いくつもの寄り道はその人の魅力と可能性のもと
ここではショートストーリーを不定期にはなりますが投稿していこうと思います。日常的で暖かみのあるものをお送りできればなと思います。
私は何事も長続きしないという自覚がある。小学校で通っていたピアノ教室も、友達に誘われて入ったスイミングスクールも、学習塾もそれなりにやって辞めた。別に運動神経が悪いわけでも、勉強が特別苦手なわけでもない。ある程度でつまらなくなってしまうのだ。
子供のころはそれでもよかった。けれど私ももう18歳だ。自分の飽き性には、この年になってつくづくうんざりさせられている。流れるような時間にぷかぷかと浮かんで過ごしていたら、なにも特徴のないただ制服を着たお人形さんになっていた。
受験生である私は、担任の先生から一般受験を勧められた。先生は「小林はそこそこ勉強ができるんだからいけるよ」と言っていたが、私には推薦で行けるような実績も、武器もないのだから勝手にやっといてくれと半分見捨てられているようにしか思えない。それでも結局これは、私が過ごしてきた色のない、透明な日々がもたらした結果だと知っている。知っているけれど、認めたくはなかった。飽き性が、もしも自分の体と別にこの世に存在していたなら、そいつをこれでもかというほど責めてやりたかった。
行き場のない自分への怒りと、後悔を消化できないまま私は教室を離れ、家に向かった。少しだけ暗くなった道を照らす街灯の光に群がる虫たちですら、私にはうらやましく思えた。
家に帰ると、母は台所で料理をしていた。
「おかえり、学校どうだった?」
「普通」
そんなやっつけ仕事のような会話をしながら、私は自分の部屋に入った。そして勢いそのままにベッドにダイブした。
やっぱり自分の部屋は落ち着く。ベッドというものを発明した人はある意味天才で、悪い人だと思う。こんなに疲れた体を癒してくれて、離れたくなくなるのだから。個人的には表彰してあげたいなあ、なんてくだらないことを考えながら、机の上の小物入れにあったスーパーボールを手にした。
そのスーパーボールを同じテンポで、ただただ無心に、一か所を見つめ、床に投げた。傍から見たら、かなりおかしい人に見えるだろうが、今の私にはこれぐらいのことが必要だった。意味のないことをやっていたほうが、嫌なことを考えなくていいから。
私にとって意味のある「意味のないこと」を繰り返していると、母からご飯が出来たことを伝えられた。それなのにまだ、今日の主役であろうハンバーグらしき肉の塊は、フライパンの中で、ぐつぐつとデミグラスソースに浸かっていた。どうして、「ご飯できたよ」はできる前に発動されるのだろうか。どこの家庭も共通してるのだろうか。
「ぼーっと突っ立てないで手伝って」
母にそう言われたので、仕方なく家族4人分のご飯を茶碗によそった。
晩ご飯は、ほとんど4人そろって一緒に食べる。私と兄と母と父。だいたい父が話を振ってきて、それに反応するのは母か兄であって、私はたまに聞かれたら答える程度だ。いつも通り、父の好きなお笑い芸人の話と、兄に彼女を連れてくるのはいつかという私にはあまり関係のない話がされた後、めずらしく矛先は私に向いた。
「そういえば、碧衣は大学はどうすんだ」
やりやがった。せっかく私がスーパーボールを投げてまで忘れかけていたことを、こいつは掘り返しやがった。まあでも、悪いのは父ではないわけだし、気になることを聞くのはあたりまえだから、怒りたい気持ちをハンバーグで無理やり押し込んで、返答をした。
「おにいと同じ大学一般で受ける」
「おおそうか、ほかに行きたい大学とかないんか?ほら推薦入試とかもあるやろ」
「別にない。推薦あてにして勉強しないのはよくないから一般で行く」
その場凌ぎの嘘をついて、父を納得させた後、私は黙々と残りの白米を口の中に掻き込み、食器を洗い場へと運んだ。
「ごちそうさま」
そう言うと私はまた、自分の部屋に避難するかのように戻った。
ほんの20分の食事の間に溜まったストレスを解放するため、ベッドにダイブし、ベッドを貫通しそうなくらい大きなため息を吐いた。そのまま1時間ほどだろうか、とても浅い眠りをした。
そのまま二度寝をして朝を迎えたかったが、さすがに受験生が勉強もせず、スーパーボールを投げ続けるわけにもいかないので、重い身体を起こして、しぶしぶ勉強机に向かおうと立ち上がると、兄がドアをノックして訪ねてきた。
「碧衣、散歩いこう!」
「やだめんどくさい」
「コンビニでなんか奢ってやるからさ!な!」
その一言に私はまんまとつり出された。奢ると言われたら行くしかない。
「気分転換に付き合ってあげるよ」
なんて一ミリも可愛くない返事をして、サンダルを履き、兄と一緒に家を出た。
散歩のコースは割と遠回りだった。いつも通る道と逆方向に行った時点で、もう疲れすぎて後から勉強ができないことが確定していた。
まあいっかと思いながら、ふらふらと歩いていると兄がスキップをし始めた。
本当に陽気でふわふわしてて5歳児と比べても正直同じくらい幼いと思う。到底、年上であるとは思えない。
相変わらずだなあと半分呆れていると、兄がスキップのテンションのまま話しかけてきた。
「大学ほんとに俺と一緒でいいの?」
「うん、そこぐらいしか行けそうなとこないし」
「それじゃ俺がレベル低い大学いってるみたいじゃんか」
「大学は普通だけどおにいは馬鹿じゃん」
「うるせえなあ」
兄は大学にスポーツ推薦で入学している。高校時代に割とサッカーでいい選手だったみたいで、それが評価されてのことらしい。
私にはない継続力を兄は持っていて、それが生み出した結果だ。正直、羨ましかった。
「おにいはさ、いいよね、一個のこと続けれて、武器もあって。私にはないよそんなもの」
なぜか私は、弱音を吐いていた。いつもなら思ってても弱音なんて言わないはずなのに。今まで溜めたストレスが限界に達していたのか、それとも兄に私を可哀想だと思って欲しかったのか。自分でも自分の気持ちがわからなくなった。
「ふーん、俺だって碧衣のことうらやましいぞ」
私の弱音を聞いた兄の口から出てきたのは意外な言葉だった。
「絶対嘘じゃん。私何も続けられてないし、得意なことなんてそんなないよ」
「確かに碧衣はすぐつまんなーい、めんどくさいって言うけど、ピアノちょっと弾けるし、勉強もそこそこだし、いろいろしてきたじゃん」
「それのどこがうらやましいのよ」
私にはさっぱり分からなかった。
「碧衣はメロンパンみたいなもんなんだよ」
そう言われてますます分からなくなってしまった。
「メロンパンもな、きっと誰かがいろんな試行錯誤してきたんだよ。アイス挟んだやつとか売ってるけどさ、絶対焼きそば挟んで食った奴も居ると思うんだ。それにメロンパンなのにそもそもメロンの味しないしな」
「つまりおにいは、何が言いたいの」
「んーだから碧衣はいろんなものになれたり、挑戦できる可能性があるってこと。俺はサッカーばっかやってたから選択肢は少ないけど碧衣はピアノちょっとできるから幼稚園の先生なれるかもしれないし、大学で別のこと学んだらそっちに進むかもしれない。たとえどれも仕事や生活に関係なくなったとしても、今の碧衣と同じような悩みを持ってる人の助けになるかもしれない。いっぱい寄り道してる分、それってめっちゃ魅力的だとおもうよ俺は」
この人は本当にお馬鹿だ。メロンパンの例えもイマイチだし、ほとんど空想のことを言っているだけだ。
だけど、今この時は、そのお馬鹿が嬉しかった。私にも他の人とは違った魅力があるのだと言ってくれて。私の曇っていた視界を照らしてくれて。
「おにい、私実は大学で映像学びたいんだ」
「そっか、いいと思うよ。俺のことかっこよく撮ってくれよ!」
「考えとく」
「なんだよ、そっけないなあ」
そんなことを言っている間に家の近くのコンビニに着いた。
「碧衣は何がいい?」
「…メロンパン、おにいは焼きそばね」
「俺に決める権利無いのかよ」
兄がカップ焼きそばとメロンパンを持っていき、店員さんはどうしてこの2つを買ったのか、不思議そうにレジ打ちをしていた。
「おにい、ありがとう」
そう私は感謝を伝えた。奢ってくれたこと、それから私にもちゃんと魅力があると言ってくれたことに感謝して。多分、馬鹿だから気づいてないけれど。
帰り道、私は少しだけ焼きそばをもらってメロンパンに挟んで食べた。やっぱり予想通り、美味しくはなかった。だけどこれはこれで、経験としてはありだなと思った。
次は何をメロンパンに挟もうか、そんなくだらない話をしながら私たちは家に帰った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回は女子高生が主人公のお話を書いてみました。青春時代ならではの悩みや感じ方、捻くれていたり、痛々しかったりする中に見える可愛らしさを表現できたかなと思います。次の作品も投稿予定なのでよかった読んでみてください。