Revive 2 -Side Ryu-
先週の土曜日、久しぶりに大学時代のサークル仲間達と飲んだ。
卒業して数年が経ち、それぞれが立派な社会人になったというのに、集まったらあの頃と何も変わらなかった。
懐かしい思い出話や近況を話しながら、学生時代のノリのまま、ひたすら飲む。酔っ払っても飲む。
前半はペース配分を考えつつ飲んでいたが、後半になると周囲に煽られてそうはいかなくなった。
そのきっかけは、女はいるのか、という誰かが発した何気ない質問からだった。
素直にイエスと答えると、写真を見せろと要求してきた。
しかしそれは想定内、そんなこともあろうかと、実は見せる写真までちゃんと用意していたちゃっかり者の俺である。
それは紗妃が佳穂と買い物に出かける直前に不意打ちで撮った一枚で、数ある写真の中でも一番大人っぽく、俺的にかなり気に入っているやつだ。
セミロングの髪を巻いてサイドに流しハットをかぶった紗妃は、ニットにデニムというシンプルな装いでありながらも、(俺が開発したので)どことなく大人の色気が漂っており、更に化粧もしているので一見女子高生には見えない。
そんな最愛の彼女の写真を見た仲間たちは、誰もが開口一番、「めっちゃ可愛い!!」と驚愕した。
ふふん。当たり前だ。俺の彼女だぞ、可愛いに決まってる。
だがしかし!驚くなかれ、これはベストショットではない。
ベストショットは佳穂からこっそり仕入れた紗妃の一人プリクラ画像で、佳穂に半月ごとにケ〇タッキーを貢ぎ続けて4ヶ月、ようやく手に入れたシロモノだ。
なんでも何かの勝負に紗妃が負けて、その罰ゲームとして一人プリクラを課されたらしい。
その際、『とびっきり可愛い笑顔ショット』をリクエストされたらしく、少し恥ずかしそうに、それでも最高の笑顔で写っている。
これがまた超可愛い。超可愛いすぎて、初見では悶えた。二度見して、さらに悶えた。それくらいヤバい。
プリクラの詐欺的補正効果も多少あるのかもしれないが、そもそも素が可愛いので超可愛いに変わりはない。
そんなベストショットを学生時代の仲間とはいえ、他人に見せるのは大きな抵抗があった。
何と言っても、これを見て紗妃に惚れられると困る。なんせ集まった奴らの多くは、学生時代に女性問題を多発させていたので信用ならないのだ。
まあ、紗妃に出会う前の俺もあまり人のこと言えないが…。
紗妃の写真を見た連中は次に「何歳?仕事の後輩?」「どこで出会った?」と質問をぶつけてきた。
誰も現役女子高生とは思わなかったようで、それは内心ほっとした。
仲間たちに紗妃を可愛いと言わしめご機嫌な俺は、それらに対して「企業秘密」と黙秘権を行使したわけだが、その結果、かえって変な疑惑を生み出してしまったらしい。
俺が頑なに口を開かないのを見て、
「本当にお前の彼女か?ていうかリアルに存在してる?まさか合成?」
「お前遊ばれてんじゃないの?都合の良い足だと思われてんだよ」
などと、失礼極まりない言葉を寄こしやがった。加えて、
「付き合ってると思ってるのはお前だけかもよ?」
「もしかして知り合いの可愛い子を無理やり写真撮って、それを彼女とかホザいてんじゃねーだろうな!」
とか、同調する奴らがわんさか出だして、俺をむっとさせた。
「んなわけねーだろ!完全なる相思相愛だよ。嫉妬すんな、見苦しい!」
と応戦したものの、
「なら今すぐここに連れてこい」
「すぐに電話しろ!存在を証明してみせろ!」
と、全く信じられないと言った様子で反論された。
だがそんなの冗談じゃない。
こんな奴らに紗妃を会わせたら最後、学生時代のあらゆる(黒)歴史をすべて暴露されたうえ、俺の目の前で堂々と口説きはじめるに違いない。
こいつらは本当にそういうことをやりかねん。女を口説くことについては我こそはと自信を持っている輩なのだ。
「彼女を連れてこい」「声を聞かせろ」といった要求を断固拒否していると、業を煮やした悪友たちは「なら飲め!泥酔して彼女に愛想尽かされろ!」とビールの一気飲みを命じてきた。
結局俺を飲ませて潰したいだけなんだろう。そういうところがほんとガキだと思う。
だがいくらカッコつけたって、男ってこんなもんだ。なんだかんだ、飲んで騒ぐのが最高に楽しい。
そしてそのうち俺が限界を迎えてトイレに駆け込んだのを見て、ようやく連中も留飲が下がったらしい、ひとまず紗妃の話題は消えて、違う話題に変わった。
2軒目の居酒屋を出たところで、誰の思い付きなのか、キャバクラに行くことになった。
時刻は23時半を過ぎていたし、もう帰るつもりだったのだが、
「彼女のところに帰るつもりだな!?畜生、幸せな思いはさせねーぞ!そう簡単に帰れると思うなよ!」
…と、独身彼女ナシの奴らに散々絡まれ、強制連行された。
キャバクラなんて、学生時代にバイト先の先輩に連れてってもらった時以来だった。
金はかかるし、お姉様方にぐいぐい押されてあまり楽しめなかった記憶があるのだが、ノーと言って大人しく聞き入れる連中でもない。
しかもこいつらは完全に酔いが回っていて、そういう遠慮というか、配慮は皆無と言っていい。
そのため、やむを得ず付き合ったのだが――…。
行ったら行ったで、すごく楽しめてしまった。
さすがプロなだけある。
ことあるごとに立ててくれるし、話は合わせてくれるし、盛り上げてくれるし、もう最高だった。
それにあの絶妙なボディタッチ。なかなか際どいところをさりげなく攻めてきて、逆に感心してしまった。
俺には紗妃がいるから何も問題なかったが、独り身だったらあっという間に勘違いして、通い詰めて貢いでしまっただろう。
少なくとも、そうなる男の気持ちが理解できてしまうぐらいには楽しめたので、学生時代の微妙な思い出はあっという間に塗り替えられてしまったというわけだ。
結局お開きとなったのは深夜1時過ぎ。
キャバクラでも飲みに飲みまくった俺の意識と体力は、限界をとっくに超えていた。
誰かにうちに泊まっていけよ、と言われたが断って帰宅を選んだ。なぜなら、俺の帰る場所は紗妃だけだから。
そこから先、途切れ途切れではあるものの、キャバクラを出てタクシーに乗ったところまでは覚えている。が、その後の記憶がない。
次に俺の記憶が再開するのは、翌日の午後、目覚めた時だった。
帰ってきた直後の俺に会ったらしい紗妃の話を聞くかぎり、どうやら一人でタクシーを降りて、ちゃんと家に帰ってきたようだ。
恐るべし帰巣本能。本当に何も覚えてないから逆に怖い。
それで、日曜日は結局一日かけて酒を体から抜いた。
なんせ相当量飲んだから、一晩寝たぐらいじゃ消化しきれるわけもない。
紗妃は二日酔いに苦しむ俺に何も言わず、消化にいいものを作ってくれたり、スポーツドリンクを買ってきてくれたり、家事の一切を引き受けたりしてくれた。
――本当に、なんでこんな優しくて可愛い子が俺の彼女なんだろう。
この土日構えなかった分、来週は紗妃を構い倒したい。勿論、ベッドの上で。
俺は心底紗妃に感謝つつ、一人そんな暢気なことを考えながら、束の間の休息を過ごしていた。
その裏で紗妃が悩んでいることなんて、この時はまだ爪の先ほども知らずに。
***
日曜日が終わり、また一週間が始まった。
順調に日々をこなしている中、ある日の放課後、日直の仕事確認で教室に戻ると、何人かの男子生徒が残っていた。
「なんだまだいたのか。早く帰れよー」
そう言いながら教室に入ると、男子達が俺を見てニヤリと笑った。
「あ!先生いいところに来た。なあちょっと相談していい?」
「ん?どうした?」
可愛い生徒の悩みに答えてあげるのも教師の仕事だ。
勉強のことだろうか。もしくは進路のことかもしれない。
真面目に耳を傾けると、男子の口からは予想だにしない言葉が出てきた。
「ねー先生、付き合ってる彼女とセフレになる方法教えて」
「は?」
「今の彼女さぁ、束縛ひどいんだよね。最初はそれも可愛いと思ってたんだけど最近めんどくて。でも別れたらヤれなくなるじゃん。だからセフレになりたいなって」
「……。」
あまりに呆れ果てて、言葉もでてこない。
真剣に悩みを聞いてあげようと思った俺の優しさと時間を、利子つけて返してほしい。
「ねぇ先生聞いてる?」
「聞いてるがあまりに馬鹿馬鹿しくて答える気にならん」
「ひどっ。俺真剣に悩んでるのに!」
「彼女とかセフレとか、口にするのも図々しい」
「そんなー。じゃあ思春期真っ只中の俺のマグナムくんはどうしたらいいわけ」
「知るか。てめえで勝手に抜いてろ」
はあ、とため息をついて教室の確認を進める。
さっさと仕事を終えて部活に行かなくては。紗妃を見て元気出して、このやるせなさを少しでも埋めたい。
「大人はいいよねー、キャバクラとかガールズバーとかデリヘルとかさあ、金あるから色々楽しめそう」
アホな独り言はスルーに限る。俺は黙々と確認を進めた。
窓の戸締り、ペンの補充、時間割の更新…うん、オッケーっと。
「ねー先生もそういうの経験ある?やっぱ楽しい?」
これも無視したが、その裏で先週の土曜日のことをふと思い出した。
そういえばキャバクラの代金はどうしたのだろうか。財布の残高は、キャバクラに行く直前のままだった。クレジットカードの利用通知も届いていない。
いくらだったのか恐ろしくてあまり想像したくないが、特にあれから誰からも支払の催促は来てないし、誰かが奢ってくれたのだと信じたい…。
「ねー先生ってば。無視とかひどくね?」
「ノーコメント」
仕方ないから返事してやった。すると生徒がしたり顔で笑った。
「あ、これはあるね。間違いないね。あるからノーコメントなんだね。いいなあ、俺も早く大人になりてー。先生みたいに風俗で遊びてー」
失礼なことを言う。俺は風俗で遊ぶ趣味はない。
特に紗妃と出会ってからはそういう類には見向きもしなくなった。
紗妃にしか欲情しなくなったからとも言える。それくらい紗妃は凄いのだ。お前にはぜってー教えてやんねーけど。
しかしながら、つい先週キャバクラに行った事実があるだけに、きっぱりと拒否することもできずにいると、突然教室のドアが開いた。
自然、そちらを見て――俺はぎょっとした。
そこにいたのは、部活に行ったはずの紗妃だったからだ。
「…すみません。忘れ物したので」
一見いつもどおりの紗妃だが、気のせいだろうか…いや、絶対気のせいじゃない、纏う雰囲気が氷のように冷たい。
紗妃は唖然とする俺と男子達に構わず、スタスタと自席に戻り、忘れ物らしきノートを取り出すと、「失礼しました」と一礼して足早に教室を後にした。
ドアを閉めるその瞬間、目が合って――言い方こそ丁寧だったが、目が全く笑っていない。
…もしかしなくても、さっきの会話聞かれたのだろうか。
「うわああ最悪!まさか原田に聞かれるとは…!死ねる…俺、いますぐ死ねる…」
さっきまでの得意顔はどこへやら、男子生徒が机に突っ伏して己の言動を今更後悔していた。
男子の中でも『高嶺の花』と称される紗妃に、さっきの話を聞かれたことがよほどショックなのだろう。
だがそんなことはどうでもいい。むしろ内容が内容なだけにこいつは軽蔑されて当然だ。後悔の海の底まで沈んだらもう二度と浮き上がってこなくていいと思う。だが俺まで巻き込まれるのは納得いかない。
だって最後のあの表情――まるで汚らしいものを見るような目をしていた。絶対誤解された。
一体なんと説明したらいいんだろう…そう思うと、一気にこの後の部活が憂鬱になった。




