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今日の敵は明日の恋人〜先生に恋をしました〜  作者: RIKA
第二章

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2-16.仲直り

「紗妃?」

嗚咽をあげて泣きはじめた私を、先生が心配そうに覗き込んだ。

――名前を呼んでくれたことが嬉しくて、さらに涙が出てくる。


「どうした?まだ苦しい?」

労わるように背中をさする手の優しさは、今までと変わらない。先生を信じていられた時と、何ひとつ。


「…ほん、と?」

「え?」

「うわ、き、…ないって、…本当…?」


涙に埋もれて、上手く声がだせなかった。

だけど先生は、ちゃんと汲み取ってくれたみたいで…。


「してないよ。紗妃がいるのにそんなことするわけないだろ?」

「でも、車で…っ」

「それを見たのってもしかして…いなくなった公園の近く?」


小さく頷くと、やっぱり、と先生が安堵とも困惑とも知れないため息をついた。


「違うんだ。君川が悩んでて、その相談に乗ってたら突然泣き始めて――縋りついてきたのを払えなかった。でもそれはただ励ましたかったからで、それ以上でもそれ以下でもない。本当に」


先生は私の手を握り、まっすぐに私を見つめた。その瞳に、嘘は見えない。


「俺が好きなのは、紗妃だけだから。今までもこれからも、ずっと」


迷いなく言い切った先生の言葉も手の温もりも、誠実そのもの。

それを目の当たりにして、ずっと胸に渦巻いていた疑念が今、呆気ないほど簡単に剥がれ落ちていく。


(私は裏切られてなかった?先生は私を嫌いになったわけじゃなかった?私たちはまだ、大丈夫?)


私は体を起こし、先生の胸に抱き着いた。

先生は「身体、辛くない?」と心配そうだったけど、無言でうなずく私を見ると、最後は優しく抱きしめてくれた。


「も、怖く、て…っ!別れようって言われたら…、って!」

「紗妃」

「ずっと、苦しくて、…っ!」


嗚咽をあげて泣く私の髪を、先生が宥めるようにそっと撫でた。それだけで胸が満たされていく。


「ごめんな。不安にさせて悪かった」


――ああ、どうして。

どうしてこの人は、こんなに優しいのだろう。

全てを勝手に決め付けて、一人で拗ねて。ふてくされて、背を向けていた私なのに。

咎めるどころか、こうして謝って、抱きしめてくれるなんて。


「私こそ、先生のこと疑って…酷いこと言ったり無視したりしてごめんなさい」

「いいよ。分かってくれてよかった。…やっと、捕まえた」


それは私の台詞だった。

先生を追いかけたあの日、車は速くて、あっという間に遠くへ行ってしまったけれど。

今日、やっと追いつけた気がする。


「もう、どこにも行かないで…」

「…うん。絶対に離れないから」


私を抱き締める腕に力がこもる。少し苦しいぐらいが、ちょうどいい。

もっと確かめさせて。今この瞬間、先生の腕の中に確かに存在しているということを実感したい。


「私…君川先生に嫉妬して…。悲しかったの。私はまだ子供で、守ってもらうばかりで…それで、どんどん卑屈になってしまって」


私は少しずつ、正直に、この数日間の私の醜い心の中を告白した。

だって先生には、知っていて欲しいと思ったから。それは裏を返せば、この想いの深さの証明になる。


「電話にでなくてごめんなさい、メッセージも返さなくてごめんなさい。先生に別れを告げられるのが、怖かったの。だから、強がるふりをして先生を避けてた」

「…そうだったのか。それを聞いて安心したよ。嫌われたんじゃないかって本当に不安になってたから」

「先生が嫌いになったんじゃないの。むしろ好きだから…絶対、別れたくなくて、それで」

「うん、分かった。俺もごめん。あの時、どんな理由でも君川を受け入れるべきじゃなかった」


それを否定できない自分を、私はまた醜く感じた。

こんな私でごめんなさい。

その特別な優しさが誰かに向くことも、一時的であろうとこの胸を誰かに貸すことも許せない。

全部私だけのものにしたい。先生の全部、私だけのものであってほしいの。


「ま、俺も白状すると同じだし」

「…え?」

「眞中が紗妃の名前を呼んでいるのを聞いて、めちゃくちゃ嫉妬した」

「嫉妬…?」


先生は抱き締める腕の力を緩めると、どこか不満げな瞳で私を覗き込んだ。


「なんで、あいつに名前を呼ばれること許したの?」

「名前…」

「紗妃の名前を呼べるのは、男では俺だけだと思っていたのに。しかも紗妃もあいつに懐いてきてるし。…正直、かなり焦った。いっそその方がいいのかもしれないとも思った。あいつなら、紗妃を彼女だって堂々と言える」

「私だって…!先生は私より、君川先生の方がいいんじゃないかって思ってたんです。大人だし綺麗だし、先生に…釣り合ってるし。私みたいな子供よりよっぽどって」


先生のことはもう諦めようとすら思った。私には届かない人だったのだと。

でも私の心だけはいつだって正直だった。

先生じゃなくたってと思うほど、先生じゃなくちゃって思い知らされて、自分に嘘をつくほど辛くなって。本当はその時点で答えなんて出ていたのに。


「先生のことが好き。先生以外なんて、考えられない…」


色々悩んで遠回りもしたけれど、結局辿り着いた答えはそれだった。

私は、先生を手放せない。どうしようもなく好きだから。

そして何の迷いもなくそう言いきれるのは、やっぱり先生ただ一人なの。


「うん。…俺も」


私たちはお互いを強く抱き締めあう。

例えどれほど険しく、苦しい痛みを伴おうとも構わない。

この先生の腕の中こそが、たった一つ、私の帰るべき居場所なのだから。



***



翌日帰京する手配をした後、その日は先生と市内のホテルに泊まることになった。

先生と私、それぞれで部屋をとったけれど、離れがたく、私はずっと先生の部屋で過ごしていた。でも…。


「紗妃、そろそろ」

夜10時を過ぎたころ、隣でテレビを眺める私に先生が時計を見やって言った。

その先は聞かなくても分かっているから、落胆を隠せない。


「一応、修学旅行中だし…つっても今更だけど。けどさすがにこれ以上はちょっとヤバイだろって気がするし」


俯く私の気持ちを察したのか、先生は苦笑しながら髪を優しく撫でた。

その理屈はもちろん分かる。けど、あんな大きなケンカのあとだから少しでも今は一緒にいたいのが本音だ。

とはいえ…そんな我儘でこれ以上先生を困らせたくもなかった。


「…はい」

私はゆっくり椅子から立ち上がると、重い足取りで扉に向かう。

先生が止めてくれないかなと僅かに期待したけれど、それはあっけなく裏切られた。



――そうして、おとなしく自分の部屋に帰ってきたのはいいけれど。

用もなくトイレに行ったりベッドに寝転んだり、ずっと落ち着かない。

その理由は何なのかなんて、聞くまでもなく分かりすぎている。

でもそれはきっと私の独りよがりな願いだから、先生を困らせてしまうだろう。

だからこそ部屋に戻ってきたし、口にすべきでないことも分かっている。

でも、それでも…。


もう、一秒だって離れていたくないのに。


気付けば、自然と足が動いていた。ルームキーを手に取ると部屋をでて、すぐ隣の扉の前に立つ。

強めにノックすれば、数秒後、ドアが開いた。


「一緒にいたいの」


開口一番告げたのは、結論だった。先生の表情が一瞬にして驚きに変わる。


「先生は、離れていても平気なの?」


言いたい言葉がたくさんありすぎて、胸が詰まる。

でもその何もかも、到底一人では抱えられない。


「もう、別々の夜を過ごすのは嫌」


何日も二人は離れていたよ。

平気なふりをしていても、私は一度もぐっすりと眠れなかった。

それはきっと、先生の隣で眠れなかったからだと思う。


「ただ、隣で眠らせてくれるだけでいいんです。傍にいさせてください」


涙を堪えて訴えれば、先生が息を呑む。

この想いは果たして先生に届くだろうか?


「…それは、無理だよ」


先生は一言、そう呟いた。

分かってはいたけれどその理性的な言葉は私を絶望に突き落とす。

…だけど、その言葉には続きがあって。


「ただ隣に眠るだけなんて、できない。分かってるのか?俺、ずっと我慢してるんだよ。紗妃が隣にいたら、それだけじゃ終われない」


明らかに意味を含んだ言い方だった。

それに気づいて見上げた私に、先生は諦めたように笑う。


「紗妃がいたいと言うなら歓迎するよ。でも安眠は保証しない。嫉妬とか我慢が積もって、いい加減俺も限界なんだ。一晩離さないし、加減もできない。それでもいいなら――おいで」


先生はそう言って私に手を差し出した。

その手を取るかどうか、私に判断を委ねている。

例えば私がここで引き返しても、先生は何も言わずに笑ってくれるだろう。

だけど、今の私にその選択肢はありえない。


「迷ったりなんか、しません」


そう言って先生の手を握った。

顔が赤くなったけど、隠してもどうせ先生にはバレてる。なら、いっそ強気で挑みたい。


先生は「そうか」と微笑むと、部屋のドアを開いて入室を促した。

そして私が部屋に足を踏み入れると、ドアが閉まるのも待たないまま私の肩を両手で掴み、性急で、優しくて、どこまでも甘いキスで私を支配した。


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