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手の鳴る方へ、尾を振る方へ  作者: 下山 辰季


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2・朝寝の支度

『おはよう、おはよう、おはようっ!』


 とびきり賢く可愛いモナカの直接モーニングコールだ! ありがたかろう!

 トウヤのいる離れの部屋に全身で突っこんでいく。

 キリッと精悍(せいかん)でありながら可愛げもある私の霊犬の体は、壁もガラスもすり抜ける。


『うわぁ!?』


 驚いて転んじゃったんだけど。

 すでにトウヤは起きていた。っていうか、畳の上で正座でジッとしている。

 これでお茶でも飲んでくつろいでたり、本を読んでいればただの早起きな人で済むんだけどね。何もせずに虚ろな目で座ってるだけだったから、正直ちょっと不気味。


『……朝の習慣? それとも修行とか?』


 トウヤはどちらもピンとこない様子で黙っている。

 はじめて会った昨日の時点で薄幸(はっこう)で不健康そうなオーラが出ていたが、一夜明けていっそうくたびれているように見えた。


『もしかして、寝てない?』


「はい」


『神経質な人は環境が変わるとなかなか寝つけないって言うよね。ま、ずっと徹夜するわけにもいかないんだし、今夜からは普通に布団に横になってみたら? 調子が出ない時こそ、しっかり眠って力をつけよう』


「……」


 トウヤからの返事はない。考えこむような沈黙だ。

 何が引っかかっているんだ……。え、何かおかしなこと言った? 言ってないよね?


「眠る、とは」


 枕が変わると眠れないとか。押し入れに入っている布団の上げ下ろしができないとか。そういうレベルの話じゃなさそうだ。


『え、寝るってのは……。ほら、疲れたら休むでしょ?』


 さっそく私は目を閉じて寝たフリまでしてみせる。ころーんとリラックスして、犬のヘソ天ポーズだ!

 ゴロゴロするのは手軽な気晴らしだよね。普通の生きものと違って寝る必要のない幽霊や(あやかし)の中にも、寝るのが趣味ってヤツもいるし。


『いくらなんでも寝てないってことはないはずだよ。ずっと眠れなかったら死んじゃうでしょ』


「……祈念以外の雑事は、すべて世話役や八厘(はちりん)童子(どうじ)がおこなっていたので」


 一寸法師(いっすんぼうし)だって、だいたい五百円玉よりちょっと小さいていど。八厘っていったら、その一寸よりもさらに小さいぞ。もうゴマ粒ケシ粒の世界だ。

 トウヤがもといた場所じゃ、霊力だの結界だのに関わってたらしい。きっと妖術で作り出したか、あやつるかしてる召使いみたいなものなんだろうな。


「眠りが、それほど重要なものなら……。我らの……肉体の維持……。適切に管理をするために、すべて童子が制御して……いたのでしょう」


 途切れとぎれの言葉。


「……だから、我らは自然に眠りに落ちた経験はありません」


 眠そうだ。目を閉じれば、今にも夢の世界に落ちていけそうなのに、トウヤは自力で寝ることすらわからないのだ。

 不自然な形で、祈りのためだけに生かされてきた。

 風切り羽根を切られたカゴの中の鳥にだって、夢見る自由くらいはあるってのに。


『スヤッと寝るぞおっ! トウヤ!!』


 今日の予定はこれで決まり!




 離れは八畳間が主な部屋で、南に面した縁側がついている。

 お日さまの光を浴びながらこの縁側で一眠りしたら、すごく幸せそう。でも犬や子どもならともかく、成長した人間が手足を伸ばして寝るにはさすがに窮屈(きゅうくつ)だよね。


『押し入れの中に……、そう、その(ふすま)のむこうに布団がしまってあるはずだよ』


 思ったとおり、布団一式が用意されている。清潔な匂いで、生地には新品らしいシャリッとした爽やかさがあった。キレイな布団だね。

 今のところ長者屋敷の人たちはトウヤと距離を置いているけれど、わざとひどい扱いをする気はなさそう。良くも悪くもおっとりした一族だ。


 押し入れから布団をおろしたトウヤは……敷布団と掛け布団の違いも理解していなかった……。

 大中小のブロックをサイズごとにならべるみたいに、ふわりとした掛布団、固く畳まれた敷布団、そして枕をキチッと整列させている。……そうじゃないよ。

 これは一から教えてあげないと!


『敷布団。固めのマットみたいなのだよ。それを最初に広げよう』


 すでにシーツがついている。手間が(はぶ)けて助かったよ。犬の前足だと細かい動作の実演ができないからね。


『頭を乗せたい位置に枕を置く。あ、そっちの北側に枕を置くのは縁起が悪いかも。古い迷信で、今では特に気にしないって人も多いけどね』


 どうするかはトウヤに任せるが豆知識としてお伝えしておこう。

 トウヤは敷布団と枕の位置を東側に変えた。その動き一つも不器用でぎこちなく、つい応援したくなる。


『最後は掛布団だね。……よしよし! やったね、トウヤ。これで寝る支度ができたよ!』


 今から二百年くらい前、私がまだ生きた犬だったころ。忠義の名犬モナカの名は隣近所の村にまで広がっていた。

 近場のお使いをこなすぐらいは当たり前で、ついにはお伊勢参りの代理まで無事に果たした利口な犬として、人間たちから褒められまくった。


 しかし今こうして、人間を褒める側に回ることになるとは。

 巡り合わせってのは数奇(すうき)なものだね。

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