第12話【雨宮礼奈】不器用な階区生達
胃が、胃が痛い。
夕方の食事時間。地下教室の隅に作られた、薄暗い食事スペース。
普段なら少しでも大きなおかずを巡って、皆んなで騒がしくも楽しい争いが起きるはずの場所でも、今日ばかりは全員が無言だった。
いつもの特売の塩コッペパンと、わずかな塩気しかないもやしのスープ。
「……礼奈。ご飯、食べないの?」
隣に座っていた千夏が、心配そうに私の顔を覗き込んできた。私のトレイの上のコッペパンは、一口も手つかずのままだ。
「……ごめん。ちょっと食欲がなくて」
嘘だった。
胃液が胃壁を焼くような激しい飢餓感に、視界がぐらりと歪む。それでも、手の中の乾いたパンを飲み込むことができなかった。
リーダーという立場は、生き延びるためのひとかけらのパンすら腹に入れることを許さない重圧と言う名の呪いだった。
「お、俺のせいだ……俺が、あいつらの罠に引っかかって、端末なんか盗もうとしたから」
少し離れた席で、窃盗未遂の罠にハメられた浅原くんが、もやしのスープにポロポロと涙をこぼしながら呟いた。
プレッシャーに弱い彼は、極度の罪悪感に押し潰されそうになっている。
「ごめん、本当にごめんよみんな……! 俺が退学になって責任取るから。みんなの金だけは守ってくれ!」
「……浅原殿」
不意に、彼に向かって、もそもそとした声が掛けられた。
分厚い瓶底眼鏡をかけたアニオタの木下くんだ。
彼は、浅原くんの顔を直視せず、明後日の方向を見ながら、自分のトレイに乗っていたコッペパンの半分を、そっと浅原くんのトレイに移した。
「拙者、アニメグッズの予約でかなりRを使ってしまったのでござるが……来月のメシ代が削られても、あと500Rくらいなら、浅原殿や雨宮殿に貸せるでござるよ。だから、その、あまり思い詰めないでほしいでござる」
「木下……」
「ふぇぇ! みんな、暗い顔しちゃダメですぅ! 私が持ってきたクッキーでも食べて、元気を出して……きゃあっ!?」
そこへ、第五階区の『象徴』である一色唯ちゃんが、クッキーの乗ったお盆を持って歩み寄ろうとし――何もない平坦な床で、見事にすっ転んだ。
宙を舞うクッキー。それが、あろうことか近くで天井を見ていたダボダボのパーカーを着た、省エネダウナーの九条拓人くんの顔面にクリーンヒットする。
「あ、あうぅ……ごめんなさい、私、またやっちゃいました……っ」
顔面に落ちたクッキーを手に取り、無言で口に入れる九条くんと涙目でクッキーを拾い集める唯ちゃんを見て、木下くんも、浅原くんも、他のクラスメイトたちも、思わず毒気を抜かれたように苦笑いをした。
「……ったく。しゃーねーな、唯ちゃんは」
工藤くんが唯ちゃんが落としたクッキーを一緒に拾ってそのまま、口の中に入れる。
「ん、唯ちゃんのクッキー以外と美味いな」
昼間はあんなに怒鳴り散らしていた摩擦係の田中くんも、「まあ、腹減ってたら戦えねーよな」と、浅原くんの背中を不器用に叩いている。
私は、その光景を見て、目頭が熱くなるのを抑えきれなかった。
コミュ障で、手癖が悪くて、頭が悪くて、社会不適合な仲間たち。
平均点で人間を測るエリートたちが見れば、彼らはただの廃棄物かもしれない。でも、不器用だけど、こんなにも温かい心を持っている。
自分が飢えるかもしれないのに、私や浅原くんに手を差し伸べようとしてくれる。
お母さんが守りたかったのは、こういう不器用な優しさなんだ。
この温かい居場所を、絶対にあのインテリヤクザになんか壊させない。お母さんが私と妹を守ってくれたように、今度は私が、リーダーとしてみんなの盾にならなきゃいけないんだ。
私は、零れ落ちそうになる涙を堪え、立ち上がった。
「……ごちそうさまでした。私、ちょっと教室で、明日の対策を練ってくるね」
私は精一杯の作り笑いを浮かべて、足早に食事スペースを後にした。




