表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日の敵は明日の恋人〜先生に恋をしました〜  作者: RIKA
挿話2

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/64

ハッピーバースデー

「出張…?」

思わず、オムライスを掬ったスプーンが止まった。楽しいディナータイムが一転して不穏に包まれる。

不安げに見上げる私の視線を受け止めて、先生が気まずそうに頷いた。


「18日に出発して20日に帰ってくるってことは…19日の誕生日は一緒にいられないんですね」

「…ごめん」


4月19日、それは私の19回目の誕生日だった。

この春、三年生に進級した私と、一年生の担任になった先生。

もう部活でしか会うことがなくなって、ただでさえ一緒に過ごせる時間が減ったというのに、このたび研修のため急遽名古屋への出張が決まったらしい。

仕方がないことだと分かっていても、初めて一緒にお祝いする誕生日を楽しみにしていただけに、落胆が大きくて…。


「本当に申し訳ない。一緒に祝おうって約束してたのに」

「先生のせいじゃないです。お仕事ですから…。私は大丈夫なので、気にしないでください」


なんとか微笑んでそう言ったけど、上手く笑えた自信はないし、先生も多分本音は見抜いてた。

だけど私の気持ちを酌んでか、それ以上何も言うことはなかった。



***



4月18日の夜、私はマンションで18歳最後の夜を迎えた。

一人では広すぎる部屋で、膝を抱えてテレビを眺めている。

せめて佳穂と過ごせたらよかったんだけど、生憎、部活の新歓合宿で週末は丸々いない。

部員の皆は先生が出張になること、ひいてはこの週末は鬼のしごきがから解放されると万歳してたけど、私は到底そんな気分にはなれなかった。


先生がいないだけで、まるで世界に取り残されたような空虚感。

今朝見送ったばかりなのに初日からこんな様子では、丸一日会えない明日はどうなるんだろう。

明日の今頃、私はちゃんと息ができているだろうか。


「…会いたいなぁ」


言葉は小さく零れて消えた。まるで最初から何もなかったみたいに。でも想いだけは、絶えず溢れてくる。

会いたい。会いたい。

1日も離れるなんて無理だ。1時間がまるでワンシーズンのように長い。


例えば、このまま先生が戻ってこなかったら。例えば、今までの一切が夢だったら。

先生の傍では確かに感じていたものが、今はこんなに脆く感じる。

テレビの向こうからは賑やかな笑い声が聞こえてくるのに、何一つとして私の気持ちを晴らしてはくれない。

いつもは笑いながら見てる番組なのに、今日はちっとも笑えない。

それはきっと、私の隣にいるべき人がいないからだ。


何をしても、何を見ても、考えるのは先生のことばかり。

先生は今、何をしている?何を考えているの?

今頃ホテルに戻ってお風呂に入ってる頃かな。それとも、ご飯を食べてる頃かな。…少しでも私のこと、想ってくれてるのかな。


ふと見上げた壁時計は21時を指していた。

誕生日まであと約3時間、このまま独りぼっちで誕生日を迎えることになるのかな。今年の誕生日も、また。


(せめて、声だけでも…)


携帯を手に取って、アドレス帳を開く。

だけど先生の電話番号を選んで「発信」ボタンを押す直前で、私は思い直してホームボタンを押した。


――やっぱりダメ。我慢しなくちゃ。

だって優しい先生のこと、私が電話したらきっと心配させてしまう。

それに、明後日の夜には会える。そうしたら、今日のぶんもいっぱい抱き締めてもらうんだ。だから今は我慢。…我慢するの。


本音を強引に抑え込み、私は携帯から手を離すと視界の外に追いやった。間違っても先生に電話しようだなんて考えないように。

そう、連絡できると思うからいけないんだ。携帯を見ないようにすれば、きっと…。


だけどそのとき、突然携帯が震えて、私は何かを考えるより先に手を伸ばしていた。

心より、体の方がずっと正直だったのだ。そして着信は――先生で。


「も、もしもしっ?」

慌てて電話にでたせいで、息が上手く出来なかった。

『…もしもし』

電話の向こうから聞こえてきたのは、まさしく求めていた声。

まるでテレパシーが通じたみたいで嬉しくて、さっきまでの憂鬱が吹き飛んでいく。そんな自分の単純さに、思わず呆れたくらいだ。

「先生っ?」

『ごめん、寝てた?』

「いえ!起きてました。先生は?」

『うん、今飯食って部屋に戻ってきたところ』

「そうなんですね。何を召し上がったんですか?」

『いろいろ。名古屋名物堪能したよ。味噌カツ、手羽先、ひつまぶし…。食い過ぎて吐きそう、初日からちょっと欲張りすぎた』


その言い方からお腹を満腹気にさする先生が容易に想像できて、私は思わず吹き出した。

離れていても、やっぱり先生は先生だ。どんなバラエティ番組よりも私を笑わせてくれる。


「無理して今日食べなくたって。明日もあるんだから」

『何を言う。天むすとかみそ煮込みとか、明日は明日で食べる物がたくさんあるんだよ。ちなみに朝は小倉トーストって決めてる、今から楽しみ』

「…先生、お仕事で行ってるんですよね?」


完全に旅行気分な先生に意地悪を言うと、先生もそれに乗っかって『うわ~現実思い出させるなよ』と笑ってくれた。


『そろそろ寝ようと思ってるんだけど、その前に紗妃の声聞きたくなって。なんか心配で』

「…心配?」

『うん。俺がいなくて、しくしく泣いてるんじゃないかって』

「!」


まさしく言い当てられて、何も言い返せなかった。

多分、先生は冗談のつもりで言っている。そんなことないです、って私が拗ねたように答えるのを期待している。

だけど今の私に、そんな余裕は微塵もあるはずがなくて…。


「…寂しい、です」

『え』

「寂しい。寂しくて寂しくて、死んじゃいそう…」


最後は涙で声が掠れた。電話越しの声が、二人が離れていることを強調しているように思えて悲しかった。

それに抵抗するように、私の醜い本音がどんどん姿を現してくる。


「今すぐ会いたい。明後日なんて待ちきれない。傍にいて、強く抱き締めて欲しい。2日なんて、会えない時間が長すぎる。…独りにしないで」

『紗妃…』


戸惑うような先生の声が聞こえたけど、止まらなかった。

我儘だって分かってる。困らせてることも分かってる。

だけどやっぱり寂しいよ。誕生日プレゼントも誕生日ケーキも要らないから、ただ傍にいてほしい。

先生と一緒に誕生日を迎えられるなら、それ以外何も望まないのに。


(私ったら何言ってるんだろう…。心配させないって決めてたのに)


言いたいことを言った後はどうしようもない自己嫌悪に陥った。

私は深呼吸をして、涙を拭う。

――もっと強くならなくちゃ。こんなことで先生を困らせたりしちゃダメだ。


「…なんて、冗談です。ふふ、びっくりしました?ごめんなさい、驚かせて。私は大丈夫ですから…本当ですよ?」


強気にそう言ったけど、きっと今夜私は眠ることなどできないだろう。

先生の温もりがないシーツは冷たく、ただ悪戯に孤独を感じさせるだけだ。

でも、これ以上迷惑はかけられない。だからなんとか笑いながら続けた。


「私もそろそろ寝ますね。声が聞けて嬉しかったです。電話、ありがとうございました。…明日は、私から電話していいですか?」

『…もちろんだよ。おやすみ』

「はい。おやすみなさい」


そう挨拶を交わして、私たちは電話を切った。

耳の残る先生の声の余韻が、ほんの少しだけ不安を和らげてくれる気がした。



***



暗くなった寝室を、オレンジ色の間接照明が淡く照らしている。

思ったとおり私は全然眠れずに、アナログ時計の秒針の音を一人聞いていた。


時計を見上げてみると、もう23時30分だった。あと30分で、日付が変わる。

寝返りをうって、いつも先生が眠っている場所に体を置いてみた。

先生の温もりが残っていないかなと期待したけど、あっけなく裏切られてしまう。

せめてと思って、先生の枕に頬を寄せてみたら微かにその匂いが香って、それだけ少し嬉しくなった。


だってそれは、ここに確かに先生が存在している印。

つまり、先生が帰る場所はここだということ。

だから、何も心配なんてしなくていい。先生は必ずここに帰ってくる。

私は時間が流れるのをただ待って、その時まで耐えていればいい。

そう自分に言い聞かせながらぎゅっと瞳を閉じたけど、明日もこんな風に独りで眠りにつくのかと考えた途端に、急にまた涙がこみあげてきた。


(…やっぱり会いたいよ)


不安と孤独が一人きりの夜を襲う。

涙が零れてシーツに染みをつくる。でも今夜、この涙を拭ってくれる人はいない。


――会いたい。会いたい。今すぐに抱き締めて欲しい。息をできないほどきつく、激しく。

私は確かに愛されていると、その腕の中で確かめさせて欲しい。

どうして私の隣にいないの?どうして私たちは離れているの?

私、先生がいなくちゃ息もできないよ。まともに暮らせないよ。先生がいなきゃ、…先生がいなきゃ。


「早く帰ってきて…」


心の中で何度も繰り返してる本音。ほんの少しでいいから、先生に届いてほしいと願った。

そんなこと、絶対にありえないと分かっているけど――。


「……?」


と、その時突然、静寂を切り裂くようにガチャッと玄関から音が聞こえた。

私は思わず起き上がって、寝室のドアを見つめる。

耳を澄まして、状況を把握しようと努めていると、更にガチャッと音がして、続いてバタン、と何かが閉まる音がした。


今のは、玄関のドアが開いて、鍵が閉まった音?その後に続いたのはリビングのドアを開く音だろうか。

でも、一体なぜ?だってこの家には今、私しかいない。


その瞬間、恐怖で体中に緊張が走った。まさか…泥棒?


(うそ…!)


私はベッドの上で体を強張らせた。

薄暗い部屋の中を見渡してみても、あいにく武器になりそうなものはこの部屋にない。


(け、警察…!)


枕元に手を伸ばしたけれど、そこにあるはずの携帯がない。

どうして、と思って気付く――先生への未練を断ち切るため、今日はリビングに置いたままにしたのだ。

まさかそれがこうして裏目に出るなんて。


後悔している間にも、足音はどんどん近づいてくる。しかもこの部屋に――私に。

シーツをぎゅっとつかんで、私は息を呑んだ。

何とかしなくちゃ、と思っていても、何をすればいいのか分からない。

本能が危険を察知して、鼓動が速まる。手に汗が滲む。

立ち向かえるだろうか、一人で。

それが無理でも、なんとか隙をついて逃げ出して、誰かに助けを求めて…。

だってこんなところで死ぬわけにはいかない、先生にもう一度会うために。


やがて足音は寝室の前で止まった。

そしてゆっくりと寝室のドアが開く――まるでスローモーションのように。


(……先生!)


心の中で先生の名前を呼んだのと、ドアの向こうから誰かが現れたのは同時だった。

暗闇の中に浮かび上がる影、それを認めた瞬間、私は目を疑った。

だってそれはひどく――見覚えがあるものだったから。


「…紗妃?」


その声を聞いて私はさらに混乱した。

強く願うあまり、幻想を見ているのかもしれないと思ったから。


「紗妃?平気か?」


その人は――先生は、ベッドの上で固まる私に近づくと、ベッドの脇に腰掛け、いつものように優しく微笑んだ。

だけどそれはありえないことだ。だって先生はここから遠く離れた名古屋にいるはずなのだから。

でもその姿形も声も、息遣いですら…、幻にしてはあまりにもリアルすぎる。


「先生…?」


本物かどうかも分からなかったけれど、微かな期待を胸に私は手を伸ばした。

先生は笑いながらその手をぎゅっと握り返す。

その温もりを直に感じて、ようやく私はこれが現実だと悟った。


「…うそ…どうして…?」

「電話で泣いてたろ?どうしても心配で…思わず新幹線に飛び乗って、帰ってきちゃったよ」


私を抱き寄せながら先生は声をあげて笑ったけど、決して笑いとばせるような話じゃないのは明らかだった。

だって、明日も先生は仕事なんだよ?これから駅に戻ったところで、新幹線の終電は終わっているだろう。それなのに、なぜ…。


「でも本当は、どうしても紗妃の誕生日を一緒に迎えたかったんだ」


先生が私の額に、頬にキスを落としながら言った。

それだけで、まるで不安が解けたかのように私の頬を涙が伝う。


「ごめんなさい…私…!」


今頃になって自分の我儘がどれだけ先生に迷惑をかけたか痛感した。

こんなつもりじゃなかった。先生を困らせるつもりなんて、微塵もなかったのに。


「違う。これは俺の我儘なんだ。紗妃が19歳を迎えるその瞬間、傍にいたかったんだ。だから、紗妃のせいじゃないんだよ」


耳元で囁かれたその言葉はあまりに優しすぎて、涙が止まらない。

先生はそんな私を優しく撫でると、涙を全部キスで拭ってくれた。


「会いたかった。紗妃は違う?」


否定など、できるわけがない。私は言葉で答えるのでなく、強く先生を抱き締めた。

一晩でさえ離れていられなかった先生が、帰ってきた。私のためだけに帰ってきてくれた。

不謹慎かもしれないけど、それが何よりも嬉しい。


「そうだ。これ」

何かを思い出したように先生が少し私を離して、上着のポケットから何かを取りだした。

そして小さな箱を私に差し出すと、見上げた私に少し照れくさそうに笑いかけた。


「誕生日プレゼント。ちょっとだけ早いけど」

「そんな、プレゼントなんて…」

「そう言わずに、もらってよ。紗妃のために用意したんだから」


そう言って先生は私にプレゼントを握らせた。

私は何度か瞬き、そっとそれを開く。そこに収まっていたのは…。


「ブレスレット…?」


手に取ると、プラチナの細いチェーンが光を集めて銀色にきらめいた。その中央で淡い桃色の輝きを放っているのはモルガナイト――4月生まれの誕生石だ。


「…可愛い」

「気に入ってくれたなら嬉しい」


先生が笑って、ブレスレットを私の腕にそっと飾ってくれた。私はなされるがまま、ただ呆然と眺めている。


「去年のクリスマスにはネックレスをプレゼントしたな。そして誕生日にはブレスレット。これからもそんな風に、俺が紗妃を飾っていきたい」

「先生…」


先生は私の左手をとり、そっと薬指に触れる。

そして熱い眼差しで私を見つめると、真剣な声音で告げた。


「そしていつかここを飾るから――きっとだ」


その言葉の意味を理解して、胸がぎゅっと苦しくなった。

ともすれば息が上手くできなくなって、せっかく止まりかけていた涙がまた零れ落ちる。


幸せすぎて、怖いくらいだった。

だけど先生の腕の中にいると、永遠ですら信じてしまえるから不思議だ。


「もうすぐ、日付が変わる」


先生が腕時計を見て呟いた。私は未だ泣き止むことができないまま、先生の胸に顔を寄せた。

大好きな人の胸の中にいられる、これほど幸せな誕生日の迎え方があるだろうか。


「あと10秒」


カウントダウンが始まっても、やっぱりまだ涙は止まらなくて。

だけど無理にとめる必要はないと思った。だって先生が、此処にいてくれるから。


「3、2、1…。4月19日になったよ。誕生日おめでとう」


先生が私の泣き顔を覗き込む。

涙に濡れた顔を見られたくなくて顔を背けたら先生が笑った。

そしてそのあと、いつもの調子で茶目っ気をだして言う。


「19年前の今日も、同じように可愛い顔で泣いてたんだろうなぁ」

「…この涙は先生のせいですっ」

「それはそれで嬉しいな」


言いながら、先生が私をベッドに横たえる。

そして私の瞼に、頬に、唇に甘いキスを落として、私を満たしていく。


19年前の今日、私はこの世界に生まれた。ねえそれはきっと、あなたに出逢う為に。


「あの…お仕事、大丈夫ですか…?」

心配になって見上げて尋ねると、先生が頷いた。

「明日の始発で戻るよ。研修にはなんとか間に合うと思う」

「私のせいで無理させて、本当にごめ」

「言わなくていい」


先生が私の唇の前に人差し指をかざし、その先を拒んだ。


「誕生日っていうめでたい日なんだから、謝るのはなしにしよう。いいんだよ、今日は紗妃の日なんだから」

「…はい。ありがとうございます」

「うん」


先生はそうして私の隣に横になると、いつもと同じように私を抱き寄せた。

先生の存在を隣に感じただけで急に睡魔が襲ってきて、私は重い瞼を閉じる。

やっぱりどんな場所よりも、ここが私の居場所だ。先生の腕の中は世界中のどこより安全で安心できる。世界でただひとつ…私だけの。


「生まれてきてくれて、ありがとう」


深い眠りに入る直前、私の髪に唇を寄せる先生を感じた。

きっと朝起きたら先生はいなくなってる。でももう泣いたりはしない。

だって、私にはこのブレスレットと未来の約束があるから。

そして何より――今夜の先生の温もりを、確かに覚えているから。


紗妃は1年留年しているので、高校3年で19歳になりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ