メリークリスマス -side Ryu-
龍視点です。
二学期末のテストは、難易度低めに作った。
テスト範囲はいつも以上に、念を入れて教えた。
なぜ今回のテストに限ってこんなことをしたのか。
その理由はただひとつ――紗妃とクリスマスを一緒に過ごすためだ。
職権濫用、公私混合だと言いたけりゃ、好きなだけ言えばいい。
いつもは真面目で仕事には一切妥協しない俺だが、なんてったってクリスマス。
大事なことだから2回言う、クリスマス!
一年に一度しかないんだから、これくらいしたっていいはずだ!
特に今回のクリスマスは非常にタイミングが良く、紗妃からの情報によると(邪魔者の)佳穂も彼氏と一緒に過ごすらしい。
一体どんな奴と過ごすのか兄として気にならないこともないが、この際脇に置いておくことにする。
佳穂のことだ、何かあったら俺が叩きこんだ護身術で上手く切り抜けるだろう。
親父はいい年して独身のおじさん友達と一緒に飲み明かすと言っていたし、ということはつまり。
つまり、邪魔者はいない!(拍手!)
どうかこのクリスマスこそは、穏やかにふたりで過ごせることを祈る。
クリスマスキャロルを聞きながら、紗妃と二人で食べるクリスマスディナー。
そして甘く過ごす性夜…おっと間違えた、聖夜。想像するだけで幸せすぎる。
今年の終業式は、12月24日。
期末テストで欠点を出した生徒には、終業式の後に追試が待っている。
追試の後には担任として生徒に説教しなきゃなんないし、何より学年主任と教頭への言い訳が切ない。
せっかくのクリスマスにそんなのは絶対にゴメンだ。だから俺はテスト前に自分のクラスの奴らに言った。
――「期末テストで欠点とった奴は、放課後教室掃除の刑に処す」
ただでさえイブの終業式。
俺のクラスのやつら(特に不真面目系)は「せっかくのイブを担任となんてありえない!」と悲鳴をあげ、珍しくいつも以上に勉強を頑張っていた。
そりゃ、こっちだって一緒だっつーの。
なんで俺がイブの日なんかにお前らと過ごさなきゃなんないんだ。
俺は早く帰って紗妃とイブを過ごすんだ。お前らと一緒のイブなんてこっちからお断りだ!
そしてそんな俺の慎ましい努力の甲斐あって――それともそこまで俺が嫌われているのか――、俺の担任クラスの生徒はなんとか欠点は免れた。
やればできるということがこれで証明されたのだから、今後もやる気を出してほしいものである。
そして遂にやってきたイブの日は部活も早く切り上げ、「俺からのクリスマスプレゼントだ。明日は部活休み」とクリスマスも休みにした。
本音はゆっくりと紗妃と朝を過ごしたいからだが、部員達から沸き上がった歓声と感謝の声に悪い気はしない。
ともかく、ほぼ計画通りに仕事を終えた俺は、胸を躍らせながら家路に着いた。
吐く息も白く溶ける凍える夜。
イルミネーションに輝く街を、家族連れやカップルが幸せそうに歩いている。
信号待ちでそれを横目に見ながら紗妃に帰宅する旨を連絡すると、すぐに「ご飯作って待ってます。気をつけて帰ってきてくださいね」と涙を誘うような優しい返信があった。
愛する人が待つ家に帰るというのはなんとも甘美な幸せだ。
しかも明日は休日。ということは時間を気にせず色々なことができちゃうわけで…。
まずいな。
色々と想像するだけで、にやけてしまうのを止められない。
「あ、お帰りなさい!」
家に帰ったら、紗妃が笑顔で出迎えてくれた。
その唇にただいまのキスを落として、ようやく肩の力が抜けた。
教師という鎧を脱ぎ、素の俺に戻る瞬間。それはもう、紗妃なしには成立しない。
「もうちょっとでビーフシチュー、できあがりますから。先生、あとはチキンを焼くだけなのでお願いしますね」
キッチンで忙しそうに動き回るエプロン姿の紗妃を見ていると、無意識のうちに何かムラムラしてくる。
ああ、ゆるくサイドで結んだ柔らかい髪に今すぐ触れて、その滑らかなうなじにキスをしたい。
そうして顔を赤く染める紗妃の頬に、唇にキスをして、そのまま紗妃の温もりを貪りたい。
だが、今夜はクリスマスイブ。しつこいようだが、クリスマスイブ!明日にかけて時間はたっぷりある。
とりあえずは紗妃が心をこめて作ってくれたクリスマスディナーを堪能して、最後に紗妃を頂くことにしよう…。
部屋着に着替えてキッチンに戻ってきたところで鍋を除くと、ビーフシチューがいい具合に煮立っていた。
「美味そうだな」
ま、紗妃のほうが断然美味しいけど。…なんていうのは、まだ口にできる時間ではない。
「本当は、先生が帰ってきたらすぐにご飯っていうのが理想なんですけど…。お肉の焼き加減は、先生じゃないと」
「俺も適当だけどなぁ」
「でも、先生にしか焼けないですから。私が焼くとどうも焼き過ぎちゃったり、足りなかったりしちゃうので…」
目を伏せて紗妃が息を吐いた。紗妃曰く、俺の焼き加減は「中はふんわりして、でも皮はパリっとして絶妙!」らしい。
紗妃に教えたこともあったが、肉の大きさや質によっては若干の調整がどうしても必要になる。
なんせさっきも言ったように俺は感覚のまま適当に焼いているもんだから、紗妃はどれくらいがいい「加減」なのか、イマイチ掴めていないようだった。
でも俺はそんなのどっちだっていいのに、と本音では思う。
紗妃が作った料理ならそれだけで食欲をそそられる。それが俺の為となったら尚更だ。
更に欲を言うなら、料理だけでなく紗妃自身も俺に差し出してくれたならそれ以上のご馳走はない。
「ごめんな、どこにも連れいけなくて」
チキンを焼く傍ら、紗妃に小さく謝った。
二人で囲むいつもより贅沢な食卓に不満なんて一つもないけれど、悔いが残るのはどこにも連れていけないことだ。
普通の恋人達のように、イルミネーションを見たりレストランでクリスマスディナーを食べたりできない。ただでさえ街中に人が溢れる日、必然的に知り合いに会うリスクも高くなる。
「いえ、いいんです。先生といられれば、私はそれで」
そうやって紗妃はいつだって俺の欲しい言葉をくれるんだ。
でもそれは俺の台詞でもあって、俺も紗妃がいればいい。紗妃と過ごせれば、それだけで何も望まない。
二人で夕食を食べた後は、紗妃が作った手作りのケーキを食べる。
見かけは店に売られているものとほとんど同じ。
ホールケーキを作るのは初めてだと言っていたが、それにしてはかなり上手いと思う。
もちろん、味の方もきっと上手いに違いない。たとえ失敗作でも、俺が責任もって紗妃までいただく。
…え?今なにかおかしくなかったかって?気のせい、気のせい。
「…どう、でしょう?」
ケーキを一口食べた俺を、紗妃が緊張して見上げる。
その窺うような視線に、違う意味で俺の身体が反応した。
待て、紗妃。まだそんな大きな目で俺を見上げないでくれ。ケーキでなく紗妃にかぶりついてしまうから。
自分の劣情を何とか堪えつつ、俺はできるだけ口の中のケーキの味に集中する。
俺は菓子作りなんてしたことないからよく分からないが、普通に美味い。
強いて言うなら、若干生クリームが甘すぎる気がするが、食べられないほどじゃない。
甘党の紗妃らしい味だと思った。
「うん、美味しいよ」
「よかったです!…あ、そうだ。あの、実は私、クリスマスプレゼントを用意しているんです」
「え」
予想していなかったから驚いて紗妃を見上げると、紗妃が照れたように笑って席を立った。
そして寝室にいったん引っ込むと、それから綺麗に包装された箱を手に戻ってきた。
「これ…メリークリスマス」
そう言って差し出された細長い箱を受け取って、「開けていい?」と尋ねる。
どうぞ、と了承を得て、ケーキを食べることも忘れてさっそくプレゼントを開けた。
「キーケース?」
その箱の中には、ハイブランドのロゴが刻まれたキーケースが収まっていた。しかも俺の好きな紺色、自分でもこれを選んだだろうってぐらいドンピシャだ。
「なるべくシックな、落ち着いたものを選びました。気に入ってくれると、嬉しいんですけど」
「ありがとう。嬉しいよ。絶対、大事にする」
紗妃がいるだけでも嬉しいのに、その上思いがけずにもらったプレゼント。
佳穂や親父という邪魔者はいないし、料理は美味しいし、なんて最高なクリスマスなんだろう。
だから――こんな特別な夜には、俺からも君にプレゼントしたい。
「じゃあ、俺からも」
「…え」
これに紗妃は期待してなかったようで、目を丸くする。
そりゃ、せっかくのクリスマス。俺だって買うさ。
紗妃が実家で佳穂とテスト勉強をしている間を狙って、わざわざ買いに行ってきたんだ。
クリスマスカラーでラッピングされた小さな長方形の箱を、仕事用の鞄から取り出す。
部屋に置いていたら掃除をした時に紗妃にバレる可能性があるから、ずっと学校の職員室の机の引き出しの中に入れておいたのだ。
それを差し出すと、紗妃が驚きながらも嬉しそうに受け取った。
「開けてもいいですか?」
「どうぞ」
頷くと、紗妃がおそるおそるといった感じで包装紙をはがす。
その指先が少し震えていて、もしかしたらすごく緊張しているのかもしれない。
「わあ…綺麗!」
箱を開けた紗妃が笑顔を浮かべてそれを手に取る。
――俺が紗妃にクリスマスプレゼントとして選んだのは、ハート型のチャームが付いたネックレス。
何か身に着けられるものをと思って探していたときに見つけたものだった。
少し控え目で、だけど確かな存在感を持って輝くその姿に、紗妃の姿が重なった。
贈るなら、絶対にこれがいいと思って決めた。
「着けてあげるよ」
そう言って俺は紗妃からネックレスをいったん預かり、紗妃にそれを着けた。
細くて白い紗妃の首を、その中心に赤い石を輝かせるネックレスが飾る。
うん、俺が思ったとおりだ。すごくよく似合う。
「こんな素敵なプレゼント、ありがとうございます。嬉しいです。…本当に、嬉しい」
暫しネックレスを眺めた後、紗妃は俺を見上げて眩しい笑顔を見せた。
それを着けるために至近距離にいた俺は「よかった」と答えながら、ぎゅっと紗妃を抱き寄せる。
「できれば、いつも着けていて。…学校でも」
そう言うと、紗妃が意外だと言わんばかりに俺を見上げた。
「…そんなこと言っていいんですか?」
「見えなければいいよ」
「教師らしからぬ発言ですね」
教師失格な発言に紗妃がくすくすと笑う。
確かに、こんなことは他の生徒達の前じゃ口が裂けても言えない。
校則では装飾品であるネックレスは禁止しているが、指輪やピアスとは違ってワイシャツの下に隠すことができる。
実際、ワイシャツの下にネックレスを隠している生徒は多く、俺たち教師もよっぽど目立つようでなければ黙認していた。
「もし風紀検査で見つかったら、どうするんです?」
「大丈夫。没収するのは多分俺だし。他の先生に見つかっても、担任である俺のところに戻って来るからその後で返すよ」
「皆が聞いたら、きっと非難轟々ですね」
「だろ?だから内緒にしててくれよ」
そう笑い合いながら、俺達は自然と顔を寄せてキスをする。
本当に、こんなところ他の誰にも見せられない。
普段精一杯に大人の仮面ってやつを被って教師面している俺が、たった一人の女の前では何もかも剥がれてしまう。
でもそんな俺を、紗妃だけは知っていて。そして同じように、そうやって嬉しそうに笑う紗妃は俺だけが知っていたい。
「先生」
「ん?」
ケーキの味が混ざった甘いキスの後で、紗妃が思い出したように囁いた。
「メリークリスマス」
その言葉に、俺はそういえば言ってなかったっけ、と思い出す。
「メリークリスマス」
俺達はそれから頬を寄せ合い、またすぐに唇を重ねた。
そして、やがて熱く深くなっていく愛情に、俺達はすぐに思い知ることになる。
結局は、お互いの存在そのものが最大のクリスマスプレゼントなんだってことを。
どんな高価なプレゼントも、俺はいらない。
クリスマスに欲しいものは、ただひとつ。君の心、君の温もり。そして、愛の言葉。
この聖夜に世界の片隅から、誰より愛してやまない君へ、世界最大級の愛を捧げよう。
この街に降り積もる、白い雪に埋もれてしまわないように。
やがて来る温かい春に、融けてもしまわないように。
君の心をいつまでも照らし続ける愛を。




