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今日の敵は明日の恋人〜先生に恋をしました〜  作者: RIKA
挿話2

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54/64

BATTLE

部活の休憩時間、先生は時々コートに入ってショットの練習をすることがある。

「他人がやってるのを見ると無性にやりたくなる」と以前に言っていたことがあるから、そういうことなのだろう。

小さい頃からバスケをやっていて、高校時代にはインターハイにもキャプテンとして出場した先生。

フォームやドリブルはため息をつくほど完璧で、寸分の狂いもなくゴールを決める。まるでボールが意思を持って自ら飛び込んでいるんじゃないかと思うほどに。


機嫌がいいと部員の希望に応えて時々ダンクも見せてくれるんだけど、そのときは誰もが見とれる。

隣のコートで練習している他の部活動生ですら、例外じゃない。いつも先生の厳しさに批判的な美玖――バスケ部のもう一人のマネージャー――も、その一人だ。


「うーん、さすがの上手さ!」

「本当、見とれちゃうね」

「隠れファンけっこう多いらしいしねえ。ま、紗妃にしてみれば眞中くんが一番だろうけど?」


肘でつんつんと腕を突かれて、私は困惑気味に美玖を見た。

美玖はどうも私と眞中くんが両片思いだと思っているらしく、ことあるごとに、こうして揶揄ってくる。その度に私は否定しているのだけど、それすらただの照れ隠しと思っているらしい。


「眞中くんとはそういう関係じゃないから。彼も迷惑だろうし」

「何言ってんの!あれは完全に好きでしょ、紗妃のこと。だって眞中くんが紗紀とのこと否定したの、聞いたことないよ?」


それは…、と返そうとした瞬間、観客が突然わっと騒ぎ始めたのが聞こえた。

振り向くと、眞中くんが一人でコートに入ろうとしていたところだった。


「手合わせお願いします」


丁寧だけど、その瞳は燃えている。だけどそれは先生も負けていない。

不敵な笑みで眞中くんを迎え入れた。


「この前のリベンジか?懲りないやつだな」


その言葉通り、実はついこの前も、休憩時間に先生と眞中くんはどちらが多くシュートを決められるかで対決をしていた。その勝負は驚くほどの接戦で、結果はわずか3ポイント差で先生の勝利だった。


「俺が勝ったら、ひとつ頼み聞いてください」

「おもしろいな、賭けってわけか。何を望む?」

「それは…」


急に私の方を振り向いた眞中くん。その熱い視線に胸がどくりと鳴った。

…まさか?


「勝ってから言います」


眞中くんの視線を追いかけ、こちらを振り向いた先生と視線が合う。

先生も眞中くんが何を言わんとしているの気付いたのかもしれない、一瞬にしてその表情が変わった。


「今日は1on1でどうですか」

「いいよ。なら10分の時間制、オフェンス失敗で攻守交替にしようか」

「分かりました」


1on1とは、1対1で対戦するゲーム形式で、オフェンス(攻撃)とディフェンス(守備)に分かれて戦う。今回は、オフェンスがシュートを外したり、ミスしたりしたら攻守を交代して、10分間でどちらが多く点を取れるかで勝敗を決めるらしい。

1on1は通常、◯点先取とすることが多いのだけれど、今は休憩時間ということもあって時間制にしたのだろう。


「最初のオフェンスは先生に譲りますよ」

「随分余裕だな」


挑戦的な態度に、先生がどこか楽しそうに笑う。


「無駄に手加減とかしないでくださいね。あとでケチつけられたくないんで」

「監督としては、その闘志に応えないわけにはいかないよな」


突然の展開に、周囲の声援はさらに大きくなる。

眞中くんを応援する声と、先生を応援する声は、どちらも半々といったところ。


「うひゃーっ、眞中くん、勝ったら絶対紗妃とのこと認めてくださいって言うつもりだよ!当然、応援するのは眞中くんだよね?」

「私は…」


どちらを応援するかなんて、決まっている。

でも眞中くんはうちのエース、大学もスポーツ推薦でいくんじゃないかって噂されているほどの腕前。

実際、先生も眞中くんのことは、かなり試合では頼りにしているのだ。

対して、先生は膝の故障で現役を退いてもう何年も経つ。日常生活や軽い運動なら問題ないとはいえ、今も膝に不安があるのは間違いなく、それがどう影響するか正直想像もつかない。


コートの中で、二人が対峙する。

自分より長身で180cm超えの先生を前にしても、眞中くんは全く怯む気配がない。

「チェック」

言って、先生がボールを眞中くんにパスした。

「OKです」

それを先生にパスし返す眞中くん。

これはチェックボールといって、ディフェンスがオフェンスに送る試合開始OKの合図だ。

そして受け取ったボールを先生が軽く弾ませたその瞬間、ついにゲームが幕を開けた。




――念のため補足しておくなら、眞中くんは決してディフェンスが不得意なわけではない。

ただ、それを疑ってしまうほど先生の攻撃力と判断力が優れていただけ。

先生が右に一歩踏み出した瞬間、すぐさま眞中くんは反応したけれど、それすら先生にはお見通しだった。すぐさま逆方向へ大きくステップして、一瞬でディフェンスの壁を崩した。


「はやっ!」


先生の鮮やかな身のこなしに、隣の美玖が声をあげた。

だけど彼女だけでなく、きっと見ている誰もがそう思っただろう。

眞中くんが慌てて追いかけるけど、もう後の祭り。

先生はそのままゴールまで駆けだすと、あっという間に片手でレイアップシュートを決めた。


「さっすがー!」

「すげー!」


無駄なんて一切ない、まるで最初から手順が決められていたような先生のプレーに、体育館が大きくどよめいた。

気付けば、コートの周りを囲む観客の数が増えている。騒ぎを聞きつけ、他の生徒たちが集まってきたらしい。

それも無理のないことかもしれない、監督とエースの1on1対決なんて、次にいつ見られるかわからない。

注目の一戦を、誰もが興奮気味に見つめていた。


「手加減してやろうか?」

「いらないって言ったでしょ」

「強がるねえ」


楽しそうに笑ってボールを弾ませながら、先生がトップ(スリーポイントラインの中央)に戻る。

シュートを決めるごとに、こうやって仕切り直すのだ。


そうして始まった2回目も、やはり先生が優勢。でもさっきと違い、今度は簡単に通れなかった。

脚の間を通すドリブルで切り返しのタイミングを探ったり、フェイントをかけたりといった先生の挑発にも乗らない眞中くん。即座にミスを修正できる対応力はさすがエースといったところ。

そして彼は、先生の姿勢がわずかに綻んだ瞬間を見逃さなかった。

眞中くんは今度こそボールを奪いとると、トップに戻って得意げに先生を見やった。

先生のオフェンス失敗、これで攻撃権は眞中くんに移る。


「やるなぁ」

「だてに毎日、厳しい練習に耐えてるわけじゃないですから」

「だな。監督冥利に尽きるよ」


先生は眞中くんの前に立ち、低い姿勢で大きく手を広げディフェンスの構えを見せた。――攻めてこい、の意だ。


ダン、とボールが弾む。

眞中くんはどちらかといえば速攻が得意な選手で、ボールを手にしたら、その俊足と巧みな技でディフェンスを抜き、ゴールを狙えるのが強みだ。

先生もそれは高く評価しているし、部員の誰もが否定できない。

だけど、今はどうだろう。

まるで眞中くんの頭の中を読んでいるみたいに先生がその前に立ちはだかっている。

なんとか突破口を見つけたい眞中くんとは対照的に、先生は余裕の表情。

眞中くんが追い抜こうとしても、距離を取ろうとしても、先生はすぐに体を寄せて動きを封じてくる。そう、まるで抜け道がないのだ。


いつしか館内は静まり返り、誰もが試合の行方を固唾を吞んで見守っていた。

真剣勝負、そうとしか形容の仕様がないゲーム。

二人がそこまで意地になるのは男のプライドなのか、それとも…――。


互いに譲らない攻防戦が暫し続いた末、眞中くんが動いた。

ほんの一瞬、ディフェンスの隙を見極めると、深く踏み込んだ足から爆発的な一歩を踏み出す。

それに先生は即座に反応したけれど、半歩遅れた。

眞中くんは素早く身をひるがえして抜け出すと、そのままゴール目指して走りだす。

速度は互角、故に、勝敗を決したのは経験の差だったとしか言いようがない。

眞中くんがシュートモーションに入ったそのとき、ボールの軌道を読んだ先生がその手を高く伸ばした。


――ガンッ!


乾いた音とともにボールは弾き飛ばされ、床に落ちた。

先生の見事なディフェンスに歓声があがると同時に、眞中くんが着地の際にバランスを崩してしまい、片膝をつくようにしてその場に崩れ落ちた。


「…ってぇ」

少し顔をしかめて、眞中くんが膝を押さえた。異変に気付いた先生が顔色を変えて駆け寄る。


「おい、大丈夫か?」


先生が手を差し出したけれど、眞中くんは「平気です」と言って断った。でも立ち上がろうとして途中でまた膝に手を当て、顔を歪めた。


「保健室行ってこい」

「大丈夫です、これくらい…」

「アホ。来週試合があんだぞ、行ってこい。――原田、眞中を保健室まで連れて行ってやって」

「え…」


指名されて、私は一瞬上手く反応できなかった。周りの観衆も面白そうにざわめいている。

だけど先生は何の表情を変えることもなく、視線で私を促した。


「じゃないと、こいつ本当に行かなさそうだから。さ、他の奴らは練習再開!」


その一言によって、長かったような短かったような――私を始終ハラハラさせたゲームは、ようやく終わりを告げた。



**



「大丈夫…?」

体育館を出たところで尋ねると、眞中くんが足を引きずりながら首を横に振った。

「ん…悪いけど、上手く歩けないや。肩貸してくれない?」

「うん」


頷くと、眞中くんの腕が肩に回った。自然と顔が近寄って、至近距離で目が合う。

咄嗟に顔を背けたら、頬のすぐ左側からくすくす笑う声が聞こえた。


「ひっでー。何もそんなあからさまに拒否しなくても」

「ち、ちが…っ!だってなんか、近くて…っ」

「照れた顔も可愛いから許すけど」

「ま、眞中くん…っ」

「こういうの役得っていうのかな。怪我してラッキー」

「もう…っ、そんなこと言って。来週試合なんだよ?治らなかったらどうするの?」

「紗妃につきっきりで看病してもらう」

「そういうこと言ってるんじゃなくてっ!」


真面目な話なのに冗談に変えてしまう眞中くんをねめつけると、一体何がおかしいのか、眞中くんが声をあげて笑った。

だけど彼の怪我は本当に深刻なようで、歩く速度は遅い。

もしかすると痛みを隠すためにわざとこんな明るく振る舞っているのかな…。


「あーあ、結局勝てなかったし。かっこ悪いところ、紗妃には見せたくなかったのにな」

さっきより幾分気落ちした声音で眞中くんが呟いた。

「かっこ悪いだなんて、そんな。すごい試合だったよ」

「まぁ、紗妃は担任しか見てないし、俺なんか応援してないか」

「…眞中くん」


そんなことない、と嘘でも言えない自分が申し訳なかった。

出来れば二人が戦うところは見たくなかったけど…先生ばかり視線で追いかけていたのは事実だ。


「勝ったら、紗妃とデートさせろって言おうと思ってたのにな」

「…眞中くんには、私よりもっと素敵な人がいると思うよ」


やんわりと遠まわしに断ったら、眞中くんが自嘲気味に笑った。


「紗妃ってズルイよなぁ。すぐそうやって誤魔化すんだ」

「誤魔化してなんか…っ」

「そんなところも含めて好きだからしょーがないんだけどさ」


平然と告白されて、思わず胸がドキッとしてしまった。

…眞中くんだって、ズルイと思う。

そんなこと、こんな時にさらっと言わないで。

それでも私はその期待に応えることは、永遠にできないけれど…。


「…念のため、病院行ったほうがいいよ。先生、本当に眞中くんのこと頼りにしてるんだから」

「紗妃がもし俺にキスとかしてくれたりしたら、すぐに治るんだけどなー」

「もう、またそんな冗談…っ」

「――冗談かどうか、試してみれば?」


見下ろす瞳が、真直ぐに私を射抜く。冗談のはずなのに、そう言いきれない瞳だった。

…どうしてそんなに切なげな目で私を見るの?

だけど、私はダメだよ――だってもう、先生以外考えられない。


「そんなの…できるわけないでしょう?…ほら、保健室」

彼の直視を受け止めきれず視線を背けた先に、ようやく保健室が見えた。

「サンキュ。ここからは一人で行くよ」

「え、でも」

「君川先生のこと、苦手なんだろ?担任とデキてるって噂、まだあるらしいし。勿論、俺としてはそうであってほしいけど」


最後の一言が胸に鋭く突き刺さった。気まずく視線を逸らした私を、眞中くんが肩をすくめて見やる。


「嘘だよ、ごめん。…紗妃はほんと、担任のことになると動揺するよな。分かりやすすぎ。気を付けないとすぐ他の奴らにバレちゃうよ?」

「ま、眞中くんっ」


彼の冗談に私が顔を真っ赤にすると、眞中くんは声をあげて笑った。

だけどそのあと急に真剣な表情になり、私を真っ直ぐに見据えて…。


「…なぁ、紗妃。俺、また担任に挑むから。勝つまで挑むから。だからもし俺が勝ったら…」


「――勝つなんてありえねーから想像するだけ無駄」


突然、眞中くんのものとは違う低い声が後に続いて、私と眞中くんはその声の方を振り向いた。

そこにいたのは驚いたことに、いつの間に来たのだろう、見るからに不穏な雰囲気をまとった先生だった。


「遅いと思ったらどーりで…保健室まで付き添ってとは言ったけど、肩を貸していいなんて俺は一言も言ってない」


先生は険しい表情のままこちらへ歩み寄ると、私の肩に回っていた眞中くんの腕をガッと引き離した。


「先生、そんな乱暴な…!」

「眞中、お前一人で歩けるだろ。演技だってバレバレなんだよ」

「えっ!」


驚いて眞中くんを見上げると、眞中くんは「ちぇ、バレたか」と悪戯っぽい笑みを浮かべて歩いてみせた。その歩き方は、多少違和感のようなものはあるとはいえ、注意して見なければ分からない程度。


「こんなのに引っかかるのは紗妃ぐらいだったか。でも俺的には美味しい想いしたから、まぁいっかな」


悪びれもしない眞中くんに私は何度か目をぱちぱちさせ、そしてようやく状況を把握した。

つまり眞中くんの怪我は一人で歩けるような軽傷で、彼は私の肩を借りるためにわざと痛いふりをしていたのだ。

――完全に騙された。


「とっとと保健室に行け。原田、練習に戻るよ」


先生は憮然とした表情で保健室を指さすと、唖然とする私の腕を掴んで踵を返した。

腕を引かれながら振り返ると、やれやれとため息をついて苦笑する眞中くんが見えた。


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