 「本当に大丈夫か?」「自分が最初にやって、何か罠があったらどうしよう」という疑心暗鬼が、教室に渦巻いている。


 そして結局、この画面の遥か下、スクロールしなければ絶対に見えない背景の白と同化した薄グレーの極小文字で、天堂くんが仕組んだ恐ろしい罰則に巻き込まれる。


 ごめんなさい、ごめんなさい。


 でも、これを押してもらわないと、みんなが殴られるか、むしり取られる。


 私が教卓の裏で冷や汗を流しながら、これ以上どう説得すればいいかと祈るような思いでいた。


 その時だった。



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