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今日の敵は明日の恋人〜先生に恋をしました〜  作者: RIKA
挿話2

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君を、失いたくない 1 -side Ryu-

龍視点です。

時間軸は 2-7.慟哭 ~ 2-13.本音と強がりの間 です。

修学旅行3日目。

1日自由行動の今日、俺は同僚の君川とペアを組んでコース内を見回っていた。

生徒たちの様子を確認することが建前だが、実際はこっそりと観光に回ったり、お土産を買ったりしている。

――せっかく九州まで来たのに、ガキの面倒ばっか見てられるかっつーの。

…おっと失言、今のは軽く聞き流してくれ。


「考えてみれば、こうして二人になるのって初めてよね」


助手席に座る君川が柔らかく微笑んだ。

そうだな、と頷いたが、仕事とはいえ、実を言えばこの状況に少し困惑していた。

というのも、いつの間にか俺と君川が付き合ってるなどという根も葉もない噂が生徒の間に出回っているからだ。

ご丁寧に真相を確かめに来た生徒にはきっぱり否定しておいたが、一体誰が言い始めたんだか。

どうせ噂になるなら紗妃とのほうがいい。…なんて、それこそ大問題か。


「大友に知られたら俺、殺されるな」

ハンドルを握りながらそう呟いた俺に君川が苦笑した。

大友和義おおとも かずよし。大学時代からの友人で、現在は都内の公立高校で教師をしている。

君川はその大友と大学の頃からずっと付き合っていて、今では婚約している。


「お前らも長いよなぁ、けっこう。そろそろ結婚とか話でてるの?」

「……。」


軽い気持ちで尋ねたが、君川は押し黙ってしまった。

ちらりと見やると、何やら思いつめた顔をしている。

何かまずいことを訊いてしまったらしい。


「あ、ごめん。変なこと聞いたかな。忘れていいから」

「ううん、そうじゃなくて…」


窓の外を憂鬱そうに見つめていた君川は、それからゆっくりと俺に視線を移した。


「ねぇ、高上くん」

「ん?」

「例えば、もし一晩だけ相手になってってお願いしたら…頷いてくれる?」

「はっ?」


横から聞こえてきた突拍子もない提案は、色んな意味で衝撃だった。

何の冗談かと君川をちらりと見やったが、思った以上に真剣な眼差しとぶつかる。

昔から清純派で、ましてや婚約している君川の口からそんな言葉が出てくるなんて想像もしていなかったので、俺は返答に困った。


「だって、大学時代はいろんな女の子と、その…仲良くしてたでしょう?」


言葉を選んではいたものの、彼女が何を言わんとしているのかは分かった。

大学時代、自分で言うのもなんだが、見た目も成績もそれなりに良かった俺はけっこうモテた。そしてそれを自覚していたので、来るもの拒まず状態だったと言っても過言ではない。

つまるところ、調子に乗っていたのだ。

友人たちにもそのことを冷やかされるほどだったので、大友経由で君川も耳にしたのだろう。


「私じゃダメかな…。タイプじゃ、ない?」


正直、タイプでないわけではない。が、もう君川をそんな風には見れない。

だって俺には紗妃がいる。

そして、友人の女に手は出せない。


「こんなこと頼めるの、高上くんしかいないの」


悪い冗談だが、君川の声は懇願にも聞こえた。

だからこちらも真面目に、誠意を持って答えた。


「ごめん。それは無理」


きっぱり断ったら、隣の君川が力なく俯いた。

傷つけてしまっただろうか。だとしても、その願いを叶えることはできない。


「俺、彼女がいる。その子以外はもう考えられないんだ」


言いながら、いつも柔らかく微笑む最愛の人を想う。

いつだって、どこで何をしていても、心の片隅には紗妃がいる。

ずっと好きで、叶わない片想いだって思ってたけど奇跡が起きた。今までたくさん傷ついてきた分、その笑顔をこれからは俺が守るとあの日誓った。それなのに、どうして悲しませるようなことなどできるだろう。


「…そう、よね。うん、分かってた。最近、なんか高上くん変わったなあって思ってたし」

「え、そう?」

「うん。前より穏やかに笑うようになった」


あまり自覚がなかったが、前から俺を知る君川が言うなら本当なのかもしれない。

それに、心当たりだってある。だって紗妃という人生最大の安らぎを得た。


「だからね、きっと断られるって分かってた。でもこういうこと相談できるの、高上くんだけだったの。だって私…悔しくて」

「…『悔しくて』?」

「私たち、ひょっとしたらもうダメかもしれない」

「え」


それは思ってもいない告白だった。てっきり、二人は上手くいっていると思っていたから、なおさら。

でも君川の様子を見ると、どうやら雲行きは本当に怪しいようだ。


「何があった?」

「…分からない。でも最近、なんだか様子が変っていうか。…電話をね。私の前で隠すようになったの、最近」

「大友が?」

彼女は小さく頷く。

「和義が何を考えているのか、全く分からないの。冷たいままならいっそいいのに、思い出したように突然優しくなったりして。どうして?それが男の人なの?どうしたらいいか、全然分からない。だから、もし私が浮気したら本当の気持ちが知れるんじゃないかなって思って…」


今にも泣きそうな声で言われると、なんだかこっちが悪いことをしたような気がしてしまう。

俺はひとつ息をついて、ハンドルを握り締めた。


「…何か理由があるんじゃないかな。別れ話はでてないんだろ?」

「うん…」

「じゃあ少なくとも、君川のことはまだ好きなんだと思うよ」

「そうかしら…」

「そうだろ。あいつは単純だし、白黒はっきりしてる奴だから。それに、何を考えているかなんて、他人である以上分からないもんさ。ひょっとしたら、あいつもただ一人になりたいだけなのかもしれない。そういうこともあるって思う。人生は浮き沈みだからな…ちょっと違うか」


せっかくいいことを言ったつもりだったのに、最後微妙に論点がずれてしまった。もったいない。

でも君川がそれで少し笑ってくれたから、良しとしよう。


「ふふっ。…ありがとう。なんだかちょっと楽になった気がする」

「ならよかった。…あとさ、不安があるならはっきり言ったほうがいいよ。俺ならそうしてほしい」


今の時代には珍しいほど謙虚な紗妃。

それは紗妃のいいところでもあるけれど、そのせいで我慢しすぎるところがあるのも事実。

もちろん、それも含めて愛しいと思っている。でももう少し頼って甘えてくれてもいいのにと、時に寂しく思う。


車は公園前の大通りに向かって走りぬけていく。その交差点に差しかかった時、ちょうど信号に引っかかった。交通量が多く、右折矢印信号もあるから、青になるまで少し時間がかかるだろう。

俺は一つ息を吐いてハンドルから手を離し、助手席に視線を移す。

そこにいるのは君川だけど、心の中にいるのは紗妃だった。…いつだって、紗妃だけだ。


「どっちにしても、このままじゃ何も解決しない。よく話し合えよ」

「…そうね」


君川の泣きそうな横顔が、なぜか紗妃のそれと重なった。

今にも消えてしまいそうなほど儚くて、脆い。それでも強くあろうと前を向くひたむきさ。

それを守りたい、と思ったのは本能としか言いようがなくて…。


突然その頬に触れた俺を、君川が息を呑んで見上げた。

驚きと躊躇いの眼差しに、自分が何をしてしまったか唐突に気付く。


「…あ、ごめん」


はっと我に返って、俺は自分の手を離した。それと同時に内心ひどく動揺していた。

今のは自分でもよく分からない行動だった。なぜ君川に触れてしまったのだろう。

俺は一体何をしているんだ?全くどうかしている。

君川と紗妃を、まさか見間違えるなんて――。


「…――!?」


と、突然に君川の腕が俺に伸びてきた。

抵抗する間もなく抱きつかれて、頭の中が真っ白になった。


「君川…?」

「今だけでいいの。ほんの少しだけ、胸を貸して。…不思議。一人でも泣けなかったのに、高上くんの言葉で涙が止まらないの」


きっと、その手を俺は振りほどくべきだった。

でもそうできなかったのは、俺から手を伸ばしてしまった罪悪感があったからだ。

結局突き放すこともできないまま、俺は一度だけ、彼女の髪を撫でた。

だけど優しくできるのはそこまで。胸を貸すことしか俺にはできない。


「俺には頑張れとしか言えないけど。でもお前たちは大丈夫だって信じてる」

「…そう思う?」

「もちろん」

「ありがとう。本当、優しいね。高上くんの彼女ってきっと幸せだね」

「そうかな…」


断言できなかったのは、この禁断の関係に後ろめたさを感じているからに他ならない。

相手が俺じゃなかったら、教師じゃなかったら。

紗妃は何の気兼ねもなく楽しい恋愛ができていたんじゃないか。

気軽に街を歩いて、人前で手を繋げる。食事にだって行ける、遊びにも行ける。

大人として、彼女の幸せだけを願うなら、本当はこの想いを殺して身を引くべきなのだろう。

でも、できない。そんなこと、微塵も思えない。倫理などクソ食らえだと、本心が叫んでいる。

だから俺は優しくなんかない、むしろエゴの塊だ。

紗妃が一生そのことに気付かなければいいと、本気で願っているんだから。


「そうだよ。さっきの言葉聞いて、愛してるんだなって思ったもん」

「――それ以上さ」


この想いを表すのに、愛してるなんて言葉じゃもうぬるすぎる。

かけがえのない存在。俺の生きる証。何を犠牲にしても守りたい人。

紗妃が俺の全てだ。紗妃がいるから、俺は生きていける。それだけは疑いようのない真実なんだ。


「やっぱり高上くん、変わったよ。前はそこまで恋愛に本気になるような人じゃなかったもん」

「…否定しないよ、それは」


揶揄うような君川に俺は苦笑した。

そうしたところで信号が青に変わって、止まっていた車が順に動き出す。

どちらからともなくそれぞれシートに座りなおしたあと、車の流れに乗るようにして俺はアクセルを踏んだ。

サイドミラーに映っていた紗妃には、全く気づかなかった。


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