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今日の敵は明日の恋人〜先生に恋をしました〜  作者: RIKA
第一章

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1-8.近づく距離

「…で、どんな感じなの?」

「え?」

お昼休み、一緒にお弁当を広げていた佳穂が突然尋ねてきた。

佳穂は大好物のミルクティーをストローで吸いながら、興味津々な様子で私の返事を待っている。

でもね、佳穂。主語が抜けてるよ…?


「うまくやっていけてる?」

「何が…?あ、男バスのマネージャーのこと?」


実は最近、私は先生からの依頼で男子バスケ部のマネージャーを始めた。

二人いるマネージャーのうち、一人が家庭の都合により退部することになったらしく、その代わりを探しているのだという。

うちの学校はスポーツが盛んで、先生が顧問を務めるバスケ部の他、サッカー部や陸上部も強豪校として知られている。

部活を目的に入学する生徒もいるくらいで、男バスの部員数は数十名にのぼる。それだけの大所帯をサポートするには、マネージャー1人ではとても厳しい。

そこで、転校前まで私がバスケ部だったことを知った先生に打診されたのだ。

本音を言えば、過去のトラウマもあって断りたかったけれど…男嫌いな私に縋らなければならないほど、状況は切羽詰まっているのだろう。そこで、新しいマネージャーが入るまでの臨時ヘルプという形で、その要望を受けることにした。


「ちっがーう!0.01%ぐらいはそれもあるけどぉ!私が聞きたい99.99%は、生活のことだよ!」


呆れ顔の佳穂に言われて、ああ、とようやく佳穂の意図を理解した。

それにしても0.01%とはちょっと酷い。バスケなど興味ないと言ってるようなものだ。

でもそれもそうかもしれない、佳穂は吹奏楽部で根っからの文化系。スポーツが大の苦手だった。先生とはまるで正反対、ついでに外見もあまり似てない。強いて言えば口元が確かに似てるかも?っていう気がするくらい。そのこともあって2人が兄妹だなんて想像もできなかったわけだけど…。


「大丈夫?何もされてない?襲われたりとか脅されたりとかされてない?」

「まさか。むしろ先…あ」

つい「先生」と言いかけて、慌てて口を塞いだ。


危ない、危ない。ここは教室、周りにクラスメイトがいるのを忘れていた。

私たちの話なんて誰も聞いてないだろうけど、いつ誰の耳に入るとも限らない。気を引き締めないと。


「あの、すごく優しいし、逆に私の方がこんなに良くしてもらっていいのかなって思ってるくらいだよ。なんでそんな言い方するの?」


先生は、同居人としては申し分ない。家事は率先してやるし、私が作ったご飯だって全部食べてくれる。もちろん「約束」だってちゃんと守っている。


「だって優しいとかマジで想像できない、優しくされたことなんてないし」

「そうなの?すごく紳士だけど」


今のところは。と思ったけどそれは口にしないでおく。


「はあ…ま、問題ないならいいんだけどさぁ。とにかく、何かあったら絶対に!今度こそ真夜中だろうと電話して頼ってね?」

「うん。分かってる。ありがとう」 


心配してくれる人がいることは、不謹慎かもしれないけどすごく嬉しいことだ。

今の私にとっては佳穂が唯一の味方だから、些細なことがとても幸せに思える。


「ごめんね…いつも」


優しい佳穂。私はそれに見合うだけの何かを返せているのだろうか。

…そんなことを考えていたら急に胸が詰まって、涙が零れそうになった。

 

「いや、実はミーハー心もないわけじゃないから、ここで感動されても困るんだけどね?」


気まずく頭をかくその仕草はどこか先生を思い出させた。そんなところに、先生と兄妹なんだな、と気付かされる。先生の破片を見つけて、安堵する。

――それはどうして?

その答えは知りたいようで知りたくないものだったから、私は無意識のうちに蓋をして目を背けていた。


***


バスケ部の練習は、想像以上にハードだった。

メニューはあらかじめ日ごとに決められていて、淡々とそれをこなしていくだけなんだけど、とにかく量が半端じゃない。

準備運動と称してグラウンド10周、ダッシュ往復20本、シュート50本練習…他にも沢山あって見るからにしんどい。

だけど驚きなのは、そんな厳しい練習にも部員たちは音を上げずついていっていることだ。

さすがに一年生はきつそうだけれど、二年生は軽々とこなしているようにも見えて、日々の積み重ねの大きさを思い知る。

三年生は引退したもののこれだけの人数がいる中でレギュラーを勝ち取るのは容易じゃない。それでも、誰もがそこを目指して頑張っている。

その熱意は新人マネージャーの私にも痛いほど伝わってきて、少しでも役に立ちたいと、部活に参加するほどに身が引き締まる思いだ。


ちなみに、マネージャーの仕事は一言でいえば部員のサポートだけど、仕事内容は膨大。

タオルや水分補給の準備、タイム計測やボール拾い、空気入れに加え、各部員の実績(スタッツ)や課題をノートに書き留めて分析したりフィードバックしたり…。

毎日体も頭もフル回転させながら、もう一人のマネージャーで同じ二年生の佐原さわら 美玖みくに仕事を教えてもらっている。でも元来体を動かすのは嫌いじゃないし、レベルの高いミニゲームは見ているだけでワクワクする。時には仕事を忘れて見入ってしまうほどに…。



「おい打った後にボールぼーっと見てんじゃねえ!一回外したぐらいで諦めんな、落としてもいいから何度も打て!」


広い体育館に先生の声が響く。

それはまだシュート成功率が低い一年生への言葉、シュートが外れリング下に落ちたボールをリバウンドできず、相手チームにあっさり奪われてしまったのだ。


「よしいいぞ、そのままシールして押し切れ!相手に遠慮するな!」


手を叩きながら声を張り上げている先生。

忙しい仕事の合間を縫ってちょこちょこ見に来ては、こうして部員たちに指導をしていた。


美玖から聞いた話によると、先生も中高大とバスケ一筋、膝の怪我で断念したけれどプロスカウトも来るほどの腕前だったと言う。

確かに、お手本として先生がボールを持つ時、しなやかなのに力強いシュートは一度も外れたことがなく、いつ見てもその綺麗なフォームに目を奪われる。

まるで決まった動作のようにあっさりディフェンスを抜けてしまう身のこなしも、ほんの一瞬の隙をついて相手からボールを奪ってしまう早業も、見事としか言いようがない。


「原田」

タイマーを片手に時間を計っていると、監督席から先生が私に手を差し出して言った。

「タブレット見せて」

タブレットとは、マネージャーである私達が日々の練習成果を記録し蓄積しているもの。そこには過去のゲーム実績、個人ごとの課題や成長過程が細かく分析・記録されていて、先生はこれをもとにチームと個々の現状を把握し、メニューを組み立てたりチーム編成したりするという、言わば戦略の要だった。


「シュート成功率が50%以下の部員は明日の朝練からメニュー番号3と5を追加。全体の体力をもっと底上げしたいから、基礎トレの時間もプラス10分延ばして。あとそれから今度の試合相手と前回やった時の動画を――」


先生の口から次から次へと出てくる指示を、私は急いでメモに書き留めていく。

さすが数学教師といおうか、先生はよくデータ分析を活用して指導をする。

良くも悪くも、数字は嘘をつかない。だからこそ公平だし、現状の課題がクリアになるから厳しい練習にも意味を見出せる。故に、誰もが先生から指導を受けるときは熱心だ。

部員たちが厳しい練習を毎日必死でこなしているのには、そんな風に向き合ってくれる先生に対する絶対的信頼があるからなのだろう。


練習時間終了を告げるタイマーが鳴ったところで、先生が監督席から立ちあがってみんなに声をかけた。


「今から10分休憩、そのあと15分のシュート練習はさんで最後スリーメンね。各10分ずついこうか」


さらりと放たれた先生の言葉に、コート横で水分補給する部員たちがあからさまに顔をしかめた。

それもそのはず、私も元バスケ部だったから分かるけど、スリーメン(3人で行うボールを使ったトレーニング)はエネルギー消費がかなり激しい練習なのだ。

体力の限界に挑むようなトレーニングなので数ある練習の中でもしんどくて、私も辛い思い出しかない…。

もちろん、ハードなだけあってその分脚力もつくし、実際にボールを使ってゴールまで走って行くのでより実践に近いのだけれど…そう分かっていても、身構えてしまうが現実。

ここまでのハードメニューで誰もが汗だく、その状況で死刑宣告を受けたにも等しい部員たちをやるせない気持ちで見ていると、皆の心情を汲んだ二年生部員が容赦を願いでた。


「せんせー休憩20分にしてよ、10分じゃ回復しきれないよ」

「それだと全員スリーメンできないだろ。この後ミニゲームもやるのに」

「じゃあ15分でいいから!10分も15分も変わんないじゃん!」

「変わらないなら10分でいいよな」

ふん、と一蹴する先生に「いやそうじゃなくって!」と部員の悲鳴が響く。そこに援護射撃とばかりに別の部員が声をあげた。


「俺腹減って死にそう…今日夜食持ってくんの忘れたから学校前のコンビニで調達したい。だから15分で頼むよ~」

「走って行けよ、往復5分で戻って来れんだろ」

「はあ!?休憩時間まで走らせるとかどんだけ鬼なわけ!?しかも5分で食事しろって言うのかよ!」

「おにぎりなら5分あれば食べれるって豪語してなかったっけ。今こそそれを発揮する時、頑張れよ」


にっこり笑う先生に部員は顔を引きつらせ、閉口している。哀れなことにこちらの部員もあっさり返り討ちにあったようだ。

そんなやり取りを聞いて、他の部員たちはおかしそうに笑っている。


――そう、部活を始めて私が知ったのは、思った以上に先生と部員生徒との距離が近いことだ。

でも馴れ合ってるわけではなく、大事なところはきちんと一線を引きつつも思っていることを言い合えるような関係性。

その証拠にさっきモノ申していた部員たちはなんだかんだ言いつつも先生に従っている。意外にもその態度に不満はなく、まるで最初からこうなることはわかっていたかのようだ。


そんな、今まで知らなかった先生の一面を知ったことで、ほんの少しずつ、いつからか、私の先生の印象が変わり始めていた。

ずっと苦手だと思っていたけれど、実はユーモアがあるってこと。

一人一人の部員をよく見ていて、それぞれにあった指導をしていること。

だからこそ、部員もそれに応えようと必死になって、結果的にチームの団結力が強固になっているということ。

もしかしたらプライベートの先生も、そんな風に私と向き合ってくれるのかもしれない…そんな淡い期待を、いつしか抱いてしまうほどに。


***


先生のマンションは学校の最寄り駅から数駅離れたところにあり、駅からマンションまでの距離も歩いて数分ほどなので、私は電車で通学している。

対する先生は車通勤。圧迫感のある電車の人混みが苦手なのだそうだ。

そのため例え部活が終わって家に直行したとしても二人同時に帰宅することはなく、先に辿り着いた私がご飯を用意し、片付けは二人でやるというのが平日のルーチンになりつつあった。

それは今夜も同様で、ちょうどご飯が出来上がった頃に帰宅した先生と二人、私は食卓を囲んでいた。


「最近、部活どう?部員たちとうまくやれてる?」


食事中の話題はいつも先生から振られる。学校のこと、部活のこと、私自身のこと…。最初は面倒に思っていたけれど、毎日続けば慣れてしまうもので、そのうち嫌に思うこともなくなってきた。

会話することが日常の一部になったことで、こうして同じ空間で過ごすことも、以前とは比べ物にならないくらい今では容易い。


「大丈夫です。みんな優しいですし、困っていると助けてくれますし」

「ならよかった」

「先生は部員に慕われているんですね。失礼ながらそういう印象がなかったので驚きました」

「え、俺ってどんな印象だった?」

「…ちょっと近寄りがたいような」

「なんで?」

「宿題が他の教科に比べて多いのと、その…風紀指導が…」

「あーなるほど」

言葉を選んで答えると、その行間を読んだ先生が苦笑した。


うちの学校はそこまで風紀に厳しいわけじゃないと思うけど、それでも全くないわけじゃない。

例えばスカートは膝上5cm以内とか、香水禁止とか、バイト禁止とか…。

先生は二年生の担当なだけあって厳しく、風紀違反の生徒を見つけると説教と反省文の他、以後一ヶ月は特に注意深く指導する…つまり再犯しないか監視するので、生徒に敬遠されがちなのだ。


「生徒を守るためなんだけどな。って言っても納得しにくいか。俺も昔はそんな真面目とは言えなかったし気持ちは分かる」

「…そうなんですか?」

「学校では真面目なふりしてたけど、校外に出たらね。友達と遊ぶのが一番楽しい時期だし。終電逃すとかザラ、親父に締め出されてさ、電柱よじのぼってなんとか自分の部屋に入ったこともあった」

「ええ…」

「教師なんて言っても人間だから。舐められないために偉そうな態度とってるけど実際こんなもんだよ?その辺の人と何も変わらない。俺だってできることもあればできないこともある」

「例えば?」

「そうだな…ピーマンが食べられないとか?どんなに小さく刻まれてても察知するからね、俺」

「そうなんですか?なんだか子供みたい。ふふっ」


予想外の答えだったから、私は思わず声をあげて笑ってしまった。

だって学校ではどちらかといえばクールだし、部活に至っては鬼のような練習を強いる先生なのに、ピーマンが食べられないなんて意外すぎる。

おかずに入ったピーマンを一つ一つよけながら食べる姿を想像したら一層おかしくて、また笑ってしまった。


「あ…ごめんなさい。子供みたいとか、失礼でした」

謝罪したのは、笑った私を見て先生が固まっていたからだ。

生徒に舐められたくないと言ったばかりなのに笑われてしまったから、不本意だったのだろう。慌てて緩んだ頬を引き締めたのだけれど、先生のどこか居心地の悪そうな態度は変わらなくて。


「いや…全然大丈夫。原田は?何か嫌いな食べ物とかある?」

「私は辛いものが苦手です。甘党なので」

「じゃあカレーとか甘口じゃないとダメ?」

「ダメというわけでは…。サラダや水で中和しながら時間をかければ、なんとか」

「あーダメってことね。オーケー、了解」


きっと私こそ子供みたいだと思ったのだろう、揶揄うように先生が頷く。でもその笑顔は決して嫌味ではなくて。


「あ、でも麻婆茄子なら中辛でも割と平気です」

「へえ。唐辛子系は大丈夫ってこと?」

「いいえ、ダメです。麻婆茄子限定です、麻婆豆腐も麻婆春雨もダメです」

「ってことは茄子か。茄子が好き?」

「あまり好きじゃないです」

「えーっと…?」

意味不明と言わんばかりに怪訝な表情で瞬く先生。

茄子も麻婆もダメだけど麻婆茄子は食べられるだなんて、理屈が通らないのは私も承知しているから仕方ないのだけれど――混乱している先生がなんだか可笑しくて、私は思わず吹き出した。


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