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今日の敵は明日の恋人〜先生に恋をしました〜  作者: RIKA
挿話2

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君を、失いたくない 3 -side Ryu-

ホテルに戻ったら、教頭がかんかんに怒っていた。

他の教員に聞いたところによると、紗妃が君川に無礼な態度をとったらしい。

いつも礼儀正しい彼女がなぜそんな振る舞いをしたのかは分からない。

だがそのことにも、いなくなったことにも、きっと理由があるはずだ。


だから紗妃を部屋に呼んで詳しく聞き出そうとしたのだが、理由はおろか、宥めることすらできなかった。それどころか全ての原因は俺だと言わんばかりに激しく詰られて。

最後、制止を振り切って部屋を飛び出した彼女は、いつの間にかそこで待っていた佳穂に連れられて行ってしまった。


やむをえず部屋に戻った俺は、ベッドに腰を下ろすとひたすら考えを巡らせていた。


――「私みたいなコドモ、騙すのなんて簡単だって思ってるんでしょう!?」

――「君川先生が好きなら、そうはっきりと言えばいいのに」

――「私だけって、言ったのに!…先生なんて、大嫌い!」


大嫌い、という言葉がショックだった。思い出して、さらに深く傷つく。

だが今はそれにへこんでいる場合じゃない。

涙を零して俺を睨みつける紗妃の瞳は、明らかに失望し、傷ついていた。


「一体なんなんだ…?」


本気で分からなかった。何ひとつ、理解できない。

騙されたってなんだよ。君川が好きってなんだよ。俺が好きなのは紗妃だけなのに。

遊びだったら生徒になんか手をださない。人生を賭けてまで、こんなリスクを背負うものか。


考えろ。考えろ。何かがおかしい。

俺と紗妃の間で、何かが決定的に食い違っている。

それを紐解かなければ、この状況を打破できない。

手掛かりはどこかにきっと隠されているはずだ。例えば、紗妃が放った言葉の中に。


どうして俺に騙されたって思ったんだ?俺が君川を好きだとなぜ勘違いしている?

確かにいい友人だけど、恋愛感情なんてサッパリない。

そりゃ、昼間にちょっと情緒不安定な君川を多少車で励ましたりはしたけど…。


「――あ」


そこまで思って、俺は気がついた。

…そういえば、君川に抱きつかれた時、そのままにしていた瞬間があった。

それはただの友情からくる慰めの意味だったが、もしも紗妃があれを見ていたとしたら。


(…まさか)


少しずつ、推測が確信に近づいていく。

車という密室で、親密そうに寄り添う二人。外から見たら、そういう関係に見えたのかもしれない。


(それに、紗妃がいなくなった公園は確かあの通りだった)


君川が抱きついてきたのは、確かその前の道路で信号にひっかかったときじゃなかったか。

あのほんのわずかな瞬間に、紗妃があそこから俺たちを見ていたとしたら、勘違いしても不思議じゃない。

だとすれば、紗妃が君川に冷たい態度を取ったのも、激しく俺に怒ったのも――その言動の全てが理解できる。


「…嘘だろ…」


予想が当たっているのだとしたら、なんというタイミングの悪さ。よりによって、どうしてあの瞬間に…最悪すぎる。

静かな部屋に、大きなため息が溶けた。



***



修学旅行4日目。

気分が乗らなくても、仕事はしなければならない。

俺はいつもの様子で朝から生徒たちを引率し、淡々とやるべきことをこなした。

そんな中でも、何度か紗妃に電話したし、メッセージも送った。

だけど彼女が電話にでることはなく、メッセージも返ってこない。

携帯が震える度に期待して、落胆して。そんなことがもう、何度繰り返されたことだろう。


「やっと修学旅行も明日で終わりですねぇ」

隣を歩いていた橋本先生が言ったので、「そうですね」となんとか笑いながら相槌をうつ。

正直、笑うのも今はしんどい。


「原田の様子はいかがですか?原因は分かったんですか?教頭先生の立腹加減からすると、どうやら道に迷っただけじゃないような気がするんですが」

「それが、まだ分からなくて…。たぶん、プライベートなことだと思うのですが」

「そうですか。あの子は優等生というイメージが強かったので、今回の件は驚きました」

「…そうですね」


橋本先生の言う通り、教師の中でも紗妃の印象は非常に良い。

その紗妃がこの修学旅行で問題を起こしたことは、少なからず彼女のこれまでのイメージを覆したと言える。


「何か私にできることがあれば言ってください」

「ありがとうございます」


労う橋本先生の言葉に力なく頷いたその時、「センセイ」と後ろから呼び止める声がした。

橋本先生と二人同時に振り返ると、そこにいたのは、昨夜と同じく殺気立った様子の佳穂。

佳穂はただまっすぐに俺を睨み付けると、静かに言った。


「高上センセイ。ちょっと、いいですか?」



***



橋本先生には先に行ってもらい、佳穂と二人残った。

考えてみれば、佳穂と二人きりになるなんて久しぶりだった。いつも傍には、紗妃がいたから。


「どういうこと?」


人通りの少ない場所に寂しく置かれたベンチに座った俺を、佳穂が腕を組んで上から睨み付けた。

わが妹ながら、怒ったときの威圧感は相当なものだ。


「浮気したってホントなの?もう信じられないって、紗妃泣いてたよ」


般若のような顔して俺を見下ろす佳穂の言葉に、俺はため息をついた。


「んなわけねーだろ。紗妃がただ誤解してるんだよ」

「でも紗妃は車の中で君川先生と抱き合ってたところ見たって言ってたよ」


やはり、と思った。

どうやら俺の予想は、当たっていたらしい。


「だから誤解だって。抱き合ってたんじゃない。抱きつかれたんだ」

「それはすぐに振りほどいた?」


問われて、言葉に詰まる。そんな俺に、佳穂が呆れたようにため息ついた。


「なんで振りほどかないのよ。…まさかちょっとでもぐらっときたんじゃないでしょうね?」

「んなワケあるか」


ぐらっとどころか、そんな感情一切ない。


「相談に乗ってたんだよ。それでちょっと色々あって…」

「あのね。『色々あった』は言い訳にはならないでしょ。紗妃がどれだけ傷ついたか分かってるの?紗妃の過去、知ってるでしょ。なんでそういうことができるわけ?」

「しょうがないだろ。まさかあそこにいるだなんて思いもしなかったんだよ」


そもそも、抱きつかれたこと自体が予想外だったのだ。

ましてや、それを誰かに見られているかもなんて、考えられるはずもない。


「ならちゃんと誤解を解いてよ!紗妃、昨日の夜ずっと泣いてたんだから。紗妃は本当に兄貴を信じてたんだよ。なのに兄貴は…」

「俺の話を聞かないのは紗妃のほうだろ?」


たまらず、佳穂を見上げて遮った。

上手くいかない状況や出口の見えない誤解が、昨日から心の奥でずっと燻っている。

その上こうして責められたら、いい加減、気持ちが爆発しそうだった。

なんとかそれを抑え込もうと煙草に火をつけたが、それでも到底収まらない苛立ち。


俺は浮気なんかしてない。それどころか、誘ってきた君川をきっぱり断った。

誤解を解く努力ならしているじゃないか。

何度も電話した。留守電も残して、メッセージだって送った。

それなのに、紗妃は返事のひとつも返してこない。

俺と向き合わないのは紗妃のほうなのに、なにかも全部、俺が悪いのだろうか?


「俺は説明しようとしてる。でもそれを紗妃が拒む。じゃあ俺はどうすりゃいいんだよ?強引に紗妃の部屋に行って、俺を拒否する紗妃を組み伏せばいいのか?そしたら俺を尚更信じられなくなるだろ。会うのもダメ、電話もダメ、メッセージもダメ。他に意思を伝える手段あるか?」


反論できずに、佳穂が唇をぎゅっと噛んだ。

友人想いの妹相手に辛い態度をとってしまって、自分でも嫌気がさす。

何とか自分を宥めようとしていたのに、結局煙草なんかじゃ何の慰めにもならなかった。


「紗妃がちゃんと俺と向き合ってくれるまで、俺には何もできることがない。…あるとしたら教えてくれ」


佳穂にさえ、この際すがりたかった。一体どうすれば紗妃は俺の話を聞いてくれる?

このままじゃいけないっていうことだけは分かってる。

誤解を解かなくちゃいけない、じゃないと元に戻れなくなる。

だけどじゃあ、俺の話を拒む紗妃をどうすればいいんだ?

会話っていうのは相手の意思があって成り立つものだろう。

俺一人一方的に話したところで、拒否する紗妃に何が伝わるっていうんだ。


「俺が好きなのは紗妃だけだ。お前がそう言って信じてくれるなら、そう伝えてほしい」


それでも多分、今の紗妃には伝わらないだろうけど。


「…分かった」

暫し沈黙した佳穂がそう言って口を開いた。

「あたしから紗妃に伝えてみる。とりあえず、浮気はしてない。それは事実なのね?」

「当たり前だろ」

「そう、了解。じゃ、私行くから」


佳穂はそう言って俺に背を向ける。だけど歩き出す間際、もう一度俺を振り返って言った。


「私、兄貴たちのこと、誰より応援してる。でも、私は紗妃の味方だから。それだけは…覚えていて」


去っていく佳穂の背中に一度舌打ちして、俺は道に落とした煙草を強く踏み潰す。

頭上に眩しく輝いていた太陽が少し、雲に隠れた。


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