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半額シールのロールケーキ

 京都の冬は、肌を突き刺すような寒さだった。ヒートテックに重ね着をして、マフラーを巻いてやっと、しのげそうな寒さなのに、僕は暖房の効いた部屋での格好に、薄い上着を着ただけで外に出てしまった。かと言って、今から着替えに戻っていては、バイトに間に合わない。もっと早くに出ればよかったと思いながら、かごの少し曲がった自転車にまたがり、ペダルをグッと踏み入れた。

 流れるように過ぎていく景色には、ほとんど人はいなかった。さすが京都といえど田舎。24時近くになると信号機など意味をなさないほど、静まり返ってしまう。居酒屋からでてきた大学生らしき男女2人が、これからどうしようかと言いながら横断歩道を渡っていた。お酒で酔った男女が、この時間からやることなんてたいてい決まっている。決まっているのに、それが分かっていないように振舞うのが気持ち悪い。僕は見ず知らずの2人のことを勝手に決めつけ、勝手にイライラした。とんだひねくれ野郎だ。

 バイト先に着くとお客さんはいなく、店長ともう一人のバイトの人が、商品棚の整理と品出しをしていた。

「ちわす」

「おお、やっと来たか。お前も荷物置いてさっさと手伝え」

「はい。すみません」

「謝るならもっとはやくこい」

「はい。すみません」

いつも通り、謝罪マシーンになった僕は、ロッカーに荷物を置いて、仕事着を乱暴に着た。

 僕の働いているコンビニは、何の変哲もない、いたって普通のコンビニだ。僕は基本、夜勤で入っているため、あまり忙しくない。せいぜい品出しを何も考えず、淡々とするだけだ。何も面白いことはおこらないし、仲のいいバイト仲間がいるわけでもない。自分の性格上、面識がないには話しかけられないと口を開かないから、人と親密になることは少ない。今までもそうやって生きてきた。

 一通り品出しが済んで立ち上がろうとすると、40代くらいの男が、店内に入ってくるなり、直接レジに向かった。その場で気づいていたのは僕だけだったようなので、しぶしぶレジに向かった。

「いらっしゃいませ。お伺いいたします」

「マルメン一つ」

「は?、え?」

「だから、マルメン。たばこ」

たばこと言われてやっと理解した。この人は銘柄の名前を言っているんだ。僕は少し怒り気味の男の視線に焦りながら「マルメン」と書いてある箱を探したが、一向に見つからなかった。

「恐れ入りますが、お客様番号で言っていただけますか?」

「ちっ、わかんねーのかよ。49番」

僕は慌てて、49番のたばこを取り出して会計に移った。男が小銭を数えている間に箱に目をやり、マルボロのメンソールの略だったことを理解した。タバコを吸わない僕に分かるはずがない。男はお金を払うなり、レシートが出るのを待たず、さっさと帰っていた。その姿が余計、僕が仕事ができない奴であるかのように仕立て上げた。

 男が店を出て、事が一段落してほっとしたのもつかの間、次は店長に呼ばれた。

「おい、お前おにぎり、エビマヨとツナマヨ置くとこ逆なってんぞ」

確かに僕が担当したおにぎりのところが逆になっていた。

「すみません。今すぐ直します」

そういって僕は、おにぎりの位置を入れ替えようとした。

「いやいや、まてお前」

「はい?」

「別におにぎりの場所を全部動かさなくても、値段書いてる札だけ動かせばすぐ終わんだろ」

「ああ、確かに。すみません」

「ったく、もうちょっと上手に生きろよ」

「…すみません」

 朝6時、ちらほら人が出てきたころに、僕はバイトを上がり、外に出た。夜中に雪が降っていたらしく、それなりの雪が積もっていた。本当は自転車に乗って急いで帰って、大学の2限の講義まで仮眠したかったが、この地面ではスリップしてしまいそうだったので、歩いて帰ることにした。

 薄着の上、気温も0度を下回っていたため、手がとてもかじかんだ。僕は途中、自動販売機であったかいお茶を買い、開けようとしたがかじかんだ手ではうまく力が入らず、すぐに開けられなかった。ぐっと力を込めて、やっとのことで開けることが出来たが、ペットボトルを持つ手に力が入りすぎて、お茶が勢いよくこぼれて手にかかった。寒いのか熱いのかわからない手を振りながら、自分の不器用さに情けなくなった。

 気づけばいつも、どんな時も、僕の不器用さは僕の人生のブレーキになっていた。自分から話しかけることが苦手な僕は、親友という存在はおろか、仲のいい友達もいなかった。失敗することを恐れる僕は、ただただ、流れていくだけのつまらない人生を歩んでいる。そうやって、僕はいつのまにか、一人ぼっちになった。

 また少し雪が降りだした。朝日は出始め、小鳥が鳴いている。吐く息は白い。雪の上を自転車が通った後ろには一本の線の跡ができていて、それが自分と世界の境界線であるように思えた。イヤフォンから聞こえるRADWIMPSの「夢番地」が、脳に、強く、突き刺さってきた。

 大学の講義が終わったあと、一度自転車をアパートの駐輪場に置いて、近くのスーパーに買い物に行った。卵、キャベツ、玉ねぎ、豚バラ肉と焼きそばを袋に詰め、歩いて帰った。帰る途中、自転車で僕の横を通り過ぎたおばあちゃんの帽子が、風で飛ばされ、地面に落ちた。彼女もそれに気が付いて拾おうと下がってきたが、彼女の体と同じくらいの自転車を持ちながら、帽子を拾うのはしんどいだろうと思い、僕が拾って渡した。

「ありがとうねえ」

「いえいえ」

「お礼に良かったらこれ食べて」

そう言って彼女は、僕に半額シールが貼られたロールケーキを渡してきた。

「いやいや、いいですよ」

「遠慮しないで。そこのスーパーで安かったから」

さっき僕がいたスーパーだ。

「すみません。ありがとうございます。いただきます」

そう伝えると彼女はにこっとしてまた自転車をこぎだした。

 部屋に戻ると13時をちょっと過ぎていた。お腹は空いていたが、今から作るのは面倒だったので、さっきもらったロールケーキを食べることにした。賞味期限は今日。久しぶりに生クリームを口に入れる。何の変哲もないただのスーパーのロールケーキ。だけどそのロールケーキは今まで食べた度のロールケーキよりもおいしかった。一口一口噛みしめながら、食べた。気づいたら、食べながら泣いていた。甘さとおばちゃんの優しさが、僕の心を包んでくれた。ほんの少しだけ、世界と僕を繋げてくれた気がした。8畳の部屋の中で一人で泣きながら食べた。涙と混ざったロールケーキは少し甘く、しょっぱかった。

 

 

 






読んでいただきありがとうございました。

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