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今日の敵は明日の恋人〜先生に恋をしました〜  作者: RIKA
挿話2

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Revive 3 -Side Saki-

部活に行こうとしたところで、今日の宿題範囲のノートを教室に置いてきてしまったことに気付いた。

同じマネージャーの美玖に少し遅れる旨を伝えて一旦教室に向かったら、教室の中からクラスメイトの話し声が聞こえてきた。


「大人はいいよね、キャバクラとかガールズバーとかデリヘルとかさあ、金あるから色々楽しめそう」


決して女子向きではない話題に、私はドアを開けることを戸惑った。


「ねー先生もそういうの経験ある?やっぱ楽しい?」


先生、というキーワードにドキッとした。

…ということは今、そこに先生がいるの?


「ノーコメント」


ぶっきらぼうに答えたその声は、確かに先生のものだ。


「あ、これはあるね。間違いないね。あるからノーコメントなんだね。いいなあ、俺も早く大人になりてー。先生みたいに風俗で遊びてー」


クラスメイトに対して先生は肯定も否定もしなかった。きっと『風俗で遊んでいる』ことが事実だから返す言葉がないのだろう。

だって、先生は事実でないならきっぱり否定する人だ。


…もしかしたら。キャバクラ以外でも遊んだことがあるのだろうか。

そういう私に言えないような遊びを、一体いつからしているの?


胸の中を黒い感情が覆っていく。震える手を何とか抑えながら、私は思い切って教室のドアを開けた。

教室には思ったとおり先生と男子のクラスメイトが数人残っていて、恐らく誰も私の登場を想像していなかったのだろう、驚いた顔をして私を振り返った。

忘れ物をとりにきたので、と断って速足で自席に向かい、目的のノートを取り出す。

そして何事もなかったかのように退室したけれど、ドアを閉める間際に目が合った先生を、何事もなかったかのようには見られなかった。



**



部活の後は人目のつかないところで先生と待ち合わせして帰るのが通常だけど、今日は放課後の一件もあって到底そんな気分にはなれなかった。

なので「買い物して電車で帰ります」とだけメッセージを送ると、先生の返信を待つことなく学校を後にした。


少しでも冷静になろうと思ったけれど、数十分程度では気持ちの整理すらつかない。

結局何一つ解決できないまま家についてしまった。


「あ、おかえり」

「…ただいまです」


先生はいつもどおり私を迎えてくれたけど、私は先生を直視することができない。

家の中には美味しそうな夕飯の匂いが漂っていて、テーブルに食器が並べられる音から察するに、もう完成したのだろう。


「ちょうど今できたところだよ」

「すみません。…ありがとうございます」


今日は親子丼のようだった。絶妙にとろとろになった卵と飾られた三つ葉が見た目にも美しい。


「いただきます」

「…いただきます…」


先生の顔を見れないまま、小さく合掌して食べ始める。

いつもなら学校の話とか、一日の話をするのだけれど、今日は不思議なほど言葉が出てこない。


雑談でなく、聞きたいことがある。話したいことがある。

でも聞いたら、何かが起きてしまう気がする。


「…あのさ」

いつもと違う私を察して戸惑っているのだろう。帰ってからずっと視線を合わせようとしない私に、先生が遠慮がちに声をかけた。まるで腫物に触るかのように――極めて、慎重に。


「紗妃…怒ってる?」

「怒ってません」


その言葉とは裏腹に、思わず突き放すような態度で言ってしまった。

努めて平然と先生を見上げたつもりだったけれど、感情を隠しきれなかったらしい。その視線の冷たさに先生が息をのんだ。


「怒ってる、な」

「怒らせるような後ろめたいこと、したんですか?」


機嫌を窺うような先生に、つい挑発的な言葉を放ってしまう。


「今日の放課後話してたことだけどさ…。その、たしかに過去、風俗に行ったことはあるけどさ、それは付きあいっていうか、積極的に行ってたわけじゃないんだ。ほんとに」

「……」


その言葉が真実かどうか、分かりかねた。

信じたいという気持ちの裏で、裏切られることに怯えて身構える自分がいる。

だけど本当は信じたかった。その確信が欲しかった。

だから――試すような質問を、した。


「じゃあ、私と付き合ってから、風俗には行ってないんですか?」

「それは――」


先生の表情が強張る。果たして肯定するのか否定するのか。

正直に言ってほしい。でもそれを聞きたくないとも願っている。

一秒をとても長く感じながら、私は黙って先生の答えを待つ。


「それは――もちろん」


その瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れた。

暫く待って、それ以上先生の言葉が続かないのを確認すると、私は持っていたスプーンをそっと置いた。

胸が悲しさで詰まって、もう何も喉を通らなかった。


「…うそつき」


呟き、先生を睨みつけた。

え、と先生が固まる。ちょうど今日の放課後のように。


「うそつき。行ったんでしょう、キャバクラ。先週の土曜日」


先生の瞳が確かに一瞬揺らいだのを、私は見逃さなかった。


「あんなキツイ香水の残り香に、私が気付いていないとでも思ったんですか?挙句に名刺まで渡されて」

「め、名刺?」

「知らないふりしても無駄です!」


とぼける先生に、私は荒々しく席を立つと寝室に向かった。

そしてサイドテーブルに隠しておいたあの名刺を取り出すと、リビングで固まる先生の目の前にそれを叩きつけた。

名刺を手にして、先生は言葉を失っている。


「これでもまだ風俗に行ってないって、そう言えるんですか?」


言いながら、後悔ともしれない感情が胸を襲った。

本当は、ちゃんと話し方を考えてから聞きたかった。せめて冷静にと、そう思っていた。

だけどいざその時になると、感情を抑えられない。


「…ごめん。紗妃に心配かけたくなくて」

「ということは、認めるんですね」

「事実だけど、友達に無理矢理引っ張られて、」


この期に及んで言い訳するその態度に、納得がいかなかった。

だから先生の言葉を最後まで聞かずに遮った。


「無理矢理引っ張られて?先生いつも学校で言ってますよね、自分の行動には責任を持てって」

「うっ」

「子供じゃあるまいし。結局最後は自分の意思じゃないんですか?それなのに友達に罪をなすりつけて保身を図るなんて、最低です!」


そう言い捨てて、私は食事もそのままに寝室に駆け込んだ。

バン!と音をたててドアを閉めると、そのままその場にしゃがみ込む。

それと同時に、ずっと堪えていた感情が涙となって溢れ出た。


…本当は、ケンカなんてしたくなかった。

自分なりに整理して冷静になってから話そうと思っていたから、今日までずっと一人で抱えてこんでいたのに。

何よりショックだったのは、キャバクラに行っていたことでも、風俗経験の有無でもない。

確かにそれらもショックではあったけど、少なくとも自分なりに一旦消化しなければと思っていたぐらいには理性的だった。

だけど嘘だけは、許せない。

私が問い詰めなければ、いつまでも言わないつもりだったのだろう。

つまり、私は信用されていない。それが何より悲しかった。


「紗妃、ごめん…。ほんとごめん…」


私の泣き声は先生にも聞こえたらしく、ドアの向こうから謝罪の言葉が繰り返し聞こえた。

だけど今さらの謝罪でこの悲しみが消え去るわけもない。

先生への不信感と、ケンカしたことの痛み、感情的に詰った自分への情けなさ…いろんな感情が混ざって、自分でも収拾がつかなかった。

私はそれらを抱えたまま、ただ嗚咽交じりに泣くことしかできなかった。


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