君を、諦めたくない 1 -side Manaka-
眞中視点です。
彼女を高嶺の花だ、と言い出したのは誰だったのだろう。
その言葉通り、高校二年生の春に転入してきた原田は、気高く咲く一輪の花のように凛とした人物だった。
いつも穏やかで、強く主張しないけどそこにいることを無視できないような存在。
他の女子とはどこか違う雰囲気を持つ彼女は、特に男子に対して、一定の距離を保っているように見えた。
だから、彼女が男子バスケ部のマネージャーとして紹介されたときは、正直驚いた。
どう見ても男子が苦手そうなのに、なんでわざわざ男子バスケ部に?って。
けれどすぐに顧問――俺のクラス担任でもある――に勧誘されたからだと知って、なるほど、と一人納得していた。つまりただの好感度稼ぎ、打算あってのことなのだ、と。
――でも。
それは全くの勘違いだった。
最初のうち、彼女は淡々と仕事をこなすだけだった。部室の掃除、スコアの記録、ドリンクの補充、ユニフォームやタオルの洗濯…。
ところがそれらの雑務をあっという間に覚えると余裕がでてきたのか、練習の合間、彼女の視線はよくコートの流れを追うようになった。
こまめにボールの状態をチェックし、練習の邪魔にならないよう絶妙なタイミングで回収する。
彼女がマネージャーになり業務負荷が分散されたことで、もう一人のマネージャー・佐原の動きも良くなり、明らかに部活の快適度が増したように思う。
つまり原田はあっという間に男バスにとって必要不可欠な存在になったというわけだ。
(ま、元バスケ部らしいし。何より、あの鬼顧問が目をつけるぐらいだもんな)
それこそド素人をマネージャーにスカウトするはずないよな。
と、その時は、ただそう思っていただけだった。
それ以上彼女を知る理由も、きっかけもなかったのだ。…そう、あの日までは。
「キャー!眞中くん、かっこいい~!」
ある日、いつものようにコートで自主練していると、ギャラリーがうるさく騒ぎ出した。
校内の女子生徒が練習を見に来ることは日常茶飯事なので、たいして驚きはない。もはや聞き慣れた騒音となっている。
「いいよな~モテる男は」
「とっとと彼女作れよお前は!そしてファンの子たちに幻滅されろ、罵られろ!」
こんな風に仲間に冷やかされるのだって、もうなんとも思わなくなった。
ちなみに、今好きな子はいない。恋愛よりも、俺の関心はバスケにある。
ふと視線を観客によこすと、それだけで女子たちが黄色い歓声をあげた。
もう少し静かにして欲しいな、と思う本音を隠しつつも愛想よく手を挙げると、「笑った顔も素敵~!」「がんばって~!」とさらに声が大きくなる。
誰かと付き合う気はないが、モテること自体は素直に嬉しい。応援されたら期待に応えたいと思う。
と、マネージャー席に座る原田と視線が合った。彼女も俺の練習をじっと見ていたのだろう。でもすぐに気まずく視線を逸らされてしまって、なんだかおもしろくない。
(そのうち、原田に告白されたりなんかして)
そうしたら、仲間たちから激しく詰られることだろう。なんせ、愛想はなくとも最近の活躍ぶり、そして何よりその整った容姿から、数少ない部活の癒しだと部員達の間で評判なのだ。
その時はなんと言って断ろうか。いつまでマネージャーを続けるつもりなのかは知らないが、クラスも部活も同じだからあまり波風は立てたくない。
そんな暢気なことを考えながら、俺は目の前のボールを追いかけていた。
「――眞中くん」
練習後、部室に戻ろうとしたところで呼び止められた。
振り返ると、原田が俺に駆け寄ってくるところだった。
「あの、これ…時間がある時でいいから、読んでみて」
そう言って差し出された数枚のレポート用紙。軽くめくると、綺麗な文字でバスケに関する何かが整理されていた。
「これは?」
「今日、実はずっと眞中くんのプレーを見させてもらっていて。私なりに気付いたこと、まとめてみたの。参考になったらと思って」
え、と驚きとともに彼女を一度見やった後、すぐにレポートの表紙をめくった。
出だしの数行を読んだだけで走る衝撃、なぜならそこには俺のプレーが事細かに書き起こしてあったからだ。
成功したプレーの理由、失敗のパターン、シュート時のリズムの乱れ、ディフェンスで抜かれた時の体の向きまで――その詳細を、図解付きで、まるでカメラが記録していたかのように。
(まさか――嘘だろ?)
その瞬間、俺の背筋を何かが駆け抜けた。
最初の自主練のとき、目が合った彼女はてっきり「俺」を見ていたのだと思っていた。他の女子と同じように、俺の外見や能力を。
でもそうじゃなかった。
彼女が見ていたのは、俺の「バスケ」だったのだ。
「ありがとう。後でじっくり読ませてもらう」
感謝を告げると、どこか緊張気味な彼女の視線がふっと和らぐ。
それはいつもクールな彼女が見せたほんのわずかな隙だったから、俺は思わず目を見張った。
それ以来、なんとなく原田のことが気になるようになってしまった。
彼女の様子を見ていてまず思ったのは、彼女は本当にバスケが好きだということだ。
考えてみれば、それも納得だった。だから部活中にマネージャーとして何をすべきか分かっているし、あれほど正確な分析もできる。
原田は俺だけでなく、他の部員の様子も書き留めては、自分なりの気付きを共有しているようだった。
そんなマネージャーに、好感度が上がらないわけがない。
部員の中にも、あからさまに原田に好意をもって接する奴らがでてきた。
原田はいつも上手く躱していたが、それを見る度に俺の中で何かもやもやしたものが溜まっていく。
――俺も近づきたい。もっと、原田を知りたい。
そんな気持ちを、遂に抑えきれなくなった。
だからある土曜日の自主練中、グラウンドの隅で洗濯している彼女を見つけた俺は、思い切って声をかけたんだ。それが二人の距離を縮めるきっかけとなることを、心のどこかで期待しながら。




