3 父との決別
ある晩、城の中庭で星を見上げていたアレクシスのもとに、セリーヌがふいに現れた。長いローブをまとい、目には知恵の深い光を宿した彼女は、静かに告げた。
「今年の夏は、太陽が隠れます。農作物は育たず、飢饉が訪れるでしょう。多くの人が命を落とすことになります。それでも、あなたの行動次第で救われる命もあるのです。」
アレクシスは黙って聞いていたが、その言葉に宿る重みを感じていた。
「協力してくれる者を増やしなさい。」
最後にセリーヌはそう告げると、月光の中に溶け込むように去っていった。
セリーヌの言葉を信じたアレクシスは、夏の到来までの数カ月を全力で準備に費やした。
まず彼は重臣たちを招集し、飢饉の危険性を説いた。
「今年の夏は、例年とは異なる異常気象が予想されています。食料が不足する可能性が高い。早急に備蓄を進めねばなりません。」
一部の重臣たちは真剣に耳を傾け、彼の提案に賛同した。だが、ほとんどの者は信じなかった。
「王子、何を根拠にそんなことを言うのですか? 占いの言葉に踊らされているのでは?」
アレクシスは歯噛みする思いでそれらの声を受け止めながらも、諦めなかった。
彼は協力を得られた数名の重臣と共に、他国から食料を購入し、穀倉を満たしていった。
また、農村を回って農民たちにも自衛のための備蓄を呼びかけ、時には自ら手伝うこともあった。
「この努力が無駄に終わるなら、それに越したことはない。だが、無駄ではない可能性を考えるべきだ。」
そう語る彼の言葉は、慎重さと誠実さを持ち合わせていたため、一部の民衆の心に響いた。
村人たちは次第に彼を「希望の王子」と呼び、敬意を抱き始めた。
夏が訪れた。
だが、セリーヌの予言は不吉な正しさをもって現実となった。太陽は薄暗い雲の彼方に隠れ続け、大地は冷たい風にさらされるばかりで、農作物はほとんど成長しなかった。
市場には食料が激減し、民衆の顔には不安が浮かび始めた。やがて恐れていた飢饉が王国全土を覆った。
それでも王国は例年通りの税を徴収しようとし、役人たちは容赦なく民衆から物資を取り立てる。飢えた子供が泣き叫ぶ村でさえ、彼らは収穫物を運び去る。
その惨状を目の当たりにしたアレクシスは、心を強く動かされた。
彼は自らの考えに賛同してくれた重臣たちと共に、王の命令に背きながらも、村々を回り始めた。隠し備蓄を開放し、少しずつではあるが民に食料を分配した。
村人たちは驚き、そして涙を浮かべて感謝した。
「王子様、これで命をつなぐことができます。どうかこの恩は忘れません。」
彼らの言葉にアレクシスの胸は熱くなった。だが、同時にその行為が王の逆鱗に触れることも理解していた。
王の耳に、この「勝手な行動」が届くまでに時間はかからなかった。宮廷に呼び戻されたアレクシスは玉座の前に立つと同時に、父の怒声を浴びせられた。
「アレクシス! 何故私の命令に逆らうのだ! 勝手なことをして、王の威信を失わせるつもりか!」
アレクシスは一歩も引かなかった。
「父上、あなたのやり方では、国は滅びます。民を守らずして王国が成り立つはずがありません。」
その言葉に、王はますます激怒した。
「愚か者め! お前はまだ王子に過ぎぬ。私の決定に口を挟むな!」
アレクシスは父の姿を見据えた。
その目には、かつての尊敬の念ではなく、今や冷徹な覚悟が宿っていた。彼は心の中で決意を固めた。
この国を救うためには、父王を排除しなければならない。
アレクシスは秘密裏に協力者を募り、兵の一部を味方につけた。彼に信頼を寄せる村人たちも支援を約束し、兵のための食料や隠れ家を提供した。
だが、彼の計画が露見すれば、命の危険は避けられない。それでも彼は、民を守るためにこの行動が必要だと信じていた。
そして、ついに決戦の日が訪れた。
王城に乗り込んだアレクシスは、玉座の前に立ち、静かに言い放った。
「父上、これ以上、民を虐げることは許しません。私たちは立ち上がります。」
王は激怒し、手勢を呼んでアレクシスを捕らえようとした。だが、すでに王城内部にはアレクシスに忠誠を誓った兵たちが潜んでおり、王の命令はことごとく阻止された。
「必ず後悔するぞ!」
最後の叫びを残し、ついに王は玉座を降りた。
玉座の間に訪れた静寂の中、アレクシスはその場に立ち尽くし、胸の内に湧き上がる複雑な感情を噛み締めた。
それは勝利であり、同時に失ったものへの悲しみでもあった。