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今日の敵は明日の恋人〜先生に恋をしました〜  作者: RIKA
第二章

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2-17.この愛に救いを

「おはよう」

翌朝、目を覚ましたら、先生の笑顔と朝陽が飛び込んできた。朝からなんて贅沢な景色だろうか。それだけで今日一日を頑張れそうな気がする。


「…おはようございます」

微笑んだものの、すぐに裸のまま二人してシーツにくるまっていることに気付く。

その瞬間に昨夜のあれこれを――何があったのかはどうか聞かないで欲しい――思い出してしまって、私は気まずく視線を逸らした。

だけど目ざとい先生はそんな私をあっさり見抜いたようで、悪戯な顔で私を覗き込んだ。


「何照れてるかなー、昨日は紗妃の方から積極的に求めてきたくせに」

ニヤリと笑った先生をまともに見返すことなどできない。私は真っ赤な顔を慌てて両手で覆った。

「そういう態度は逆効果だよ。そうされるとまた襲いたくなるって、知ってた?」

「…いじわる…」

「紗妃が好きだってことだよ」


笑いながら額に落とされるキスを、私は黙って受け入れた。

揶揄われてると分かっていても、結局嬉しさが勝ってしまうあたり、本当にどうしようもない。

悔しいけれど、それほど惹かれている――唯一無二のその存在に。



修学旅行中だけど今日は私服でいい、と先生が言ってくれたので、言葉に甘えることにした。

身支度を整え、朝食を取った後、私たちはホテルを出た。

空は晴天、蒼い空の中を気持ちよさそうに泳ぐ雲がある。

いつも頭上にあったはずなのに、こうして眺めるのはひどく久しぶりな気がした。


タクシーに乗り込んだあとは、てっきり空港に向かうものだと思っていたのだけれど――やがてたどり着いたのは、想像もしていないところだった。


「あの…ここって…」


修学旅行のしおりにも載っていたからすぐに分かった。長崎の有名な観光地のひとつ、グラバー園だ。

戸惑って驚く私をよそに、先生は手際良くチケットを二人ぶん買うと、一枚を私に差し出した。


「大丈夫。ちゃんと学校に話はしてあるから。あと、今日は午後の便で帰ることにした」

「え?」


寝耳に水だった。

目を丸くして固まる私に、先生が笑う。


「一日、謹慎で観光つぶれただろ?だから教頭先生に頼んだんだ。俺の監督のもとで最後、修学旅行をやり直させてくださいって。飛行機の時間もあるからあまり遠くには行けないんだけど」


思いがけない提案、それも決定事項に、私は暫く言葉を失う。

それは上手く頭の整理ができなかったせいだけれど、先生は少し違う意味に受け取ったらしい。首を傾げて苦笑した。


「おや、嫌でしたか」

「い、いいえ!突然で驚いて…!ありがとうございます。嬉しいです」


もちろん、嫌なわけない。私の醜い嫉妬で潰れてしまった修学旅行、それをやり直せるなんて、願ってもないことだ。


「表面上は観光だけど、実質はデートだな。ていうわけで、はい。手」

先生が私に手を差し出した。

「手を繋ごう」

「…え、でも」

こんな人目のあるところで、と言いかけてすぐに気付く――そうだ、ここは東京じゃない。


誰も私たちを知らない。

私服の私とスーツ姿の先生を、誰も教師と生徒だなんて思わない。だから手を繋いだって、なんの問題もないんだ。


「堂々と二人で街を歩こう。東京ではなかなかできないから」

「…はい!」


大きく頷いて先生の手をぎゅっと握る。

何の憂いもなく握り返された手が、ただ嬉しかった。



****



それから、私達は誰にも気兼ねせず、寄り添って歩いた。

たくさんの人とすれ違っても、隠れる必要なんてない。他人の視線を気にすることもない。

腕だって組める。先生が「紗妃」と私の名前を大きな声で呼んでも平気なの。

だって私たちは()()()恋人同士なのだから。


グラバー園やオランダ坂を見て回った後、最後にやって来たのは大浦天主堂。

天主堂の入り口には、白く美しいマリア像が静かに立っている。どこまでも穏やかで、力強く――まるですべての罪を赦してくれるような表情で。


教会の中に入ると、人々の祈りが集まる場所だからだろうか、突然空気が変わった気がした。

奥には目を奪われるほどに美しいステンドグラス。大きい教会ではないかもしれないけど、国宝なだけあってとても荘厳だ。


「ここ、とても古い教会なんですよね」

ぐるりと見まわしながら言うと、隣の先生が頷いた。

「そう。歴史深いところだよ。この教会の正式名称は『日本二十六聖殉教者天守堂』っていうんだ。知ってる?」

「はい。江戸時代にキリシタン禁教令で捕縛された、26人の聖殉教者たちに捧げられた教会だとか。処刑された場所に向かって建てられたんですよね」

「うん。中にはまだ12歳くらいの子供もいたらしいし…残酷な話だな」


私は小さく頷き、俯いた。

世間から弾かれた人たち。神様を信じることが命を奪われる理由になるなんて、とても理不尽なことだ。

そう思って、ふと不安になった。私と先生の関係だって、世間には隠さなくちゃいけないこと。

今はバレてない。なんとか上手くやっている。だけど、これからは?

卒業まであと約一年半、何事もなく過ごせるだろうか。もし、私たちの関係が明らかになってしまったら。幸せな日々に、終わりが来てしまったら…。


色々想像して顔を暗くする私に気付いたのだろう、先生が私の髪を撫でた。言い聞かせるように、優しく。


「大丈夫だよ、俺たちは。何があっても」

「…本当に?」

「当然だろ。なんで不安になるの?」

「だって…だって」


胸が苦しくなって、涙が溢れてきた。零れかけて、私は手の甲で涙を拭う。


――だって、分からないじゃない。この先私たちに何があるか、なんて。全てのことは起こり得る。

私たちだけは、なんてただの気休めに過ぎない。

いつだって、リスクと背中合わせの恋をしているんだから。


先生は励ますように私の手をぎゅっと手を握ると、静かに続けた。


「徹底的な弾圧が数百年続いたのにも関わらず、マリア像はどこにある、と潜伏信者たちがここを訪ねてきた。それはキリスト教史上でも、世界的に有名な話らしくて」


バレたら命はない。それでも、信仰を貫き通した人々たち。

自分が信じるものをはっきりと言えない苦しみは、どれだけのものだっただろう。

毎日、神様に祈る度に怯えていたんじゃないだろうか。

けれど、信じ抜いた。気が遠くなるほどに長い間、誰にも見つからないように、ひっそりと。


「俺たちは確かに、公に恋人だって言えないけど。でもそれも、あと少しの辛抱だ。彼らに比べれば、全然大したことないよ。紗妃が卒業したら、俺たちは堂々とできる」

「…でももし、バレたら?」

「相当な騒動になるとは思うけど、大丈夫だよ」

「大丈夫じゃなかったら?」


時に先生の言葉を信じられないほど、心許な瞬間がある。

現実が、自分たちの手には負えなくなったとき。

世間にどうしても受け入れられなかったとき。

私たちはどうなってしまうの?

悪い噂なんてすぐに広まるこの世界で爪弾きにされて、もう二度と会えなくなるの?

そんなの、嫌だ。先生と離されて生きていけやしない。


「…もしも、大丈夫じゃなかったら」


先生は視線を足元に落とし、考えを巡らせるように暫し沈黙した。

その瞳が暗く翳ったのは気のせいじゃない。きっと想像しているのだろう…最悪の未来を。

だけど先生はやがて視線を上げると、ステンドグラスに描かれたキリストを見つめながら言った。


「その時は、一緒に逃げよう」


そう言って、今度は私に視線を移す。

そして私の腕を引き、二人向かい合うように促した。さながら、神様に誓いを立てる新郎新婦のように。


「きっと、全てのものを捨てることになると思う。学校も仕事も…家族も友達も。それでも、俺は紗妃を選びたい」

「……っ」


声が詰まって、ついに涙が零れた。

先生の指がそれを拭う、それだけで胸を満たしていく何かがある。


「どこまでも逃げよう。二人が、二人でいられるところまで。だから、紗妃」


先生は最後、そっと私の頬を両手で包むと、どこまでも優しい瞳で私を見下ろした。


「その時は、俺についてきてくれる?」


その問いに対する答えなど、一つしかない。

私は何度も、何度も大きく頷いた。


どんなことがあっても、この恋だけは手放さない。

先生が見る景色を、私も一緒に見たい。

たとえそれが苦痛に満ちたものであっても、私の色づく世界は先生の隣にしかないから。

…この手だけを信じて、どこまでもついていくから。


「まあでも、多分、殺されることはないと思うよ」


冗談めいて言った先生に、そうですね、と私も泣きながら笑って頷いた。



***



「さて。…そろそろ空港に行こうか」


楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもの。

中華街で昼食を食べた後、先生が腕時計を見て言った言葉は、私を少なからず落胆させた。

頷いてバスに乗ったものの、車窓の外を流れる景色が幸せの終わりのカウントダウンに思えて、一秒一秒を惜しむように先生の腕にぎゅっとしがみついた。

納得していても、寂しさは否めない。

二人でこんな風に公共の乗り物に乗れるなんて暫くないから、ちゃんと記憶に刻み付けておきたかった。

そうして普通の恋人としての私たちをここに残していくのだ。

先生はそんな私を慰めるように肩を抱いて温もりを分けてくれたけど、却って最後を強調する気がして悲しかった。


やがて遂に辿り着いてしまった空港。

バスから降りて、先生が荷物をほとんど持ってくれたにも関わらず、降り立ったその場に私は立ち尽くした。


「紗妃?」

いつまでも歩き出そうとしない私を、先生が訝しげに振り返る。

言ってはいけないと分かっていても、抑えきれない本音が口から零れ落ちた。


「…帰りたくない。もっと、一緒に街を歩きたい」


言ったら、先生が困ったように眉をひそめた。

我儘だって分かってる。先生をただ困らせてるだけだってことも。

だけど二人で堂々と歩ける幸せを知ってしまった今、気持ちを割り切るのはこんなに難しい。


「…俺はさ」


先生は私のところに戻ってくると、足元に荷物を置いて私の手を握り、こう言った。


「教会で言ったように、いざというときの覚悟はできてる。でも、できるだけ現実から逃げたくない。俺たちは教師と生徒として出会った、それが二人の出会いだったんだから仕方がない。それでもさ、紗妃と出会えたことには感謝してるんだ。どんな二人でも、どんな立場であっても、出会えなかったよりは絶対よかった。そうだろ?」

「先生…」

「東京に帰ろう、紗妃。早く高校を卒業するために。二人で堂々と街を歩けるその日を迎えるために」


私の不安を拭い去るように、先生の言葉がすーっと心に沁みてきた。

ああ、そうか。私は無事に学校を卒業するために戻るんだ。胸を張って先生の隣にいられるように。

今日がそのスタートの日。そして卒業証書をこの手に受け取ったとき、この葛藤も綺麗な思い出に変えることができるのだろう。


「行こうか」

先生が私の手を引く。私は小さく頷き、今度こそ歩き出した。



空港で手続きをした後、私達はすぐにゲートをくぐって搭乗案内を待った。

ずっと強く手を握りあう二人を乗せ、やがて飛行機は加速をつけて離陸する。

どんどん小さくなっていく広い大地を眺めながら、私はこの修学旅行を思い返していた。


こっそりと先生と会った真夜中の自販機、秘密のキス。

すれ違って、何もかも信じられなくて、塞ぎこんで。

先生を諦めようとも思ったけど、やっぱりできなかった。

だけどそれでも、先生は私を受け止めてくれた。

そんな優しさと強さに、私はどれだけ救われただろう。


好きなのに、不安で。好きだから、不安で。不器用なことしかできなくて。

でも、おかしいよね。胸が裂けるくらい苦しくても、涙がこれ以上ないくらい溢れても、私は先生だけを求めていたの。


長かったようで短かったこの数日間。

予想できないことばかりだったけど、最後の最後にはとびっきり素敵な時間が待ち受けていた。

そしてそれは、まるで私たちの未来を暗示するようで。


傍らの先生を見上げたら、先生と目が合った。

言葉は交わさなかった。今の私たちには不要だったから。

先生が静かに微笑って私の肩を抱く。先生の肩口に頭を預け、私はそっと目を閉じた。


第二章終了です。

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