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1-4.同居人は先生

原田はらた 紗妃さき、18歳。

今年の春、地元である静岡を離れ叔母の住む東京へ出てきた。

本来であれば高校三年生になる歳だけど、諸事情あって留年し、現在の学校・隆章(りゅうしょう)学園の二年生に転入した。

性格は慎重派、どちらかといえば真面目で、読書やお菓子作りなど、静かに過ごすことを好む。

対して、私がこの世界で一番嫌いなもの――それは、男。

男なんて、強引で自分勝手で、ずるい生きものだ。

先生だって、親切そうな顔してたってきっと中身は同じ。近づくと碌なことにならない。

自分を守るために、傷つかないために、隙を見せないように気をつけなければ。


休みが明けて、月曜日。今日から再び学校が始まる。

眠い目を擦りながら自室を出て――空いていたゲストルームを使わせてもらうことになった――リビングのドアを開けると、お味噌汁のいい匂いがした。


「おはよう」

キッチンから男性の声が聞こえてきてハッとした。

途端に覚醒して見上げると、そこにはいつも学校で見るのと同じシャツ姿の先生がいて、洗い物をしているところだった。

寝起きに担任の先生と顔を合わせるとは、なんて非日常なことだろうか。でも生憎、これが現実だ。


「…おはようございます」

「メシ作ってあるよ」

「え」


テーブルには白いご飯とお味噌汁、卵焼きに焼き魚と納豆、それからサラダが並べられていた。

模範的な和朝食に思わず目を見張る。…もしかして、これ全部先生が?

先生の担当教科は数学だし、まったく料理と紐づかない印象だったから素直に驚いてしまう。


「それ食って、時間があれば皿洗っといて。じゃ、俺行くから。駅までの道、分かるよな?」

「あ…はい」


先生は急いでたのか、私が頷いたのを見届けると「また学校で」と手を振ってあっさり部屋を出て行った。

一人残された静寂の中、私は躊躇いつつも着席して箸を取る。

先生が作ってくれた朝ごはんは想像以上に美味しくて、優しい味がした。


***


「紗妃、おはよ~」

「佳穂。おはよう」


学校の正門近く、私の隣に飛び込んできた一人の同級生。

親友の大崎おおさき 佳穂かほ、他人を容易に信じない私が唯一心を開く人だ。

私とは対照的に明るく、人脈も広くて友達も多い彼女は、周囲にとってまるで太陽のような存在。

勘もいいから、彼女にまだ話せていない私の暗闇に既に気付いていても不思議じゃない。

だけどそれについて佳穂から尋ねられたことは一度もないし、かといって腫れもののように扱ったりすることもない。ごく自然に、まるでそうするのが当然のようにいつも傍にいてくれる貴重な友人だった。


「土日、ありがとね。お世話になりました」


この週末、先生と二人きりで密室で過ごせるわけもなく、私は佳穂の家に連泊した。

もちろん、先生の許可を得たうえでだ。学校では風紀指導に厳しい先生だし、もしかすると外泊禁止と言われるかもしれないと思っていたけれど、意外にもあっさり許可してくれたから拍子抜けした。

プライベートだからか、どうやら居場所がきちんと分かって連絡もとれる状態なのであれば、そこまで厳しく縛り付けるつもりはないらしい。


「全然!むしろ、紗妃が帰った後、癒しがなくなったって父さんが拗ねちゃって大変だったんだから!」

愛娘の私がいるのに酷いよねと佳穂は口を尖らせているけど、冗談だと分かっていてもそう言ってくれることが嬉しい。


佳穂のお父さんは――「おじさん」と私は呼ばせてもらっている――、佳穂と同様に明るく、面倒見のいい人だ。

優しく見守りつつも、肝心なところではちゃんと頼りがいがあって、おじさんが父親だったらよかったのにと何度思ったことだろう。

本当の父親は一切家庭を顧みない仕事人間で、一度だって私にこうして笑ってくれたことはなかったから…。


「今度はさ、金曜から日曜日まで泊まってけばいいよ!で月曜日一緒に学校行こう」

「それ、泊まるっていうかもう住む感じだね。色々持ちこまなきゃ」

くすくす笑うと、佳穂が後押しするように乗ってきた。

「それ最高!兄貴の部屋が空き部屋になってるからさ、そこを使えばいいよ」

「ああ、お兄さんいるんだっけ。でも、突然お兄さんが帰ってきたらどうするの?絶対言われると思う、ここは俺の部屋だぞ出ていけって」


学校から電車で20分ほどの距離にある一軒家で、佳穂はおじさんと二人で暮らしている。お母さんは佳穂を産んで間もなく亡くなってしまったらしいんだけど、家族には他にもう一人、独立したお兄さんがいると聞いたことがあった。


「あーでも紗妃が兄貴に会うことはないだろうし」

「どうしてそう言い切れるの?」

「んっと…あんま家に寄り付かない人なんだよね」

どこか奥歯にものがつまったような言い方だった。気になって、私は首をかしげた。

「仲が悪いわけじゃなかったよね?」

「まあ、そうなんだけど。その、いろいろあってね。もし来るにしても、事前に必ず連絡して来るから。あ、そう言えば知ってる?今日先生達の会議があるから短縮授業なんだって~」


あまり心地のいい話題ではなかったのか、佳穂が話を逸らした。

不自然に感じたけれど、どれほど親しかろうと他人に話せないことは誰にだってある。現に、自分がそうだ。だから私もそれ以上聞き出すことはしなかった。



「席につけ。朝礼を始める」

ざわめく教室の中、先生が前方のドアを開いて入ってきた。

先生の声掛けでばらけていた生徒達がバタバタと自席に戻り、いつもどおりの日常が始まる。

朝に見送ったままの姿で、いつもと同じ顔で教壇に立つ先生。毎朝恒例の点呼を聞きながら、私は先生を不思議な気持ちで見つめた。


180センチを超える身長。少し茶色がかった髪は短く切り揃えられ清潔感がある。バスケ部顧問だけあって身体は引き締まってて、シャツ姿でもジャージ姿でもそれは隠しきれないほど。

歳はたしか26歳だったか、教職4年目らしいので大学卒業と同時に教師になったのだろう。

先生は数学教師で風紀指導担当ということもあって、女子からは敬遠されがちだ。一方で、そのざっくばらんな性格ゆえに男子からはけっこう慕われているらしく、まるで先輩後輩のように冗談を言い合ったりして気安く絡む姿がよく見られる。

もちろん女子の中でも、

“厳しいけど話してみたら結構気さくで楽しい“

“ちょっとソース顔のイケメン“

“犬系男子って感じがして可愛い“

“バスケしてるところが超かっこいい“

――などと言って先生に憧れる子もそれなりにいるので、総合的には人気のある先生なのだろう。


そんな先生と私を繋ぐ、秘密の約束。

一体このクラスの誰が想像できるだろう?だって当の私ですら、いまだに信じられない。たった数時間前に家で見送った人が、いま目の前で教師をやっているなんて…。


「――あと今日のHRホームルームは席替えだから。前方を希望する者はそれまでに申し出ること。では朝礼以上」


席替えという一言にクラスが一気に浮き足立つ。

授業でグループ学習をするときは、近隣の6席で構成される班が基盤となる。つまり仲のいい友達と同じ班になれれば、必然的にグループ授業でも同じになれるということだ。

当然授業のモチベーションにも大きく関わって来るので、数ヶ月に一度の席替えを誰もが期待と不安で待ち焦がれていた。


個人的には、今は離れてしまっている佳穂と一緒になれたらいいなと思う。

でも今の班で仲良くなった千沙ちさとも離れがたい。その前の席替えで仲良くなった志保しほともまた一緒になれたら嬉しい。

そんな風に、席替えによって親しい友人を増やすことができる、これもまた席替えのメリットだろう。


朝礼が終わるなり、同級生たちはさっそく1限の準備を始めている。席を立ったり、予習を始めたり。

あっという間に喧騒を取り戻す教室の中、点呼表に何やら書き込んでいた先生はやがてファイルを閉じると顔を上げた。と、その瞬間、ふと目が合ってしまって、私は慌てて視線を窓の外へと逃がした。



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