合い言葉は愛と言葉
超短編に挑戦してみました
「おい、開けてくれっ!」
俺は必死に家の玄関を叩いた。
35 年ローンで郊外に買ったばかりの新居だ。
本当は傷を付けたくないから、強く叩くのも嫌だった。
でも、夜遅くに仕事から帰って来たら、結婚したばかりの妻が鍵を開けてくれないから、仕方なかった。
「いやよ! だって貴方、今晩も約束守ってくれなかったじゃない」
ドアの向こうから妻の涙声が聞こえてきた。
「本当にごめん、会議が遅くなってしまったんだ」
「違うわ! そんな事を怒っている訳じゃない」
「え、それじゃ、昨日、仕事の付き合いで綺麗なお姉さんのいる店にいった事か?」
「‥昨日遅かったのはそのせいだったの?」
「も、もちろん、俺だって断りたかったさ。でも相手は大口のお得意先だから、仕方なかったんだ」
「でも、その割には貴方、楽しそうだったじゃない!」
妻は悲しそうに扉の向こうで叫んだ。
が。
「それは‥って‥なんで昨日のこと知ってるんだ?」
「え、だって‥遅くて心配だったから‥」
「心配だったから?」
「貴方の行く先をつけて‥」
「‥なんで後がつけれたのか気になるが‥まあいい。それで?」
「お店を突き止めて」
「うん、何か嫌な予感がするな‥」
「体験入店で、お化粧して」
「あれ‥何か話が変わってない? 」
「実はっ!」
「?」
「お店で相手してたの、私だったのにっ!」
“バアァァン!”
妻が勢いよく扉を開けた。
確かにそこに立って居るのは昨日お店でお相手してくれたお姉さんだった。
「ええっ! 君が、キミだったのか?!」
「そうよ、なのに貴方ってば全然気が付かないしっ!」
「そ、それはお店が暗かったし‥君が化粧上手かったから」
「でもでも、私の事可愛いって言った」
「そりゃ、キミが君なんだから‥僕が一番好きになるに決まってるだろ」
一瞬の静寂。
妻は戸惑う様に答えた。
「え‥そう言われれば、それもそうね。確かに」
「だろ? 気付かないのに君が1番だと思った‥これは紛れもない愛、だろ?」
「誤魔化されてる気がするけど‥じゃあ、その事は許してあげる」
「そうか、良かった」
「でも、約束守ってくれないじゃない。それが嫌!」
「え、約束‥‥?」
「うん、合い言葉、言って」
「そ、それは‥」
「守ったら、許してあげる」
「わ、分かった。そこまで言うなら‥」
「早くぅ!」
ここまで言われては仕方が無い。
俺も覚悟を決めた。
「あーっ、ラブラブスキスキ大好きーニャンニャン、来て来てただいまお待たせラブラブ、帰ってきたよっ! ‥こ、これで良いか?」
「駄目。途中で息継ぎした。もう一回言って?」
「うえぇ」
「嫌なの?」
「そんな事‥あーっ、ラブラブスキスキ大好きーニャンニャン来て来てただいまお待たせラブラブ帰ってきた、よっ!」
「おしい、最後だけ息継ぎしたっ!」
「あーっ、ラブラブスキスキ大好きーニャンニャン来て来てただいまお待たせラブラブ帰ってきたよっ! 」
俺は酸欠に成りながら、何とか言った。
息が苦しかった。
視界が狭くなってくる。
「うん、完璧っ! これからも頑張ろうねっ!」
妻は満足して嬉しそうに抱きついて来た。
良かった‥声優に成るって本当に大変なんだなぁ。
俺はドアの前で気を失った。




