3・拙い眠り
トウヤの和服は普段から着慣れたもののようだった。
だったらこのまま寝ても平気かな。布団に入るようにうながした。
『夜に寝る時は楽な服に着替えた方が良いけど、これは昼寝というか朝寝だからね。そのまま寝ちゃいなー』
「はい」
重たく深い眠気が頭をおおっているはずなのに、トウヤはなかなか眠りに落ちていかなかった。
障子のむこうからうっすらとさしこむ太陽が、部屋をほの明るくしているからだろうか。
鳥の鳴き声や村の人々の暮らしの音が、夢から現実へと引き戻すのだろうか。
それとも……至近距離に私の鼻面があるせいだろうか……。
『どっかいってようか? 離れてた方が良いよね?』
「……ここにいて、ほしいです」
今にも息絶えそうな病人みたいなか細い声で、そうお願いされた。
「眠い、という感覚は……とても恐ろしいものですね。深い穴に……落ちて、二度と戻れなくなるような気がして……怖い」
私は、犬仲間のヒマワリが前に口にした言葉を思い出していた。
ヒマワリはおっとりした犬だ。飼い主夫婦とその三人の子どもたちといっしょに楽しく暮らしている。大人たちもくつろいでいる穏やかな空気のリビングで、ゆりかごの中で眠る赤ちゃんを見守るのが好きだと言っていた。人間の子どもの未熟さと成長ぶりもヒマワリはよく観察していて、特に産まれてから数ヶ月もしない赤ちゃんは、眠るのさえままならずに泣いちゃうのだと、ほほ笑ましそうに話してくれたっけ。
『眠りに落ちる感覚が怖いんだね。大丈夫だよ』
本当に歪な青年だ。
霊力を利用されてただけじゃなく、人が生きるために覚えていくことをおぼえていく機会も与えられなかったんだろうな。
トウヤがほんの小さな子どもだったら、ほかの人間たちも失敗を大目に見たり、一から礼儀や生活の知恵を教えてくれる人もいたかもしれない。
だけどトウヤはもう人間社会で大人扱いされる年齢になってるみたいだ。だからたぶん、困っているトウヤに積極的に手を差し伸べてくれる親切な人はそうそういない。
このふわふわと浮世離れした青年が、地に足をつけて生きていけるまで。
それまでは、私が守り導こう。
ヒマワリはこんなことも話していた。ちょっと大きくなった子どもが、昼寝の時にヒマワリを呼んで抱き枕にしたりするらしい。
『ねぇ、犬は好き?』
睡魔に抗うトロリとした目が、ゆっくりとこっちを見た。
「犬は……これまで言葉でしか、しらなくて……。低級な動物という印象が、なんとなくあるだけでしたが……」
……犬を使った言葉って悪いイメージのものが多いからね。
負け犬の遠吠え、犬死に、とか。
植物なんかでも、人間にとって役に立たないものに何かとイヌって名づけてるし。
イヌサフラン、イヌビワ、とかね。
「モナカさんみたいな、存在のことだったのなら……きっと我らは、犬が好きです」
『よし。私も大好き』
布団の中に霊体を滑りこませる。
『良いことだ。素直なのは美徳だね』
変に心がひねくれてしまうと、楽しい気分でしなやかに生きていくことは難しい。
『何も心配ないからね、そばにいるよ。さ、思い切って目を閉じて、流れに逆らわずに意識をゆだねてごらん』
「はい。そのように……努力します」
トウヤの体はなんだかやせ細って頼りなく、筋肉がカチカチにこわばっていた。
本人は無自覚なんだろうけど、色んなことに気を張って疲れてるんだろうな。休息が必要だ。ゆっくりお休み。
何度か眠りかけて、反射的に目を覚ましてしまっていたトウヤだったが、やがて深い眠りに落ちていったようだ。
寝つくまでにけっこう時間がかかった。子どもの寝かしつけって、こんな感じなんだろうか。今度、ヒマワリのところでおしゃべりしにいきたいな。
起きてた時もヨロヨロで弱った様子だったけど、こうして青白い顔で横たわってると、なんだか病人をとおりこして死人のようにも見えてくるよね。
『……』
怖くなって、トウヤが息をしてるかを私はチェックした。
『良かった、生きてるー』
眠るトウヤの体からは、世俗から遠く離れた清浄な匂いがした。
朝露をまとったスイレンみたいな。
苔むした深い森のような。
このモナカが番犬をしてあげよう。悪い夢が近づかないように見張るから。




